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介護は“オイシイ商売”なのか?「老人は歩くダイヤモンド」高齢者を囲い込み利益を上げる経営者がいる一方で、真面目な事業者が“損をする”介護ビジネスの現実とは…

集英社オンライン / 2024年6月5日 11時0分

少子高齢化が進む日本で、多くの人が直面する「介護問題」。近年、異業種からの参入も相次ぐ介護業界は、市場規模は拡大を続ける一方で、毎年多くの事業者が倒産・撤退している。果たして介護ビジネスは儲かるのか?

コンビニ業界の市場規模は10兆円、家電・小売業界は9兆5,000億円。では2025年の介護保険の給付費は…

『実録ルポ 介護の裏』(文春新書)より、一部抜粋、再構成して、複雑すぎる介護保険制度や人材・財源不足により引き起こされる、介護業界の“闇”に迫る。

新規参入しやすい介護市場

介護保険の給付費が2025年には21兆円へ。コンビニ業界の市場規模は10兆円、家電・小売業界は9兆5,000億円だから、それだけ介護は魅力的なビジネスになる─。



これは、ある介護事業者の起業説明会で用いられる営業トークの一つだ。同社は、小規模なデイサービスを全国に展開するフランチャイズ事業を手掛けている。民家を改装して介護スタッフを雇い、お年寄りに日中、そこで過ごしてもらうという事業だ。筆者が手に入れた同社のパンフレットには、こんな記載がある 。

〈月間利益は約80万円です。1日平均9.5人の利用者様を確保した場合、月額約100万円の収益も可能です〉

この金額が魅力的かどうかは別として、そんな謳い文句で、脱サラした個人事業主や中小企業の経営者などに、フランチャイズへの加盟を促している。

介護業界への参入は比較的簡単だといわれる。デイサービスや訪問介護、介護用の宅配弁当など、介護の資格や経験がなくとも、個人で起業できる業種はいくつもある。

また、大手飲食会社や、大手警備会社など、大企業が介護事業に参入していることは有名だ。ワタミも介護付き有料老人ホームに参入したことがあるが(後に撤退)、こうした大企業だけでなく、パチンコ会社から魚の仲卸し業者まで、あらゆる異業種が介護業界への参入と撤退を繰り返している。

 介護ビジネスは“オイシイ”商売か

「老人は歩くダイヤモンド」
 
2022年の夏、ある広告会社の社長が私に、そう話したことがある。東北地方で介護施設を手掛けている知人が、老人相手のビジネスは儲かると語り、老人をダイヤモンドと表現していたそうだ。

この介護事業者の本業は不動産業で、多角化経営の一環として小規模のデイサービスを数店舗経営しているという。今後も事業を拡大していく予定だと嬉しそうに語っていたというのだ。

「介護ビジネスは、入金元が自治体や都道府県の国保連(国民健康保険団体連合会)だから、民間対民間で行う商取引に比べて、確実に収入を得ることができる〝オイシイ商売〟。

しかも他の介護関連業者と組んで、住居から食事、それに医療まで、高齢者の生活を丸ごと囲い込める。小さな石ころが大きな価値を生むから、まさにダイヤモンドみたいだというわけ」(広告会社社長)

まるで高齢者を食い物にするような例えだが、介護業界には、こうした経営者が一定数いるのも事実だ。

介護保険の給付費は年々増加傾向にある。厚労省の「介護保険事業状況報告」などをみても、2020年度の給付費は10兆円を超えており、前年度と比較し2.7%増えた。

そして介護業界は主に、営利企業や医療法人、社福(社会福祉法人)によって支えられている。

厚労省がまとめた「開設(経営)主体別事業所数の構成割合(詳細票)」(平成29年10月1日現在)によれば、訪問介護事業者の約66%は、営利企業が運営している。

福祉用具の貸与や販売の事業に関わる者の90%以上が営利企業だ。特養と呼ばれる介護老人福祉施設は、約95%が社福の経営。公益性の高さから、社会福祉法において、原則的に国と地方公共団体又は社福が経営すると決められているからだ。

老健(介護老人保健施設)は、医学的管理の下における介護やリハビリを行うという性質から、75%が「医療法人」の経営である。

また、介護の問題に直面したとき、最初に相談する地域の包括は全国に5351か所(令和3年4月末現在)あるが、このうち市町村が運営しているのは20.5%に過ぎない。それ以外は「委託」という形で民間事業者などに運営を委ねているのだ。

「介護は儲かる?」施設責任者が語った実情

では実際、介護ビジネスは儲かるのだろうか。2022年6月、ある医療法人が運営する大阪府内の老健を訪ねてみた。老健とは、要介護者が自宅で介護を受けながら生活できるようになるまでの間、リハビリなどを行いながら生活する宿泊型の介護施設を指す。

電気が消えた薄暗い個室に入ると、正面に窓、右手の壁側には大型のテレビが置かれていた。

「うちは、各部屋にトイレもついています」

そう言いながら、この施設の責任者・坂本浩二さん(仮名)は、部屋のカーテンを全開にして、「どうぞ、自由に見てください」と促した。

8畳ほどの室内の左手には介護用ベッドがあり、先ほどまで部屋の主である高齢者が寝ていたのだろうか、ベッドの上には、皺になった枕と丸まった掛布団、それに使いかけの箱ティッシュが無造作に置かれたままになっていた。

老健の入居費用は、さまざまな種類の介護施設の中でも最も安価とされる特養に次ぐほどの安さで、比較的利用し易いと言われている。例えば、この施設でかかる費用は、食事代などが込みの個室で、月額10万円前後だという。

ただし利用期間が限定されており、この施設の場合は最長3か月間しか利用できない。老健は病院を退院後、居宅介護を目指してリハビリをする要介護者のための施設だからだ。

ところが利用者の実態としては、特養に入居するための順番待ちをしている者が、一時的に入居している場合も多いという。

この老健は、1階の駐車場に介護用の送迎車が数台停車していなければ、外観は少し高級な分譲マンションと見間違えるほどだ。建物もよく掃除が行き届いているようで、清潔感がある。

坂本さんが働くこの老健の経営母体は医療法人だ。なぜ、株式会社ではなく、医療法人なのか。

「経営しているのが医師だからですよ。元々病院を経営しており、この施設もリハビリを主としています。また、医療法人だと医師の節税効果になり、相続対策ができる利点もあるんです。新しく分院も設立でき、介護事業にも進出できるため、経営面でもメリットがあるからです」

事実、同法人は関西地方の広い範囲で病院、老健、デイサービス、サ高住、グループホームなど、複数の介護施設を手広く経営している。

 “真面目な事業者は儲からない”現状

高級マンションのような老健を見学しながら、坂本さんにこう切り出した。

「介護ビジネスって、やっぱり儲かるんですか?」

すると彼は手を左右に振りながら、「全然儲かりませんよ」と笑った。ただし、それは「真面目に介護事業を運営した場合の話」だと付け加え、こう続けた。

「介護保険の中で要介護者が使えるお金は決まっています。『要介護5』なら月額いくらまでと、要介護度にあわせて上限が決められているため、介護事業者からみたら、儲けようと思っても売上額を制限されているようなものです。

それに、うちの例でいうと人件費が総売上の70%を占めています。ここ数年、ガソリンや食材費の高騰で、さらに利益を圧迫していますから、商売として考えるなら、儲かる業種ではありません」

彼の説明によれば、例えばデイサービスのような規模が小さな施設ほど、売上に占める人件費の比率は高くなる傾向にあるという。

しかし、前述した通り、老人を「歩くダイヤモンド」などと呼ぶ業者もいる。そこで、坂本さんに、「仮に介護で大儲けするためには、どうすればいいのか」と質問してみた。

「施設に金をかけず、人件費を極端に減らせば儲けは出ます。たとえば、利用者3名に対して常勤の介護職員または看護師が最低1人いなければならないなどと厚労省が定めた人員配置の基準があります。

ところが、きちんと介護をしようと思うと、厚労省が決めた最低必要人数では全然手がまわらないのが実情です。人員を基準以下にし、老朽化した建物や設備をそのままにして利益を出している施設もあると言えるでしょう。

ちなみにうちは、厚労省が定めた最低人数よりも人を増員して対応しています。しかし悪質な施設の中には、清掃員として雇った人を書類上、介護スタッフとして数え、人数の帳尻を合わせているところもある。行政がスタッフ1人ずつと面談して職務内容を確認するわけではないので、バレないのです」

坂本さんの話からは、介護制度の枠組みと、事業運営の現実の間に大きなギャップがあることがわかる。質の高い介護を提供しつつ、経済的に持続可能な事業運営を行うことが困難であるなら、現行制度の見直しが必要ではないのか。


文/甚野博則 写真/PhotoAC

実録ルポ 介護の裏

甚野 博則
実録ルポ 介護の裏
2024年5月17日
1,045円(税込)
232ページ
ISBN: 978-4166614493

「うちはまだまだ大丈夫」「いざとなれば何とかなる」
現実から目をそらし続けてきた筆者のもとに、突如降りかかってきた母親の介護問題。
なぜ介護の仕組みはこれほど複雑なのか?
なぜこんなにお金がかかるのか?
一体誰が得をしているのか?
制度について一から調べ、全国の現場を訪ね歩いてみると、深くて暗い業界の「裏側」が見えてきた――
知らないままでは損をする、誰も教えてくれない「介護のリアル」を徹底ルポ。

部屋に閉じ込め、水道も止め…高齢者施設で虐待が相次ぐ背景に、現場を無視した“利益優先主義”「忙しさのあまり介護士の感覚も麻痺し、無意識に虐待を行っている」〉へ続く

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