なぜ現代人は「死」を意識しなくなったのか? 医学、哲学、葬儀、墓、遺品整理、霊柩車、死刑制度…28人の専門家が語る死への「正しい接し方」
集英社オンライン / 2024年7月17日 8時0分
なぜ人は、年を取るごとに「死への恐怖」が高まっていくのか。死から考える「人生の価値」、不死が人を幸せにしない理由、日本と諸外国との死生観の違い……
死体が腐敗し、白骨化していくまでの様子を9段階で表した絵画「九相図」
28人の専門家に、死への「正しい接し方」を聞いた書籍『「死」を考える』を、観光学者で自身も本書に「悲しみの記憶を巡る旅」を寄稿した金沢大学国際基幹教育院教授の井出明氏が読み解く。
なぜ我々は「死」を意識しなくなったのか
人はだれでも死を迎えるのに、現代の生活からはそれが見えないものとして消し去られている感がある。
人身事故で人が死んだとしても、悼む気持ちよりも先に電車の遅れを気にし、本年1月1日の能登半島地震のニュースを見ても、都会の人々にとってはどこか遠くの不幸に感じられるかもしれない。
しかし悲劇の現場には死が確実に存在し、もし我々がそれを覚知できるのであれば、自身の生が様々な偶然と幸運によって永らえていると思うようになるであろう。
その帰結として、我々は自身を「生かされている存在」として認識するようになり、より誠実に生を全うしようとするのではないだろうか。
このように、人が前向きに生きるためには「死」について考えるという営為が必要であり、書籍『「死」を考える』(集英社インターナショナル)はその重要な手がかりになるであろう。
生々しい死に出会わない現状
なぜ我々が死を意識しなくなったのかという経緯を具体的に考えたときに、葬式の場所が変化したことはかなり大きな影響だったのではないだろうか。
私事になるが、筆者の母親は30年ほど前に亡くなり、病院から遺体が自宅に帰った後、通夜から焼き場に行くまでの数日間を一緒に過ごした記憶がある。
夏の暑い盛りだったので、ドライアイスを敷き詰めているとは言っても20世紀の技術では、遺体にさまざまな変化が生じたことが視認できた。皮膚が黒ずんだり、まさに生気がなくなる過程で、私は否応なく死を受け入れていった。
ところが、近年では病院で死亡が確認された場合、直接セレモニーホールに遺体が搬送されるため、生を終えた肉体にご飯を供えて食事を一緒にし、隣で眠って思索を巡らすという営みが失われてしまった。
それ故に、我々にとって死は一段と縁遠い概念になってしまったのである。
死体、遺体とどう向き合うか
このような隙間を埋めるために、本書は死体、そして遺体との向き合い方に関し有益な示唆を与えてくれる論考が何本か掲載されている。
まず冒頭の養老孟司「ヨーロッパの墓を巡って思うこと」では、西洋における死の概念と日本におけるそれが、根本的に異なるという点を、墓への紀行という形で掘り下げている。特に心が惹かれたのは、死体と遺体の概念の差異である。
客観的、生物学的には死んだ肉体である「死体」であっても、死者と残された者との関係性のために、捉え方が「遺体」に置き換わっていくプロセスの解説は、「死とは何か?」を深く読者に考えさせてくれる。
この観点からは、山本聡美「九相図を見る」も興味深い。「九相図」は死体が腐敗し、白骨化していくまでの様子を9段階で表した絵画で、中世の仏教において、死をどのように認識していたのかという点が象徴的に表現されている。
現代に生きる我々は、火葬を当然の前提としてしまっているが、大量の燃料を必要とする火葬が日本で一般化してくるのは近代以降であり、日本人の中で死の概念が元々どのように形作られていったのかを考えるうえで、大変参考になった。
同時に本書では、安村敏信「幽霊画を見る」において、いわゆる“足のない幽霊”の概念が、江戸中期に活躍した円山応挙以降の所産であり、日本人の幽霊兵の感覚や思いも時代とともにかなり変化しているという点への言及もある。
さて、本節の冒頭では何気に「病院で死亡」を前提として書いているが、あえて自宅での死を選ぶ方も増えてきているというエピソードも本書に収録されている。
確かに、昭和の頃は、元気だった祖父母が徐々に弱り、家で亡くなるという一連の死への経過を家族が見るというのは普通だった。
ただ思い起こしてみると、同居の親族にはかなりの負担があったことも確かで、看取りの場が病院に移っていったのも理解はできる。
小笠原文雄「在宅看取りの実際」では、令和のこの時代において、お年寄りが徐々に弱り、自宅から安らかに旅立つために、医療が具体的にどのように貢献できるのかという観点から終末ケアが描かれており、自分と家族の間で不可避的に発生してくる別れの形態として、これもまたありうるかもしれないと実感を持ちながら読むことが出来た。
死の消化と昇華
死とは何かという概念的理解に加えて、我々現代人がしばしば悩むのは、身近な人々の死を如何に受け入れ、乗り越えていくのかという論点である。私はこの困難の克服に関して、韻を踏みつつ「死の消化と昇華」という言葉でしばしば表している。
これは日常から死が隠されてしまっている現代では非常に大きな課題であり、死に纏わる悲しみを抱えたまま生きていく辛さは、なかなか周囲に吐露しにくいという心痛はよく聞く。
日本の防災教育は、「死んだらいけない」という面からは熱心に教えているが、「死に遭遇した場合に、どうすればよいのか?」という観点からはほとんど何も言及されていない。これは大きな問題で、「死を良くないもの」と潜在的に感じさせてしまう可能性があり、日常的な話題にしにくくなる。
その中で社会は復興に向けて動き始めるので、遺族の気持ちは置き去りにされがちになる。こうした事態に備えるべく自分自身、そして周囲が悲嘆に暮れた際に、回復の糸口をどこに見出せばよいのかという意味から、坂口幸弘「死別後の悲嘆とグリーフケア」は、一読の価値があろう。
また山田慎也「日本における葬儀の歴史」においては、近年の葬儀の簡略化が、死者と向き合う時間を少なくしてしまい、それゆえに遺族が悲しみから抜け出せなくなるという状況に警鐘を鳴らしている。
さらに死の受容に関しては、遺品が大きな意義を有していることに気づかせてくれる横尾将臣「遺品整理の現場から見る孤独死」も心に刺さる。普段疎遠であった親族が、遺品を通じて過去を思い出し、故人を偲ぶ様子は、インフォーマルな悲しみの共有のあり方として考えさせられた。
弔いに関する観念と「死」の国際化
さて本書を通読してみると、死や弔いに関する観念が、1000年以上前からあまり変わっていないところもあれば、数十年で大きく変わってしまった面もあることに気づく。今後の社会における死を考えるうえで避けて通れないのは、国際化の観点であろう。
私は観光学を専門にしているため、海外調査に行くことがよくあるが、何度かかなり危ない目にあった。ここで死んだらどうなるのかという思いも頭をよぎったことがあるが、実際に実務上どうなるかは木村利惠「国際霊柩送還という仕事」に詳しく述べられている。
この話は、佐々涼子原作のドラマ「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」としてご覧になった方も多いと思うが、本書では社長自身の言葉としてこの仕事の意義や重要性が語られており、筆者としては大きな関心を寄せることになった。
当然日本で亡くなって、海外に帰られる方もいるわけで、様々な国の文化に精通していないと成り立たない仕事であることに気付く。
また死に対する国ごとの文化的な捉え方の差は法制度にも現れており、永田憲史「死刑制度を知る」では、ヨーロッパでは廃止された死刑が、日本でなぜ残っているのかという問いに関して、法学者としての立場から説明を与えている。
本書を通読して感慨深いのは、全く専門分野の違う人々が、死はもちろんのこと、葬儀・墓・遺体などについて、各自の専門分野から論じている点であろう。医者が考える死と哲学者が認識する死は、一見異なるように見えるのだが、そこには生命をどのように捉えるかという厳粛さにおいて、共通する場面や部分も出てくる。
収められた28本の論考に対峙すると、読者はその広がる世界の広さと深さにおののき、目眩に似た感情を覚えるかもしれない。本書にはあえて、前書きや後書きと言った総論部分が置かれていないのであるが、これはどこから読んでも構わないということも意味している。本稿を、書籍『死を考える』の糸口にしていただければ幸甚である。
文/井出明 写真/shutterstock
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