1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. カルチャー

次々に辞めていく公立学校の教師たち…本当に「残業代なし」が離職の原因なのか?【〈ノンフィクション新刊〉よろず帳】

集英社オンライン / 2024年6月2日 19時0分

山と熊と田んぼしかない限界集落でマタギの嫁になった現代アート作家。豪雪地帯の四季と謎だらけの村を語る【〈ノンフィクション新刊〉よろず帳】〉から続く

ノンフィクション本の新刊をフックに、書評のような顔をして、そうでもないコラムを藤野眞功が綴る〈ノンフィクション新刊〉よろず帳。今回は、朝日新聞取材班による『何が教師を壊すのか 追いつめられる先生たちのリアル』(朝日新書)を入口に、学校と教師、そして国との関係を考える。

【画像】教育の現場の難しさ

何が、教師たちを壊しているのか

公立学校の教師たちが苦境に喘いでいる。近年、新聞やウェブがしきりに報じる話題だ。帯の売り文句に、悲惨なフレーズを並べた朝日新聞取材班『何が教師を壊すのか』も教育の現場の潮流に掉さす一書を目指したのだろう。



〈「過去最低の倍率」を毎年更新する採用試験、極端な長時間労働を可能にした「給特法」の実態、歯止めがなくなった保護者の過度な要求、管理職から指示される妊娠時期〉【1】

過去最低の倍率が毎年更新されているのは原因ではなく結果なので、〈教師を壊す〉のはそれ以外の3つが理由ということになる。長時間労働の実態については力の入った取材がおこなわれているが、モンスターペアレンツやジェンダー関連は薄味だ。読ませるのは、第2章〈「定額働かせ放題」の制度と実態〉と、第3章〈変わらない部活指導〉である【2】。

給特法と業務委託契約 

「定額働かせ放題」とは、教師の給与を規定する法律〈公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法/給特法〉を指している【2】。本書は、その仕組みを〈基本給に教職調整額4%を上乗せする代わりに、残業代が出ない〉ので〈いくら残業しても給与額が変わらない〉と説明しているが、この悪質な仕組みの原理は、公立学校の教師に特有のものでもない。
本コラムの第4回で言及した通り、フリーランスが企業と締結する業務委託契約の多くがよく似た性質を帯びているからである。労働法の専門家である橋本洋子(学習院大学・法学部教授)はかく言う。

〈フリーランスやギグワーカーと発注者との間の契約は、労働契約(雇用契約ともいう)ではなく、業務委託契約等の名称になっている(…)しかし、働き方の実態が、雇用契約で働く者(「労働者」)と異ならない場合が少なくない(…)実態が労働者と異ならないにもかかわらず、契約上、自営業者と扱われているために、労働者を保護するための規制が適用されないことは不当ではないかが問題となる。

これが許されるならば、発注者側から見れば、労働法による保護というコストのかからない自営業者を活用しようというインセンティブが働くことになる。労働法によるコストとは、例えば、最低賃金の支払いや残業規制、さらに労災補償や解雇からの保護(…)労働者を雇用すると、使用者は、これらのコストを負担しなければならないが、自営業者と取引するならば、これらのコストを負担する必要はない。そのため、これらの規制を免れるため、実態は労働者でありながら、自営業者として活用しようという動きが常に問題となるのである〉【3】

教師たちの労働条件問題を掘り下げた『聖職と労働のあいだ』(岩波書店)の著者である埼玉大学・教育学部准教授の高橋哲は「文科省内の議論では、金がないから給特法を維持せざるを得ない、という開き直りがおこなわれた」と、端的に説明している【4】。

企業も国家も金がないのではなく、払おうとしていないのが実態だろう。つい先日、文科省の特別部会が教職調整額を4%から10%に上げることを含む素案を公表したが、労働条件の改善案として不十分だと感じる教師は少なくないはずだ。

朝日新聞取材班への疑問

と、ここまで書いた日の晩に、現役の管理職(公立中学校)をインタビューしたところ、毛色の異なる話を聞いた。この管理職によれば、教師たちが疲弊して辞めていくのは「極端に自己主張の強い保護者」と「不登校」、「電子空間におけるいじめ」、「授業以外の雑務」への対応が主だった要因ではないか、と言うのだ。

「もっともっとお金が欲しいという気持ちは誰しもあるでしょうから、残業代を求めることを頭から否定する気はありません」

この管理職は大学を卒業後、誰もが知る大手企業で働いた経験がある。

「仕入れは叩け、売るときは盛れ、いくら儲けた、あいつを出し抜け……金儲けの物差し以外ではいっさい評価されない民間の企業で一度でも働けば、教員という労働がどれだけ人間的で、どれほど優しく、やりがいを持てる職業か実感できるはず。
ただ、これは民間企業の『駒』にならないと経験できない現場の感覚なので、研修で行ってもあまり意味がないような気もします」

続けて、管理職は自らの年収額も教えてくれた。

「都道府県でばらつきはありますが、ひっくるめて教師の報酬が安いとは思いません。いったいどんな『ほかの皆さんの仕事』と比べて、不当だと感じているのか」

たしかに、評者も驚いた。この管理職の年収は、同年代で一般企業に勤める正社員の平均所得の1.5倍をゆうに上回っていたのである。改めて、「何が教師を~」を読み直すと、「定額働かせ放題」や「残業代なし」が強調されているが、登場する教師たちの年収や平均的な所得など、具体的な数字はなにひとつ記されていなかった。あえて数字を伏せることに、どんな狙いがあったのかは推して知るべしだろう【5】。

「どうしても限られた予算しかないのであれば、教員個々人の所得を増やすより、学校職員の数を増やすことを優先していただきたい。これは『教員の数』という意味だけではありません。これまで、日本の教員は総合職でやってきましたが、ジョブ型にしないともう限界です。
常駐のスクールカウンセラー、どんな資格が必要なのかは分かりませんが地域連携の専門家、保護者対応時に立ち会う常駐のスクール・ロイヤー(弁護士のみ、の意ではない)、もちろん学校事務員も……」

過度な部活動には反対だが、甲子園はOK?

土日を含む異常な長時間労働に苦しむ教師たちを救うために、本書が提示する解決策は、学校の〈サービスの低下〉をおこなうべきであるという主張に集約されている【2】。

〈働き方改革というのは、ストレートに言い切ってしまえば、「学校のやることを減らす」、つまり、「サービスの低下」に他ならない。中学校部活動の地域移行のように、これまで無料だったものに費用が発生するケースだってある。もちろん、教員の無償に近い労働が支えてきたこれまでの状況が異常だったことは言うまでもないのだが。

教職を持続可能にし、子どもに向き合うという最も重要な機能を高めるためには、それ以外の機能を学校からなくしてしまうか、さもなくば、相応の投資をして人手を確保するか、その2つの路線しかない〉【2】

では、具体的に何をやめるべきなのか。

目次に謳われている通り、そのひとつが〈部活〉であることは論を俟たないが、朝日新聞と毎日新聞が主催し、自紙の購読者を増やすための販促の目玉としてフル活用してきた〈部活〉の象徴、甲子園について一言もないのはこれまた不可解だ。

朝日新聞取材班の記者たちが事前に目を通したに違いない『教育現場を「臨床」する』(内田良)でも名指しで批判されるほど、甲子園は〈部活動の負の側面〉を象徴するイベントと目されている【6】。 

教師の〈工夫〉に頼るべきではない

それからもうひとつ。

教育現場におけるICT(情報通信技術)の活用問題についても踏み込みが足りない。本書が成功例のひとつとして示すのは、卒業アルバム作りだ。

〈この小学校が2020年度に導入したのは、ITベンチャーが開発したオンラインサービス。大量の写真をクラウド上にアップすると、AIによる顔認証で、児童それぞれがどの写真に何回写っているかを読み取り、集計してくれる。費用は児童1人あたり年間300円ほど。導入後は、オンラインでできるので教員やPTAが集まる必要はなくなった。おのおのの作業時間も半分ほどに減った〉【2】

この他、専用ソフトで授業計画を作ったり、教職員間の連絡にLINEを導入した事例などが紹介されるが、民間の事業者に児童たちの大量の写真データを渡して顔認証させることや、個人情報の管理が不十分だった企業のアプリを、個々の教師や学校の判断のみで導入を決めている(決められる)意思決定の構造自体が、公立学校という巨大な母集団の新陳代謝を阻んでいる元凶のようにも感じられる。

このあたりの事情は、佐藤明彦『教育DXと変わり始めた学校』(岩波ブックレット)に詳しい。同書にあって、本書に欠けているのは「学校のデジタル化に対する国の政策」をめぐる解説だ【7】。

本書では、教師たちの個人的な工夫と愚痴が申し訳程度に書かれているだけで、(核としての生徒、周縁としての教員の双方に関連する国の)ICT政策と補助金、その結果について取材をおこなった形跡が見当たらない。

〈一部のデジタルの強い教員が自由に取り組むことで、「これは便利だ」と周りの人に自然に広がる。管理職はリスクに配慮しつつ後押しする。教員が授業や生徒指導などの本業に専念するため、そんな好循環が理想だ〉【2】

「教師個人の頑張りに倚りかかってはダメだ。全体のシステムを変えろ」と主張しているはずの本の末尾がこれでは、あんまりではないか。おまけに、この、何も言っていないに等しいコメントすら朝日新聞取材班の見解ではなく、教育評論家の言葉なのである。新聞記事なら玉虫色でも構わないが、一冊の本として上梓する際には、もうすこし肚を決めてもらいたい。

今回は朝日新聞取材班『何が教師を壊すのか』を入口に、いくつかの関連書籍を紹介したが、現在のところ、中澤渉『学校の役割ってなんだろう』(ちくまプリマ―新書)が出色の一冊である。

文/藤野眞功 写真/shutterstock

【1】『何が教師を壊すのか』のカバーから引用。

【2】〈〉内は、「何が教師を~」から引用。

【3】橋本陽子『労働法はフリーランスを守れるか』(ちくま新書)より引用。

【4】高橋哲+長谷川聡『聖職と労働のあいだ――教員の働き方改革の法的問題と展望』を参照。
https://senshu-u.repo.nii.ac.jp/record/2000046/files/3071_0067_06.pdf

【5】「何が教師を~」では、残業代を要求する第一の理由は金ではなく〈残業抑制〉にあると記しているが、それが「建前」でないのなら、彼らの金銭事情について一定の言及があってしかるべきではないか。

【6】内田良『教育現場を「臨床」する 学校のリアルと幻想』(慶応義塾大学出版会)。〈〉内は、同書より引用。

【7】佐藤は、都道府県や自治体ごとに任されているデジタル端末の整備や活用状況によって生じる「公立学校における学習環境の格差」を一定程度はやむを得ないものと考えているようだが、評者は、学校のデジタル化(施設としての学校、教師、生徒のすべてを含む)は、都道府県や教育委員会が独自の判断でバラバラにおこなうものではなく、その端末およびソフトの開発選定も含めて、国が一元的におこなうべきだと考えている。デジタル化をめぐる権限については、教育委員会制度も改革されなければならないというのが、評者の立場である。
 

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください