性染色体の「Y」が男性からなくなると心不全死のリスクが1.8倍増加に…生物学の最新研究からわかった疾患リスクとは
集英社オンライン / 2024年6月17日 11時30分
性別の決定に関わる情報を持つ性染色体にはX型とY型の2種類があり、「XY」のペアで男性、「XX」で女性になる。しかし、最新の研究では男性だけが持つ「Y」染色体が消失しつつあるのだという。もし完全に失くなったら、いったいどうなってしまうのか。
『「Y」の悲劇 男たちが直面するY染色体消滅の真実』(朝日新聞出版)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
あなたの身体でも消えはじめた「Y」
最近の研究から、ヒトの進化といった大きなスケールではなく、実際に男性の身体中の細胞から、すでにY染色体が消失し始めていることがわかっています。
一般的な男性の細胞の中には、X染色体1本とY染色体1本を含む、合計46本の染色体が存在しているはずです。
しかし、これらの細胞からY染色体が失われ、性染色体がX染色体1本のみの45本となる現象があり、「モザイクY染色体喪失」とよばれています(図2-4)。
この現象について、国内では、国立成育医療研究センターの深見真紀博士らの研究グループにより、精力的に臨床研究が進められています。
「モザイクY染色体喪失」は、もともとは男性の老化現象のひとつと考えられていました。
若い頃の細胞はY染色体を保持していますが、加齢とともにY染色体が抜け落ちていき、70歳以上の一般男性のうちの1割以上は、Y染色体が消失した細胞をもつ、といわれています。
血液中の細胞を調べた研究報告では、70代の男性ではおよそ30%の血液細胞でY染色体が失われているのに対し、80代の男性だと約50%、80-90代だと約90%にもなり、ほとんどの細胞でY染色体が失われていることがわかっています。
この現象が発見された当初は、高齢男性に限った現象であると考えられていました。しかし、研究が進むにつれ、そうではないということがわかってきたのです。
深見博士らの研究グループは、モザイクY染色体喪失が胎児期や小児期、青年期など、様々な年代でも起きていることを報告しています。
また、喫煙によりY染色体の喪失頻度が増加することも知られており、何らかの環境要因が直接的に細胞に影響してY染色体が失われるのではないか、とも考えられています。
「Y」消失は疾患リスクを高める
Y染色体をもたない細胞が増えると、男性にどのような影響があるのでしょうか?
細胞からY染色体が失われると、寿命が短くなる、アルツハイマー病や自己免疫疾患、がんなどの疾患リスクが増加する、といった研究報告があります。
Y染色体が失われるとなぜこれらの病気が発症するのか、具体的な因果関係はわかっていませんが、Y染色体上の遺伝子が失われることで、免疫機能が異常となり病気となる可能性が示唆されています。
Y染色体喪失は心臓病のリスクを高める、という実験動物を使った研究もあります。
大阪公立大学(現在は国立循環器病研究センター)の佐野宗一博士は、スウェーデンのウプサラ大学、アメリカのバージニア大学との国際共同研究により、人工的に標的遺伝子を壊すことができる遺伝子改変技術と骨髄移植技術を用いて、Y染色体が除去された造血幹細胞(血液のもとになる細胞)をもつY染色体喪失マウスをつくることに成功しました。
Y染色体喪失マウスは、野生型のマウスに比べて短命で、心臓、肺、腎臓などの臓器の線維化(線維成分が蓄積し臓器が硬くなること)が起こりやすく、さらに、心不全の予後が悪いこともわかりました。
そこで、Y染色体が除去された細胞をさらに詳しく調べたところ、マクロファージとよばれる白血球が、Y染色体がないと線維化を引き起こす物質を多く産生し、線維化の促進や心不全悪化の原因となることが示されたのです。
さらに研究チームは、ヒトの調査からも、Y染色体喪失により男性の心不全死のリスクが1.8倍も増加することを明らかにしています。
文/黒岩麻里 写真/shutterstock
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