《実は母親と同じくらい多い父親の産後うつ》「妻とは住む世界が変わってしまった」男性育休が進む影で相談できず孤立化…認知されづらい父親の憂鬱
集英社オンライン / 2024年7月28日 11時0分
厚生労働省が2022年に「産後パパ育休」を創設するなど、女性の社会進出とともに推進される父親の育児参加。しかし、制度の施行から2年が経ち、育児の現場では慣れない育児と仕事との両立などから、父親が心身の不調に陥るリスクが指摘され始めている。これまで「産後うつ=母親」という認識が強かったが、父親の産後うつとはどのようなものなのか。(前後編の前編)
【図を見る】実は産後うつが起きる割合は父親と母親でほぼ同じ割合だった
「奥さんの方が大変なのに」産後うつでも相談できなかった父親
「第一子誕生後、育児面で妻との経験や知識の差を感じて、自分だけ取り残されてしまったような孤独感と、自分なんて役立たずでいらない存在なんじゃないかっていう憂鬱な気分が続くようになっていきました」
そう語るのは、東京都杉並区に住む会社員男性Aさん(31)。現在は2児の父親として充実した日々を送っているが、第一子誕生後は慣れない育児と仕事との両立に苦戦し、産後うつを経験した。
コロナ禍の2021年10月、妻(28)との間に待望の長女が誕生した男性は妻の出産以前からパパ学級に参加し、人形を使ってオムツの替え方や沐浴の練習をしたり、ユーチューブで育児動画を視聴するなど、我が子を迎え入れるための万全の準備をしてきた。
さらに妻の出産後は2カ月間の育休を取得。妻と家事・育児を分担し、深夜も3時間おきに起床して台所でミルクを作るなど積極的に育児に関わった。しかし、復職後、慣れない育児と仕事との両立に苦戦し、次第に体調に異変を感じるようになった。
日中も育児を続ける妻との経験と知識の差をより深く感じるようになり、「妻とは住む世界が変わってしまった」ような気分に苛まれた。深夜も授乳担当だったが、疲労が重なり、次第に起きられなくなっていったという。
「起きられないなら私がミルクあげるから」
そんな妻の些細な一言が胸にグサッと突き刺さり、「自分はなんて役立たずなんだ」「俺はいらない存在なのではないか」と憂鬱な気分が長く続いた。そんな自身の異変に気づきつつも、友人に相談したり、心療内科に通うという選択が取れなかった。
「当時は、産後うつといったら母親がなるもので、父親がなるという認識は一切なかった。父親の自分がうつになったと言ったら『子どもを産んだ奥さんの方が大変なのに』『お前なんにも大変じゃないじゃん』っていう世間の目を気にしてしまって、情けなさもあって(悩みを)吐き出すことができなかったですね」(Aさん)
男性はストレスから帯状疱疹を発症。衛生面の問題から体調が整うまで妻子と別々の部屋で寝るようになり、少しずつ症状は改善。半年復職した後に再び育休を取得した。
仕事と距離を置き、時間にゆとりができたことで、心身の不調は改善していった。昨年次女が誕生した際にも、今度は長期での育休を取得。復職後も仕事量を調節し、育児に積極的に参加している。
父親の産後うつの発症リスク、母親と同程度
国立成育医療研究センターが、1歳未満の子どもがいるふたり親家庭3514世帯を対象に行った調査によると、メンタルヘルスの不調に陥るリスクのあった父親が全体の11%で、母親の10.8%とほぼ同じ割合であることが分かった。さらに夫婦が同時期にメンタルヘルスの不調に陥るリスクも3.4%に上る。
母親の産後うつはホルモンバランスの急激な変化や育児の疲労などにより、産後2週間~1カ月をピークに発症しやすいとされてきたが、男性の産後うつは産後3~6カ月にピークを迎えることが多いという。
なぜこのようなズレが生じるのか。同センターの竹原健二部長は「父親の産後うつが増えやすいのは、周囲のサポートが減るなど、父親のすべきことが増えたタイミング」と分析する。
「産後1~2カ月は母親が里帰りしていたり、していなくても実母が頻繁に手伝いにくるなど、周囲からのサポートが得やすい時期。ただそれ以降は、夫婦だけで子育てをするようになっていく。
また、生後半年ごろにかけてミルクに切り替えるなど、父親に期待される育児の量や、担える育児の範囲が増えていきます。そこに仕事も重なったりすることで疲弊して具合が悪くなっていく。
父親は母親と比べて家事育児に関わるスタートがどうしても遅くなってしまうので、妊産婦の産後うつのピークよりも遅れて生じやすいのではないでしょうか」(竹原さん)
周囲のサポートが減る中で、子どもの成長とともに、父親のできること、すべきことが増えていき、慣れない育児に仕事の業務が重なると、気づかぬうちに無理をして追い詰められていくケースが多い。
それに加え、子どもが生まれたことによる育児への不安や夫婦関係の変化も要因の一つになる。
「男性がモヤモヤしてしまう理由の一つに、『妻のイライラの原因が分からない』『妻がどんな家事・育児を求めているのかがよく分からない』とパートナーとのコミュニケーションがうまくとれていないことがあります。
家事・育児をしていても『そのやり方は違う』と、妻なりのやり方が決められていることも少なくありません。男性の家事・育児の質や量は妻の評価軸で判断されることが多く、そのことは男性が主体的に家事・育児をしようという意識を持ちにくくする一因になってしまっているかもしれません」(竹原さん)
大切なのは夫婦で一緒に楽しむこと。家事・育児を負担と捉え、それを等分しようと当番制にすると、お互いにストレスが溜まり、余計息苦しさを増してしまう。
お互いが思いあって、気づいたことをやってくれたときに「ありがとう」を言い合える関係性の構築を目指すことが理想的なのではないか。
支援制度の乏しさが課題
2018年の同センターが行った調査では、産後の母親の自殺が妊産婦死亡の3分の1を占め、死因の中で最多であることが示された。
「産後うつは母親がなるもの」という認識が社会に深く根付き、母子を対象にした支援制度が広がる中で、父親にも産後うつがあることは日本ではあまり認知されてこなかった。父親への育児参加が推進される一方、課題となるのは母子と比較した際の支援の乏しさだ。
同センターの竹原健二部長はこう話す。
「妊産婦の女性の方は妊娠してから産後1年までに医療機関や行政がおこなう健診や様々な保健サービスなどにより、保健医療従事者に生活の状況や健康状態をアセスメント(客観的に分析)してもらう機会が多々あります。しかし、父親にはその機会が1回もないことも珍しくありません。男性も当たり前に家事・育児をするような社会に変わっていく中で、男女問わず、子育てをする人はみんな当たり前に支援される社会になってほしいです」
女性の社会進出が進み、男性の家事・育児への参加が推進される中、妊娠から出産、育児までの一連の中で、周囲の相談先や専門職の支援がないという意味では、父親の産後うつのリスクが今後高まっていくことが懸念される。では、どんな支援や対策が求められるのだろうか。
《後編へつづく》
取材・文/集英社オンライン編集部
〈《増える父親の産後うつ》「弱みを見せてはいけない」父親を追い詰める“有害な男らしさ”とは…法整備進むもいまだ「育児=母親」の文化根強く〉へ続く
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