「車椅子の女性との初体験を話していいのか戸惑っていた」「愛しさを持って書いてくれているのが伝わる」根本にあるのは女性への崇拝《爪切男・鈴木涼美対談》
集英社オンライン / 2024年5月20日 11時0分
〈「星野源と結婚したらめんどくさそうだなって思う」「心から本当に嫌いな女性はいない」鈴木涼美と爪切男の真っ向から相反する恋愛観〉から続く
小学校から高校まで、恋した女の子たちとの強烈な思い出をつづった作家・爪切男のエッセイ、『クラスメイトの女子、全員好きでした』。文庫化に際して解説を寄せた作家・鈴木涼美氏も女の子を書きたい、という点で共通していた。ふたりが愛する女の子とは?
最も影響を受けた「親」の存在
爪 『クラスメイトの女子、全員好きでした』に出てくる自分の父親って、おもしろおかしく書いてはいるけど、今だったら完璧にDVで逮捕されるレベルなんですよね。
親父も最近その頃のことを思いだすようになったらしくて、「お前は俺を恨んでないよな……?」って言うようになって。僕の本をちらっと読んだらしいんですけど、「なんでこんな俺のことすらいいように書いてくれているのか?」って言って。
鈴木 厳しいお父さんだったみたいですね。
爪 生まれが香川県のド田舎で、男尊女卑がひどいところだったんですよ。父親はアマレスの選手でオリンピックを目指せるくらい強かったんだけど、惜しいところで負けてしまって。そういう挫折を繰り返してきた人なんです。
夢やぶれてみじめに田舎に戻ってきているので、我が子にいばり散らすことでしかアイデンティティが保てない人だったんですよ。本当にもう、ガキ大将が親になったみたいな感じでしたね。
普通、金曜ロードショーで『ロッキー』が放映されたら、週明けに学校でガキ大将がボクシングの真似していじめてくるじゃないですか? 僕の家では親父がそれを僕にしてくるんです(笑)。
鈴木 でも、今でもお付き合いはあるってことですよね?
爪 今は仲よいですよ。うちの親父、定年をむかえてからAVにはまったらしくて、それならうちに邪魔になるくらいあるから送るわって言ってプレゼントしたり。でも、AVが届いたら親父が「やっぱり俺の息子だと思った」って言ってきて。
「どうして?」って聞いたら、大量に送られてきたAVがちゃんと女優の名前で五十音順に並べられていたからって(笑)。親父もそういうことする几帳面な人だったんで、開けてびっくりしたって。親父が探しやすくしてあげようと思って、親切心でそうしたんですけどね(笑)。
鈴木 私の出ていたAVが入っていたら良かったですね。
爪 結構新しめのやつだったんでね……。
鈴木 そっか、私が出たのはVHS時代なんで(笑)。
爪 鈴木さんは、親御さんの影響はありますか?
鈴木 私は親、特に母とは関係が深く、仲も良かったですがそれなりに恨んでもいますよ。愛憎入り混じる感情がありましたね。最も影響を受けた女性ではあるけれども、最も言い負かしたい存在でもあったので。
文章を書くモチベーションのひとつが、AV出演などをめぐって、母の論理を超えるということだったんです。なのに、死なれて逃げ切られちゃったという思いもあって。若い頃は、行動で親の理解の範疇から抜けたいと思って、不良化してったところがあったんですけど。
夜の汚い闇の中に差す、一筋の奇跡の光
――実体験を多く書いてきた、というのはおふたりの共通点ですよね。
爪 『死にたい夜にかぎって』でも書いた車椅子の女性との初体験は、これっておもしろおかしく話していいのかなって迷っていたんです。
でも、信頼できる先輩に話したら「これは書いた方がいいと思う。怒る人もいるかもしれないけど、それ以上に感動する話だと思うから」って言われて書いたんです。おっしゃる通り、そうやって自分の周りのことばかり書いて、それがずっと続いている感じで。
鈴木 私の場合は、男に関しては悪口ばかり書いているけど、基本的に興味があるのは女の子の方。魅力的な女性にすぐ目が行くんです。
無様だったりみじめだったり、でもしたたかでずる賢かったり可愛かったりする、そういう女性が好き。AVの子でもキャバクラの子でも風俗の子でも、私が夜の街で出会った女の子たちはみんなそうだったんです。
私はけっこう厨二病っていうか、大学院に行きながら不良化していた感じだったけど、中卒でずっと夜職で働いているような女の子が、のちのちまで記憶に残る至言を残していて。そういうのがぐっときたんですよね。
新宿区役所の向かいに深夜まで営業している安い喫茶店があって、そこでは、女の子がホストクラブの閉店後にホストを待っていたり、アフターがないから時間を潰していたり、始発待ちしたりしていたんです。
あるときそこで、すごく口汚い言葉で電話している女の子がいて。最初は友達の女の子にホストの悪口か何か言っていたんだけど、「あ、電話かかってきたから一回切る」って、今度はホストと電話して。すごい文句と理不尽な暴言を吐いて、周りも「こわ……」みたいになったんですけど、電話を切った直後に、机の上のゴミをきれいに片付けて、とっちらかっている椅子を丁寧に並べ直して帰っていったんですよ。私にはそれが、なんだか崇高な行いに思えて。
今、SNSに載せる写真はほころびを直せちゃうから、完璧で綺麗な女の子が多いんだけど、私は今言ったような、口汚く罵りながら善行を積んでいく女の子に特別な魅力を感じて、愛していて。そういうものが書きたいなって思っているんです。夜の汚い闇の中に差す、一筋の奇跡の光みたいなものを。
爪 そこにどうしても興味が行くんですね。
鈴木 そう、そういうところに興味が偏っているので、最近また夜の話ばっかり書いています。私は自分の小説にも男がぜんぜん出てこないし、女の子の方に興味があるんだなって自覚していて。
私と爪さんは女性を見る目線は違うにせよ、ちょっと変わった女の子のことを書いているっていう意味では、近いかもしれないですね。
女の子を書くこと、女の子への崇拝
――爪さんは『クラスメイト~』に出てくる女子に「これ、自分のことだ」って特定されないように配慮して書きましたか?
爪 そうですね。名前や家族構成を変えたりして、特定されないように気を付けています。
鈴木 まあ、でも本人は分かりますよね。
爪 本人は分かります、多分。そしてさっき言った通り、嫌がると思いますよね(笑)。
鈴木 でもね、爪さんの文章は女としては怒りづらいと思いますよ。自分に対してある種の愛しさをもって書いてくれているのがすごく伝わってくるから。さっきもおっしゃっていましたけど、崇拝にも近いというか。
爪 崇拝というのは多分あって。学校で、朝女の子が挨拶してくれるだけで嬉しかったんですよ。イケてない僕に気さくに喋りかけてくれる女の子に対してはみな尊敬の念がありました。
それはさっき申しあげたように、小さい頃に父親に植え付けられたもので、今後も変わらないんじゃないかなと思いますね。一種の業のようなものなので。
写真/shutterstock
撮影/織田桂子
構成/土佐有明
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