和歌山カレー事件、林眞須美の「死刑」判決の真実はどこへ? 「報道の過熱によって、見えるものが視えなくなっていった」26年目の真相を追う映画『マミー』の監督が問うメディアの在り方
集英社オンライン / 2024年7月24日 11時0分
〈林眞須美の長男が誹謗中傷にあい、一時は映画公開中止の危機も…和歌山カレー事件を追った映画『マミー』、眞須美の夫・健治氏が出した「取材を受ける条件」とは…〉から続く
1998年におきた「和歌山毒物カレー事件」を検証した驚愕のドキュメンタリ映画『マミー』(8月3日公開)は情報公開以降、映像にも登場する林眞須美の長男が予想以上の嫌がらせを受ける事態に発展…公開中止も視野に入れられたなか、一部の映像を加工し公開することになった今最も話題の映画といえる。事件発生から26年が経っているが、再審請求で弁護団が提出している科学鑑定、捜査への疑問を検証したことについて、監督の二村真弘氏に聞いてみた。
【画像】この映画を撮るキッカケにもなった林眞須美・健治夫妻の長男
ヒ素の科学鑑定は林家のものだけに限られていた…
━━映画の中で、自白も物証もない中で出された林眞須美に対する「死刑判決」に対する疑問を取り上げられています。とくに三点に絞られたのはなぜですか?
二村真弘監督(以下、同) 裁判の中で、林眞須美が犯人だとする根拠とされたのが、大型放射光施設Spring-8を使ったヒ素の科学鑑定と、林眞須美が現場に一人でいるところを見たという女子高生の目撃証言。もうひとつは、ヒ素を使った保険金詐欺を繰り返していたという証言です。重要なポイントにもなっていたので、この3点についてはきちんと検証すべきだと考えました。
カレー鍋にヒ素を混入する際に使ったとされる紙コップに付着したヒ素の成分が、林家にあったもの(林健治さんがシロアリ駆除の仕事をしていた頃に購入していた)と成分が一致したことが裁判では重要証拠と認定された。
しかし、取材をしていくうちに、和歌山市内で同じ工場で生産されたヒ素がシロアリ駆除剤として広く使われていたこと、さらに近隣に林家以外にもヒ素を所持している住人がいたこともわかってきた。それにも関わらず、科学鑑定は林家のものだけに限られていました。
━━見ていて首を傾げてしまったのは、当初の捜査の調書で「一階のリビングのカーテン越しに見た」という、林眞須美が鍋に毒物を入れたとされる唯一の目撃証言が、なぜか法廷では「二階の自室のベッドに寝転がりながら外を見ていた」にすり替わっていた点です。現場検証で、一階からだと遮るものがあって見通せなかったのがその理由なのか。証言の書き換えは、この映画のスクープにあたるのでしょうか?
いいえ、証言の書き換えは元の裁判の中でも指摘されていることです。
また、目撃証言の曖昧さについても、すでに林眞須美さんの弁護団が再審請求をする際に「新証言」として出しているもので、この映画の中に出てくる内容はほぼすべて、カレー事件を取材をしてきた大半の記者、テレビ局のディレクターたちも把握していることです。
弁護団が主催する勉強会などを取材すると各メディアはその場にいて、用意された資料を持ち帰っている。だから目撃証言のあやふやさも、すべて把握しているはず。その上で、報じるか報じないかの判断があるんでしょうけど。
事件の捜査に関わった人たちの名簿を上から順に全員あたりました
━━映画ではさらに踏み込んで、元鑑識官が登場します。最初の調書にもとづき、一階から見た現場写真を撮っていたという。それがなぜか、裁判では「二階」になっていた。変更を問われた鑑識官は、どうしてなのか自分にはわからないという主旨のことを話されている。よく、この証言を得られましたね。
あれは、事件の捜査に関わった人たちの名簿を上から順に全員あたりました。
「この事件について冤罪の可能性が指摘されています。私は判断がつかないので、話を聞かせてほしい」というスタンスで、捜査員、住民にも聞いていった中で、答えてもらえました。
ただ、あの鑑識の方の証言場面は音声だけを使い、映像は本人が特定されないようにしてあります。
━━退職されているにしても、警察の捜査手法に疑問を抱かせることだけに、よく話を取れたものだと驚きました。
じつは捜査員の人たちは、それぞれ全体の捜査のある一部分を担当していただけで、事件全体の中でどうつながっているのか理解していなかったということもあって。
あの鑑識の方も、自分が撮った写真がどれほどの重要性をもつものか理解できておらず、質問にフラットに答えてもらえたのだと思います。
━━退職後に「個人」として応じたということですか?
おそらくそうだろうと思います。事件から20数年経っているので、退職し現場を離れた今だから話せることもあるかもしれないという希望をもって、方々にアプローチしました。
というのも、この事件に関しては事件の概要、捜査員全員の名前と役割を記した内部資料が作成されていて。つまり、そういう記念誌とも言える文書を作るほどに自分たちの仕事に誇りに思っていたのではないかと思われる。
であれば、冤罪の可能性を問うても「いや、そうじゃないんだ。あれは……」と話してくれる人が出てくるだろう。そういう期待もありました。
━━しかし結果的に映画に登場する捜査側の証言者は、あの人だけだった?
ほかの人は、電話でこちらが当てたことに「それはわからないね」と返されるか、上の許可がないと話せないというのが大半でした。
メディア全体で再検証してもらえるようになれば…
━━監督ご自身は、当初、林眞須美について「犯人に間違いない」と思い込まれていたそうですが、取材する中でこれは「冤罪」だと考えが変わられていったのでしょうか?
いまは、冤罪の可能性が高いとは思っています。ただし、「無実」なのかどうかは私には、わかりません。ただ、裁判の認定において、明らかにこれはおかしいだろうという点があり、それが見過ごされたままになっているということに疑問を持っています。
あと、この映画によって、そうか、これは報じてもいいんだとメディア全体で再検証してもらえるようになったらという希望をもっています。
━━なるほど。映画は衝撃的なラストを迎えます。あの場面を加えずに映画として終わるという選択もあったように思いますが。
この事件の根幹にあるのは、マスコミの報道の在り方についてだと思っています。「メディア・スクラム」とも言われた報道の過熱によって、見るべきものが視えなくなっていった。この映画は、そこを批判的に描いています。
たとえば、冒頭の被害者家族の男性が事件現場跡で花を手向けるシーンで、集まっていた取材記者が「いまのを、もう一回」とお願いするのを見せています。メディアを批判的に捉えてきたにもかかわらず、自分の中にも彼らと同根のものがあった。俯瞰して見ていたはずの自分もまた、批判されるべき側のひとりでもあるというのは描いておく必要はあると思ったんです。
━━それは自身を断罪するような?
そうですね。当時あの事件が起きたときに自分がいたらと考えたときに、ある種の正義感や功名心から、同じことをしていたのかもしれない。そう思いもしました。
取材・構成/朝山実 サムネイル/(C)2024digTV
映画『マミー』
8月3日(土)より東京 シアター・イメージフォーラム、大阪 第七藝術劇場ほか全国順次監督:二村真弘
プロデューサー:石川朋子、植山英美(ARTicle Films)
撮影:髙野大樹、佐藤洋祐
オンライン編集:池田聡 整音:富永憲一
音響効果:増子彰 音楽:関島種彦、工藤遥
製作:digTV 配給:東風
2024 年/119 分/DCP/日本/ドキュメンタリー
(C)2024digTV
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