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林眞須美の長男が誹謗中傷にあい、一時は映画公開中止の危機も…和歌山カレー事件を追った映画『マミー』、眞須美の夫・健治氏が出した「取材を受ける条件」とは…

集英社オンライン / 2024年7月24日 11時0分

2009年5月、最高裁で犯行理由は不明なまま、林眞須美被告に対する「死刑」判決が確定している「和歌山毒物カレー事件」を検証する映画『マミー』。映画の情報が公開されて以降、映画の中に登場する林眞須美の長男が誹謗中傷にあい、本人から映画公開中止の申し入れをする事態に発展したが、本編の映像の一部に加工を施したものを上映することで落ち着いた。波紋が広がるなか、なぜ今、二村真弘監督はこの事件を追ったのか。

【画像】和歌山市内でひとり暮らしをする林眞須美の夫・健治氏

公開を直前に親族への誹謗中傷が悪化し、公開中止寸前に

1998年7月、和歌山市内の住宅地の夏祭り会場で、猛毒のヒ素が混入したカレーを食べた67人が中毒を発症し、そのうち4人が死亡する事件が起きた。

事件現場近くに住む主婦・林眞須美が容疑者として浮上、林の自宅前には連日大勢のマスコミが張り込み、加熱した報道合戦が繰り広げられた。事件を知らない若い世代でも、林眞須美が報道陣にホースで水を撒く映像を記憶しているものは多いだろう。

誰しもが記憶に残っているこの事件を検証する事件を追ったドキュメンタリー映画、本作の中では、林眞須美死刑囚の夫・健治氏や林夫妻の長男さんが、なぜ母の無実を信じるに至ったのかを打ち明けているが、公開を直前に親族への誹謗中傷が悪化し、公開中止寸前のところまでいった。

記事の掲載を前にして上映が危ぶまれる事態となり、動向を見守っていたが、二村真弘監督から緊急コメントを受け取り、以下、全文を掲載する。

映画の公開まであと3週間ほどに迫るなかで、映画に登場する林眞須美さんのご親族から、誹謗中傷や嫌がらせを予想以上に受けているとの相談がありました。私たちとしても注意深く準備してきたつもりでしたが、想定が不十分だったのかもしれません。一方、映画の内容についての責任はすべて私たち制作側にあるにも関わらず、公開前から攻撃の矛先がご親族に向いてしまったことは残念でなりません。

当初、取材を受けた際にはこの映画と事件についてより重層的に知ってもらうための背景や、映画で描き切れなかったディテールについても話しました。しかし、林眞須美さんのご親族への誹謗中傷が増加する中で、誠に心苦しくはありますが、取材していただいた皆さんに緊急事態へのご対応をお願いしました。もちろん、映画を媒介として、賛否に関わらず、建設的で意義のある議論ができることを望んでいます。
(『マミー』監督・二村真弘より)

「そもそも私自身、林眞須美が犯人で間違いないと思っていた」

━━二村監督が、事件を検証するドキュメンタリー映画を撮ろうと考えたのは、林眞須美死刑囚の長男・林浩次(仮名)さんが出席するトークイベントを見に行かれたのが発端だとか。もともと、カレー事件に興味があったのですか?

二村真弘監督(以下、同) いえ。死刑囚の家族として自身の体験をつづった書籍を出版し、SNSでの発信も始めるなど話題になっていたのもあり、そのときは林眞須美の息子を見てみたいという興味本位だけでした。

そもそもでいうと、私自身は林眞須美が犯人で間違いないと思っていたんです。イベントにはテレビの取材班が入っていて、いつ番組になるのだろうと思っていたら、なくなったという。

再審開始が決まらないことには冤罪の可能性について検証する番組は放送できないと上からストップがかかったと知り、スイッチが入ってしまった。

━━他の取材者が断念したことが、逆に火をつけた?

裁判所のお墨付きでなく、なぜ、自分たちで判断できないのか。ひとつひとつ資料を調べなおしていくと、どうもこの事件はおかしいんじゃないかという思いが強くなったんですね。

トークイベントに参加したのが2019年で、その年末には取材をスタートさせていました。世の中が新型コロナウイルスの影響で、私の仕事が激減したこともあり、だったらやりたいことに集中しようと。

冤罪かどうかを判断するのかは観ている人に委ねたい

映画完成まで約5年。和歌山行きの夜行バスに何十回と乗り込んだ。二村にとってこれが初監督にして、事件取材に取り組むのも初めてのこと。取材対象は、林眞須美の長男から「眞須美に毒を飲まされた」夫の健治、科学鑑定に携わった大学教授、元鑑識官などに広がっていく。

当初「トンデモ系」の話ではないのかと疑ったというプロデューサーの石川朋子とは、二村自身の子どもの不登校生活を撮ったセルフドキュメンタリー「不登校がやってきた」シリーズ(NHK BS1・2021年~放映)で仕事を共にしている。

二人でYouTubeチャンネルを立ち上げ、二村がほぼひとりで取材・撮影・編集も行い、取材過程を含め動画配信することから始めた。そして2022年、海外セールスも視野に映画制作を決断する。

━━一観客としてこの映画を見るまでは、林眞須美が犯人だと思っていましたが、観終わって考えが揺さぶられました。当時、画期的と喧伝され、有罪の証拠とされたヒ素の科学鑑定をめぐる疑問。唯一の目撃証言のブレなど、フラットな目線での検証と証言の積み重ねで、それまで「犯人」で間違いと思い込んでいたものが揺らぎ、もやもやしだすんです。

私自身も取材の出発点は、冤罪かどうかはわからなかった。

取材するうちにこれは冤罪の可能性が高いかもしれないと、いくつかテレビ局に企画書を出してみたけれど、ぜんぶダメ。それで世に出す方法を検討する中で、映画はどうだろうかと。

ただ、いま冷静になってみると作ることだけを考えていて(劇場で公開する方途には目が向いてなくて)、ぞっとしますけど(笑)。

━━映画として見たときに、街を真下に俯瞰する映像が合間に入るなど、その手法にはスタイリッシュさを感じました。

最終的に、冤罪かどうかを判断するのかは観ている人に委ねたい。考えるための余白を残しておきたいというのもあり、(空撮など)すこし引いた視点の映像を入れています。

━━冤罪の疑いがもたれている事件を検証する映画としては、すでに死刑が執行された「飯塚事件」を扱った『正義の行方』(木寺一孝監督)が話題になっています。インタビューを軸にしている点では本作と共通するとともに、見入ってしまったのは、夫の林健治さんがヒ素を用いて保険金をだまし取っていた事件(詐欺罪で懲役6年の実刑満了)の手口をカメラの前で、ざっくばらんに話していることです。

私がふだんやっているテレビのドキュメンタリーは、インタビューが長いとチャンネルを替えられるので、短くカットするのが常なんですね。

だけど、健治さんに限らず、ここに登場する人たちの話は見聞きしていて、まったく飽きない。この人、どこまで本当のことを言っているのだろうかというのも含め、顔の表情をじっくり見せるだけでも十分伝わるものがあるだろうと思いました。

「こんなん言うのはアレなんやけど、お弁当を買ってきてくれへんかなあ」

━━亡くなられた人がいる事件だけに言い方は微妙ですが、人物ドキュメンタリーとしても傑出した作品だと思います。たとえば、林健治さんは保険金詐欺を働くきっかけについて「どんな味がするのか? ペロッとなめてみたんだ」と語る。子どもが悪さをしただけのような感じから1億円を超える保険金が転がり込んだことに味をしめ、詐欺を繰り返す。メディアで「眞須美に殺されかけた夫」と報道されもしたのに、実は自らの意思で保険金詐欺を繰り返していたという。二村監督は、暴露話をする林健治さんをどのように受け止めていたんですか?

私が、林健治さんの保険金詐欺に関する話を盛り込んだのは、単なる暴露話としてではなく、裁判の判決では彼が林眞須美さんに殺されかかった「被害者」となっているにも関わらず、その本人が真っ向から否定しているからです。

しかも彼の話す内容は詳細で、私は何度となく同じ話を聞き、質問を重ねましたが、決してブレることはありませんでした。それが裁判では「妻をかばうための虚偽」だと一蹴されているのです。この矛盾を感じてもらいたいと考えています。

━━会われてみての印象は?

2006年に健治さんは保険金詐欺事件の刑期をおえて出所したあと、和歌山市内でひとり暮らしを始めるんですね。メディアの人たちは、さんざん彼のことを悪く書いてきたので、取材を申し込んでも追い返されるにちがいないと思われていたみたいですが、訪ねて行くと「おお、よう来たなあ」と。

映画に出てくるあの調子で、どんどん話してくれるわけです。メディアに対してどう思っているのかを訊くと、「昔のことは昔のことやから」と言う。

━━コワモテな人物像を想像していたら、腰を抜かすくらいの「面白い、おっちゃん」という感じに見えました。

僕も、最初は警戒していました。ただ、長男を通して連絡したときに、ひとつだけ条件をつけられたんですよね。

━━それは、どんな?

「こんなん言うのはアレなんやけど、お弁当を買ってきてくれへんかなあ」と。

━━お弁当ですか?

彼はいま、十数年前に脳卒中を発症した影響で、(車椅子生活になり)ヘルパーさんにお世話してもらっているんですね。朝と夜はいいけど、お昼ご飯に困っているから近所のスーパーで買ってきてほしいと。

ほかにも、一度東京ばな奈を買っていったら、「あれ、デイサービスのヘルパーさんたちに喜ばれたんで、また買って来てくれへんかなあ」と。もちろん代金は払ってくれるんですよね。12個入り1800円くらいのを。

無批判に冤罪を信じているんじゃないかと思われるようなら…

━━報道されていた頃の贅沢な暮らしぶりから一転していたことに驚きました。映画の中で彼が「400円超えたら、もう買われへんよなあ」とこぼしていたのは?

彼はトマトが好きで、よくパック入りのものを買っていて。だけど値上がりしたから、もう買えない、という話ですね。

━━何度も会って話を聞かれている中で、記入済みの離婚届を見ている場面が印象に残りました。親戚の人が、暮らしの面倒を見てやってもいい。ただし、離婚が条件だと言われてたようですね。

名前は眞須美さんが二人分書いていて、あとはハンコを押して出せばいいというものでしたよ。

━━保険金詐欺の手口もそうですが、そうしたプライベートに関わる話までよく撮れましたよね。

離婚のことは、何十回か通った中での話でした。撮影自体は取材を重ねてからですけど、カレー事件や保険金詐欺の話は何回もされる。その都度、「これはどうなんですか?」と訊いても、ブレがないんですね。

━━詐欺の手口も落語のネタのように話す。不思議な感覚に陥りました。

彼にとっては、誰かを直接傷つけたわけではないから、という意識があるのだと思います。自分の身体を使って保険金詐欺を働いたんだというだけで。

━━東京ばな奈の話などをうかがっていると「いいおじいちゃん」に思えてくるんですが、取材の密度が深まるにつれ、フラットな視点を心掛けられながらも取材対象との距離の取り方は難しくなっていったと思うのですが。

映像としては、あくまでフラットに撮るということを心掛けていたので、もしこれを観た方に無批判に冤罪を信じているんじゃないかと思われるようなら、そこは映画として上手くいっていないのかもしれませんね。

取材・構成/朝山実 サムネイル/(C)2024digTV

映画『マミー』
8月3日(土)より東京 シアター・イメージフォーラム、大阪 第七藝術劇場ほか全国順次

監督:二村真弘
プロデューサー:石川朋子、植山英美(ARTicle Films)
撮影:髙野大樹、佐藤洋祐 
オンライン編集:池田聡 整音:富永憲一
音響効果:増子彰 音楽:関島種彦、工藤遥
製作:digTV 配給:東風
2024 年/119 分/DCP/日本/ドキュメンタリー
(C)2024digTV

和歌山カレー事件、林眞須美の「死刑」判決の真実はどこへ? 「報道の過熱によって、見えるものが視えなくなっていった」26年目の真相を追う映画『マミー』の監督が問うメディアの在り方〉へ続く

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