シンガポールで初めて日本人に鞭打ち刑20回の判決。腕を切り落とす、入れ墨を彫る…じつは残酷な人類の刑罰の歴史
集英社オンライン / 2024年7月30日 8時0分
7月初頭、シンガポールで強姦罪により禁錮17年6ヶ月、日本人に対しては初となる鞭打ち刑20回を言い渡された(裁判は継続中)。残酷な身体刑が今もなお残る理由とは?
【画像】中世の刑罰
書籍『日本の刑罰は重いか軽いか』より一部を抜粋・再構成し、国家によって追求されてきた残酷な刑罰の歴史をひも解く。
刑罰が持つ二つの秩序維持機能
為政者は、なぜ大きな刀を持った役人を井戸の傍らに立たせて、水汲み順序やルールを破った者を斬らせたのであろうか。
言い換えれば、国家はなぜ命までを奪うことのできる最も重い刑罰を、過去から今日まで使い続けているのであろうか。その最大の理由は、恐らく刑罰の持つ二重の意味での秩序維持の機能にあるように思われる*1。
まず、人間の集まりである社会には、どうしても犯罪や紛争や衝突が起こる。それらの解決を全て私人に任せると、私刑や復讐が頻繁となり、公としての社会や国家は成り立たない。
それを防ぐために国家は刑罰を設け、私人による復讐の繰り返しを禁止して、自らの手で秩序を回復しようとする。つまり、刑罰は秩序を回復するという機能を果たす。
次に、国家が私刑や復讐を禁じても、罪を犯した者または紛争や衝突を引き起こした者を懲罰せずに放置していれば、同じく公としての社会や国家は機能しない。
そのために国家は刑罰を設け、被害者の代わりに加害者を懲罰することを通じて秩序の破壊を許さない姿勢を示そうとする。つまり刑罰は、秩序を破壊した者を懲らしめることによって、秩序を維持する機能を果たす。
では、国家は、このような機能を果たすために、どのような刑罰を設け、それをどのように使ってきたのであろうか。
残酷さを競い合う昔の刑罰
人類史上、使用されてきた刑罰の種類は、大きく分類すると、一応以下の5つの体系にまとめることができる。
命を絶つことを主な内容とする生命刑(現代的に言えば死刑)、体に傷・怪我をさせることを主な内容とする身体刑、自由を制限または剥奪することを主な内容とする自由刑、人の体力を利用する、またはその体力を奪うことを通じて体を苦しめることを主な内容とする労役刑、金銭などの財産的利益を強制的に取り上げることを主な内容とする財産刑である。
しかし、同じ刑罰と言っても、その具体的な中身や方法は、国家や時代により千差万別であり、形態としても様々で、百ないし数百まで及ぶ。
例えば生命刑の場合、中国の秦・漢の時代では、腰斬(胴体を切断する刑)や棄市(首切・打ち首にする刑)などの複数の形態があった*2。
中世ヨーロッパでは、車刑(車輪のようなものに死刑囚を縛り付けて鉄の棒を振り下ろして死なせる刑)・煮沸刑(釜ゆでで死なせる刑)・絞首刑(ロープを首に巻いて死なせる刑)・撲殺刑(ハンマーではりつけ打ち殺す刑)などがあった*3。
また、日本の戦国時代には、生命刑の形態として、礫・逆礫・串刺・鋸挽・牛裂・車裂・火焙・釜煎・簀巻などがあった*4。
このように、数え切れないほど多くの刑罰とその形態が、洋の東西を問わずに発明され使用されていたが、その主な動機は何であろうか。それは、一言で言えば、国家によるより残酷な刑罰の追求であった。
そして、国家がそこにこだわった動機は、何よりも、残酷さの追求を通じて、受刑者と大衆の両方に対し、より大きな衝撃を与え、刑罰をより可視的で有形的な存在として意識または感知させるということであった。
学問的に、刑罰の機能には応報と予防とがあり、予防には犯罪者自身に再び犯罪をさせない意味での個別予防と、他の人々に犯罪者への刑罰を見せて犯罪を思い留まらせる意味での一般予防があると解釈されるが、応報・個別予防・一般予防のいずれの機能を果たすためにも、刑罰は可視的で有形的でなければならない。
言ってみれば、衝撃性・可視性・有形性こそが刑罰の命である。人類の刑罰の歴史は、刑罰の衝撃性・可視性・有形性をめぐっての歴史と言っても過言ではない。
先に生命刑を例にしてその形態の多さを述べたが、恐らく生命刑以上に大きく変化し、多種多様を極めたのは身体刑であろう。
そのなかでも、最も直接的に衝撃性・可視性・有形性を追求したのは入墨刑である。皆が一見してすぐ分かるように、犯罪者の体の一部、特にその顔に犯した罪名を彫って墨を入れておくのである。
典型的なのは、泥棒の顔に「泥棒メ」と彫って、誰でもその顔を見たら「そいつが泥棒をした」と分からせるような刑罰である。中国・ヨーロッパ・米国・日本のいずれの歴史上でも、このようなやり方が行われた*5。
残酷さを追求できなくなった近代の刑罰
ところが、時代が進んで、合理主義や人文主義、人道主義や人権主義が大いに発達したことで、国家は、刑罰を設置、使用するにあたって、多くの制限原理を受けざるを得なくなり、ひたすら残酷さを増大して衝撃性・可視性・有形性を図ることができなくなった。
その反映として、多くの国で特に近代社会になってから、刑罰はまず人文化や合理化に向けて、そして人道化や人権化を目指して変化を見せ、応報・予防・改善・人権といった複数の価値のなかでバランスをとるようになった。
このような変化の内容は二つの方面に集中している。一つは、刑罰の体系や類型が大幅に減らされ、単純なものに変わったことである。特に身体刑は、今日、ほとんどの国で廃止されるようになった。
もう一つは、刑罰の執行方法が合理的、人道的になったことである。一部の国では、今でも死刑を存置させて執行しているが、煮沸刑や牛裂のような残酷な執行方法は、もはや使われていない。
ちなみに、人類の刑罰の合理化や人文化、人道化や人権化の過程で一つの不思議な現象が起こっている。顔に入墨をしたり、足や手を斬るような身体刑は人道に反する残酷なものとして早々と廃止されたのに対し、死刑が廃止されていないことである。
足や手を斬ることと、首を斬ることの、どちらがより残酷かという問題は、未だに我々人類に投げかけられている。筆者が思うに、身体刑が廃止された本当の理由は、それが残酷だからという人文上・人道上・人権上のものではない。
身体刑は労働力の利用にとって不利で、社会や周りに更なる負担をかけるという経済的合理性によっているのではないか。身体刑を廃止するものの、死刑を廃止しないのは、我々人類が露呈してしまった一つの偽りかもしれない。
残酷さが完全になくなっていない今日の刑罰
このような偽りは未だにあるものの、今日、人類の刑罰が、合理化や人文化、人道化や人権化などの原理に基づいて単純化されたのは紛れもない事実である。
しかし、このことは、今日の刑罰に、もはや一切の残酷さもなく、いささかの衝撃性・可視性・有形性を求めていないことを決して意味しない。
今日でも、刑罰は刑罰である限り、一定の残酷さと、それを通じた衝撃性・可視性・有形性を帯びている。今の刑罰と昔のそれとの違いは、残酷さとそれによる衝撃性・可視性・有形性の有無ではなく、その多少だけである。
これらが全くなければ、刑罰も「刑罰」でなくなる。事実、今の日本・米国・中国のいずれにおいても、死刑を含む刑罰制度があるのみならず、司法の実際においても、衝撃性・可視性・有形性を極端に追求しようとする異常な動きが時として見られる。
例えば、2000年初頭の米国で、ある州の裁判所は、盗みをした青年に対し、「私が泥棒だ」と書いたプレートを胸の前にかけて高速道路の傍らで72時間立てという刑罰を言い渡した。
また、2006年11月に中国の深圳市では、警察が売春犯罪と買春犯罪の容疑で捕まえた百数十人の若い男女に特製の囚人服を着せ、繁華街に連れていき、大勢の公衆の前で容疑者の身長や氏名、出身地や両親の名前を読み上げた。
日本では、そこまでやることはないものの、容疑者や受刑者の顔写真を報道することはよくある。
裁判公開は、日本・米国・中国のいずれにおいても、刑事手続の基本原則とされている。その最大の理由に、裁判に対する市民の監督を保障することが挙げられているが、本当は、裁判公開原則の歴史的背景の一つは、かつてのように国家が刑事裁判を通じて刑罰の衝撃性・可視性・有形性を追求することにあるのである。
*1 村井敏邦『刑法──現代の「犯罪と刑罰」』岩波書店、1990年、21頁。
*2 冨谷至『古代中国の刑罰──髑髏が語るもの』中公新書、1995年、57頁。
*3 カレン・ファリントン編著『拷問と刑罰の歴史』飯泉恵美子訳、河出書房新社、2004年、34頁。大場正史『西洋拷問刑罰史』雄山閣出版、1989年。
*4 石井良助『江戸の刑罰』中公新書、1986年、5頁。
*5 冨谷至、前掲第2節註5、63頁。名和弓雄『拷問刑罰史』雄山閣出版、1987年、222頁。
文/王雲海
写真/Shutterstock
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