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巨人が「昭和の大企業」だとしたら、大谷翔平は「シリコンバレーの起業家」 契約金総額1015億円はグローバル資本主義がたどり着いた極致か

集英社オンライン / 2024年7月10日 11時0分

かつて日本球界を代表する「金満球団」だった読売ジャイアンツの、2023年における選手年俸総額は約37億円。大谷翔平の推定年棒、約101億5000万円に遠く及ばない数字だ。衰退を続ける日本において大谷翔平の神格化は必然的なものだった。

【写真】2006年のWBCで監督を務めた王貞治

書籍『大谷翔平の社会学』より一部抜粋・再構成し、なぜ日本人がこれほどまでに大谷翔平に熱狂するのかを解説する。

「大谷教」の信者たち

大谷が投手として15勝、打者として34本塁打という超人的な活躍を見せた2022年、日本球界では東京ヤクルトスワローズの若き主砲、村上宗隆が王貞治の記録を超えるシーズン56本塁打を放った。

日本プロ野球(NPB)史上最年少で三冠王に輝いた村上は、その神がかり的な打棒を称えるファンやメディアに「村神様」と呼ばれた。はるか昔から「八百万の神」が存在する超多神教の国、日本では野球選手もたやすく「神」になる。



さて、日本で本塁打記録を打ち立てた村上が「神」ならば、アメリカでMVPをすでに2度、いずれも満票で受賞している大谷は「神々のなかの神」とでも言うべき存在だろう。

2018年に大谷がロサンゼルス・エンゼルスの選手としてプレーするようになってから、日本でエンゼルスの試合が毎日テレビ中継されるようになっただけでなく、本拠地のエンゼル・スタジアムまで足を運ぶ日本人が続出した。

米国在住者はもちろん、日本から飛行機ではるばる訪れる人も後を絶たなかった。大谷が日本人にとって「神」だとしたら、エンゼル・スタジアムは「聖地」だった。

まるでイスラム教徒がサウジアラビアのメッカに「聖地巡礼の旅」へ出かけるように、「大谷教」の信者である日本人はエンゼル・スタジアムへと足を運んだ。

大谷翔平という「神」を崇拝しに……。

そして2024年からはもちろん、新天地のドジャー・スタジアムが新たな「聖地」になる。

連日のように日本のテレビに映る大谷は、今や日本一の有名人だ。しかしアメリカでプレーする大谷の姿を実際に、自分自身の目で見たことがある人はどれくらいいるのだろうか?

僕を含めて多くの人は、テレビの中継映像やインターネットのニュースで大谷を見ているだけだ。メディアに映る姿を見て、大谷翔平という人間がこの世に存在していると「信じている」にすぎない。

だからこそ僕らは勝手に想像を膨らませて、大谷翔平という存在に「神話性」を付与しているとも言える。

ある物語が神話性を帯びるためには、多くの人々が「共同幻想」を抱くことが条件となる。たとえば「国家」や「宗教」はいずれも共同幻想の産物だ。

国家や宗教は目に見えるものではないが、それゆえに「国の成り立ち」や「信仰のはじまり」といった物語を通じて人々にその存在を信じさせる。

そして今日、物語を流布するのはメディアの仕事だ。たとえば「悪の帝国ロシアと戦うウクライナ」といったシンプルでわかりやすい物語を人々に信じ込ませることによって、メディアの商売は成り立っている。

 「日本の誇り、大谷翔平」もそんな物語のひとつで、現在、日本で最も人気のある物語と言えよう。あるいは最も信奉者の多い神話、と言って良いかもしれない。メディアが繰り返す物語を通じて大谷は「神」になったのだ。

読売ジャイアンツよりもファンが多い大谷

21世紀はインターネットやスマートフォンの普及によって人々の興味や娯楽が多様化し、国民全員が夢中になるようなマスコンテンツがなくなったと言われて久しい。

たとえば1960年代には「巨人、大鵬、卵焼き」という当時の流行語が表した通り、多くの日本人が夢中になる共通の話題があった。

インターネットもスマートフォンもなかったこの時代、みんなが同じテレビ番組を見て、ラジオ番組を聴き、新聞を読んでいたからだ。そのようなメディア環境を背景に、王貞治と長嶋茂雄の「ОNコンビ」を擁する読売ジャイアンツは国民的人気を誇った。

が、今や地上波でのプロ野球中継は激減し、ジャイアンツはせいぜい「東京のローカル球団」に成り下がった。

テレビをはじめとするマスメディアで露出する機会が減った日本のプロ野球が「マイナースポーツ化」、あるいは「一部のオタク向けコンテンツ」と化していった一方で、プロ野球に代わる新しいマスコンテンツとなったのがMLBで活躍する日本人選手たちだ。

野茂英雄、イチロー、松井秀喜、松坂大輔、ダルビッシュ有、田中将大、そして大谷……彼らが出場する試合は日本時間で深夜だろうと早朝だろうと生中継され、その活躍に多くの日本人が釘付けになった。

世界各国でスポーツファンの市場調査などを手がけるニールセン・スポーツが2023年12月に発表したレポートによると、日本では今や「エンゼルスファン」の数が「読売ジャイアンツファン」の数を上回っている。

ここでの「エンゼルスファン」とはもちろん「大谷が所属するチームのファン」という意味なので、2024年からは「ドジャースファン」が激増することになる。

今やひとりの日本人選手が所属するMLBのチームが、かつて国民的人気を誇った読売ジャイアンツの人気をしのいでいるのだ。

ジャイアンツがセ・リーグとパ・リーグのどちらに所属しているかも知らない女子高生が、エンゼルスやドジャースがロサンゼルスのチームであることは知っているだろう。

21世紀のグローバル資本主義がたどり着いた極致

かつて栄華を誇った巨人軍の天下もはるか昔、時代のスポットライトは異国の地で活躍するたった一人のスター選手のもとへ……。

今や大相撲以上に日本の「国技」とも言える、野球というスポーツにおけるこの劇的な変化は日本社会の変化を反映している。

仮に読売ジャイアンツを「昭和の大企業」としたら、大谷は「シリコンバレーの起業家」のような存在だ。

20世紀後半の高度経済成長期からバブル期にかけて、日本経済を牽引した大企業の多くは今やすっかり零落し、代わりに起業家やアーティストなど才能ある個人が世界を舞台に活躍するようになった。

日本から世界へ、そして組織から個人へと時代が移り変わった。昭和の「古き良き時代」を象徴する、日本の“ローカル球団”読売ジャイアンツよりも、平成生まれの世界的スター大谷に僕らが魅了されるのは当然だ。

2023年12月に大谷がドジャースと結んだ契約は、1年あたりの年俸が7000万ドル(約101億5000万円)という破格の契約だった。一方、かつて日本球界を代表する「金満球団」だった読売ジャイアンツの、2023年における選手年俸総額は約37億円。

ジャイアンツの選手全員の年俸を足しても、大谷が1年で稼ぐ額の半分にも及ばない。カネがないよりも、あるほうに人々の目が向くのも、これまた自然なことだ。

総額1015億円という大谷とジャースの契約は、MLBの圧倒的な資金力だけでなくアメリカ経済の好調さ、そして21世紀のグローバル資本主義がたどり着いた極致を示している。

日本のメディアはただただ「大谷すごい!」と連呼するだけだが、プロ野球チームが一人のアスリートに1000億円も投資できる現代社会というのはいったい何なのだろうか。僕らが生きるこの社会はどんなメカニズムで動いているのか。


写真/shutterstock

大谷翔平の社会学 (扶桑社新書)

内野宗治
大谷翔平の社会学 (扶桑社新書)
2024/4/24
1,155円(税込)
352ページ
ISBN: 978-4594097400

はじめに
球界のスターを突如襲った初の大スキャンダル/「大谷が結婚市場から消えた!」/「日本の恋人」大谷翔平と「アメリカの恋人」テイラー・スウィフト/

第1章 大谷翔平という「社会現象」
カリフォルニア州の税制にまで影響を与える男/スペイン語のラップに登場した〝Ohtani〟/2021年の日本で最も「流行った」大谷翔平

第2章 日本の「文化的アイコン」そして「神」になった大谷
年間45億円のスポンサー収入/「出すぎた杭」/SNS時代の「映(ば)える男」/「アメリカでの評価」を伝える日本メディア/「大谷教」の信者たち/読売ジャイアンツよりもファンが多い大谷

第3章「1015億円の男」を生んだ現代のグローバル資本主義
大谷の1015億円契約、12年前なら「602億円」/MLBの選手年俸はNPBの13倍/クリスティアーノ・ロナウドの年収は389億円/一晩で4000万円を稼ぐDJ/DJとアスリート、グローバルアイコンの代償/アメリカで「アニメキャラ」になった大谷

第4章 現代日本「三種の神器」、スシ、アニメ、ショーヘイ・オータニ
「なおエ」な日本メディア/スポーツは「代理戦争」/「大人の事情」で夢を絶たれた日本人メジャーリーガー第1号/日本人メジャーリーガー「空白」の30年/日本人メジャーリーガー「続出」の30年/大谷を利用した「スポーツ・ウォッシング」/コロナ禍と大谷フィーバー/大谷の「ヒーローズ・ジャーニー」

第5章 ビデオゲーム化する現代野球と「パワプロ的」な大谷のホームラン
大谷のホームラン映像が持つ中毒性/テクノロジーと現代的な「大谷ウォッチ」スタイル/ただの「娯楽」になった野球/「ビデオ化する野球」を嘆くイチローとダルビッシュ/「自分の育成ゲーム」。パワプロ的な大谷

第6章 2023年のヌートバー旋風から考える「もし大谷が18歳で渡米していたら?」
侍ジャパンの「胡椒」になった男/「侍魂」を持った大谷の相棒/日本では「色物扱い」/もし侍ジャパンが日系選手だらけになったら?/加藤豪将とマイコラスの場合/「日本の息子」になった大谷/日本球界をスルーした田澤純一とできなかった菊池雄星/サラリーマン的な日本球界/「亡命」同然だった日本人選手のMLB移籍/「内向き」な日本球界/「飛び級」を許さない国

第7章 韓国人メジャーリーガーとK-POP 逞しきグローバルマインド
オールスターゲームでの日韓戦/「兵役免除」を懸けて戦う韓国代表/マイナーリーグ経由の「叩き上げ」が多い韓国人メジャーリーガー/韓国のアマチュア選手が即メジャーを目指すワケ/プエルトリコのローカルラジオで聞いたK-POP/サバイバルとしての海外生活/韓国人選手初の「エリートコース」を歩んだ柳賢振/日本球界を「スルー」する韓国人選手たち

第8章 〝Ohtani in the U.S.A.〟リベラル時代の新ヒーロー
アメリカの有名雑誌『GQ』の表紙を飾った大谷/野球界の救世主/アウトサイダー」だからこそ救世主になったのか?/「野球界のユートピア」日本/大谷とは正反対だった〝元祖二刀流〟ベーブ・ルースのキャラクター/リベラルな時代の波に乗った大谷翔平/すでに政治的なメッセージを帯びている大谷

第9章 MLBの日本人差別と、日本球界の「ガイジン」差別
バースと王貞治の本塁打記録/「ジャップにタイトルを獲らせるな!」/「白人至上主義者」の監督に差別された日本人メジャーリーガーたち/「白人用」と「黒人用」に分かれているマイナーリーグのバス/「球団記録」ですらない村上宗隆の56本塁打が騒がれるワケ/スポーツは「性」を連想させる/大谷は「最強のオス」/日本人選手のイメージを刷新した大谷のパワー/「今まで見た中で最も身体能力に恵まれた野球選手」/日本人パワーヒッターの残念な歴史/日本人のパワー不足をハッキリと口にしたダルビッシュ

第10章 アメリカ人記者に「ロボット」呼ばわりされる大谷の「追っかけ」
取材対象としての大谷/MLBの「日本人村」/イチロー取材の「ルール」/メディアは敵?/大谷の「チアリーダー」に徹する日本メディア

第11章 野茂の「980万円」から大谷の「1000億円」まで日本人メジャーリーガーの「時価」変遷

「スポーティングニュース」アメリカ編集部からの依頼/「日本はナメられている」と言ったダルビッシュ/サイ・ヤング賞2度の投手をはるかに上回った山本由伸の契約/
野茂の「980万円」から山本の「463億円」まで 日本人投手の「株価」変遷/
イチローの「15億円」から大谷の「1015億円」まで 日本人打者の「株価」変遷/日本人打者の低評価を覆した大谷


おわりに 「大谷翔平の社会学」ができるまで〜自己紹介に代えて
1986年生まれ、パワプロ育ち/アメリカで体感したイチロー旋風と「日韓戦」/一介のブロガーからMLBの記者席へ/「プロの物書き」としての楽しみと葛藤/「スポーティングニュース」副編集長就任、からの日本脱出/「ダルビッシュから浮気したの?」/社会学者でもスポーツ記者でもないけれど……

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