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日本では80年前まで「不倫」は犯罪だった!? 大正時代には10000人以上が起訴された姦通罪とは?

集英社オンライン / 2024年7月30日 17時0分

シンガポールで初めて日本人に鞭打ち刑20回の判決。腕を切り落とす、入れ墨を彫る…じつは残酷な人類の刑罰の歴史〉から続く

タレントなど、名のある人にとっては社会的な死に繋がりかねない「不倫」。とはいえ今日の日本では犯罪行為ではない。だが日本で姦通罪が廃止されたのはほんの80年前だという。不倫が罪に問われてきた背景には何があったのか。

【画像】日本では罪に問われるが米国では一般的に合法なモノ

書籍『日本の刑罰は重いか軽いか』より一部抜粋・再構成して、お届けする。

「犯罪になる」不倫と「犯罪にならない」不倫

銃の所持と違い、「不倫は犯罪か」と人々に聞くと、聞かれる側が日本人であろうと、米国人・中国人であろうと、皆同じく笑いながら「道徳的にはよくないかもしれないが、犯罪ではない」と答えるだろう。



自由を至上価値の一つとしている資本主義の日本や米国では、不倫だけで犯罪として糾弾されることがないのは勿論だが、統制や管理を原則とする社会主義の中国でさえ、最近は不倫が大ブームになっており、不倫をすることが本当の富裕層の一員、上流社会の一員である証とさえ意識されている。

また最近の中国では、汚職が極めて大きな社会問題であり、かつ普遍的な現象でもあるが、汚職で摘発された男性幹部(公務員)の場合は言うまでもなく、女性幹部の場合も、ほとんど皆同時に不倫をしていることが露見する。

そのため、不倫は汚職のきっかけで、汚職するのは不倫のためである、とまで言われている。

姦通は明確な犯罪行為だった

しかし、時代の時計を数十年ないし百年ほど前に戻すと、事情が一変する。配偶者のいる者の不倫は、過去の用語では姦通であり、その意味は、ただ倫理・道徳に反するという軽いものより、はるかに深刻なものを含んでいた。

かつての日本・米国・中国のいずれにおいても姦通は犯罪とされ、厳しい刑罰を科せられていたのである。

日本の『六法全書』を開き、刑法第183条を見て目に付くのは、そこにはタイトルの「姦通」だけがあり、他の部分が全て空白になっていることである。

しかし、空白になったのは1947年のことで、それまでの条文は次のようなものであった。

「有夫の婦姦通したるときは2年以下の懲役に処す。其相姦したる者、亦同じ。前項の罪は本夫の告訴を待て之を論ず。但本夫姦通を縦容したるときは告訴の効なし」。

この規定から分かるように、日本では従来、特に夫のいる女性が不倫した場合、姦通罪として処罰されることになっていた*1。実際、戦前の有名な詩人・北原白秋は姦通罪で逮捕されている*2。

実は、戦前の日本では、多いときには年に数百人以上(例えば明治30年は753人、大正11年は11167人)、少ないときでも数十人以上が(昭和に入ってから)、姦通罪で起訴され、裁判にかけられていた*3。日本で姦通罪が廃止されたのは80年ほど前のことにすぎない。

最も自由な国と思われる米国でも、姦通罪は、軍人の犯罪と裁判を定めている統一軍事裁判法上と宗教色の強い幾つかの州法上に今でも存在している。

州法上の姦通罪はほとんど適用されていないが、統一軍事裁判法上の姦通罪は、軍の規律を維持するために時に適用され、毎年、十数人ないし数十人の軍人が有罪判決を受け、軽い刑罰を科せられている。

「不倫は死罪」という時代

しかし、かつての不倫に関する法律はこのような軽いものではなく、今の我々の想像をはるかに超える厳しいものであった。米国が独立する前から、キリスト教の一派であるピューリタンは、支配的宗教として社会の思想的及び社会的基礎を成し、あらゆるところで大きな役割を果たしていた。

ピューリタンは性に関して極めて厳しく、特に姦通行為を宗教上でも世俗上でも重大な犯罪として、それに対する厳罰を説いていた。植民地時代からの米国法は、この影響を強く受けており、いずれも姦通を重大な犯罪として定め、死刑を適用するだけでなく、姦通を行った人を侮辱するための多くの法的措置をも用意していた。

『緋文字』という有名な小説があるが、そこに書かれているのは、まさに17世紀のボストンで夫の長期不在中に牧師と姦通した女性に対する侮辱的処遇である*4。

現代の中国では、姦通しても刑事法上は何の問題にもならないが、40年前の中国ならば、事情は全く異なっていた。当時、姦通が露見した者は、まず外国で言う刑罰に相当するような厳しい政治処分と行政処分を科せられた。

例えば、情状の重い姦通者に対しては、不良行為罪(中国語では「流娠罪」)として厳しい刑罰が言い渡された。姦通者の相手が軍人の配偶者であれば、軍人婚姻破壊罪として更に重い刑罰を科せられた。特に、党と国家の政策に関連して姦通行為が行われ、悪い影響を引き起こした場合、死刑もあり得た。

かつて、次のような事例があった。毛沢東が都会の知識青年(都市の中学校・高校卒業生)を農村に行かせるために知識青年上山下郷(いわゆる「下放」)政策を打ち出した。

それを受けて、ある大都会の若い女性が下放されてきた。受け入れ先の村の党書記はその女性と不倫関係を結んだが発覚して、知識青年上山下郷政策を破壊したとして、死刑に処せられた。

また中国では、毛沢東の死後5年目にあたる1980年1月1日、中華人民共和国の初めての刑法典がようやく公布、実施された。

この法典の起草と制定の過程において、姦通罪または他人婚姻家庭破壊罪を設けるべきであるという主張が多く出され、その是非について議論が長く展開されたが、最終的に軍人婚姻破壊罪は設けられたものの、姦通罪または他人婚姻家庭破壊罪そのものは刑法典のなかには取り入れられなかった*5。

このように、同じ姦通でも、時代により、犯罪とされて厳しい刑罰を科すときと、それが刑事法上違法でないばかりか、ブームにすらなるという大きな違いがあるのである。

反応があっての犯罪

同じ銃の所持なのに、なぜある国では重い犯罪とされ、別の国では権利とされるのだろうか。また、同じ不倫なのに、なぜある時代においては犯罪とされ、別の時代では刑事法上問題でなくなるのだろう? 銃の所持そのものが国により違うのだろうか。あるいは、不倫行為自体が時代により変わったのだろうか。答えは「ノー」である。

犯罪と言うと、まずある種の行為を考えがちであるが、実は、犯罪というものは、少なくとも二つの要素から成り立っている。

一つは人間の行ったある種の行為であり、もう一つはその行為に対する社会や国家のある種の反応である。行為があっても、それを犯罪とする社会や国家の反応がなければ、犯罪としては成立しない。

犯罪は、あくまでも行為と反応の統一体なのである。この反応が、空間(国や社会)と時間(時代や時期)により大きく変わるのである。

銃の所持が、ある国では犯罪とされるのに、他の国において権利とされるのは、行為そのものが国により違うのではなく、それを犯罪とするかどうかという反応が国により異なるからである。

同様に、不倫が重い犯罪とされる時代もあれば、刑事法上全く問題にならない時代もあるのは、不倫行為自体が時代の変化により変わったのではなく、不倫に対する社会や国家の捉え方が変わったからである。

*1 団藤重光『刑法綱要各論』第3版、創文社、1990年、331頁。

*2 川西政明『文士と姦通』集英社新害、2003年、19頁

*3 林弘正「法学新報」「姦通罪についての法制史的一考察(2)」第106巻第9・10号中央大学法学会、2000年、185頁。

*4 上村貞美『性的自由と法』成文堂、2004年、130頁。

*5 趙乗志主編『刑法修改研究総述』中国人民公安大学出版社、1990年、387頁。

文/王雲海
写真/shutterstock

日本の刑罰は重いか軽いか

王雲海
日本の刑罰は重いか軽いか
2008/4/22
715円(税込)
199ページ
事件や裁判に対する国民の関心が、高まっている。裁判員制度の導入など、さまざまな司法改革も進められている。また、死刑制度に関する議論も盛んである。そもそも、日本で犯罪とされる行為や、与えられる罰には、どのような傾向があるのだろう? 日本の刑罰は重いのだろうか。それとも、軽いのだろうか。日本の刑罰制度の特徴や、その背景について、米国や中国の事情と比較しながら、具体例を挙げつつ分かりやすく解説していく。【目次】はじめに/第1節 犯罪とは何か/第2節 刑罰とは何か/第3節 比較の視点がなぜ必要なのか/第4節 日本の刑罰は重いのか/第5節 日本の刑罰は軽いのか/第6節 日本の犯罪と刑罰の特徴はどこにあるのか/第7節 犯罪と刑罰の国による違いはどこから来たのか/おわりに 日本の刑罰をどう見るべきか

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