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叱る指導ではオリンピックでメダルを取れる選手は育たない? 「勝つためには苦しい思いをしなければならない」と思い込んでいた元女子バレー日本代表・大山加奈に、怒らない指導者が教えたこと

集英社オンライン / 2024年7月28日 17時0分

元女子バレーボール日本代表の大山加奈氏は、高校時代に「怒らない指導者」小川良樹監督に出会う。大山さんが「怒ってくれたほうが楽だと思うこともあった」と述懐する小川監督の指導法とは? スポーツ指導の要諦について、臨床心理士の村中直人氏と語り合う。

【画像】2016年春高バレー決勝を見る大山加奈氏

本稿は、村中直人著『「叱れば人は育つ」は幻想』から一部を抜粋・編集したものです。

怒る指導の弊害

村中直人(以下、村中) いま、社会全体で「ハラスメントを防止しよう」「暴力や暴言はいけない」という流れが進んでいますが、スポーツ界にはまだまだ不適切な指導が横行しているように思われます。

日本スポーツ協会が設置した暴力パワハラ問題の窓口(「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」)への相談傾向を見ると、体罰などのはっきりした暴力は減っている一方、暴言や差別、無視、罰走などが増加しています。ある種、やり方が陰湿化しているとも言えますね。

問題視されながらも、スポーツにおける不適切な指導はなぜ一向になくならないのか。

その背景に、「つらい思いをしないと強くなれない」という強固な思い込みがあるからではないかと私は思っています。ご自身の経験を振り返ってみて、大山さんはどう思われますか?

大山加奈(以下、大山) おっしゃる通りだと思います。私自身も、「勝つためには厳しい練習を積んで、苦しい思い、つらい思いをしなければいけないんだ」と思い込んでいました。いまはだいぶ考え方が変わりましたけど。

村中 怒られたり、暴言や暴力などを浴びせられたりすると、強いネガティブ感情が湧きます。この危機的状況を回避しようと、脳は「防御(ディフェンス)モード」に入ります。身を守るためには、戦うにしても逃げるにしても瞬時に行動しなくてはいけない。だから、脳が防御モードになると行動が早くなるんです。

ところが、叱る側はそれを「ほら、きつく言ったら変わったじゃないか」「こうやって叱ることは効果的だ、即効性がある」と誤解してしまいます。実際には、身の危険を感じて「反応」しているだけで、本質的に変わったり成長したりしているわけではないんですけれども。

大山 ああ、実感的にわかります。怒られると、たしかにその後の行動が早くなります。だけど、思考停止してしまいますよね。

村中 そうなんですよ。即座に反応することはできますが、自分で考えなくなります。じっくり思考を働かせることや、主体的・自律的に行動することができなくなるのです。怒られないようにするには、言われた通りにやるのが一番安全なわけですから。

トップレベルの選手に必要なのは「主体的に考える力」

大山 私も経験がありますが、言われたことをやっていればいいので、受動的になります。「また怒られるんじゃないか」といつも恐怖を感じていて、「怒られないようにすること」ばかり意識するので、チャレンジすることを怖れるようになります。「どうしたらいいか」を自分で考えなくなります。

村中 そうなんです。はたしてそれが選手としていいことかどうか。スポーツ選手は、その場その場の状況に即して、「ここでどういう選択をするべきか」「どうすればいまの流れを切り替えて有利な状況にもっていけるか」といったことを、主体的に判断して動かなくてはいけない。それができるのが優れた選手の条件になるはずなんですが、怒られてばかりいる環境では、その能力が磨かれていきません。

大山 練習というのは、単に技術を磨くだけでなく、そういう能力をつけていくためのものでもあります。普段から、自分たちで突破すべき課題を設定して、どうすればクリアできるかを考えるという主体性がとても大事だと思います。

ただ、それって難しいんですよね。怒られて、監督に言われたままにやっているほうが、ある意味ラクなんです。

村中 前に為末大(ためすえ だい)さんとお話しする機会があって、そのときに印象深かったのが、「たぶん小中高ぐらいまでだったら、叱る指導で勝てちゃうだろうけど、叱る指導を受けていた選手の中から、オリンピックで金メダルを獲る選手は出てこないだろう」という言葉なんです。

指導者が自分の思う通りにやらせる指導法でも、そこそこ強くはなれるかもしれない。だけど、本当にトップレベルで活躍できる選手に育つかどうか、その鍵を握るのが「主体的に考える力」が身についているか、ということなんだろうな、とそのとき思ったんですよ。

大山 私の恩師は、まさにいまのお話にあったような、主体的・自律的に自分たちで考えさせる指導をする監督でした。私は中学から成徳学園に進み、高校も成徳学園(現・下北沢成徳)高校なんですが、高校時代のバレー部監督・小川良樹先生がそうだったんです。

怒らない指導者が教えてくれたこと

大山 バレーボールの場合、数チームが同じアリーナに集まって練習試合をしたりするんですが、もうあちこちで怒声が響きわたっていました。どれだけ厳しくしているか、マウントを取り合うような感じがあったんです。

村中 激しく叱っているほど指導力があるかのような価値観が、バレーボール界全体にあったということですか?

大山 はい。しかも、怒鳴るだけでなく、監督がコートのなかに入ってきて選手を叩いたり蹴ったりするようなことが、けっこう行われていました。そんななか、小川先生は選手をまったく怒らないで、静かに見守っているんです。

村中 見守っているだけ。具体的にはどんなふうに指導をされていたんですか?

大山 「こうしろ」という命令的な指示をせず、「どうしたらいいと思うか?」と問いかけて、私たちに考えさせるんです。自分で判断する力を養わせようとしてくれていたのだと思います。

また、規則で選手を縛りつけず、いろいろ自由にさせてくれました。長時間練習もしないし、週に1、2日は練習が休みの日もありました。そのため周りからは、「あんな甘いことをしているチームが勝てるわけない」とよく言われていました。

だけど、どうすれば勝てるかを自分たちで主体性をもって考える、高みを目指すためには何をすればいいかを考えるって、高校生にはすごく大変でした。当時は、「先生怒ってよ、怒って『こうしろ!』と言ってくれたほうがラクだよ」と思うこともありましたね。

村中 小川先生は、最初からずっと怒らない指導をしていらしたんですか?

大山 いえ、若いころはやっぱりガンガン叱咤してスパルタ式の指導をしていたらしいです。しかし、退部者が後を絶たなかったり、部員たちが引退する日を心待ちにしている姿を目にしたりして、指導法に疑問をもつようになったそうです。

他の強豪校と同じことをしていてはダメだと思うようになって、発想を切り替えることにしたと聞きました。

あと、小中学生時代から全国大会を経験している選手が入ってくるようになったことが大きい、という話も聞きました。私と同じ学年に荒木絵里香がいて、二つ下には木村沙織がいたんです。

村中 えっ、大山さん、荒木さん、さらに木村さんがいたんですか! すごいチームですね。

「甘い指導」と思われたくなくて、インターハイ、国体、春高バレーの三冠

大山 荒木は高校から、木村は中学から一緒です。ただ、荒木も中学生時代からバレーボール協会の有望選手合宿などで顔を合わせたりしていましたが。小川先生は「将来を期待されている選手たちを潰すわけにはいかない、バレーボールを嫌いにさせずに卒業させなきゃいけない」と思ったんだとおっしゃっていました。

村中 なるほど。だから、きちんと休みの日を設けるとか、無理な練習はさせないとか、体のコンディションに配慮した練習メニューを考えていらしたんですね。

大山 そうだと思います。それぞれに合ったトレーニングで体づくりができるようにしてくれていましたし、一人ひとりのことをとてもよく理解してくれていました。

村中 強豪チームとしては勝たなければいけないけれども、同時に、将来有望な選手たちをどう育てるのがいいのか、中長期的に見据えた指導をされていたんですね。いい指導者ですね。

大山 はい。だから私たちも、「甘い指導だ」などという言葉をはねのけて絶対に勝たなくちゃ、という気持ちになりました。結果として、インターハイ、国体、春高バレーの三冠を獲得することができたんです。

小川先生は2023年3月に監督を勇退されましたけど、全国制覇12回、Ⅴリーグに30人以上の選手を送り出しています。

先生のおかげで、ずっとバレーボールを好きでいつづけられて、長くつづけている人が多いんです。ですから、これからは私たちが先生のマインドを受け継いで、いろいろなかたちで次代につないでいけたらいいな、と思うんですよね。

文/村中直人 サムネイル/写真:アフロスポーツ

『「叱れば人は育つ」は幻想』 (PHP新書)

村中 直人
『「叱れば人は育つ」は幻想』 (PHP新書)
2024/7/17
1,243円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4569853826

脳・神経科学などの知見から、著者は、叱ることには「効果がない」と語る。
叱られると人の脳は「防御モード」に入り、ひとまず危機から逃避するために行動を改める。
叱った人はそれを見て、「ほら、やっぱり人は叱らないと変わらない」と思ってしまうのだが、叱られた当人はとりあえずその場の行動を変えただけで、学びや成長を得たわけではないのだ。
そして厄介なことに、人間には「よくないことをした人を罰したい」という欲求が、脳のメカニズムとして備わっているため、叱ることで快感を得てしまうのである。

では、どうすれば人は成長するのか。本書は臨床心理士・公認心理師で、発達障害、不登校など特別なニーズのある子どもたち、保護者の支援を行ってきた著者が、
「叱る」という行為と向き合ってきたさまざまな分野の識者4人と、叱ることと人の学びや成長について語り合った一冊である。

1人目は元東京都千代田区立麹町中学校校長で、「宿題廃止」「定期テスト廃止」「固定担任制廃止」などの学校改革を実践した工藤勇一氏。工藤氏は、叱責ではなく問いかけを糸口にして対話をしていく方法」として「①『どうしたの?』 ②『きみはこれからどうしたいの?』 ③『先生に手助けできることはある?』」の三つの言葉を学校の教員に伝えてきた、と説く。
2人目は企業・組織における人材開発・組織開発について研究している立教大学経営学部教授の中原淳氏。部下指導の際に、叱責ではなくフィードバックというアプローチを行うことを提唱している。フィードバックとはまず、相手にとって耳の痛いことであっても率直に伝える「現状通知」を行い、その後に「立て直しの支援」を行うというものである。
3人目は元女子バレーボール日本代表の大山加奈氏。日本代表合宿の練習で怒声を浴び続け、心のバランスを崩し、不眠や激しい動悸に苦しみ、ひどいときには目の前が真っ暗になって倒れるまでになったという。「勝つことだけがスポーツの価値ではない、子どもたちには笑顔でスポーツに親しんでほしい」と語る。
4人目は、編集者で株式会社コルク代表取締役社長の佐渡島庸平氏。そもそも人を叱らなければならない状況に陥るのを防ぐ「前さばき」について取り上げ、幸福度を上げる「三角形のコミュニーション」について紹介する。
単に「叱る」「叱られる」の関係だけではなく、広く人と人とのコミュニケーションにとって大切なことは何かを問う一冊である。

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