イチロー、ダルビッシュも苦言を呈した野球のデジタル化「昔より頭を使わなくてもできる」は本当か。大谷翔平は“ビデオゲーム的な選手”の代表格?
集英社オンライン / 2024年7月12日 11時0分
〈「時給115万円」の大谷翔平の3倍以上稼ぐクリスティアーノ・ロナウド、一晩で4000万円稼ぐ世界的DJ…インフレが止まらない「アイコン」の経済学〉から続く
急速にデジタル化が進み、「より速く」「より強い」数字が求められるMLBでは大谷翔平が評価される納得の理由があった。だが剣豪・宮本武蔵にルーツを持つ「二刀流」という言葉は、果たして彼に適切なのだろうか。
『大谷翔平の社会学』より一部を抜粋・再構成し変わっていく野球の価値観を観察する。
「ビデオゲーム化する野球」を嘆くイチローとダルビッシュ
大谷のような「わかりやすい」プレーが今の野球界で求められているのは、単にそれが「30秒のハイライト映像」に適しているというマーケティング的な理由からだけではない。フィールド上でも「より強い」「より速い」プレーが求められている。
その背景には、2010年代にプレーのトラッキング技術が進化したことがある。
MLBでは現在、打球の速度や角度、走塁のスピード、投手のストレートの回転数や変化球の変化量など、選手たちのありとあらゆるパフォーマンスが最新機器で計測されている。
たとえば2023年の大谷は打球の平均速度が94.4マイル(MLB全体の上位1%)、走塁のスピードが秒速27.8フィート(37%)、ストレート(フォーシーム)の回転数が2260回転/分(53%)等々、その能力が全て数値化されている。
打率や防御率といった「結果」の数字が運に左右される一方で、打球の速度やストレートの回転数といった「過程」の数字はより正確に選手の能力を表す。現在のMLBを中心とした野球界ではそう考えられている。それゆえ、選手たちはひたすら「速い打球」や「回転数の多いストレート」を追い求めるようになっているのだ。
いわば野球というスポーツが現場の感覚を頼りにした「アナログなゲーム」ではなく、統計学に基づくデータドリブンで「デジタルなゲーム」になったわけだが、この変化を快く思わない選手や野球関係者もいる。
たとえばイチローは2019年に現役引退を発表する記者会見の場で、こう苦言を呈した。
「頭を使わないとできない競技なんですよ、本来は。でもそうじゃなくなってきているのが、どうも気持ち悪くて。危機感を持っている人って結構いると思うんですよね」
ただ単に「速い打球」や「回転数の多いストレート」をひたすら追い求める現代野球は確かに、単細胞的だ。一方で現代野球は、昔とは違う頭の使い方をしないとできない競技になっている。
今日の選手たちはiPadに表示されるさまざまなデータを見て、自身のパフォーマンスを改善する方法について仮説を立てなければならない。
最先端のテクノロジーを駆使して野球動作を解析するシアトルの施設「ドライブライン」には、今や大谷を含む多くのメジャーリーガーが通っている。見方によっては昔よりも「頭を使わないとできない競技」になっているのだ。
野球が「頭を使わないとできない競技」ではなくなりつつあることを嘆いたイチローは当時45歳。彼の発言を「時代に取り残されたベテラン選手の戯言」と一蹴する声もあったが、たとえば最先端のテクノロジーやデータを大いに活用している現代的な選手の一人であるダルビッシュ有も、2023年にこう言っている。
「10年前、15年前はそんなに変化球を投げられなかった投手が、今は投げられるようになってしまう。僕は、そういう意味ではつまらないです。答えが出ている状況。問題集と一緒で答えがある。
わからないで解いていくというのが昔で、今は答えが横にあって、こういう感じで、じゃあ式をどうしていこうかっていうところの話になっているので、あんまり面白くない」
昔は各選手が手探りで、どうしたら野球が上手になるのかと試行錯誤していたが、今は攻略本を片手にビデオゲームをプレーしているような感がある、ということだろう。好むと好まざるとにかかわらず、デジタル技術の進化とともに野球はどんどんビデオゲーム的になってきており、その変化に適応した選手が成功している。
そして我らが大谷は、そんなビデオゲーム的な選手の代表格だ。
「自分育成ゲーム」。パワプロ的な大谷
日本のメディアはよく、大谷の活躍を「漫画のよう」と表現するが、個人的には「ビデオゲームのよう」のほうがしっくりくる。
「漫画のよう」と言うと、たとえば現実的にはありえない変化をする「魔球」を投げたり、あるいは「トルネード投法」的な飛び道具が出てきそうだが、大谷の場合はそうではない。
大谷は投打ともに極めてオーソドックスな選手だが、単純に、すべての能力がありえないくらいハイレベルなのである。言うなれば人気野球ゲームである実況パワフルプロ野球、通称「パワプロ」でオリジナルの選手を育成するサクセスモードを極めた人が、裏技を使って全能力「A」ランクを持った完璧な選手を作り上げたという感じだ。
まさにビデオゲーム的であり、実際にアメリカのメディアは投打の両方で突出した活躍を見せる大谷の成績を〝video game numbers”(ビデオゲームのような数字)と表現することもある。
ということを考えていたら2024年1月、大谷がそのパワプロの「アンバサダー」に就任したことが発表された。大谷はやはり幼少期にパワプロを楽しんでいたようで、インタビューでこう語っている。
「ある種、自分が選手というか『サクセス』みたいなものだと思う。自分に合った練習をして、休むこともですけど、練習したものが返ってくるという意味では、ゲームも現実も大ざっぱに言えば同じ。そういう感じで、自分自身がパワプロの選手だと思って(練習を)やっていたので、子どものころは単純に楽しかった」
「ゲームのなかの選手を自分で育てることもすごく好きだったので、今は自分の体を使って(パワプロのサクセスと)同じようなことをやっている感じですかね。自分の育成ゲームみたいな感覚というか。趣味みたいなところもありますし、そういう部分は(影響が)あるかなと思います」
「ゲームも現実も大ざっぱに言えば同じ」というセリフを昭和のプロ野球選手が聞いたら腰を抜かしそうだが、まさに「自分育成ゲームみたいな感覚」で飄々と、涼しい顔で野球を楽しんでいるように見えることが大谷のすごさであり、何より時代を体現している。
1970年代に日本の野球文化をアメリカに紹介する『菊とバット』を著したアメリカ人作家のロバート・ホワイティングは、日本において野球というスポーツは「武士道」を体現するものだと書いた。
朝から晩まで続くつらい練習、「型」の習得を重視する姿勢。厳しい上下関係や礼儀作法、そして楽しむことよりも苦しむことに価値を見いだす美意識……。
『菊とバット』には当時まだ現役選手だった王貞治が日本刀をバットに見立てて振り下ろすモノクロ写真が載っている。日本球界のレジェンドは何ともわかりやすいかたちで、野球というスポーツが「武士道」に通ずることを体現していた。
侍ジャパン
野球というスポーツが「武士道」に通ずるという考え(あるいは信仰)が今も根強く残ることは、日本代表チームの「侍ジャパン」という愛称からもうかがえる。
たかが野球選手と言うなかれ、日本代表選手たちは国を背負って戦う「侍」なのだ。もっともこれは野球に限った話ではなく、サッカー日本代表チームの愛称も「サムライブルー」だ。この国では何でも「侍」または「サムライ」にすることを好む。
僕ら日本人はいまだに映画『ラストサムライ』を見て、トム・クルーズが「武士道」を体現すべく無謀な戦いを挑む姿に涙するのだから……。
大谷の代名詞である「二刀流」という言葉のルーツも、日本史上に残る伝説的剣豪・宮本武蔵が約400年前に編み出した剣術にある。
その言葉通り、武蔵は片手ではなく両手に刀を持って戦っていたのだ。では現代の「侍」である大谷も両手にバットを持っているのかというと、もちろんそうではない。
投手と打者の両方をやることを半ば強引に「二刀流」と僕らは言っているのだ。ちなみにアメリカで大谷は〝two-way player〟とシンプルに表現される。
個人的には、投打の両方をやることで相乗効果が生まれるという意味を込め〝hybrid player〟(ハイブリッド・プレーヤー)とでも言ったほうが的確で響きもいいと思うのだがどうだろうか? 世界で普及しているハイブリッドカーも日本メーカーの発明というのは余談だが。
大谷の「二刀流」は今や完全に定着しているが、しかし大谷が影響を受けているのは宮本武蔵ではなく、幼少期に遊んだパワプロである。
大谷にとって野球は「武士道」の追究などという大げさなものではなく、ただ単に楽しくて仕方がないゲームなのだ。だから「二刀流」ではなく「コントローラー2台持ち」とでも言ったほうが、本当は大谷のキャラクターに合っているのかもしれない。
そういえば、野球の試合は英語で〝game〟と表現する。イギリス生まれのサッカーやラグビーの試合は〝match〟だが、アメリカ生まれの野球は〝game〟なのだ。そう考えると、大谷のように野球をゲーム感覚で楽しむというのは、それこそが野球本来の正しい楽しみ方であるような気がしてくる。
パワプロを発明した日本から現代野球最高の選手が生まれたのは、もしかすると必然だったのかもしれない。
写真/shutterstock
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