実態のない「就労支援」で月26万円を不正受給、「移動支援」の中身は“たこ焼きパーティー”…なぜ介護業界で不正がまかり通るのか?
集英社オンライン / 2024年6月6日 11時0分
〈部屋に閉じ込め、水道も止め…高齢者施設で虐待が相次ぐ背景に、現場を無視した“利益優先主義”「忙しさのあまり介護士の感覚も麻痺し、無意識に虐待を行っている」〉から続く
介護・福祉事業の需要が高まる中、サービス利用者を「食い物」にして不正に利益を得ようとする悪質な事業者が後を絶たない。主な違法行為として挙げられるのが、実態のないサービスを実施したと報告して給付金を受け取る「介護保険の不正請求」だ。なぜこれら多くの不正は見過ごされてしまうのか?
〈画像あり〉「一緒にドン・キホーテに買い物に行きました」B社が作成したウソの訪問記録
『実録ルポ 介護の裏』(文春新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
実態のない「障害者就労支援」
JRと南海電車が走る新今宮駅の周辺は、「ドヤ」と呼ばれる日雇い労働者向けの簡易宿泊所が立ち並ぶ。あいりん地区が目と鼻の先にあるこの街の外れに、生活保護受給者が多く住む集合住宅がある。
決して綺麗とはいえない建物の中に入ると、訪問介護や訪問看護を行っている介護事業所B社と、障害者の就労支援を行う一般社団法人の事務所が同居している。この両法人で訪問介護や看護、障害者の就労支援やグループホームなども運営しているのだ。取材当時、スタッフは合計して約20名で、どちらの法人も同じ60代の女性が社長を務めていた。
同法人の内情をよく知る関係者はこう話す。
「障害者支援事業では、ブックオフで売る古着に、値札のタグをつける軽作業を行っています。就労時間になると、利用者は自分の部屋から1階の作業所に集まり、入り口で出席確認の印鑑を押して就労します。ところが、印鑑だけ押して実際には就労していない人がいる。社長からハンコだけ押せばいいと言われているというのです」
その一人が施設利用者である乾大介さん(仮名)。第三章(編注:同書 第三章「ゴキブリだらけの部屋で老人を飼い殺す」)で紹介した、劣悪な環境の部屋で暮らす人物である。尼崎出身の乾さんには家族がおらず、幼少期から社会福祉施設で育った。職を転々とし、大阪の天満に住んでいた15年ほど前までは、駅のホームで清掃員として働いた。後に知人を通じて訪問介護や訪問看護の事業を行っているB社の社長と知り合い、ある時、こう言われたという。
「介護の資格を取らせてあげるから、訪問ヘルパーとして働いて、将来はうちの利用者になってな」
乾さんは清掃員を辞め、B社のスタッフとして働くことになった。そして社長の言葉通り、数年前に障害者手帳が交付されると、今度は同社の利用者となったのだ。
B社の内部資料「訓練等給付費等明細書」によれば、同社は乾さんの就労支援をしたことで、月に約26万円の給付を大阪市から受けていたこともあった。その中から報酬として、就労者に1万円から1万5,000円ほどが支払われる仕組みだ。
記録の捏造や水増しも…不正請求のカラクリ
ところが、筆者が入手した乾さんと同社スタッフの会話を録音した音声データには、こんなやり取りが残されていたのだ。
乾さん「(社長から)前みたいにサインと印鑑押してくれっていわれたんや。(略)で、助成金欲しいんやったら前と同じように、ここに印鑑とサインは、もう向こうにおる人が書いてくれて」
──(就労に)行ってはいないってこと?
乾さん「もう(代表)にも言うてるんよ。もう行かへんからねって」
実際には就労していないにもかかわらず、サインと印鑑のみで給付を得ているのだ。それだけではない。乾さんは同社から訪問介護サービスも受けており、ここでも不正が行われていると、B社関係者は証言する。
「利用者さんの自宅を訪問して、どんな介護サービスを行ったか『訪問記録』をつけることになっていますが、乾さんが病院に行っている日に、本人が自宅で介護サービスを受けたことになっていた。一緒にドン・キホーテに買い物に行ったと、ウソの訪問記録を作成していたこともあります。買い物に同行すれば給付金が多くもらえるからです。会社は提供していないサービスを実施したことにして、介護報酬を不正に受給しているのです」
就労を支援した、自宅で介護した、買い物に同行した、などと様々な書類を整えて大阪市から金を引っ張る。まさに同社にとって乾さんは「金のなる木」だ。
また、ある現職のスタッフは、乾さんの他にもほとんど姿を見たことがない人物が、作業所で就労したことになっていると明かした。
「その人の就労実態を示すはずの『就労継続支援提供実績記録票』を見ると、土日を除いたほぼ毎日、午前10時から15時40分まで作業をしている月がある。しかし、作業所で彼をみたことはほとんどありません」
不可解な請求は、まだある。2022年10月15日、同社の介護スタッフと障害者6名が、福祉車両のワンボックスカーに乗って会社から20分ほどの寂れた喫茶店を訪れた。
カウンター6席にテーブル席が2つの小さな店内。この店で、利用者から各2,000円を徴収して〝たこ焼きパーティー〟が開かれていた。
B社のスタッフが話す。
「これは『移動支援』といって、障害者の移動を支援したという名目で、大阪市から会社に給付金が入ります。約3時間の会でしたが、スタッフは時間を水増しして、市から給付金を多めに受け取っていた。1人数万円ほどの微々たる額ですが、公金を不正に得ていることに変わりはない。生活保護の方から参加費を取り、不味(まず)いたこ焼きを食べさせて、挙句の果てには店で嘔吐してしまった利用者もいた。同行したスタッフの一人が、『こんな所で何しとんねん!』と声を張り上げたと聞きます。これのどこが障害者福祉なのでしょうか」
確かに、同社の勤務シフト表を見ると、同行していないスタッフまでが3時間以上、移動支援を行ったように記されている。
社長を直撃「不正請求疑惑は“誹謗中傷”」
なぜ不正がまかり通るのか。前出のB社スタッフが続ける。
「大阪市の職員が定期的に立ち入り調査をするのですが、その実態は、記載漏れがないかなど書類をチェックする程度。書類を見ただけで、水増しや不正をみつけることなど不可能に近い。しかも、立ち入りの日は数か月前に市から予告されるため、その間に書類の改竄(かいざん)もできてしまいます。実際に会社は市から予告があると、書類の辻褄(つじつま)合わせをしたり、実態と異なる書類を作成していました」
こうした関係者らの話をもとに、B社の事務所で社長を直撃した。すると、社長は約80分にわたって、こう喋り続けた。
──不正請求をしている?
「そんなん、誹謗(ひぼう)中傷もいいところ。私、ホームレスの支援も22年してるし。今度、ウクライナ人さんの支援をしなければいけない。大体うちってボランタリーなので。西成の病院に入院したら殺されるって思ってる人もいるんです。だから、尊厳死の宣言をしてもらって、終末まで(うちが)サービスをして、最期まで看取るっていうシステムを作ったんですよ」
──サービス内容を水増しして請求しているのか。
「水増し請求ってどういうことですか?(逆に)ボランティアまでしてますよ」
──作業場での就労の実態がないのに「就労支援」をしたことになっている人もいると聞いた。
「在宅で仕事してもいいっていう人もいるんですよ。ここに来れない人がいるんです。なぜ来れないかって言うと、あの…、大家さんに来ないでくれって言われてる。お金借りまくって追い出されてしまったの。ほんでシェルターに保護して、別のとこ入ってもらった」
──わざわざ来て、出席のハンコだけ押して帰っている人もいますよね?
「誰それ?いるわけない。例えば乾さんは、うちの身内みたいなもんやから、ハンコ押すだけでいいよって言いたいとこですけど、押してません」
──例えば〇〇さんは作業所でほぼ見ないそうですが。
「来てますよ」
──どれぐらいの頻度で?
「もう毎日。彼には特殊な仕事をしてもらってるんです。今度頼んでるのは、えっと…、ホームページ作ってもらったり。精神疾患があるので、就労場所はここ(作業所の上の階)で」
──では今もいらっしゃるのですね。
「いやいや…、今はちょっと、自宅でやってます」
──先ほど、毎日、と。
「いやいや、毎日連絡を取って仕事してます」
と話は二転三転した。さらに、「うちはチャイナに狙われている」「安倍元首相殺害現場に怪しい人物がいたことを私は知っていた」などと脈絡のない話まで飛び出す始末だ。
“内部告発頼み”の取り締まり体制
同社の例を挙げながら、不正を事前に見抜くことはできるのか、大阪市福祉局の担当者に聞くと、こう説明した。
「実地指導を定期的に行っており、そこで不正が見つかれば監査に移行します。指導の場合は、見るべき視点が厚労省から示されており、それに即した形で事業者の運営について確認しています。もし不正があれば、程度に応じて、指定の取り消しなど行政処分を行うこともあります」
だがさらに突っ込んで聞いてみると、内部告発でもないと不正をみつけるのは難しいと吐露し、他の自治体でも概ね同じだろうと語った。
「従業員や利用者の方の通報などが大きな情報源となります。不正であると指摘する場合、それを立証する責任は行政側にあるので、確たる証拠が必要になってくる」
確かに立証責任は行政側にあるだろう。だが、確たる証拠を探すために実地指導や監査をしているのではないのだろうか。まるで、証拠を持ってきてくれる内部告発者任せになっているような印象を受けた。
以前取材した介護職の一人は、「行政側も面倒に思って、不正を見て見ぬふりをする担当者がいる」と話したことがあった。
冒頭のB社関係者は、こう訴える。
「不正を放置すれば、結果的には不良業者が増えて、利用者の方が受けるサービスの質の低下にもつながると思います」
文/甚野博則
写真/PhotoAC
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