「就活の仕組みが適当すぎはしないか?」「就活はうまくいったけど、肝心の仕事はさっぱりダメ」受験、就活、出世競争……京大文学部の二人が激化する競争社会にツッコミ「これ、なにやらされてるんやろ?」【三宅香帆×佐川恭一対談 前編】
集英社オンライン / 2024年6月22日 11時0分
会社員の永遠の悩みのタネを「労働と読書」の歴史から紐解いた『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)が大ヒット中の書評家・三宅香帆。「全身全霊」の働き方に警鐘を鳴らす三宅さんが注目する小説家が、新刊『就活闘争20XX』(太田出版)をはじめ、苛烈な競争社会を描くカルト作家・佐川恭一だ。
【画像】京都大学文学部卒業のカルト作家と新進気鋭の書評家
ともに京都大学文学部出身で、大手日系企業での会社員経験者。自分たちのコンプレックスもさらけ出しながら、令和の競争社会にツッコミを入れる――。
カルト的な部分も残しつつ、メジャーで受け入れられたい
三宅 ちょっとまずは、私の佐川さん遍歴からお話してもいいですか? 私は昔から佐川さんを知ってるぞっていう古参アピールをしたいんですけど。たしか2017年に『ダムヤーク』(RANGAI文庫)や『サークルクラッシャー麻紀』(電子書籍)を出されて……。
佐川 そんなところから読んでくださってるんですか!?
三宅 そうなんですよ。三宅のコンプレックスをここでお話すると、私は書評の世界でデビューしたわりに業界ウケしないところがあるよなと自分で思っておりまして。SNSだと読者がいる感覚はあるんですけど、業界編集者からはそんなに褒められない……みたいな。
佐川 ウソ? 業界ウケしてないんですか?
三宅 ウケてないんですよ。その一方で、佐川さんはちゃんと業界でカルト的人気を集めてメジャーデビューされて、文芸界に名乗りをあげて、いつかは芥川賞を獲るのであろうという期待を背負って……という感じじゃないですか。やっぱりそれは文芸的な書き手のあるべき姿だよなといつも感じますし、というか素直に「マジでうらやましい、マジでいいなあ佐川さんすごいなあ」と日々思っておりました。
佐川 芥川賞はあれですけど、そんな……。新刊が13万部も出ている方なのにコンプレックスもなにも。今回の対談だって、「なんで受けてもらえたんやろ?」と思ってたんですよ。
三宅 いやいや、こちらも読んでいただけるだけでうれしいのに、対談の話まで来てびっくりですよ。佐川さんは京大文学部の星じゃないですか。私も京大文学部なんですが。
佐川 いやいや、宮島未奈さん(『成瀬は天下を取りにいく』著者、京都大学文学部卒)にもう太刀打ちできないですよ。宮島さんは僕がやりたかったこと全部やってますからね。森見登美彦さんと対談したり、本屋大賞も獲ったり……。
僕は滋賀県出身なんで滋賀の話をちょこちょこ書いて媚びを売ったりしたんですけど、気づいてもらえず……(笑)。もう今、滋賀県は『成瀬』だらけですからね。僕もちょっと買いたいんですけど、どうしても買えないんですよ、実はまだ。
三宅 そうなんですか(笑)。でも、そういうコンプレックスを言ってもカッコいいタイプの作家さんじゃないですか、佐川さんは! そういうところも羨ましさがあるんですよ!
佐川 いやいや、僕は三宅さんのほうが羨ましいですよ。なんかカルト的なものへの憧れがあるんですか?
三宅 同業者や編集者に褒められたい、でも褒められない! という気持ちを抱えながら日々生きているので……(笑)
佐川 まあ、それも最初は楽しいですけど、劇場でだけ知られてる地下芸人みたいな感じで(笑)。やっぱりもっと売れたいなっていうのは出てきますよね。
(担当)編集者の方もブレイクさせたいと思ってくれているのを感じますし、期待に応えたいと思いながら書きはするんですけど、やっぱり数万部とかはまだいけてないので。そういうところの間でちょっと悩んだりはしますよね。カルト的な部分も残しつつ、メジャーで受け入れられたい、みたいな。
「京大って意見を対立させることがエンタメ」
三宅 カルトとメジャーの話じゃないですけど、「やりたいこと」と「社会的に求められていること」を分けましょう、っていう流れになっている気がするんですよね、今の世の中が。
たとえば正社員で働きながら同人誌を作って好きなことをやる、みたいな。でも私はそこを両立して、できれば統一したい、やりたいことで社会的に求められたいと思ってしまうので。佐川さんのおっしゃる両立の難しさはすごくわかります。
佐川 どうやって統一していくのかっていう悩みは僕もありますね。三宅さんも、本当に書きたいことが別にあったりするんですか?
三宅 今回の新書はうまくいったんですけど、私は批評とか評論がやっぱり好きなんですよ。そういうものを書いていきたいなっていう気持ちがありつつ、でも批評や評論って書く場所がないと書けない感覚があって。
もちろんブログやnoteのような場所はあるのですが、商業で批評を書く場所を与えられるには、「ここに家を建てていいよ」って言ってくれる業界の人がいないと書けないよなあ……と感じています。
佐川 でも批評や書評も今の時代、難しいところはありますよね。昔みたいにむちゃくちゃ貶したりする批評も受け入れられない世の中じゃないですか。
三宅 まさに思いますね。作家さんから見てもそれは感じますか?
佐川 感じます、感じます。昔の書評って、文芸誌の上でも喧嘩して書評集の中でもボロカスに書くみたいなのがあったじゃないですか。柄谷行人さんとかも「むちゃくちゃやな」って感じですよね。
三宅 たしかに、蓮實重彦の村上春樹評とかひどいですよね(笑)。
佐川 たぶん今もそういう書評を書きたい人とか書ける人はいるんだろうけど、作家というより世の中に求められていないというか。読む人に「なんてひどいことを書くんだ!」みたいに怒られる気がしていて。そのへんのバランスの取り方も難しいのかな、と。
三宅 わかります、わかります。私は根が議論好きだしそれこそ京大って意見を対立させることがエンタメみたいな感覚がわりとありますよね。
佐川 ありますね。なんかノリで喧嘩して、みたいな感覚ですけど。エヴァのレイ派とアスカ派に分かれてずっと議論してるみたいな(笑)
三宅 そうですよね、意見をぶつけ合う面白さって私は好きなんですけど、なかなか受け入れられないですよね。
「就活」と「仕事」で求められる能力の大きな差
三宅 「カルト」と「メジャー」の話に戻りますけど、佐川さんが今回書かれた『就活闘争20XX』(太田出版)は、佐川さんがすごいメジャーを狙いにきている!と感動し、今までと違う印象を受けました。
佐川 感じていただけましたか?(笑)
三宅 「ボールを投げてきている!」って。しかも、その投げるところが「就活」っていうのがいい。佐川さんといえば受験戦争、みたいなイメージはあるんですけど、受験よりも就活のほうが普遍的に描けるものが多い気がしていて。
それでいてデスゲームという佐原さん本来の持ち味であるカルト感も残しつつ、という作品だったので「佐川さんが今、最高だぞ!」と僭越ながら宣伝したい気持ちで書評も書かせていただきました。
佐川 『小説現代』のやつですよね。めっちゃうれしかったです。
三宅 就活というテーマを選ばれたのはそういう意図もあったんですか?
佐川 そうですね。就活してたころから、就活って面白いなと客観的に思ってたんですよ。「これ、なにやらされてるんやろ?」みたいな。
三宅 たしかに謎ですよね。
佐川 『就活闘争20XX』には太田っていう主人公が出てくるんですけど、あれはほぼ自分を投影しているような感じなんです。最初は全然やる気がなくて、でも周りが急に就活モードになったのにつられて就活をはじめる……みたいな。
でも、全然意味がわかりませんでした。京大で「他己分析セミナー」っていうイベントがあったんですけど、ひとしきり1対1でしゃべって、自分で思っていることと相手の分析の差を比較して自己理解に役立ててください……みたいな。なんやこれ、と思ったんですよね。
三宅 私も思い出しました。面接でアピールしようとしてるエピソードを友達と披露し合う、とか。そのとき一緒にやった友達に「三宅って集団行動できるんや」って言われたのを覚えてます(笑)。
佐川 今振り返ると「あの時期ってなんやったんやろ」って思いますよね。僕も全然やる気なかったのに、面接では熱血キャラを作ってワーってしゃべるみたいな。キャラ作りにしては面接もうまくいったんですけど、「なにしてるんやろ」感は強かったですね。
でもみんな演技しないと通らないから演技してるし、面接官側もそんなことわかってるやろうし、みたいな。しかも就活で測られてる能力って、就職してから仕事に必要な能力と全然違いますよね。
三宅 わかります。これ、何の能力を測っているんだろう? と感じざるを得ない。それこそ『就活闘争20XX』を読んで思ったんですよ。
世の中には大学受験というものがあって、その競争を勝ち抜こうと思うのはなぜかというと、その先に「就職活動で成功していい企業に行く」という目的があるわけじゃないですか。だからあんなに勉強を頑張るのに、実はその出口の就活の仕組みが、現状、適当すぎはしないか?と。
佐川 そうそう、受験と就活でも違うし、就活と会社に入ってからの仕事でも違う。すごくチグハグ感がありますよね。
激化する競争社会にツッコミを入れたい
三宅 『就活闘争20XX』では、競争の理不尽さをデフォルメして書いているじゃないですか。そういう問題意識がいつからあったんですか?
佐川 そうですね。僕は正直、受験のときは大学までしか人生が見えていない状態でただただ勉強してたんですけど……。だから実は、そういう就活とか社会の仕組みに本格的に違和感を持ったのって社会人になってからなんですよ。
受験のときは洗脳されてたのかわからないですけど、理不尽に競争させられている意識はあまりなくて。でも、やっぱり社会に出ると評価軸が変わってくるというか、なにで評価されているのかわからなくなってくる。
三宅 すごくわかります。
佐川 結局、就職活動はうまくいって大手損保に入社できたんですけど、肝心の仕事はさっぱりダメでした。
1980年代くらいから「コミュ力」が重視されてくるみたいなことを三宅さんも『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』でも書かれていましたけど、まさに自分は社会で評価されるような能力があまり高くないことに、会社に入ってからようやく気づいたんですよね。
そんな会社のなかでもあからさまに出世競争しているやつもいるし、そのへんからちょっと違和感を感じるようになりましたね。その違和感を就職活動というテーマに落とし込んでいった感じです。
三宅 わかります、わかります。仕事でも就活もそうですけど、本当にそこまで差異化しなくちゃいけないのか? と思っちゃうことが多くて。競争って要するにレベル分けじゃないですか。
わざと就活偏差値ランキングとか作ったりして「そこまでレベルを細分化して競う必要ある?」「半身で働くのもいいんじゃない?」ってツッコミを入れたくなってしまう。真剣に競争している人からすると「いや、半身なんて言うな!」と怒られるかもしれないですけど。
佐川 いやいや、ツッコミ入れる人がいないとダメですよ。就活にしろ仕事にしろ、今の世の中を見てると「これはやりすぎじゃないか?」って思って当然だと思います。
三宅さんにも『就活闘争20XX』の書評で書いていただきましたけど、茶番みたいな就活をSF設定で書くことによって、逆に真っ向から「おかしいやろ」っていうのを言いたかった。だからあの書評は本当にありがたかったんです。
三宅 いやいや、佐川さんがこのまま順調にステップを上がっていって、本当に芥川賞を獲るまで私は追いかけていくつもりです。
佐川 それはそれは、ぜひ見守っていただければ……。
#2へつづく
取材・文/集英社オンライン編集部
〈「全身全霊で働くっておかしくないですか?」会社員が読書できるゆとりを持つためには――大事なのは、真面目に働く「フリをする」技術【三宅香帆×佐川恭一対談 後編】〉へ続く
外部リンク
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