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「障害者スポーツがまだ認められてないことに“なにくそ”という気持ちは大いにある」ゴールボールの佐野優人が視力を失って知った「視力を超えた世界」とは

集英社オンライン / 2024年6月12日 11時0分

身長186cm、足のサイズ30cm…自らの世界新に挑むパラ水泳・山口の止まることを知らない挑戦と探求〉から続く

激しいボールの動きの中で鈴が奏でる大小の音。選手たちの息づかい。静寂に包まれた体育館で聞こえる音はそれだけだ。黙々とトレーニングを続ける金髪の選手。アイマスクを外して汗をぬぐうと、イキのいい爽やかな笑顔が弾ける。東京パラリンピックに出場し、安定感あるプレイで日本代表チームを牽引する若手のホープ、佐野優人選手だ。

〈画像〉鈴の音を頼りにプレーするゴールボール

低下した視力で初めて見たゴールボール

幼い頃から野球が好きで、甲子園を夢見て打ち込んでいたが、中学3年生のときにレーベル病という難病を発症。急激に視力が失われていった。


「野球を続けられなくなって落ちこみました。でも半年くらいして、親と病院の先生の勧めでゴールボールの見学に行ったんです。そうしたら…」

初めてゴールボールを見て驚いた。
「全く見えないのに、こんな動きできるのか! なんだこれは?」と。さっそく少し体験させてもらい、半年ぶりにたくさん汗をかいた。
「気持ちよかったです。まるでひとめぼれのような感覚で、のめりこんでいきました!」

鈴が入った約1キロのボールを転がし、ゴールに入れて得点を競う。視覚障害の度合いに関わらず全員アイマスクを着用し、音を頼りに全身を投げ出してボールを止める。その豪快な動きとスピード感に魅了された。

自分の先入観への“裏切り”が嬉しかった

当初、障がい者スポーツに抵抗があったという。
「ぼくにとって野球がスポーツのすべてでした。障がい者は、スポーツとは無縁なんじゃないかと勝手に思っていたんです」
しかし、ゴールボールでその認識が大きく変わった。
「いい意味で“裏切られた!”と。かっこいい! 動きも見た目も、純粋にスポーツとしてかっこいい! 人間の可能性ってすごいな。障害あるなし関係ないじゃん!って」

暗闇の孤独を壊せるスポーツ体験

ゴールボールの魅力について尋ねると、「誰かがつけた『静寂の格闘技』という名前がありますけど、ぼくにとっては『視力なしの球技』です」という答えが返ってきた。
人が生活する中で受け取る情報の8割は視力といわれており、その視力をシャットダウンすることで、ふだん感じられない感覚を体験できるというのだ。

「スポーツでは珍しいんですけど、選手同士がぶつかってしまうんです。無我夢中になればなるほど、ぶつかります。見えていれば、寸前で止まれたりするけど、見えてないからこそしっかりとぶつかりにいってしまいますね」

だから視覚に頼らないコミュニケーションが重要になる。

「選手はアイコンタクトができないし、鈴の音に集中するために基本無言です。仲間同士でも、暗闇の状態で声が出ないとすごい孤独を感じるんですよ。でも、だれか一人でも『右だよ』と言って、『OK』と答えたら、みんなで右を見てる感じが伝わるんです」

こうした視力を超えた新たなスポーツ体験もゴールボールの魅力なのだろう。

パリではまず東京のリベンジを

そしてパリではメダルをねらう。

「東京パラリンピックのリベンジっていうのがまず第一です」

準々決勝で中国に負けた悔しい経験が、最大の原動力になっている。

「大前提で優勝です。最低限で3位以内に入りたい。パラリンピックでメダルを獲ることは、だれもができる経験じゃありません。しっかりとメダルを取って、この時代に自分がいたっていう証明もしたいです。そして、家族を含め、多くの人に応援してもらっているので、メダルという結果を見せることは、言葉以上の恩返しになると思っています」

パリでのメダルへの強い思いは、個人の栄光を追求するとともに、周囲への感謝の意味がある。

「どんな形であれ『止めます』」

パリでは自分のプレースタイルにも注目してほしいという。

「ディフェンスでは、『止めます』。どんな形であれ、ボールを止めに行きます!」と力強く宣言する。
「攻撃では、細かく工夫を仕込んでます。例えば、投げる時間を一定にしません。相手が読みにくいようにいろいろな投げ方をします」
また、得点したり惜しいボールを投げたりしたときは、その次を大切に考えているという。

「よかったね、今惜しかったね、とかじゃなくて。じゃあ次こうしたらより崩せるんじゃないか、という発想を常にすることと、その体現を心がけていますね」

「なにくそ」と言いたいことはたくさんある 

「ぼくらは昨年8月のイギリスの試合でパリパラリンピック出場権を獲得しました。それでパラ関係者で盛り上がって浮かれてたら、世間は同時期にオリンピックを決めた別の競技で盛り上がってた」

こうした現状に対し、「なにくそ」という気持ちは大いにある。

「でも昔の自分の見ているようでわかる気もするんです。障害者スポーツがまだスポーツとして認められてない。知ってても“かっこいい”じゃなくて“がんばっててすごいね”で終わってしまう」

だからパラリンピックで結果を出し、メディアに出て競技の知名度向上に貢献したい。SNSや講演会を通じてもゴールボールを身近に感じてもらうよう努めている。

「小学校や中学校での講演会など人前に出るときは、髪色を変えたりして、なるべく印象に残るように心がけてます。ぼくを知ってもらい、ゴールボールというスポーツの魅力を広めて、次世代の選手を生むきっかけを作りたい!」

選手活動にとどまらず、ゴールボールの未来をエネルギッシュに切り開く。目指すは、ただの勝利ではない。競技の発展と新たな世代への希望の橋渡しだ。

今年の夏、佐野のパリでの活躍は、ゴールボールの魅力を世界に発信する大きなチャンスだ。視力を失って開花した才能が、視力を超えたスポーツの世界でどんな革命を起こすのか、その瞬間が待ち遠しい。

取材・撮影/越智貴雄[カンパラプレス]

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