イスラエル・ガザ戦争を後押しする「ホワイト・フェミニズム」…ハマスの非道さを理由に、パレスチナ市民への不当な攻撃が正当化されていいのか?
集英社オンライン / 2024年7月26日 9時0分
〈世界で1年間に犠牲になる子どもの数より多くの子どもが殺されたガザ侵攻…全人口約220万人のガザ市民を虐殺する以外にイスラエルは止まれないのか〉から続く
アメリカの、著名で地位や権力ある女性たちが「テロリストであるハマスを壊滅させるためならば、罪のないパレスチナ人が犠牲になっても構わない」という姿勢で戦争を支持している。
『自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード』より一部を抜粋・再構成し、イスラエルの軍事行動を肯定してしまうホワイト・フェミニズムを解説する。
※2023年12月22日時点に収録された対談です
戦争を後押しするホワイト・フェミニズムとは
三牧聖子(以下、三牧) アメリカでは女性たち、とりわけ著名で、地位や権力のある女性たちが、ハマスの壊滅を掲げるイスラエルの軍事行動を支持してきました。
2023年12月初頭、イスラエルなどの主催でニューヨークの国連本部でジェンダーに基づく暴力に関するイベントが開催されました。
政治外交、芸術などの各界の著名人が集結し、フェイスブック(現メタ)の元最高執行責任者であり、女性も職場でリーダーをめざすべきと説いた『LEAN IN(リーン・イン)』(日本経済新聞出版、2013年)のヒットで、ビジネス界のフェミニストの顔になってきたシェリル・サンドバーグやニューヨーク選出の民主党議員カーステン・ギリブランドなどが参加していました。
ヒラリー・クリントン前国務長官も ビデオメッセージを寄せました。そして、イスラエルの国連大使、ギラード・エルダンも参加していました。サンドバーグは、イスラエルの大統領夫人ミハエル・ヘルツォグらと共に、世界中の女性の人権を守るはずのUN Womenが、イスラエル人女性と少女を標的にしたハマスの組織的なレイプについて明確に批判していないと強く糾弾してきた人物でもあります。
演説を行なったサンドバーグは涙声で、「レイプは決して戦争の道具として使われるべきではない」と訴え、「沈黙は加担です。テロを前に、私たちは黙っていることはできません」と国際社会がハマスへの断固たる対応において団結すべきだと主張しました。
ビデオメッセージを寄せたヒラリーも、国際社会に対し、「戦争兵器としてのレイプは、人道に対する犯罪である」と宣言、「正義の味方だと主張する人たちが、ハマスによる犠牲者に目をつぶり、心を閉ざしているのは言語道断だ」と述べて、ハマスに対する断固たる対応を国際社会に求めました。
イベント開催時、すでにパレスチナ市民の犠牲は2万人
イスラエル側は、10月7日にハマスによるイスラエル人女性や少女への組織的な性暴力、さらには組織的な性器切除があったと主張してきましたが、ハマス側はこれを否定しています。今後も事実確認を進めていく必要がありますが、いずれにせよ、紹介したような、アメリカ人女性たちによる性暴力への強い抗議そのものについては、私も深く共感し、立場を同じくするところです。
しかし問題は、ハマスが行なったとされる組織的な性暴力への彼女たちの怒りが、どのような政策を正当化することになっているか、です。
イスラエル人女性たちに全幅の共感や同情を寄せ、彼女たちの身に起こったことに憤るアメリカ人女性たちの視界には、イスラエルの軍事行動によって生活を壊され、大切な人を奪われ、さらには命を奪われてきた無数のパレスチナ人女性たちは、まったく存在していないかのようです。
前述のイベント開催時、すでにパレスチナ市民の犠牲は2万人に迫っており、その後も増え続けています。ガザには5万人の妊婦がいるといわれており、イスラエル軍に病院まで破壊し尽くされ、麻酔もなしに屋外で出産しなければならない女性たちも続々と出てきています。
しかし、サンドバーグもクリントンらもハマスによる蛮行ばかりを語って、その後にいかにパレスチナ人に対して残酷なことが行なわれてきたのか、決して語らないのです。
そういう姿勢を取ることで彼女たちは、「残酷なテロリストでレイプ魔」でもあるハマスを壊滅させるための軍事行動は徹底的にやるべきだ、それがいかにパレスチナ市民の犠牲を生もうとも続けるべきだ、といった形で、イスラエルの無差別的な軍事行動を肯定し、後押しする働きを果たしてきました。
そういうつもりではない、というのであれば、パレスチナ人女性たちの苦しみや、彼女たちが受けている暴力についてもきちんと言及し、ハマスの残虐行為を理由に大々的に展開されてきたイスラエルの軍事行動も批判すべきです。しかし彼女たちは決してそうしない。
フェミニズムとは、いかに弱い人間でも、あらゆる人々、とりわけ守られなければ暴力にさらされてしまう弱い立場にある人々の生命と尊厳を守ろうとする思想であるはずです。
ある女性たちの尊厳や命が踏みにじられたことを理由に、別の一群の、それもより弱き人々の尊厳や命を踏みにじる行為を肯定する。はたしてサンドバーグやクリントンの立ち位置は、「フェミニスト」といえるでしょうか。私はいえないと思います。
「ハマスのレイプを非難しない人はフェミニストではない」
三牧 もっとも前述したような、「ホワイト・フェミニスト」─非西洋世界の女性たちと先進国にいる自分たちとの力関係に無自覚で、非西洋世界の女性たちを苦しめているのはその政府のみならず、往々にして、欧米諸国による介入や軍事行動であることと向き合わない「フェミニスト」を批判する概念─がすべてではありません。
イスラエルが、報復として明らかに過剰な軍事行動を起こしている中で、ハマスの性暴力を糾弾し、「奴らはレイプ魔」とレッテル貼りすることが、パレスチナ市民を広範に巻き込む軍事行動を正当化するリスクを十分に自覚し、慎重な姿勢を取ってきたフェミニストもいます。ただ、そうした人々の声が封殺される傾向にあることも事実です。
カナダにあるアルバータ大学の性暴力センターのディレクター、サマンサ・ピアソンが、ある書簡への署名をめぐって解雇されました。
「パレスチナを支持する:政治指導者たちにジェノサイドへの加担をやめることを求める」と題されたその書簡は、カナダの政治指導者たちに対し、パレスチナ人と連帯し、「イスラエルによる大量虐殺への加担に終止符を打つ」ことを呼びかけるものでした。
とりわけ問題視されたのが、この書簡に「パレスチナ人が性暴力の罪を犯したという、検証されていないことへの非難が繰り返されている」という言及があったことです。
ピアソンはイスラエル人女性へのレイプを否定するハマスのプロパガンダを鵜呑みにしている、性暴力問題に取り組むセンターの長でありながら、ハマスによるレイプや性暴力に疑いをはさむとは何事か、という批判が殺到し、解雇に至りました。
しかしピアソンが署名した書簡は、ハマスによるレイプを否定するものではなく、そのような主張は検証されたものでなければならない、と言っているにすぎません。
何より、この書簡が停戦を求めるものであったことも考える必要があります。独立した検証を経ていないのに、ハマスによる組織的なレイプがあったと断定し、「ハマスはレイプ魔」というレッテルを拡散することは、イスラエルの軍事行動を後押しすることになり、イスラエルが「レイプ魔」「テロリスト」とは交渉できないと、停戦をあくまで拒否する口実にもなる。
だからまず、事実関係をきちんと検証すべきであり、また、たとえ性暴力の事実が確認されたとしても、ハマスの非道さを理由に、パレスチナ市民への不当な攻撃が正当化されてはならない。
書簡は決して一方的にパレスチナ側に立ったものではなく、ハマスのテロを批判し、人質解放を求めるのであれば、イスラエルがパレスチナに行なってきた数々の「テロ」行為─パレスチナ人の不当な拘束、ガザに強いてきた軍事封鎖、ヨルダン川西岸の違法な入植─も等しく批判し、その終結が主張されなければならないと述べるもので、問題の本質に触れたフェアなものでした。
なお、ハマスによる人質拘束は批判されるべきですが、AP通信によればイスラエルの刑務所には現在7000人超のパレスチナ人が収監され、「治安」の名目で、起訴も裁判もなく、無期限で拘束される「行政拘禁」の人も1000〜2000人いると見られています。
石を投げただけで投獄された子どももいます。1967年にガザ地区とヨルダン川西岸でイスラエルによる占領が始まりましたが、以降、推計75万人以上が拘束され、ほぼ全家庭で身内に被拘束者、あるいはその経験者がいる状態だと報じられています。
しかし、結局ピアソンは辞任させられました。昨今、フェミニズム研究では、一口に「女性」と言っても、現実の女性が被る差別や抑圧は決して一様ではないこと、ジェンダーのみならず、人種や経済的な地位の差異によって、女性が被る差別や抑圧にはさまざまな差異があり、そうした差異に目を向けながらジェンダー差別や暴力の問題を考えていかなければならないという「インターセクショナリティ(交差性)」という視点の重要さが強調されています。
しかし、現実には、欧米にいながら非欧米社会やイスラム社会の視点に立って暴力の問題を考えようとするインターセクショナルなフェミニストの口は封じられてしまう。
10月7日以降、イスラム社会の抑圧性や野蛮さを糾弾するばかりで、自分たち欧米が、イスラム社会を生きる人々、とりわけ女性たちにとってどれほど暴力的で抑圧的な政策を遂行してきたか、そうした批判的な視点がない「ホワイト・フェミニスト」たちがいよいよ声を大きくし、戦争と親和的な、イスラエルの軍事行動を後押しする言説をばらまいてきたのではないでしょうか。
あなた方には自由が来るのです
内藤正典 レイプや女性の人権というのは、アフガニスタン侵攻の時にも非常に大きな役割を果たしてしまった論点ですよね。
アフガニスタンに米軍が初めて踏み込んだのは、2001年10月7日。あの時は、まずアメリカが9・11のような未曾有のテロ攻撃を受けた、それに対して、少なくともNATO条約第5条の適用による集団的自衛権の行使による報復ということでNATOが出撃したわけです。これはNATOで初めてのケースでした。
しかも出撃する先は、アルカイダを対象としては非国家主体になってしまうので、アルカイダをかくまっているアフガニスタンのタリバン政権ということになりました。その時点で、もう国際法上はかなり無理があることは指摘されていましたね。
まず、国家対国家の戦争ではないのに、集団的自衛権を行使できるのかと。少なくともアルカイダだというなら、アルカイダを殲滅するのはかまわないけれど、アルカイダをかくまっているという理由で、アフガニスタンという国家を壊滅させていいのかとなると、その根拠ははなはだ薄弱だった。
しかし、実際に踏み込んで、1カ月ほどでタリバンは追い出された。といっても潜伏しただけだったんですけど、その間にアメリカは、理屈を変えましたよね。
ローラ・ブッシュが出てきて、「さあ、アフガニスタンの女性の皆さん、あなたは今日からあのブルカ(アフガニスタンの女性の被り物)を着用しなくて済むのです。あなた方には自由が来るのです」と言って。
しかしそれからの20年、膨大な犠牲が強いられていった。結局、アメリカ軍をはじめとする駐留軍とタリバンの戦闘で多くの女性が命を落とすことになったのです。これは授業でもよく話すのですが、女性の人権と命が引き換えにされてしまう。この理屈は、アメリカがアフガニスタン侵攻の時に使っているんですよね。
三牧 「自衛」が通らなくなると「女性の人権」を持ち出してくる。欧米的な価値観ですね。
しかし、あえてその論理に乗ったとしても、アフガニスタンでも、都市部の女性について、政治的な権利や教育において進んだ面があったことは事実ですが、7割の地方に住んでいる女性たちにとっては、自分の命がねらわれたり、親族を亡くしたりした。
アフガニスタンのような社会で女性が一人で生きていくというのは本当に大変なことで、大変な辛酸をなめることになったのですよね。
写真/Shutterstock
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