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化学物質過敏症どうやって見極める? 重症アレルギーだと誤診されやすい理由と過剰治療の危険性

集英社オンライン / 2024年7月19日 11時0分

近年患者数が増加している化学物質過敏症をご存知だろうか。アレルギーだと誤診、喘息だと過剰治療、気にしすぎだと放置されるこの疾患。まずはその診断を確定させることが難しいというが、いったいなぜか?

【図】過敏症、アレルギー、不耐症の相関図

書籍『化学物質過敏症とは何か』より一部を抜粋・再構成し、アレルギーや気管支喘息との違いを明らかにする。

なぜ重症アレルギーと誤診されやすいのか

臨床の現場でアレルギー科医として診療にあたっていると、実際には化学物質過敏症であるにもかかわらず、別の医療機関で「重症のアレルギー疾患の疑い」と誤診された多くの患者さんに遭遇します。

ではなぜ、このような誤診が生じるのでしょうか。



化学物質過敏症という名前の通り、多種多様な化学物質などに過敏に反応して症状が出ることから、過敏症が一般的なアレルギーの一種ではないかと思われる方が多くいます。

しかしながら、体に生じる免疫学的・神経学的・代謝学的な反応は、アレルギーに伴うものなのか、過敏症や不耐症に伴うものなのかによって異なります。

発症のメカニズム、治療の方法、生命リスクの度合いに違いがあるにもかかわらず、過敏症、アレルギー、不耐症が混同されてしまっていることが、医師と患者さんとの間の誤解につながっているようです。

広義に、物質や環境への過剰な体の反応すべてを過敏症とするならば、アレルギーはその一部なのです(図1)。過敏症は免疫系の反応を伴わず、下痢、吐き気といった消化管系のものから、失神、めまいといった神経系のものまでさまざまな症状を引き起こし、疲労感、体重減少、鼻汁、悪心といった抽象的な症状があらわれることもあります。

では、アレルギーとは何なのでしょうか。

アレルギーとは、医学的に厳密に表現すると「ゲル-クームス分類(Gell and Coombs classification)」のⅠ~Ⅳ型アレルギーにあてはまる免疫学的反応のことです。1963(昭和38)年に英国の免疫学者ゲルとクームスが提唱した4つの分類法(I~Ⅳ)が広く用いられています。

反応に関与する細胞や抗体の違いから、I型は即時(アナフィラキシー)型、Ⅱ型は細胞傷害(融解)型、Ⅲ型は免疫複合体型、Ⅳ型は遅延型と言います。

アレルギーの原因物質は「アレルゲン」または「抗原」と呼ばれます。ダニアレルギーならば、ダニに由来するタンパク質がアレルゲンであり、このアレルゲンに反応する抗体や免疫細胞の相互作用によってアレルギーの症状が誘発されます。

ただ、自分の免疫反応の暴走による気管支喘息や、皮膚のバリア機能の異常によるアトピー性皮膚炎のように、すべてのアレルギー疾患にアレルゲンが関与するわけではありません。

基本的には、何か環境由来のものが症状を誘発する契機となるアレルギー疾患においては、アレルゲン(抗原)とそれに反応する抗体(免疫)とは1対1の関係なのです。

この1対1の関係があてはまらず、「あの薬にも、この食べ物にもアレルギーの症状が出てしまう」「どれも似てもいない、共通点のないアレルゲンにたくさん反応してしまう」といった患者さんの場合は、まずは、アレルギーではなく、化学物質過敏症の可能性を疑うべきなのです。

不耐症とは

不耐症とは、ある食物や薬剤を摂取した時に体内で完全に処理できず、下痢や呼吸困難などの不快な症状を起こす疾患です。例えば、乳糖不耐症は、牛乳に含まれる乳糖を消化するのに必要な酵素(乳糖分解酵素、ラクターゼ)が不足するために下痢などの症状が起こります。

非ステロイド性の解熱鎮痛剤(NSAIDs)の内服や点滴に反応し、鼻汁、咳嗽(咳)、アナフィラキシー、蕁麻疹といった症状を引き起こすのが「NSAIDs不耐症(現在はN-ERD:NSAIDs-exacerbated respiratory disease)」です。

体内のPGE2という物質が、アスピリンなどのNSAIDs摂取により枯渇するために引き起こされる反応と推定されています*1。

化学物質過敏症は「chemical sensitivity」の日本語訳ですが、最近では、化学物質との因果関係が不明なため、「idiopathic environmental intolerance」、直訳すると「特発性環境不耐症」と呼ぶのが適切ではないかという意見が聞かれます。特発性とは、原因不明という意味です。

しかし、明らかに何かの酵素が不足しているという結論は出ていないために、不耐症ではなく「環境過敏症(environmental hypersensitivity)」という呼び方のほうが適切なのかもしれません。いずれにしても、過敏症、アレルギー、不耐症の言葉を適切に用いることが医師と患者さんとの理解にもつながります。

では、話を戻して、化学物質過敏症が誤診されやすい重症アレルギーの主な疾患、「重症気管支喘息」「重症薬剤アレルギー」「重症食物アレルギー」の3つについて解説しましょう。

重症気管支喘息の場合

気管支喘息は、成人の10人に1人程度に認められるありふれた疾患ですが、実際は実に多様で、専門医でも診断に難渋するケースがあります。

空気の通り道である気管支(特に肺まで行った先の奥の細い気管支)が敏感で、咳や喘鳴(ぜいぜい、ヒューヒュー)といった症状が見られます。気管支喘息の診断にあたっては、肺活量を測定するようなイメージの呼吸機能検査で、1秒間に何mL息を吐き出すことができるかを検査します。

さらには、気道可逆性試験といって、気管支を広げる薬を患者さんに吸ってもらい、吸う前と吸った後で、どれくらい呼吸機能が改善するかを見ます。

また、どれくらい気管支が敏感かを調べるため、あえて気管支を刺激する薬を吸ってもらうこともあります。

そして、吐いた息の中に含まれる一酸化窒素の濃度を調べて、気管支喘息特有の所見、すなわち気管支に「炎症」があるかを検査します。

ここで大きな問題となるのは、気管支喘息の絶対的な基準値(診断基準)が世界的に存在しないことです。

気管支喘息は、小児期にダニなどのアレルゲンが原因となり発症するだけでなく、大人になってから喫煙や大気汚染とも関係なく突然発症する、肥満が悪さをしている、精神的な側面が悪さをしているなど、さまざまなパターンがあることが分かってきています。そのため、前述のような検査では、単純にすべてを定義できないのです。

喘息の典型例はある程度定義できても、そこから外れている人が多いため、最近では「喘息は、さまざまなタイプの患者さんがいるから、さまざまなタイプの集まりの疾患、つまり"症候群"である」といったように表現されます。

気管支喘息という病名は、今でも用いられており、「気道が敏感で、慢性的に咳や息苦しさがある状態」を指すことが多いのですが、患者さんによって違うタイプの可能性があるのです。

先述のように、小児の気管支喘息ではダニがアレルゲンとして悪さをすることが多いのですが、成人ではダニが関与していないケースが多く、体質によるものなのかも分かっていません。喫煙や黄砂を含む大気汚染が原因とは考えにくい患者さんも多くいます。

このような背景も絡み、化学物質過敏症による呼吸器症状を気管支喘息と誤診してしまうようです。

保険が適用される吸入薬、内服薬、注射薬を全部使っても良くならずに重症の気管支喘息と診断された患者さんが、全国から紹介されて私が現在勤務する湘南鎌倉総合病院を訪れてきます。その9割以上は、化学物質過敏症なのです。

通常の気管支喘息であれば、特殊な状況を除き、基本治療薬である吸入ステロイド薬をある程度使用すれば良くなります。

特殊な状況とは、喘息以外の合併症として、嗅覚低下が持続し、喉に痰が慢性的に垂れ込む「慢性好酸球性副鼻腔炎」や、いわゆる解熱鎮痛剤で発作が出る喘息で、副鼻腔炎・鼻茸(鼻ポリープ)を合併するために嗅覚の低下が生じる「NSAIDs過敏症」、そしてカビの一種のアスペルギルスにアレルギー反応があるなどです。

これらの合併症や反応があると、喘息の吸入ステロイド薬を多く使用しても咳などの症状をコントロールしづらいのです。

合併症がなく、吸入ステロイド薬を多く使用しても、さらには注射薬を投与されても良くならない場合は、まずは「気管支喘息ではない。あっても喘息自体は軽症で、他の原因がある」と考えるべきです。

そして、喘息以外に咳の原因となりうる睡眠時無呼吸症候群や逆流性食道炎の合併を確認し、嗅覚低下ではなく嗅覚過敏があれば、ほぼ確実に化学物質過敏症であると判断できます。

重症薬剤アレルギーの場合

重症薬剤アレルギーだと診断されて訪れてくる患者さんの中にも、実は化学物質過敏症であったという方が数多くいます。

例えば、細菌感染を起こした時に治療に用いる抗菌薬は、ペニシリン系、セフェム系、マクロライド系、ニューキノロン系といった分類がされています。各分類は、化学構造的に似通った仲間であり、それを「系統」とも表現するので、「~系」といった言い方をしているわけです。

これらの系統の中で、ペニシリン系の抗菌薬だけに皮膚の赤いブツブツといったアレルギー反応が出たが、他のマクロライド系やニューキノロン系の薬剤にはアレルギー反応が出なかった、あるいは、イブプロフェンなどの解熱鎮痛剤を飲んだら蕁麻疹が出たというのが通常の薬剤アレルギーの症状です。

ところが、ペニシリン系に限らず、「あの系統もダメ、この系統もダメ、もう使える薬がない!」といった状況の患者さんは、化学物質過敏症であると考えるのが妥当です。

アレルギー反応は、アレルギーの原因物質であるアレルゲンと、それに反応する抗体や免疫細胞の相互作用で症状が誘発されるものであることは先述しました。この反応は、薬学的には系統立っているものです。

つまり、ある似た構造を持つ特定の系統の薬だけがダメというのが薬剤アレルギーなのです。この抗菌薬もダメ、この鎮痛剤もダメ、このアレルギーを抑えるはずの薬もダメといったような、薬学的に似通っていないさまざまな薬に反応してしまう薬剤アレルギーというものは存在しません。

ただし、反応する薬剤が系統立っていないように見えていても、添加物に反応している場合があるので注意を要しますが、こうしたケースは稀です。

「あれもダメ、これもダメ、医者もお手上げ」の薬剤過敏の患者さんは、化学物質過敏症の可能性を疑うべきです。

重症食物アレルギーの場合

薬剤アレルギーと同様に、「あれもダメ、これもダメ、もう食べられる食材がない!」といった食物アレルギーの患者さんはごく稀です。食物アレルギーもアレルゲンとなる食材と抗体・免疫細胞との反応であるため、食べられない食材同士は化学的にも似たタンパク質を持っているからです。

反応する食材が比較的多岐にわたる食物アレルギーに、「花粉食物アレルギー症候群」があります。これは、スギだけでなく1年を通してさまざまな花粉にアレルギー反応が成り立つ(感作される)ことで、さまざまな果物や野菜に反応して、口がかゆい、唇が腫れるといった症状があらわれます。

この疾患も、植物である花粉と、植物である果物や野菜が似通ったタンパク質を持っているから反応してしまうというメカニズムであり、化学的な構造も似通っている部分があります。

「野菜もダメ、魚も肉もダメ、パンも牛乳もダメ」といったように、共通点のないもので症状が出る患者さんがいたら、その人は重症食物アレルギーではなく、まずは化学物質過敏症を疑います。

外的な要因に体が反応した時、「アレルギーの呪縛」のような思い込み(バイアス)から抜け出せずにいる多くの患者さんや医療従事者がいます。

医療従事者でさえ、「これは、一般的なアレルギーじゃないよな……。でも、いったい何の疾患なのか?」と悩む日々を過ごすこともあります。

化学物質過敏症なのに重症アレルギーと診断されてしまい、それによって適切な治療が受けられず、何年も苦しむことになった患者さんにも出会ってきました。世の中には多くの難病があり、稀な疾患であるほど初期の段階ではすぐに確定診断がつかない場合があります。

誤診に限らず、「診断遅延(diagnosis delay)」を可能な限りなくすのが、すべての病に対する理想です。患者さんの苦しい日々をより長くしてしまうのみならず、間違ってつい病名のもとで「過剰治療(over treatments)」に進んでしまい、そのことで有害事象(副作用や副反応)に悩む患者さんがさらに増えてしまう危険性も生じてしまいます。


*1 谷口正実「NSAIDs 不耐症/アスピリン喘息(AERD)における病態解明の進歩と臨床的側面」『医療』第74巻第10号(428-436)、一般社団法人国立医療学会、2020年


図/書籍『化学物質過敏症とは何か』より
写真/Shutterstock

化学物質過敏症とは何か

渡井 健太郎
化学物質過敏症とは何か
2024年6月17日発売
990円(税込)
新書判/176ページ
ISBN: 978-4-08-721321-8

潜在患者は1000万人以上。
それは、「●●●」な疾患!
(答えは本書に)

アレルギーだと誤診、喘息だと過剰治療、気にしすぎだと放置……。
社会に誤解され、医療から無視されがちな“ナゾの病”がよく分かる!

近年、全世界的に患者数が急増している「化学物質過敏症」。
現在の患者数は約120万人で、潜在患者は1000万人以上とも言われています。
誰にでも発症の可能性があり、一度罹患すると日常生活や社会活動に著しく支障をきたすにもかかわらず、症状が多岐にわたるためアレルギーと誤診されたり、気にしすぎだと放置されたりしがちなのが実情です。

本書では、この疾患の臨床および研究に第一線で携わる医師が、医学的エビデンスに基づいた最新の知見や治療法を解説。
この“よく分からない疾患”の正しい理解、正しい受診、正しい解決へとつなげます!

【目次】
はじめに
第1章 誤診・過剰治療の現実
第2章 化学物質過敏症ってどんな疾患?
第3章 合併しやすいアレルギー以外の疾患
第4章 診断と対策
第5章 診療現場の現状と問題点
第6章 最新の研究事情とこれから
おわりに

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