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いい匂いなのに咳やめまいがする…潜在患者数1000万人の化学物質過敏症の症状例とは? 気づかぬうちに重症化しているケースも…

集英社オンライン / 2024年7月20日 11時0分

化学物質過敏症どうやって見極める? 重症アレルギーだと誤診されやすい理由と過剰治療の危険性〉から続く

現在、日本での化学物質過敏症の患者数は約120万人で潜在患者は1000万人以上だといわれているが、現時点では客観的な診断基準が定まっていないという。

【図】化学物質過敏症発、有病率と発症年齢

書籍『化学物質過敏症とは何か』より一部抜粋・再構成し、現場ではどう診断しているかや具体的な症状など最新の事例を紹介する。

化学物質過敏症と診断する6つの条件

化学物質過敏症とはいったいどのような疾患なのかを詳しく説明していきましょう。

疾患には、通常「診断基準」というものがあります。例えば、高血圧症であれば、診察室での収縮期血圧(最大血圧)が140㎜Hg(水銀柱ミリメートル)以上、または拡張期血圧(最小血圧)が90㎜Hg以上の場合を高血圧と診断します*1。



このように、数値での基準が明確だと、患者さんも医療従事者も共通理解が得やすいのですが、化学物質過敏症には、具体的な数値の診断基準がありません。

数値であらわされなくても、CT検査やMRI検査といった画像検査で何か特有な異常が見つかればそれも診断の基準になりますが、今のところ日常の診察では用いられていません。

これは、現在の医学の限界を示すものです。化学物質過敏症の患者さんの体の中で何か異常が起きているのは確かなのですが、その異常を客観的に見つけられていないのです。

例えば、うつ病でも、一般の血液検査で異常値は出ませんが、脳の中では明らかに異常が起きていて、「検査で異常なし」が「体も異常なし」とは限らないのです。

では、客観的な診断基準がないからといって、医者が個々に独自の基準で化学物質過敏症を診断してしまっていいのかというと、そうではありません。

それでは医学の進歩につながりません。研究を進めていくにも世界的な「共通認識」が必要で、無理難題でも、できるだけ化学物質過敏症の患者さん像を定めることが重要になってきます。

そこで、1999(平成11)年に、米国国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health)と米国疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)が主催したアトランタ会議において「1999合意事項(A1999Consensus)」が公表されました。その合意とは、「次の6項目をすべて満たす場合は化学物質過敏症と診断する」というものです。

1 原因物質・環境への曝露(さらされること)で、症状に再現性がある(同じ症状が繰り返し起こる)

2 慢性経過をたどる

3 通常では影響しない微量な原因物質への曝露で症状が誘発される

4 原因物質・環境から回避すれば症状が軽快する

5 化学的に系統立たない多種多様な物質・環境に反応する

6 症状は多臓器にわたる

これらはあくまでも研究者の間での合意事項で、科学的根拠に裏付けされた化学物質過敏症の定義は、国際的にもまだ確立されたわけではありません。

また、化学物質過敏症は化学物質に限らず環境要因によっても症状が誘発されることから、新たに「特発性環境不耐症(IEI:Idiopathic Environmental Intolerance)」という呼称が提唱されています。

この6つの合意事項の中で特徴的なのは、太字で示した3、5、6です。

実際に、健常者ではまったく認識できないようなわずかな匂いに反応したり、一般には良い香りとされるような匂いにもかかわらず、咳やめまいなどが認められたりする患者さんがいます。

ごく微量の原因物質への曝露であるために周囲の人にはなかなか気づいてもらえず、「気のせいだ」などと言われてしまうこともよくあるようです。

タバコ、香水、柔軟剤、排気ガスなど空気中を漂う多種多様な物質全般にも反応することがあります。似た物質、系統立った物質だけに反応するわけではないので、「これだけを避ければよい」とはいきません。

症状も、咳、呼吸困難といった呼吸器症状だけでなく、動悸などの循環器症状、めまい、意識が遠のくなどの神経症状、吐き気、腹痛などの消化器症状など、多くの臓器にわたっています。

それゆえに、病院にかかるにしてもどこの診療科を受診したらいいかが分かりにくく、複数の臓器の症状を訴えると、「それはうちの専門ではないので」と診療科をたらい回しにされることにつながります。

有病率と発症年齢、性差

渡井ら相模原病院のチームが2016(平成28)年に行ったウェブ調査では、化学物質過敏症の日本での有病率は総人口の0.9%です*2。

一方、海外では0.5~9%、米国では2016年の調査で12.8%と報告されています。化学物質過敏症という疾患の認知度は海外のほうが高いので、その分有病率が高いと考えられますが、日本での有病率はこれからまだまだ高くなる可能性があります。

また、発症の要因として過敏症(アレルギー素因)があるため、気管支喘息を持っている患者さんのほうが、健常者より化学物質過敏症の合併率が高いと報告されています。

発症年齢のピークは10~20代ですが、発症してから約10年後に受診する場合が多く、外来受診の患者さんの年齢層は30~50代がメインです。医療従事者のみならず、社会的な認知度が低いことで診断の遅れが生じたり、重症化したりする可能性があります(図2)。

では、性別はどうでしょうか。

日本や海外の調査で、男性よりも女性に多いことが報告されています*3。具体的な男女比は報告によってバラツキはありますが、男性3:女性7程度です。渡井ら相模原病院のチームがウェブで大規模に行った調査でも、男性4:女性6でした。

実際に受診される成人の患者さんに限ると、男性1:女性9、あるいはそれ以上と、女性の比率が圧倒的に多いようです。小児科医の報告では、小児の場合、男児と女児の比率は同じぐらいです*4。

このような性別による罹患率の違いは、もちろん他の病気でもあります。全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、シェーグレン症候群(Sjögren’s syndrome)といった、自分の免疫が自分の体を攻撃してしまう膠原病という病気も、女性のほうの比率が高くなっています。

また、化学物質過敏症に合併することがある線維筋痛症や片頭痛も、女性に多いことが分かっています。

まだ、なぜ女性に多いのかという疑問に対する明確な答えは出ていませんが、女性ホルモンの増減、女性でも産出される男性ホルモンの影響、マイオカイン(脳に影響を及ぼすホルモン)を産出する筋肉の量が女性のほうが少ないことの影響、女性のほうが化粧品や香料など化学物質への曝露が多いといった生活環境の違いなど、さまざまな要因が考えられています。

小児では男女比が同程度なのに、成人になると女性の比率が圧倒的に多くなるのは、やはりこうした要因によって男性のほうが重症化しにくい可能性が考えられます。

外来受診された患者さんの症状例

化学物質過敏症は、重症気管支喘息、薬剤アレルギー、食物アレルギーといった重症アレルギーと誤診されやすい疾患であることは触れました。

そうした意味からも、アレルギー疾患を専門とするアレルギー科医が化学物質過敏症に精通することが、誤診や診断遅延、過剰治療を回避し、化学物質過敏症であると適切に診断をくだすために重要であると考えています。

とは言っても、アレルギー科医はオールマイティではありません。化学物質過敏症の多岐にわたる症状すべてを診られるわけではなく、アレルギー科以外の専門の診療科との連携は不可避です。

そこで、アレルギー科を中心として、内科(大人を診ることが多い呼吸器内科医が主体)、小児科、皮膚科、耳鼻科、眼科で実際に外来受診され、最終的に化学物質過敏症の診断に至った症状は具体的にどうであったか、何に一番困っていたのか、外来患者さん像と言えるものを紹介しましょう。

症例はケースバイケースで、すべての患者さんに共通して同様の結果を示すものではありませんが、その中に少しでも思いあたることがあれば、「もしかしたら私も、化学物質過敏症の疑いがあるのではないか」と認識しやすくなるかもしれません。

アレルギー科を受診した患者さんの症例

アレルギー科を外来受診されて化学物質過敏症と診断された患者さんの症例です。

〈ケース1〉30代女性食物アレルギーの疑い

リンゴ、メロン、イチゴなどを摂取すると口腔内がかゆくなる、イガイガする、清涼飲料水を摂取すると腹痛やめまいがする、市販のお弁当を食べると口の中に血豆ができるという症状があり、受診されました。

これだけであれば、アレルギー科医は食物アレルギーを疑います。リンゴやメロン、イチゴを食べると口の中がイガイガする場合は、花粉食物アレルギー症候群による口腔アレルギー症候群の疑いありです。

これは、花粉アレルギーの人が、似たようなタンパク質を持つ果物や野菜に対してアレルギー反応を起こしてしまう疾患です。

清涼飲料水で症状が出るとなると、エリスリトールと呼ばれる天然の糖アルコールによるアレルギー反応ではないかと考えます。

エリスリトールは、メロン、ナシ、ブドウなどの果実や発酵食品に含まれていて、天然の甘味料として清涼飲料水や菓子類などに添加されています。赤い清涼飲料水であれば、赤色のコチニール色素によるアレルギー反応ではないかと考えられます。

詳しく検査しても、この患者さんはいずれの食物アレルギーにもあてはまりませんでした。さらに話をうかがうと、匂いにとても敏感で、香水や柔軟剤の匂いの強い人が近くにいると、めまいがしたり息苦しくなったりするとのことでした。

結果、嗅覚過敏が要因と見られることから、化学物質過敏症と診断されました。

〈ケース2〉40代女性薬剤アレルギーの疑い

自宅の近くのクリニックで抗菌薬(抗生剤)を処方され、自宅に戻って服用すると、飲んでから15分程度で、めまいや吐き気の症状が出ました。

薬剤アレルギーの疑いで受診され、さらに問診を続けると、抗菌薬だけではなく、胃酸を抑える薬(制酸剤)や痰を出しやすくする去痰薬を飲んだ時にも、同じような症状が出たということです。

ある系統の抗菌薬だけにアレルギーが起こることはありますが、抗菌薬もダメ、胃薬もダメ、痰の薬もダメといった薬剤アレルギーは原則考えられません。

負荷試験として、症状が誘発された抗菌薬を再度少量から服用してもらいましたが、症状は何も出ませんでした。

この患者さんの場合も、嗅覚が敏感で、香りの強い洗剤や漂白剤を使用しないようにしているとのことでしたので、嗅覚過敏が要因と見られる化学物質過敏症と診断されました。

図/書籍『化学物質過敏症とは何か』より
写真/Shutterstock

*1 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会編『高血圧治療ガイドライン2019』特定非営利活動法人日本高血圧学会、2019年
*2 Watai K, Fukutomi Y, Taniguchi M, et al.: Epidemiological association between multiple chemical sensitivity and birth by caesarean section : a nationwide case-control study. Environ
Health 17(1):89, 2018.
*3 Kreutzer R, Neutra RR, Lashuay N : Prevalence of people reporting sensitivities to chemicals in a population-based survey.Am J Epidemiol. 150(1):1-12, 1999.
*4 小倉英郎「化学物質過敏症小児の現状とその対応」『アレルギーの臨床』12月臨時増刊号、第41巻第14号(28-31)、北隆館、2021年

化学物質過敏症とは何か

渡井 健太郎
化学物質過敏症とは何か
2024年6月17日発売
990円(税込)
新書判/176ページ
ISBN: 978-4-08-721321-8

潜在患者は1000万人以上。
それは、「●●●」な疾患!
(答えは本書に)

アレルギーだと誤診、喘息だと過剰治療、気にしすぎだと放置……。
社会に誤解され、医療から無視されがちな“ナゾの病”がよく分かる!

近年、全世界的に患者数が急増している「化学物質過敏症」。
現在の患者数は約120万人で、潜在患者は1000万人以上とも言われています。
誰にでも発症の可能性があり、一度罹患すると日常生活や社会活動に著しく支障をきたすにもかかわらず、症状が多岐にわたるためアレルギーと誤診されたり、気にしすぎだと放置されたりしがちなのが実情です。

本書では、この疾患の臨床および研究に第一線で携わる医師が、医学的エビデンスに基づいた最新の知見や治療法を解説。
この“よく分からない疾患”の正しい理解、正しい受診、正しい解決へとつなげます!

【目次】
はじめに
第1章 誤診・過剰治療の現実
第2章 化学物質過敏症ってどんな疾患?
第3章 合併しやすいアレルギー以外の疾患
第4章 診断と対策
第5章 診療現場の現状と問題点
第6章 最新の研究事情とこれから
おわりに

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