底辺漫画家がアシスタント時代に気がついた“業界に残り続ける人”の共通点とは 「漫画がずっと好きな人はあんまり残れない」
集英社オンライン / 2024年6月8日 19時0分
〈キラキラした街「港区」がゴキブリやドブネズミばかりだった1970年代…底辺漫画家が振り返る「仲がよかったのが“小指のない”おじさんで」〉から続く
高校卒業後、ひとまず渋谷のデザイン事務所に就職した漫画家の近藤令さん。数カ月で退職し、たまたま見つけた求人で漫画家アシスタントに転身!
師匠・谷村ひとし氏との出会いを『底辺漫画家 超ヤバ実話』(青志社)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
たまたま見つけた漫画アシスタントの求人
「まっとうな人生を歩もう」って言っても、これといって特技もないし資格もないし。いまさら企業に就職するのも嫌だなって思っているときに、たまたま「漫画大好き少年少女集まれ! 年齢、経験関係なし、社員制、月給8万円から。漫画家・谷村ひとし」という広告を見つけました。今でもそんな広告はあるんですかね?
それを見たとき「ぼくは、絵が得意だったよな。描いていると夢中になった」って思い出して、これしかないだろうって。
でも正直に告白すると、その求人を読んだときの感想は、「谷村ひとし?誰だろう……」っていう。
だから、とりあえず、面接当日に近くの本屋で谷村先生の漫画を探しました。でもね、どういうワケかなかったんですよ……。
どうしよう、まあいつも読んでますって嘘をつけばいいか、落ちたら落ちたでまたバイト探そうっという軽い気持ちで面接に行きました。
当時先生は学園モノのバイオレンスコメディ『ハイスクールエージェント』や『横須賀OP』などを連載されていました。まぁ、どちらかと言えば、知る人ぞ知る漫画家っていう感じです。
面接時の持ち物に履歴書と「作品」っていう記載があったんで、さてどうしようかと。得意のデッサン力を活かせるものにしようと、どういうワケだが、自分が卒業した小学校の校舎を鉛筆でデッサンしてね。意表を突いてやろうっていう作戦でした。
南口を降りて小金井方面に坂をくだった先あたりが谷村プロダクションの場所でした。
面接の日は、久しぶりに緊張して。まぁ、先生の作品こそ読んではいませんが……描いた作品を持って、満を持して、その先生の自宅兼仕事場に面接に行きました。
インターホンを押したら、「はーい」っていう声といっしょに、ドアが開いたら、本当になんて形容していいかわからないような人が出てきたんですよ。あ、なんて形容していいかわからないような人っていうのは、日本語として実に曖昧だな。文章は難しい。漫画家になってよかった(笑)。
漫画家・谷村ひとしとは「電光石火の出会い」
それで、少しでも具体的にイメージが湧くように書くと……風格はあるんだけど、「この人は、この漫画家先生のところで何十年と雇われているアシスタントの方かな」っていう、うだつの上がらない匂いもしたワケです。あ、こんなこと書いちゃ、それこそ叱られちゃうか(笑)。でも、そういう「これぞ、漫画家先生!」っていう感じではなかった。
それで、「面接に来たのですが、先生はいらっしゃいますか?」って聞いたら、「俺だよ」って。
それで、「あーそうですか、よろしくお願いします」って頭をペコって下げたら、先生も同時に下げて、ゴツンとぶつかってね。
電光石火の出会いっていうの? 相性だけは最初からよかったんだね。
それで、面接に入ったんですけど、昔よくテレビに出ていた演出家の和田勉そっくりの
ガハハ系っていうか、豪快な感じの人でね。声がめちゃくちゃ大きいし、迫力もあるし。ちょっとした日常会話なのに、耳にキンキン響く感じでね。
一応、面接ということなんで、履歴書をそっとテーブルに置いて……次に、渾身の力で描いた「学校のデッサン」も履歴書の上に重ねて……。先生は、どんな感想を言うのかと思ったら、チラリと作品に目を落として、「学校なの?」って、一言。それは、良い評価なのかダメなのか。何か理由を聞かれるのかと思ったら、もう次の話題に移って、がなり立てるようにしゃべりまくってる。全然、ぼくの作品には興味がない様子なんですよ。
それからすぐに、「漫画って、こうやって描いているんだよ。ちょっと、見る?」っていうことで、仕事場を案内してもらったんです。
夢にまで見たと言えばウソになりますが、まったく知らない世界に足を踏み入れる感じにドキドキしていましたね。雑然と並ぶ原稿用紙とか、ちょっとくたびれた感じのアシスタントの方々が4~5人いて。なんか妙に静かで、ペンを走らせる音だけが、カリカリ、カリカリって響いてね。
いかにも、漫画家さんたちの仕事場っていう雰囲気でした。昼食は近所の蕎麦屋とかピザ屋の出前で、息抜きに出かけることもないと言っていました。
「ぼくだけパンク少年みたいな格好してるから、ぜったいに不採用かな」
あとこれは「漫画家あるある」なんですけど、小林さんていうアシスタントの方がいて、その人の絵がめちゃくちゃ光ってるんですよ。もちろん、本当に光っているワケじゃなくて、あまりにもうまいから発光してるように見えるんです。「これが、プロの絵なんだ」って思って。
だって、こっちはね、それまで世界でいちばん絵がうまいと思って生きてきたのに、「あれ? ぼくよりうまい人がこんなところにいるのか」って思ってね。ちょっと自信をなくしましたよ。ま、当たり前なんですけどね。
その後、ぼくが谷村プロで働くようになって、描けない絵があると小林さんに甘えてこっそり描いてもらったりしてました。小林さんに、描き網とか荒々しい斜線を教えてもらったのは、今でも自分の漫画で活用しているので、大変感謝しています。
面接が終わって自宅に帰ったあとに、「あの人達に比べると絵も上手じゃないし、ぼくだけパンク少年みたいな格好してるから、ぜったいに不採用かな」って落ち込んでたんですよ。次はどこに面接に行こうかなって。すると、電話がすぐに掛かってきて、なんと合格だったんですよ。
あれは、どういう基準なんだろう? それから、何人か新しい人が入ってきたけど、ぼくが見た基準でいうと、漫画がずっと好きで、自分で同人誌を出すような人は、あんまり残れない。どちらかというと、人間的にタフな人の方が重宝される。
実際、どう考えても、ヤンキーあがりっていうか、族あがりみたいな人もいましたけど、その人もデビューしたはずですよ。絵のうまいヘタっていうのは、半年や1年ぐらいやっていると、自然と上達するんです。
あんまり大きな声では言えませんが、ぼくとほとんど同期で、今や日本を代表するヤンキー漫画を描いて、「ばっこちゃん」と呼ばれていた人も、一時期ここでアシスタントをしていましたが、最初はそんなに絵がうまくなかった。でも、見るみるうちに上手になって、独自の世界を表現する漫画家になっちゃったんですから、この世界もわかんないもんですよ。
文/近藤令
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