死体解体業の男を描き話題沸騰の映画『辰巳』「人に命令なんてできない」という自主制作にこだわる温和な監督はなぜ命令と理不尽と暴力しかない映画を撮ったのか
集英社オンライン / 2024年6月8日 17時0分
裏稼業で生計を立てる孤独な男を描いた映画『辰巳』を、完全自主制作で完成させた小路紘史監督。2016年のデビュー作『ケンとカズ』の公開から8年。ジャパニーズノワール映画の新しい扉を開いた本作で、小路監督が描きたかったものとは。
――公開中の映画『辰巳』は、前作『ケンとカズ』(2016年)から8年ぶりの新作です。
小路紘史(以下同) 長く休んでいたとかではないんですけどね。じっくりロケハンもオーディションもした上で撮影して、2〜3年かけて編集して、追加撮影もして、そしたら8年経っちゃいました。
――商業作品ではあり得ない時間と労力のかけ方ですよね。
(普通の商業映画では)あり得ないんでしょうね。超売れっ子の俳優さんと仕事したことないので、もはやわからないです。8年かけていたら怒られますよね(笑)。
――とはいえ、テレビ東京のドラマなどでも監督を務めていますよね。
そこは自分の映画とは別で、完全に割り切っています。映画を作るためにはお金も稼がないといけないし、自分の経験にもなるし。ベテランの助監督に怒られながら、なんとかやっています。
――ドラマだと追加撮影もできないでしょうし。
でもハリウッド映画では、追加撮影は当たり前なんですよ。そのために、いったん撮影が終わっても、セットをそのまま残していたり。すごいお金はかかるんですけど、追加撮影ありきで作られています。日本の監督だと、誰ならそういう時間とお金のかけ方できるんですかね。
――かなりの大御所にならないと、難しいでしょうね。
大御所になったら、人に命令しないといけないですよね。それはできないな。
――そんな性格なのに、なぜ暴力まみれの映画を作っているんですか?
命令と理不尽と暴力しかない(笑)。完全に趣味です。ジャンル映画として、ノワール作品が好きなので。
キャスティング権を完全に握りたかった
――小路監督は、師匠にあたるような人はいるのでしょうか。
いないんですよ。映画の専門学校に行って、仲間たちと自主制作をしながら、そのまま監督になってしまったので。専門学校の同級生が『ケンとカズ』でカズを演じた、俳優の毎熊克哉なんです。彼はカメラマンコースに通っていて、照明を手伝ってもらったりしてました。
――経験として、助監督をやってみたかったとかは?
絶対やりたくないですね。やっていたら、映画作りもやめていたと思いますよ。とにかく命令するのもされるのもイヤなんです。今の僕の映画の作り方も、縦社会ではなく、常にお願いベース。「やっていただけますでしょうか……」って。監督の名前がついた「〇〇組」という、映画ならではのファリミリー感も一切経験ないです。そういう体制を持っているほうが、長続きはすると思うんですけどね。
――世にある映画たちが先生、という感じですか。
そうですね。誰にも教わらず、ひたすら映画を観て学びました。僕の作品はオマージュで成り立っているところも大きいので。
――自主制作にこだわる、最も重要なポイントは?
役者ですね。自分のやりたい映画を追求するために、キャスティングもすべて自分が考えたいんです。最初から役者が決まっているのはもちろんイヤですし、そもそも役者ありきで「この人で撮りたい」と思えるような役者に残念ながらまだ出会ったことがなくて。でもそれは役者のほうも同じで、今のキャスティングの進め方に不満を持っている人はたくさんいると思います。
――オーディションにかなり時間をかけるとのことですが、独自のやり方があるのでしょうか。
オーディションのやり方自体は普通です。役に合わせて、かるくセリフを言ってもらったり、動いてもらったりとか。その感触によって、別の役でまたオーディションを受けてもらったりもしますし、ときには台本のほうを書き換えたりもします。
『辰巳』でいうと、主役の遠藤雄弥さんは最初、別の役でオーディションを受けてもらったのを見て、辰巳役のオーディションにも来てもらいましたし、森田想さんの役はもともと男性だったのを、別の役のオーディションで彼女を見て、台本を女性に書き換えました。
――森田想さんをオーディションで見て、受けた役よりもあっちの役のほうがいいな、でもあっちの役は男性だから、設定を女性に変えよう、という流れですか。
そうです。設定を書き換えました。実際に役者と対峙するオーディションってそのくらい重要ですし、やってる人は少ないんですよね。
追求するのはファンタジーとしての暴力
――小路監督の映画は、役者の新しい一面を引き出す、ということも言われます。
どうやって役者の魅力を引き出しているのか、みたいなことは言われるんですけど、それもオーディションをして、適材適所に配役をしているだけなんです。今の商業作品がそうなっていないとしたら、本来なら制作側が段階を踏んでやるべきことを怠っているからではないかと思います。少なくとも役者の責任ではないかなと。
――オーディションでは、どういうところを注視しているのでしょうか。
その人の持っている潜在的な雰囲気とかですかね。過去に出演した作品とかもあまり参考にはしていません。とくにノワール作品の場合は、顔の造形が大事。スクリーンに映えるかどうか。映画的な顔かどうか。
――暴力をモチーフにした映画を作るにあたって、リアリティラインはどこに置いているのでしょう。
僕の場合、実際の暴力とは別で、あくまでフィクションの中の本物らしさを追求しています。本物の暴力を追求した作品って結構あると思うのですが、僕はファンタジーとしての暴力がいい。たとえば、北野武映画は抗争に巻き込まれて通行人が死んだりします。それは本物の暴力がそういうものだから。
でも僕は、映画でリアルなものを見たくない。ファンタジーがいい。だから『ケンとカズ』でも『辰巳』でも、リアルなヤクザの抗争とかは描いてないですし、背景に通行人がいることもない。ロケ地も一切妥協せず、作りものっぽい、どこだからわからないような、映画的な場所を探しました。それはフィクションの純度を落とさないためです。
リアルを描く責任とは別のところで映画を撮りたい
――『辰巳』の主人公は死体の解体をしている男ですが、それもファンタジーですよね。
死体解体業なんて、そんなのリアリティないじゃないですか。撮影にあたって、現実に死体を処理する場合はどうするのか、犯罪ジャーナリストの方に取材したんですが、その通りにやるとリアルすぎるので、映画ではリアルじゃない方法にしました。
――SNSなどで『辰巳』の感想を見てみると、その暴力性に対して一定数「かっこいい」という評価がありました。そのことの加害性については、どう考えていますか?
登場人物たちの「痛み」を撮ろうとは思っていましたが、かっこよく撮ろうとは思っていなかったので、意外な反響でしたね。加害性ということについての回答になっているかわからないですが、作中で必ず暴力に対する責任はとらせるようにはしています。
――作品における現代的なテーマ性や社会性の意識はどうですか?
特に意識はしないですね。僕が撮りたいのは、ジャンル映画としての古典なんですよ。社会に対するメッセージもないし、現代性もない。でも今って、映画に現代性や社会性を求められがちじゃないですか。
リアルを描くからには、必ず責任を伴います。作家として、自分なりの答えを出さないといけない。でも僕は、そういった責任とは別のところで映画を作りたいので、意識としてはかなりファンタジー性を強く打ち出しました。
――次回作の構想はありますか?
社会派から脱出するためにも、次はラブコメを撮りたいです。もともと映画を志したのは『猟奇的な彼女』みたいな作品を撮りたかったからなんです。
――結局、暴力じゃないですか。
あの映画こそ、僕にとっては理想のファンタジーだと思っています。
取材・文/おぐらりゅうじ
『辰巳』
渋⾕ユーロスペース他全国ロードショー公開中
2016年公開の長編デビュー作「ケンとカズ」で注目を集めた小路紘史監督が自主制作で完成させた長編第2作で、希望を捨てた男と家族を失った少女の復讐の旅路を描いたジャパニーズノワール。
裏稼業で生計を立てる孤独な男・辰巳は、元恋人である京子の殺害現場に遭遇し、その場にいた京子の妹・葵を連れて逃亡する。最愛の家族を奪われた葵は、姉を殺した犯人に復讐することを決意。犯人を追う旅に同行することになった辰巳は生意気な葵と反発し合いながらも、彼女を助けともに過ごすなかで、ある感情が芽生えてくる。
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