「弱い者いじめだと感じました」漬物生産者の70%以上が廃業に…千葉県の道の駅、農産物直売所から聞こえたさみしい声「また一つ大切な物がこの国からなくなりました」
集英社オンライン / 2024年6月8日 12時0分
2024年6月1日から施行された食品衛生法の改正により、各地の店から、“手作り漬物”が消えた。6月以降、漬物・梅干しを売るには保健所の「営業許可」が必要となり、基準を満たすための設備に投資することができない生産者たちが、続々と廃業を決めたのだ。
【画像】じいちゃん、ばあちゃんの手作り漬物が消えてスッカラカンになってしまった道の駅
食品衛生法の改正で個人生産者が廃業
千葉県南房総市にある道の駅「三芳村」農産物直売所、土のめぐみ館でも人気の漬物・梅干しが6月から姿を消していた。無添加で、野菜のかたちがそのまま残っている、手作り感満載がウリだった個人生産者の漬物たちだ。
直売所の店長・伊勢田誠さんによると、この直売所では22〜23組の生産者がいたのだが、今回の食品衛生法の改正後も生産を続けることになったのは、わずか5、6組ほど。30年以上この直売所で漬物を売り続けてきた人たちですら、これを機に辞めてしまったという。
今回の改正に生産者たちは、一体どんな思いを抱いているのだろうか。
「年齢もあるのでしょうか、生産者の方々は、『国のやることだからしょうがない……』といった感じで、それほど強く訴えてくるような人はいませんでした。もっとたくさんの方が強く訴えたら、市とかに訴え出るほどになったかもしれませんね。
ただ、今回の改正を受けても、なぜか“ゆかりと梅酢”は営業届を出せば、そのまま販売することができるため、『なんで梅干しはダメで、梅干しを作る過程で生まれる副産物のほうはいいんだ』と首をかしげている方は何人かいらっしゃいました」(伊勢田さん)
この、土のめぐみ館では、何人もの生産者が梅干しを販売していたため、それぞれにファンもついていた。生産者のみならず、毎年、梅干しを楽しみにしていた客からも惜しむ声があがっている。
6月からは、今まで個人生産者の漬物を販売していたコーナーで、そのスペースを埋めるべく、地域の漬物卸会社から仕入れることになった。「冷蔵スペースを開けておくのはもったないので、なんとか今までと同じだけの量を置けるように考えています」と伊勢田さんは話す。
今回の食品衛生法の改正について、数々の個人生産者と関わっている伊勢田さんに率直な思いをあらためて聞いた。
「弱い者いじめだと感じました」
「いちばん最初は、“弱い者いじめ”だと感じました。おばあちゃんたちが自由に作れなくなるのか……と。また、干して塩に漬けるだけの梅干しくらいは、もう少し基準を緩くしてもいいのではないかと思いました。ただ一方で、HACCP(ハサップ)やGAP(ギャップ)などができて、この3、4年でルール化が進んだので、おばあちゃんたちも慣れていて大丈夫だとは思いますが、そのままの衛生環境でやっていていいものかと、両方思ったことも確かです」(伊勢田さん)
HACCPとは、「Hazard Analysis and Critical Control Point」(危害要因分析、重要管理点)の頭文字を取った言葉。国際的な食品衛生管理手法であり、これからの漬物を生産・販売する人には、このルールに沿った衛生管理が義務付けられることになった。
「今回の食品衛生法の改正はすぐに施行されたものではなく、3年ほどの猶予期間は与えられていたのですが、それでももう少し、なにかやり方があったのではないかと思ってしまいます。私が知らないだけで、直売所などに調査が入っていたのかもしれませんが、こちらに調査やヒアリングなどもなくての改正だったので、もう少し現状を知ってから考えてほしかったと思います。
時代的に厳しいのかもしれませんが、残念な気持ちですね。改正後の食品衛生法の基準に合わせるために、自宅とは別の場所に施設を作るためには安くても100万円くらいはかかると思います。70〜80代の生産者の方がそれをやるかといわれれば、普通に考えればやらないですよね。また、店の店長という立場でいえば、商品がなくなってしまうのは厳しいし、お客さんにも申し訳ない。『〇〇さんの梅干しがよかった』と言ってくれる方に売れなくなってしまうのは残念です」
今回、廃業を決めたのは、主に70代後半、80代の人たちで、届け出を提出してこれからも作っていく決意をしたのは、60代や70代前半の方など。生産者の中では比較的若い層の人たちが、この改正を乗り越えられたようだ。
「また一つ大切な物がこの国からなくなりました」
「80代の高齢者の方たちは、存続をしようという検討すらしていなかったですね。今回廃業される方の中には、衛生法に合わせて施設を作ることができるくらいの、大きな規模で作っていた方もいましたが、年齢的に80代半ばで足腰もつらかったので、これをちょうどやめるタイミングに選んだ感じもありました。ただ、これまで何十年も続けていた生活のリズムが急に変わってしまうので、気力が挫けたり、体調不良とかがはじまらなければいいなと思います」
改正を受けて、ネット上では〈工場で作った漬物より近所のおばちゃんが作った漬物が好き。また一つ大切な物がこの国からなくなりました〉〈インボイスと地方の零細の人々にトドメをさして衰退させる国の役人たち。ほんまくそ〉〈弱いものや少数者を潰しても多くの日本人は他人事で気にしないが、いつか自分に回ってくる〉といった悲しみや怒りの声があがっている。
日本の食の安全を守るために必要という指摘ももちろんある。しかし、昔から馴染みの食べ物が消えてしまうことは、やはり残念としかいいようがない。
取材・文・撮影/集英社オンライン編集部
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