東京大学の学費値上げは本当に必要なのか? オンラインによる「総長対話」で浮き彫りになった驚くほど閉鎖的な体質
集英社オンライン / 2024年7月27日 8時0分
〈大学教育崩壊につながる「国立大学法人法改正案」の問題点とは…民間企業が「稼げる大学」法案で大学を食い物にする矛盾〉から続く
すべての大学に波及する恐れが高い、東京大学の学費値上げ。6月に行われた総長対話を通して、その問題点をジャーナリストの犬飼淳氏が解説する。
【画像】総長対話後、緊急抗議集会が開かれた本郷キャンパス安田講堂前
国立大学法人法改正と地続きの学費値上げ問題
昨年10月〜12月に岸田内閣および4党(自民・公明・維新・国民民主)が異様なスピード感で、立法事実を示さないまま強行に成立させた国立大学法人法改正。「学問の多様性喪失」と「学生の教育環境悪化」に加えて、いわゆる「稼げる大学」を過熱させる内容のため、将来的な学費値上げにつながることが当時から懸念されていた。
そして、この懸念を取り上げてからわずか半年足らずの今年5月、東京大学が来年度から年間約10万円の学費値上げを検討することが発覚した。この学費値上げをめぐる問題は大きく以下3点に大別されると筆者は考えている。
(1)世間一般の理解以上に、東大生に限らず学生側の不利益が大きい
(2)東大の不透明な意思決定プロセスは学生を無視している
(3)そもそも東大の学費値上げの必要性に大きな疑問符が付く
この3つの問題点について、それぞれ具体的に解説する。
<(1)世間一般の理解以上に、東大生に限らず学生側の不利益が大きい>
(1)については、物価高騰の時勢も相まって一般的な反応として「よりよい教育のために年間10万円の値上げは許容範囲では?」「そもそも東大生の親は平均年収が高いから問題ないのでは?」と感じた読者も多いだろう。しかし、以下の通り実態は大きく異なる。
・学費を自ら支払わなければならない事情がある東大生にとって、年間10万円は決して安くない。バイトを増やしたことで各基準(扶養控除103万円、勤労学生控除130万円 等)を越えれば新たな不利益も被る可能性がある。
・授業料減免などの措置はあるが、現行の仕組みにも問題があるため、学費値上げ後に不利益を被る学生が増える。
(例)親の収入が基準となるため「親の収入は高いものの関係性が悪くて援助を受けられない学生(いわゆる「経済的DV」を受けている学生)」は支援からこぼれ落ちる。また、手続きが煩雑過ぎるため、減免を受けていない他学生に対して心理的な負い目を感じる等。
・東大が学費を値上げすれば、歴史的にも他大学が追随するため、東大に限らず「すべての高等教育」のハードルを引き上げる恐れが極めて高い。つまり、裕福かつ親との関係性がいい学生しか大学に行けなくなる恐れがある。
「交渉の場ではない」と学生からの要望を回避
<(2)東大の不透明な意思決定プロセスは学生を無視している>
(2)については、まず今年5月15日の報道で発覚するまで東京大学は学費値上げ検討を一切公表しなかったという事実が、不透明なプロセスを象徴している。
一方、学生側(教養学部学生自治会、学費値上げ反対緊急アクション等)は約1か月後(6月21日)に予定されていた総長対話(藤井輝夫総長と東大生が学費値上げ問題について対話する場)に向けて、以下のとおり極めて迅速に対応した。
・総長対話の形式について2回(5月21日、同27日)にわたって大学側に要望(対面で複数回開催すること、徹底的な討論の場とすること等)
・6月14日に院内集会および記者会見を開催し、問題点を国会議員およびメディアに訴求
*他にも学生向けアンケート、学内集会、学生投票などさまざまな活動を実施
しかし、こうした迅速かつ堂々とした学生側とは対照的に、大学側は学生を無視するかのような対応だった。学生側の要望であった総長対話の形式に関して「対面開催」ではなく「zoom開催」に固執した上、複数回開催を拒否。
さらに、総長対話の位置付けとして「交渉の場ではない」という表現を繰り返し明記したことで、その閉鎖的な体質も浮き彫りとなった。
<(3)そもそも東大の学費値上げの必要性に大きな疑問符が付く>
2004年の国立大学法人化以降、運営費交付金が段階的に1割以上も削減され、多くの国立大学の経営が厳しくなったことは事実である。
これに加えて、昨今の光熱費・人件費増加に対応するため学費値上げが必要であると東京大学は主張している。しかし、この説明には以下のとおり多くの問題点がある。
・直近(2022年度)の財務諸表で慢性的赤字は確認できず、むしろ経営は安定している。
・今回の学費値上げによる年間増収29億円(=1人あたり約10万円×学生数 約29,000人)は経常収益(2022年度 2663億円)のわずか1%程度にしか相当しないため、学費を値上げしても経営改善に大きな影響はない。
・大学側は財務諸表に基づく「学費値上げ」の必要性を説明できおらず、むしろ説明を避けている。実際、総長対話で上記2点の不審点を学生からストレートに指摘された際、論点を逸らす説明に終始して財務諸表の数字には頑なに言及しなかった。
・学費値上げによる増収の使途について、大学側は「グローバル化」「DX」「ダイバーシティー&インクルージョン」など曖昧なキーワードによる説明にとどまり、具体的な使途や内訳金額は現時点では不明。
オンラインによる形式的な「総長対話」の実態
こうした経緯を踏まえると、突然「学費値上げ」を検討しなければならないほど東京大学の経営は逼迫していないという結論に達する。それでは、なぜ必要性がない学費値上げを東京大学は検討しているのか?
冒頭に紹介した国立大学法人法改正の経緯を踏まれば、岸田内閣によって「稼げる大学」が推し進められ、国内で最も影響力の大きい東京大学が踏み絵を踏まされていると推測する。
要は、本当は東京大学自体は慌てて学費値上げする必要はないが、学費値上げの動きを全大学に波及させる起爆剤としての役割を現政権から期待されているのではないか。
だからこそ、(1)で指摘した学生側の深刻な不利益を冷酷に無視し、(2)で指摘したように不透明かつ閉鎖的なプロセスを貫くのだろう。そして、こうした大学側の異様で不自然な姿勢は総長対話でさらに浮き彫りとなった。
6月21日19時〜21時ごろ、約2時間にわたって東京大学で総長対話(藤井輝夫総長と東大生が学費値上げ問題について対話する場)が開催された。しかし、以下の通りその内容は「対話」とはほど遠い内容であった。
・学生側が事前に要望した「対面での複数開催」を大学側は頑なに拒み、「オンライン(zoom)による1回のみの開催」を強行。
・指名により発言を許された学生はわずか13名。
・学生が指摘した数々の本質的問題に対して、藤井総長は「検討する」等の回答を連発。(「検討」発言は少なくとも15回以上にわたる)
・大学側はzoomのホスト権を持つことで、不都合な発言を続ける学生を司会者(河村知彦執行役・副学長)がミュートしたと見られる一方的な進行が散見。
第三者である筆者から見て、大学側にとって総長対話は「学生と対話した」という既成事実づくりが目的だったと解釈せざるを得なかった。また、この総長対話に関するテレビ・新聞の報道の中には、こうした開催形式や進行の問題点を具体的に指摘したものは少なかった。
全13名の質疑で学生からの提案・要望に実行が約束されたものは1つだけ
筆者は本郷キャンパスのパブリックビューイング会場で現地参加したが、結局、全13名の質疑で藤井総長が学生からのさまざまな提案・要望に対して明確に実行を約束したものは、「増収29億円の使途を毎年公表する」という1点のみだった。
それ以外の学生からの質疑はすべて曖昧な回答に終始するか「検討」という発言が続き、学生生活の実態(学費減免手続きの煩雑さ、寮の不備、大学院進学のスケジュール感等)を理解していないことも露呈した。
(*本記事で省略した全13名の質疑は、筆者のtheLetter「【文字起こし】学費値上げ 東京大学総長対話2024年6月21日」(2024年6月25日)参照)
また、オンラインによる形式的な総長対話に対して多くの学生は不満を募らせ、終了直後の21時から本郷キャンパス安田講堂前で緊急抗議集会が開催された。
この集会をめぐっては大学側が警察に通報し、学生側が暴走したかのような報道が相次いだ。しかし、映像を見ればわかる通り、学生は対面での対話を求めて平和的に抗議していた。
集会に参加した学生からは「学校側から納得のいく説明がなくがっかりした」との声が多数聞かれたが、はたして東大はこのまま学費値上げを強行するのだろうか。
文/犬飼淳
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