介護職のブラックな実態「夜勤明けにそのまま日勤」「盆正月も休みなし」慢性的な人手不足で過重労働が常態化、自ら命を絶つ職員も…それでも「会社は人を入れてくれない」
集英社オンライン / 2024年6月7日 11時0分
〈実態のない「就労支援」で月26万円を不正受給、「移動支援」の中身は“たこ焼きパーティー”…なぜ介護業界で不正がまかり通るのか?〉から続く
高齢化が進む日本では、介護事業における人手不足が年々深刻になっている。2040年には約69万人の介護職が不足するという。政府は「介護士の待遇改善」を掲げ人材確保に動いているが、問題解消には程遠いのが現状だ。慢性的な人手不足はブラックな職場環境を生み、サービス低下を招くだけでなく、現場で働く職員を疲弊させていく。
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『実録ルポ 介護の裏』(文春新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
「仕事が忙しい」自ら命を絶つ介護職員も
2021年2月中旬、関東郊外にある2階建てのアパートを訪ねると、引っ越し業者の作業員数名が、部屋の中の荷物を慌ただしく搬出していた。この部屋に住む吉田健司さん(仮名・享年41)が息を引き取ったのは同年1月のことだ。吉田さんは自宅の浴室で練炭を使い自ら命を絶った。
この日、離れて暮らす親族らが、吉田さんの部屋を片付けるために上京しており、その合間に、親族の1人が私の取材に応じてくれることになっていた。
生前、吉田さんは大手介護関連企業の社員として働いていた。勤務先は自宅から自転車で10分ほどの場所にあるグループホームだ。グループホームとは、介護が必要なお年寄りが、少人数で共同生活を送る介護施設のこと。その施設で吉田さんは施設長を任されていたという。
遺体の第一発見者は、吉田さんの職場の同僚だった。この日、出勤するはずの吉田さんが職場に姿を見せないことを不審に思った職員は、何度か彼の携帯電話に架電したが繋がらなかった。午後3時頃、吉田さんの自宅を訪ねると、玄関の鍵が開いていた。部屋の中に入ると、浴槽のドアに白いA4の用紙が貼られており、大きな字でこうタイピングされていたという。
〈一酸化炭素中毒に注意〉
ドアを開けると、そこには変わり果てた吉田さんの姿があったのだ。
司法解剖の結果、死亡推定時刻は同日午前10時頃。命を絶ってから約5時間後に吉田さんは発見されたことになる。吉田さんの親族は後日、第一発見者の職員にお礼をいうため電話をかけた。だが、対応した職員の何気ないこんな一言に、強い違和感を覚えたという。
「(健司さんは)肩の荷が降りたような、ほっとした表情をされていましたよ」
肩の荷が降りた─。一体どういう意味なのだろうかと親族は思った。同時に、吉田さんが度々こう漏らしていたことを思い出したという。
「仕事が忙しい」
施設長という責任ある立場であれば忙しいのも当然だろう。だが親族の話によると、吉田さんから来たLINEや過去の言動などから、度を超えた過酷な労働を強いられていた可能性があると感じたという。
例えば、吉田さんから送られてきたある日のLINEには、夜勤明け、そのまま日勤に就いていることが記されている。
さらに前年のお盆や年末、そして2021年の正月も、実家に帰省できないほど多忙を極めていた。職員が休むと施設長である吉田さんしか穴を埋める者がいなかったという話もあった。そうしたことから親族は、過酷な業務が常態化していた可能性が高く、こうした状態を放置していた会社に不信感を抱いたのだった。
会社は慢性的な人手不足を放置
地方出身の吉田さんは、地元の高校を卒業すると、大学入学のため単身東京に出てきた。大学は理系で、趣味はコンピュータとゲーム。兄弟想いの優しい性格だった。吉田さんは大学卒業後も就職できずに就職浪人をしていた。そこで介護の仕事をしている親族が彼に「介護の資格を取っておくと将来役に立つから」と声をかけたのが、介護の道に進むきっかけとなった。
親族の言葉を信じ、吉田さんは資格取得の勉強に励んだ。そして彼が通ったのが、ある大手介護関連企業の講習会だった。
「講習を受けた際に会社の人と知り合い、その人に誘われてそのまま入社することになったと聞いています」(吉田さんの親族)
2010年11月、吉田さんはその大手介護関連企業へ入社した。
「これから不規則な生活になるから」
入社前、そう親族に告げた吉田さんは、介護士としての人生をスタートさせたのだった。最初は介護職員を経験し、数年後にはフロアマネジャーへと昇格。介護の世界に足を踏み入れるきっかけとなった親族とは、時々連絡を取り合っていた。
「利用者の方が亡くなったよ」
あるときは職場での辛つらい体験も語っていたという吉田さん。しかし着実に介護職としての経験を積み、約3年前から施設長を任されるようになった。
当時、吉田さんの給与は手取りで25万円前後。ボーナスは22、3万円。決してよいとはいえない待遇だが、それでも吉田さんは介護の仕事が好きだったという。しかし、こんな愚痴をこぼしたこともあった。
「会社が人を入れてくれない」
吉田さんの施設は慢性的な人手不足の状態だった。だが、吉田さんが本部にかけあっても人員を増やしてもらえないという状況が続いていたという。
「これ以上、健司のような犠牲者を出してほしくないと思っていますので、会社にはしっかりと原因を究明してほしいです」(前出・吉田さんの親族)
人材紹介業者への支払いが経営を圧迫
2024年1月、東京商工リサーチが公表した「2023年『老人福祉・介護事業』の倒産、休廃業・解散調査」によると、2023年に倒産した老人福祉・介護事業は122件で、過去2番目の多さだったという。このうち訪問介護事業者の倒産は67件にのぼり、過去最多を大幅に上回った。倒産まではいかないものの、休廃業や解散をした介護事業者も、最多の510件を記録。主な原因には、「販売不振(売上不振)」「他社倒産の余波」などが挙げられている。
東京商工リサーチは、ヘルパーなど介護職員の人手不足や高齢化が深刻であることなどを挙げ、「2024年は一段と小・零細事業者の倒産、休廃業・解散が増勢を強めるとみられる」と予測している。
人材不足による弊害もすでに生まれている。第二章(編注:同書 第二章「介護ビジネスは儲かるのか?」)で紹介した老健の責任者である坂本さんは、介護業界の現状をこう解説する。
「どこの施設も人が集まらない状況は年々深刻になっており、特にこの5年は採用コストが高くなってきています」
厚労省が発表した「厚生労働白書」(令和4年版)によれば、介護関連職の有効求人倍率は、2005年が1.38倍だったのに対し、2021年には3.64倍と大幅に増えている。特に東京は4.91倍、大阪が4.09倍と深刻だ。求人広告を出しても応募者が来ないため、介護人材の派遣や紹介をしてくれる業者を使う施設が多いと坂本さんはいう。
「こうした業者を使って介護スタッフを1人雇う場合、業者にスタッフの年収の2、30%を支払うことになるんです。年収400万円なら80万〜120万円の支払いになる。最近では年収に関係なく、1人につき100万円の紹介料を業者に支払うというのが、この周辺での相場。そんな高額の金を払ってでも、人を雇いたい状況なんです」
高額の紹介料が施設の経営を圧迫するという、理解しがたい構造が出来上がっているのだ。
職員を苦しめる、会社の“売上至上主義”
このような中では、経営者もなんとか儲けを出そうと躍起になる。
自ら命を絶った吉田健司さんへと話を戻そう。吉田さんがかつて働いていた会社で、ケアマネジャーをしている男性は、週刊文春編集部にこんな情報提供をしてきたことがある。
〈私はA社(メールでは会社名)でケアマネジャーをしています。自社のサービスを使うように厳しく利益誘導、利益供与を強要されています。16年ほど前にコムスン(筆者注:かつて存在した訪問介護サービスの最大手)が同じようなことをしていました。
ケアマネは公正中立の立場で介護保険サービスを使うことが義務づけられていますが、A社では自社にサービスをどれだけ連動できたかで評価され、その金額に比例して手当をもらっています。それが利益供与にあたると思います。
また、ケアマネの自社への連動金額が少ないと、会議で叱責され、異動を命じられたりします。毎日会社と法律のはざまで苦しんでいます。日本最大手のリーディングカンパニーであるA社が、そのような不正をしていいとは思いません〉
関係者の話によると、A社では〈サービス品質向上手当〉と呼ばれるものが存在し、自分が担当した利用者へのサービスの売上に応じて、手当が支給される仕組みになっているという。自身の売上が上がるほど給与が増える。こうなると、会社全体の雰囲気が売上至上主義に傾倒していくのは容易に想像できる。会社と利用者の間で葛藤する吉田さんのような人がいる一方で、売上アップに必死になる職員も多くなるだろう。
果たして、介護という福祉事業を担う会社が、売上至上主義の経営でよいのか。このような体質は介護職を疲弊させるだけでなく、結果的に利用者にも何らかの形で跳ね返ってくるはずだ。
文/甚野博則
写真/PhotoAC
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