「全身全霊で働くっておかしくないですか?」会社員が読書できるゆとりを持つためには――大事なのは、真面目に働く「フリをする」技術【三宅香帆×佐川恭一対談 後編】
集英社オンライン / 2024年6月22日 11時0分
大ヒット中の新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)の著者で書評家の三宅香帆と小説『就活闘争20XX』(太田出版)の著者でカルト作家の佐川恭一。ともに京大文学部出身で大手企業での会社員経験もある二人が、苛烈な競争社会への違和感を話す。「全身全霊で働く社会」への問題提起へ――。
早くも13万部超の話題の新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』
本気のエリートはイジれない
佐川 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』、ってすごいストレートなタイトルじゃないですか。明治時代から遡って読書と労働の関係が描かれていて、すごい興味深かったです。
僕も働きながら小説を書いてるんですけど、僕自身もあんまり本を読めていないんですよ。だから、この本で参照されている『花束みたいな恋をした』の麦くんに自分を重ね合わせる部分もあって。就職してからの麦くんの変貌ぶりは本当に衝撃でしたよね。
三宅 伝説のシーンですよね。虚無の顔でパズドラをする菅田将暉……。
佐川 読書はできなくても、パズドラはできるということで。それがなんでかっていうと、三宅さんの本の中では「ノイズ」がキーワードになってたと思うんですけど。読書ってノイズじゃないですか。フルタイムで長時間労働してると、ノイズを受け入れる余裕はなくなってくる面がありますよね。
三宅 そうなんですよ。特に厳しい競争を勝ち抜こうとすると、麦くんのようにならなきゃ生き残れないという側面もありますよね。佐川さんも一社目の大手損保は大変だったんじゃないですか?
佐川 いやあ、なんかもうすごくて。内定者研修のときから人事の人が「お前らは勝ち組や!」みたいな感じですごい煽って、研修の後の立食会場では京大のギャングスターズ(アメフト部)の同期が、内定者の輪の真ん中でブレイクダンスを踊り始めて。僕はもう端っこのほうで「とんでもない会社に入ってもうた」って……。
三宅 うわあ……。
佐川 それで入社してからも栃木の山奥の研修所でひたすら損害保険の勉強をさせられるんですけど、もうしんどすぎて。同期も陽キャだらけで、自己成長とか圧倒的成長みたいなのを目指してるんです。
僕は耐えられなくて、研修所の個室でずっと三島由紀夫の『金閣寺』と福本伸行の『最強伝説 黒沢』の1、2巻を読んでました。
三宅 持っていく本のチョイスがすごいですね(笑)。私はウェブマーケティングの部署だったんですけど、そこはわりと陰キャ寄りのムードだったんですよ。そのぶん、社内のプレゼン大会で陽キャ揃いの他の部署の人と会うと、もう全然ノリが違うんです。
発表中も他の部署のチャットが「がんばってー!」「応援してる!」みたいな書き込みで盛り上がってて、私たちの部署になるとシーンと静かになる……みたいな。
佐川 うわ、すごいですね。三宅さんもしんどくなかったですか?
「俺たちは競争を勝ち抜いてこの会社に来たんだ!」
三宅 会社は大学までと雰囲気が全然違いました。もう私は入社式のとき、空気が無理すぎて、同期の子にランチに誘われても「他の人に誘われて……」って嘘ついて一人でお昼食べてました。
社内では陰と陽がくっきり分かれてるんですけど、その中でもやっぱり大学も東京にずっといる人たちは意識の高さがちょっと違う気がします。
佐川 わかります、わかります。関西とはレベルが違うというか。大企業特有の勝ち組意識みたいなのが当時の僕にはキツすぎて。
みんなエリート意識が強くて、「俺たちは競争を勝ち抜いてこの会社に来たんだ!」みたいな。ほんまに冗談抜きで言ってるから、イジれないんですよね。
三宅 わかります! 「ギャグなのかな?」って思いますよね。きっとその方々は、これまでの競争がめちゃくちゃ大変だったんですよねえ。
佐川 人事や上層部も「トヨタや三菱商事を蹴ってウチに来たやつもおる!お前らの選択は正しかったんや!」みたいなことを言うんですけど、それを本気で信じてるやつもいるんですよ。もう4月1日に「無理やな」って思いましたね。三宅さんのところも、なかなかヤバそうですけど。
三宅 私の会社の研修でも、自分の叶えたい夢や目標をシートに書いて、それをもとに上司で面談するみたいなプログラムがありました。
私は自分の人生に満足してたので「現状に不満はないです」みたいなことを言ったら「いや、あるはずだ!」って言われて。最終的に「本のウェブマーケティングの未来を考える」っていう謎の目標を立てさせられました。
佐川 成長させたがりますもんね、会社って。
三宅 同期の子も「自分には頑張った経験がない……」とって泣き始めちゃってた。めっちゃ頑張る子なのに。うみたいなハプニングもあって。会社はやっぱり本人の不足を求めて、そこに成長を見出すものなんだなってしみじみ思いました。
大企業で一度は麦くんになっていた
三宅 ちょっと言い方が難しいんですけど、京大って留年してる人のほうがカッコいいみたいなノリが蔓延ってるじゃないですか、良くも悪くも。
関西全体に言えるのかもしれないですけど、エリート意識を丸出しにするのはダサいっていう雰囲気がありますよね。エリート意識を持っていないわけじゃないけど。
佐川 たしかに、むき出しのエリート意識は恥ずかしいみたいな風潮があって、そういうのを出すとイジられがちでしたよね。でも本物のエリート層と一緒になるともうツッコミ不在ですからね。
僕も同期は230人くらいいたんですけど、あまりにもやる気がなさすぎて。社内では、もうひとりのやる気のない同期とふたりで「東の鈴木、西の佐川」って並び称されてました。
三宅 東の鈴木もいるんですね。
佐川 鈴木くんは慶應出身で、東では珍しいやる気のなさで(笑)。やる気ない者同士で仲良くなったんです。で、研修中にふたりで競馬を観に行ったんですよ。
それでダラダラしゃべってたら鈴木が「俺、日本の損害保険ってすごいと思うんだ」って言い始めて。どうやら鈴木は「日本の損害保険制度をイスラム圏の国に広めたい」っていう夢があるらしくて。それで同期の中でも僕が最下位に転落しましたね。
三宅 鈴木!(笑)
佐川 「やる気なかったんちゃうんかい」って思ったんですけど。それで結局、僕は1年で辞めちゃったんで、麦くんにもなれなかったんです。
三宅 逆に、私は一度大企業で麦くんになってしまった感覚があるんですよ。だから「仕事は楽しいけど、でもやっぱりあそこまで仕事に全コミットし続けることは、ずっとは無理だ」という気持ちがある。みんなが自分のペースに合わせてちょっとサボったり逃げたりできないと、メンタルを病んじゃうじゃないですか。
実際にそうやって潰れていく人も多いという事実を、会社の偉い人たちはどうお考えなのだろうか? っていう気持ちになって。だから『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では、「みんな意外と働きすぎなのでは?」と、もっと社会にツッコミを入れなくてはいけないと思ってたんです。
意外と大事な「フリをする技術」
佐川 この本の結論には「半身で仕事をする」ことの重要性が書かれていると思うんですけど。僕もまさにその結論には賛成で。
全身全霊で仕事に落ち込んでたら、やっぱり頭がそればっかりになっちゃって、本を読む気力もなくなるっていう社会が本当に豊かか?っていう問題提起も込められている。
三宅さんの言うように、週三勤務も可能になったら、文化的なところにも頭のキャパシティを割けるようになる。
ただ一方で、僕らみたいに小説が好きでそれを副業にできる人はいいと思うんですけど、たとえば釣りが趣味の人とかだと稼げないし、収入面の不安も出てくる。企業が全身全霊で働くことを求めるっていうのが変わらない以上、なかなか現実的にもすぐに社会は変わらないわけですし。
三宅 それはそうですよね。
佐川 だから僕は現時点では、週5フルタイム勤務でも、本気で働いているように見せつつ全身全霊で働かないことがまずは大事かなと思いました。全身全霊で働いたら、定時帰りでもめっちゃ疲れるじゃないですか。
ほどほどにしておけば、本を読む時間も作れるし、小説や書評も書けるし。それで最終的には社会が週3勤務になってほしいと思っています。
三宅 間違いないですね。意外と「フリをする技術」って、社会人にとって大事じゃないですか?
佐川 そうですよね! 明らかにやる気がなくて干されるポジションにいつづけるのって、実はめっちゃ精神力がいるじゃないですか。
周りの目も気になるし、居場所もないし、鋼の精神を持たないとその境地には到達できない。だからみんなを不快に思わせないレベルで手を抜くのってめっちゃ大事ですよね。
三宅 仕事や就活に行き詰まるときって「フリしちゃだめなんじゃないか」って思っちゃうじゃないですか。全身全霊でやるか、まったくやらないかのどっちかの世界になっちゃうと、メンタル的にも病んでくる。
社会がすぐには週三勤務が変わらない以上、真面目に働くフリをしつつ精神的には半身を残しておくことが大事なんじゃないかと思っています。おかしなところにツッコミを入れる余力、自分の好きな活動に力を入れる余力を残しておくことが大事だと思いますね。
佐川 会社はやっぱり仕事を第一にさせたいじゃないですか。それが行きすぎると、宗教じみてくる場合もある。でも、そこには乗っかりすぎないほうが精神的にもいいんじゃないかなと思います。
ノイズがあるほうが絶対面白い
三宅 そうですよね。でも、好きな仕事でもメンタルを壊してまでやる仕事ってあるのか?とは思います。NHKスペシャルでサカナクションの山口一郎さんがうつ病になった様子を放送されていましたけど、やはり社会の仕組みとして防げる部分はなかったのか、と思ってしまう。
佐川 たしかに、僕らは小説が好きですけど、小説だけに全身全霊を捧げても同じ現象になりかねない。
ユイスマンスの『さかしま』って本があって、主人公の男がもうパリの下品さにうんざりして田舎に引っ越して、自分の大好きな絵画とか芸術作品だけに囲まれた人口楽園を作るんですよ。まさに三宅さんの書かれていた「片付け本」のロジックなんですけど、結局最後は病んで医者に「パリに帰れ」って言われちゃうんですよね(笑)。
だからやっぱり三宅さんの本にも書かれているとおり「ノイズ」を享受できる豊かさが大事なんだと思います。
三宅 仕事だけ、趣味だけ、になってしまうとノイズがなくなってしまいますしね。
佐川 読書ってやっぱりノイズの部分が面白いじゃないですか。ノイズの部分が真髄というか。今の文芸の世界にも言いたいですけどね。
三宅 たしかに、現代だと小説という場ですらノイズ除去の方向に向かっているかもしれない。
佐川 今は「この小説はこういう社会的な問題を扱った小説です」みたいにわかりやすく説明できる作品のほうが売れやすいし、文芸誌にも載りやすい。僕はちょっとそれが面白くないなと思っていて。
三宅 ノイズがあるほうが絶対面白いですよね。そういう意味では『サークルクラッシャー麻紀』みたいにノイズだらけの小説を、佐川さんは世に出してるじゃないですか。
佐川 あれはノイズだらけですね(笑)。まあでも、ノイズ除去の方向に向かっている世の中で、なんとかノイズを復活させていきたいですよね。
三宅 関西から復活させていきましょう、ノイズを。
佐川 「関西ノイズ」、やっていきましょう。いらんことばっかり書いて。
三宅 いいですね、関西ノイズ!やりましょう。
取材・文/集英社オンライン編集部
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