2030年にはパイロットが足りなくなる? 航空業界を襲う深刻な「2030年問題」に向けて格安航空会社ピーチが自社でパイロットを育成する理由
集英社オンライン / 2024年5月30日 11時0分
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2030年には深刻なパイロット不足に陥り、旅客機の運行便数が減ってしまうかもしれないという。航空業界は現在、この「2030年問題」に危機感を募らせている。航空会社のPeach Aviation株式会社はその対策として、社会人を含む幅広い人材を対象にしたパイロットの養成プログラムを展開し、注目を集めている。
【グラフを見る】国内主要航空会社およびLCC3社でのパイロットの年齢分布
航空業界を悩ませる「2030年問題」
航空業界は今、近い将来に深刻なパイロット不足が発生するという「2030年問題」に危機感を募らせている。
もし旅客機のパイロットが不足すると、旅客機の減便に発展する可能性がある。需要と供給のバランスが崩れ、利用者は予約を取りにくくなるだろう。その結果、旅行や出張の予定などをスムーズに立てられず、大きなストレスを抱えることになるかもしれない。
パイロット不足の原因は多岐に渡る。国土交通省が発表した資料によれば、世界的な航空需要の増大に伴い、2030年には全世界で現在の2倍、アジア/太平洋地域では4.5倍のパイロットが必要になる見込みだ。
さらに、我が国ではバブル期に採用されたパイロットが多く、彼らは2030年ごろに軒並み定年退職を迎えることになる。その結果、アジア/太平洋地域では約9000人のパイロット不足になると予想されており、非常に深刻な局面を迎えているといえる(出典:「我が国における乗員等に係る現状・課題」国土交通省、2013年発表)。
この状況に対し、国もパイロットの年齢制限を引き上げたり、航空大学校の定員を増加させたりと、さまざまな対策を講じている。しかし、これだけでは2030年問題を解決するには至らない。旅客機パイロットの養成には長い期間が必要で、差し迫る人材不足に迅速に対応することは難しいのだ。
そしてLCC(格安航空会社)も、大手航空会社と同様にパイロットの高齢化が進んでいるという。LCCにとっても、若いパイロットの確保は極めて重要な課題となっているのだ。
そうした中で、関西空港を拠点とする航空会社Peach Aviation(以下、ピーチ)は、国内LCCで初めてパイロットをゼロから養成するプログラムを開始した。しかも同プログラムは、年齢や職歴などの条件を設けず、他業種からでもパイロットを目指せる点もユニークで、現在多くの注目を集めている。
自社養成の金銭的負担をどう乗り越えるか
日本で航空会社のパイロットになるには、主に2つの方法がある。1つ目は、国の航空大学校や私立の大学・専門学校、民間のフライトスクールなどで学ぶ方法。2つ目は、航空会社がそれぞれ実施するパイロットの養成プログラムに応募する方法だ。
航空大学校や民間の教育機関では、学費などを学生側が負担することになるが、その場合は金銭面が障壁となる。費用はピンキリだが、たとえば私大の場合は、授業料だけでも年間約1300〜1800万円かかるとされている。
一方、航空会社が取り組むパイロットの養成プログラムでは、訓練にかかるコストを航空会社が負担するため、訓練生側の自己負担は少なくて済む。これはパイロットを目指す人にとってはありがたい。
しかし、その養成コストは、訓練生に代わって航空会社が請け負うことになる。国土交通省の資料によれば、自社養成で航空会社が負担する訓練コストは、1人あたり約4000〜5000万円にも上るという。そうした背景もあり、これまで国内では、日本航空(JAL)、全日本空輸(ANA)、スカイマークなどの大手航空会社だけがパイロットの養成プログラムを実施していた。
そうした中、ピーチは2018年より、LCCとして初めてパイロットをゼロから養成するプログラム「Peachパイロットチャレンジ制度 with AIRBUS」の実施に乗り出した(採用年は2019年)。
ピーチのパイロットチャレンジ制度採用担当・和久津賢太氏は、同プログラムの立ち上げ背景に関して、次のように語る。
「弊社のパイロットも、2030年に定年を迎える世代が多い。創業期より航空大学校などから採用を続けてきましたが、今後はどうしてもそれだけでは賄いきれません。『2030年問題』は決して他人事ではなく、ゼロから自社でパイロットを養成する仕組みが必要でした」
同プログラムは、訓練生が訓練費用の一部を負担することで成立している。ただし、訓練生には訓練期間中に大卒初任給程度の手当が毎月支給されるなどの実質的な負担軽減措置があるうえ、三井住友銀行が提供する低金利のサポートローンも利用できる。
これらの仕組みにより、パイロットを目指す人は学校で学ぶよりも自己負担を抑えられ、ピーチ側も養成コストを軽減できる。双方にとってメリットのあるプログラムというわけだ。
経歴がまったく異なる4人の副操縦士が誕生
ピーチの養成プログラムは、2018年に初の募集が行われ、採用された候補生は2019年から訓練を開始した。それから5年を経て、2024年1月には本プログラムに参加した訓練生から4人の副操縦士が誕生している。
彼らの経歴は実にさまざまだ。1人は大学の新卒生、1人は元製薬会社のMR(営業担当)、1人は元IT企業のシステムエンジニア、そしてもう1人は学校の教員だった。年齢も28歳から33歳まで(2024年現在)とバラバラだ。
実は、これまで大手航空会社が行なっていたパイロットの養成プログラムは、すべて新卒生が対象だった。新卒生以外にも門戸を広げたのは、国内ではピーチが初だった。
新卒でプログラムに参加し、今年副操縦士に昇進した松永大輝さんは、応募の動機を次のように振り返っている。
「パイロットという職業に対して、大学進学までは漠然とした憧れにとどまっていましたが、学生時代に旅客機を利用する機会が増え、具体的に目指したいと思うようになりました。実は鉄道会社への就職の道もあったのですが、ピーチの養成プログラムは、ほかの方法でパイロットを目指すよりも経済的な負担が少なく、願ってもない機会でした」
パイロットに限らず、別の道を進んだあとに、もう一度夢を目指す人は多いだろう。しかしパイロットの場合、夢を実現させるハードルが非常に高かった。別の人生を歩き始めてから、数千万円もの費用を捻出してパイロットの道を選択できる人は、ごくわずかだろう。
ピーチの取り組みは、そういった経済的理由で断念していた人も含め、さまざまな経歴・立場の人にセカンドチャンスを与えるものとなる。
もちろん、実際に採用され、パイロットになるのは容易ではない。同プログラムの応募者数や競争率は公開されていないが、初年度のプログラムで副操縦士になったのがわずか4人という点から、そのハードルの高さが窺える。
それでも、経済的なハードルを下げ、年齢や職歴を問わずに応募できるこのプログラムが、非常に夢のある挑戦であることは間違いない。
実はほかの国内のほかの航空会社でも、ピーチ・アビエーションと同様のプログラムを展開する動きが出始めている。これに対し採用担当の和久津氏は、「日本の航空業界全体が成長するためには、パイロットの育成や確保が欠かせません。弊社の取り組みだけでは規模感としても足りていないので、自社養成プログラムがいろいろな航空会社から登場するのは、非常に喜ばしいことです」と述べた。
こうした取り組みが広がっていくことで、高い志を持ったパイロットが次々と育ち、迫り来る「2030年問題」をポジティブに乗り越えていくことを期待したい。
文/小平淳一
写真提供/Peach Aviation株式会社
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