「なんで死なせてくれないんだっ」自ら包丁でお腹を切ろうとした30代ひきこもり女性の過去からの再生…「私の生きてきた形跡は無駄になってない」と始めたあることとは
集英社オンライン / 2024年6月22日 12時0分
〈「コンパスの針をブスブス刺され、ホースで水をかけられ、母親からは…」10年ひきこもった30代女性が経験した壮絶ないじめと虐待「お母さんもいじめられたし、いじめられるのは普通なのになんで頑張れないの?」〉から続く
厳しい母親に虐待に近い状態で育てられた30代女性。中学時代に壮絶ないじめを受けて人が怖くなり、高校も中退。大学も1週間で通えなくなり、10年以上ひきこもった。母親に命じられてアルバイトを始めたが続かず、それでも頑張っていたら、心身に異変が――。(前後編の後編)
自殺未遂をくり返し、家で暴れる
いじめによるトラウマで10年以上もひきこもっていた白石咲良さん(仮名・30代)。無理にアルバイトを続けていたら、夜眠れなくなってしまった。
7日間連続で眠れなかったこともあるという。両親に「体さえ休めていれば動けるから」と言われ、ベッドに横になっていたら、異常なことが頻繁に起きるようになった。
「いわゆる幻覚、幻聴でした。バイト先のメニューの電光掲示板のオーダー表が、急に象形文字みたいに文字化けして見えたり、『お前は本当にダメなヤツだな、今すぐ死ねば』という声が聞こえてきたり。でっかい蜘蛛が布団の中から出てくるのが見えたり、金縛りにあうとか、恐怖体験をすごくするようになっちゃって」
母親に引きずられるようにして精神科クリニックを受診。大量の薬を処方されたが、相変わらず夜は眠れず、幻覚、幻聴も収まらない。
「苦しいことも改善されないし、家にいても休まる時間がほぼなくて。どんどん自分に価値を感じなくなって、死にたくなっちゃった。で、自殺未遂をくり返すようになったんです。
リストカットする勇気はなかったんで、トイレにこもって包丁でお腹を切ろうとしたけど、深く刺す前に、ドアの鍵をこじ開けられちゃって。薬を一気に飲んだときも、すぐ見つかって気付いたら病院のベッドの上でした」
このままでは娘が死んでしまう――。
それまで、娘にずっと厳しく接していた母親だが、娘を失いかけて、ようやく自分の過ちに気が付いたのか、ある日、カウンセリングを受けられる施設を探してきて、母親自らがカウンセリングを受け始めた。
結果的に、そのおかげで母親の態度が180度変わり、白石さんも救われたのだが、すぐに効果が出るわけではない。
関係が好転する前に、白石さんは警察沙汰を引き起こしてしまった。
「死にたいのに、なんで死なせてくれないんだって、怒っていたんですよね。そこに家を燃やして自分も死のうという過激な思考が組み合わさって、こんな世界いらないよって、世界を恨む気持ちみたいのが出てきちゃって。
親のことを直接攻撃はしなかったけど、薬を大量に飲んで家で暴れて電子レンジを壁にガシャーンって投げちゃって、近所の人に通報されたんです」
闇の気持ちを肯定され回復に向かう
そのまま精神科病院に強制入院となり、統合失調症と診断された。詳しい検査をして処方された薬が効いて、ようやく幻覚、幻聴などが消えた。1年弱の入院期間に、チーム支援を受け始めたことで回復に向かったのだという。
「入院中も、人を巻き込んでもいいから人生を終わらせたいと邪悪なことを考える私は、やっぱり死んだほうがいいんじゃないか、みたいな負のループに陥っていたんですが、カウンセラーさんが言ってくれたんです。闇の気持ちも光の気持ちもどっちもあっていいよって。両方肯定してくれたので、初めて自分を受け入れられたんですよ」
カウンセリングと並行して、まず「楽しい」と思えることを探した。それには昔好きだった音楽が役に立ったという。
認知行動療法を受けて「客観視」を育てる訓練もした。白石さんはいじめのトラウマで人への恐怖心があったが、例えば、「この人に怒られた、嫌われた」と感じることがあれば詳細に思い出して書いていく。すると、「嫌い」という言葉は言われてない、怒ったのではなく単なる注意だったのではないか、など被害妄想と現実の切り分けができるようになっていった。
精神障害者保健福祉手帳を取得して障害年金の受給を開始。退院後はカウンセラーが主催する居場所などに参加し、他人と一緒に作業する練習を何度もした上で、カフェでアルバイトをすることにした。
「厳しく指導する上司がいて、『やっぱり人は怖い』ってなりかけたんですけど、福祉のチーム支援も受けていたので、前とは違いました。何かあるたびに泣きながらカウンセラーさんやソーシャルワーカーさんに相談して、これは客観的に見たらこうかもしれないねって確認できたので、ホント、全然違った」
母に謝罪され、怒りをぶつける
白石さんがゆっくりと回復に向かっているころ、カウンセリングの効果が出てきたのか、母親も変わりつつあった。
リビングで母と2人コーヒーを飲んでいるとき、母親にこう言われたのだ。
「昔、あなたのことをよく叩いていたのは、虐待だったわね。お母さんが悪かったわ。ごめんなさい。あなたのことを人形みたいに、自分の所有物のように思っていたのよ」
謝罪の言葉を聞いて、白石さんは溜まった怒りを吐き出すことができたという。
「やっぱり昔は憎しみが強かったから、なんであんなに当たり散らされなきゃいけなかったのって、すごい怒りが止まらなくて……。母を恨む気持ちもありますよ。
でも本当に放り出されたことは1度もなかったし、私を見捨てなかった。愛情は深い親だったというのはわかるので、親を愛する気持ちもあるんです。両方が混在していて。ホント、感情って複雑ですね」
それ以来、母親とさまざまなことを話すようになり、母の置かれた事情や時代背景も理解することができるようになったそうだ。
「母も孤独だったんですね。頼れる親も友だちもいない場所で子育てして、社宅だから他の子とも比べられて、ストレスは相当強かったと思います。だから、私たちにきつく当たったのかなって」
自分の気持ちを言葉にできるよう表現力も磨いた。それまで、ほとんど育児に関わってこなかった父親とも退院後は話すようになったのだが、「お父さんも人が怖いぞ」と軽く言われたので、こんな風に説明をした。
「私の怖さっていうのは、相手が目の前で包丁を持って立っていて、危害を加えてくるぞと体中から汗がブワっと噴き出してきて、体温が下がってお腹が痛くなるくらいの怖さだよ」
それを聞いて父親は深刻さを理解し、謝ってくれたという。
「2人とも、『残りの人生は咲良のサポートに使いたい』と言ってくれて、すごく幸せです。もうホント、見る景色、ファインダーが全部丸ごと変わったような心地ですね」
家にいても参加できる居場所を
自分を支えてくれた支援職に憧れを抱いた白石さん。社会福祉士の資格を取りたいと大学に入り直して福祉を学んでいる。
「できることなら昔の自分に、『今すぐ逃げろ!』って言ってあげたいです。休むのは恥ずかしいことじゃないし、怖いことから逃げていいって。症状が発生するまで我慢するとか、一切やめていいよって。
私をいじめていた人たちのことも、昔は恨みがすごかったけど、今は恨む気持ちはほとんどないです。それがあったから、他の人の辛い気持ちを想像したり寄りそったりできるようになったから」
強がりではなく心からそう思っているのだろう。白石さんの表情は晴れやかだ。
大学を卒業したら、これまでの経験を活かし、親と子の間に立って、おたがいの気持ちを代弁したり寄りそったりする仕事をしたいと考えている。
3年前に「V福祉プロジェクト」という団体を立ち上げて、Vtuberとしても活動をしている。始めたきっかけは、ひきこもっていたときの「寂しさ」だという。
話をする練習がしたくて、最初は声だけで発信できるアプリに挑戦。その後、キャラクターを動かしながら話してみたら楽しくてハマってしまった。家から出なくても参加できる居場所を作り、楽しいことを配信して福祉に興味を持ってもらうことが狙いだ。
毎月開催している「ぶいねっとーく」では、オンラインでできるボードゲームをしたり、テーマトークをしたり。参加者の中にはひきこもりの人も多くいるそうだ。
活動を始めた裏には、退院後に自分が初めて居場所に参加したときの苦い思い出がある。
「ご飯を作って食べる会でしたが、怖くて怖くて、味もしないご飯を食べた後、お腹痛くて、吐いちゃいました。そのとき、やっぱり家から出る最初の一歩はハードル高いと思ったんですよ。
それでオンラインで話ができたらいいんじゃないかと。自分が苦しかったときに、あったらよかったなと思うことを全部詰め込んで作っています」
運営メンバーは50人ほど。会社員、接客業、歯科技工士、ソーシャルワーカー、臨床心理士など職業もさまざまで、ボランティアで手伝ってくれている。参加者の中に助けが必要な人がいる場合、個人の判断で悩みを聞いたりせずに、連携している福祉支援サービスにつなぐようにしている。
自分を生かしてくれるもの
今でも死にたい気持ちが完全になくなったわけではない。緊張したり疲れて睡眠不足が続いたりすると、“光と闇のバランス”が崩れて、「何もかも投げ出したい」という闇の気持ちが爆発的に増えてネガティブな状態になったりするのだという。
「真っ黒い感情だけどキラキラにまばゆく輝いて見えるから死にたくなってしまう、希死念慮ですね。真っ黒いキラキラと呼んでいます。恋こがれ過ぎちゃって、なんかよくわかんないものに変わりましたけど(笑)」
気持ちがたかぶると薬を飲むのだが、ひどくなると薬を飲むこと自体、忘れてしまうので、自室にはメモや付箋が何枚も貼ってある。
〈たかぶったら薬を飲め〉〈黄色信号になったら、○○さんに相談〉〈電話番号は××〉
対処法を細かく書いたノートも用意してあり、「お守りノート」と呼んでいる。
「ぶいねっとーくをやって、参加者に『楽しかった』って言われると無上の喜びを感じるんですよ。助けてくれる仲間がたくさん集まったのも、本当にうれしくて。
私の生きてきた形跡は無駄になってない。みんなが楽になってくれて、うれしいっていう気持ちは何物にも代えがたい幸せで、この気持ちは今、私を生かす方向に動いてくれています。
さすがに今、死ねないっす。たくさんの人を悲しませるしね」
人に傷つけられ絶望した白石さんだが、救ってくれたのもまた、人とのつながりだった――。
取材・文/萩原絹代
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