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異常すぎる近年の気候変動に、それでも「グリーンテック」がまだ有効でない“3つのワケ” 「削減できる二酸化炭素の量より排出する量のほうが多くなってしまう」

集英社オンライン / 2024年7月28日 11時0分

グローバル経済はまだまだ続くのか? 世界を直接、支配をせず「秩序」を作ったアメリカが、変貌する可能性はあるのか?〉から続く

近年、地球を襲う気候変動。二酸化炭素排出をおさえるために注目されているのが、グリーンテックだ。グリーンテックとは、再生可能エネルギーなど持続可能な社会を実現するための資源や環境に配慮したテクノロジー、またはサービスを指す。しかし実際にはさまざまな理由から難しいのではないかと述べるのが、地政学ストラテジストのピーター・ゼイハン氏だ。はたして、その真意とは?

【画像】エネルギー源別、世界の使用割合はどうなっている?

『「世界の終わり」の地政学 野蛮化する経済の悲劇を読む 下』より一部抜粋、再構成してお届けする。

「削減できる二酸化炭素の量より排出する量のほうが多くなってしまう」

個人的な話をすると、私は以前テキサス州オースティンに住んでいて、いまはコロラド州のデンバー郊外で暮らしている。どちらの家にも太陽光発電装置を設置した。

暑くて日差しの強いテキサスでは、8年足らずで投資分を回収できた。コロラド州ならもっと早く回収できるだろう。

デンバーはアメリカの都市圏のうち最も日照時間が長く、標高が高いので湿気によって太陽光が遮られることはない(空気が薄く、水分や塵が邪魔しないのも有利だ)。私は、正しい地理的条件にマッチした場合のテクノロジーの力を強く信じている。

ただし、そんな「正しい」地理条件というものは多くない。

世界のほとんどの場所は、風も日差しもそれほど強くない。カナダ東部とヨーロッパ北部・中部の空は1年のうち9カ月以上も雲に覆われ、さらに冬の日照時間はひどく短い。フロリダやブラジル北部にカイトボーディングをしに行く人はいない。

中国の東部3分の2、インドの大部分、東南アジアのほぼ全域では、太陽光発電と風力発電の可能性はほとんどない。そこには世界人口の半分が住んでいるのに。その地域に大規模にグリーンテックを導入しても、削減できる二酸化炭素の量より排出する量のほうが多くなってしまうだろう。西アフリカも同様だ。アンデス山脈北部も。旧ソ連圏のうち人口が多い地域も。カナダのオンタリオ州も。

現代のグリーンテック導入が環境的にも経済的にも理にかなっている場所は、人が住める大陸の面積の5分の1にも満たず、しかもほとんどは主要な人口密集地から遠く離れている。

風力発電なら南米のパタゴニア地方、太陽光発電ならオーストラリアのアウトバック地帯を思い浮かべてほしい。残念な事実だが、現在のグリーンテックはほとんどの場所のほとんどの人々にとって役に立たないのだ──二酸化炭素排出量の削減にも、「秩序」崩壊後の混沌とした世界における代替エネルギーとしても。

グリーンテックには多くのスペースが必要

密度の問題がある。私は田舎に住んでいるので、家はそれなりに広い。うちには10kWの太陽光発電システムを設置しており、南向きと西向きの屋根の大部分を覆うパネルが私の電力需要のほぼすべてを賄っている。

しかし、もし私が都会に住んでいたら? 屋根が小さければパネルを設置するスペースは減る。アパートに住んでいたら? 「屋根」は共有スペースであり、そこにパネルを載せるなら複数の住戸に電気を供給することになる。高層マンションに住んでいたら? 狭い屋根スペースのほんのわずかなパネルによる電力を大勢の人たちが使用することになる。

化石燃料はとても濃縮された物質で、文字どおり「エネルギー」の塊だ。対照的に、あらゆるグリーンテックは多くのスペースを必要とする。なかでも太陽光発電は最悪で、エネルギー密度は従来的な方法の発電と比べておよそ1000分の1だ。

アメリカのメガロポリスを考えてみよう。北はボストンから南はワシントンDCまで、人口の密集した大都市が並んでいる。これらの沿岸都市の狭いエリアに国の人口のおよそ3分の1が住んでいるのだ。

これらの都市があるエリアは、太陽光および風力発電のポテンシャルが非常に低く、それで地元に住む人々に十分な量の電力を提供するなどとはまず考えられない。他の土地から運んでくる必要がある。太陽光発電のポテンシャルがそれなりに高い(「高い」ではなく「それなりに高い」)地域のうち、最も近いのはバージニア州中南部だ。

でも、そこから1000㎞も離れているボストンにとっては不便な話だ。ボストンには、ワシントンDC、ボルチモア、フィラデルフィア、ニューヨーク、ハートフォード、プロビデンスのあとにようやく電力がまわってくる。

これは曇りがちで風のない都市だけの問題ではない。すべての都市にとっての問題だ。グリーンテックを機能させるためには、現在の工業化・都市化をもたらしたあらゆる技術開発を見直していかなければならない。

しかし、最も大きな課題は都市の存在そのものである。都市というものはすべて人口密度が高いが、グリーンテックはすべてエネルギー密度が低い。たとえ日当たりがよく風の強い都市でも、人口の密集と広大なスペースを必要とするグリーンテック発電とのギャップを埋める、大規模なインフラが必要になる。

そのようなインフラは、人類がまだ試みたことのないほどの規模と範囲になるだろう。代替案は、都市を空っぽにして6000年の歴史を巻き戻すことだ。私はあまり賛成しないが。

電池に蓄えるという代案

技術的な課題とコストの両面において、グリーンテックへの移行は現実的には至難の業どころではない。これは、4万3000TW・h(2010年から2021年までのグリーンテック総発電量の約70倍)の電力を発電するのに十分な太陽光パネルや風力タービンを設置するという、比較的単純な作業のことを言っているのではない。

現状のグリーンテックでは化石燃料の需要を10%程度しか減らせず、その「達成」さえも完璧な地理的条件がそろっている場所でのみ可能である。条件に恵まれたいくつかの地域では、従来型発電の半分をグリーンテックに置き換えようとしてきたが、発電容量、安定性、送電における問題を解消するとなると電気の価格は4倍に上がってしまう。

とはいえ、この状況を打開できるかもしれない(「かもしれない」を強調しておこう)、補完的な技術は確かにある──電池だ。グリーンテックで発電した電力を、使うときまで電池に蓄えておくというものだ。安定性? 給電調整能力? 需給のミスマッチ? すべて解決する! 場合によっては送電距離も短縮できる。

しかし、理論上では問題なく機能するのだが、残念ながら実際にはいくつかの問題が立ちはだかる。

1つめはサプライチェーンだ。石油の産地がいくつかの場所に集中しているように、現代の電池化学の主な原材料であるリチウムも特定の産地に集中している。原油を製品に使うために精製が必要なのと同様に、採掘したリチウム鉱石はまず精鉱へと加工し、製錬して金属にしてから電池に組み込まれる。

現代のリチウムのサプライチェーンは、オーストラリア、チリ、中国、日本に滞りなくアクセスできることが必須条件だ。

石油よりは少しシンプルだが、はるかに単純というわけではない。東アジアに何かが起これば(そして、東アジア全域には今後あらゆることが起こるだろう)、電池の製造チェーンの大部分を他の場所で再構築する必要がある。それには時間がかかる。お金もかかる。たくさんの。リチウムイオン電池技術の大規模な応用を目指すならなおさらだ。

リチウムイオン電池は高い上に、蓄電量がわずか

その規模が、2つめの問題である。リチウムイオン電池は価格が高い。一般的なスマホの部品のなかで2番目か3番目に高価だが、それでもほんの数W・hしか蓄えられない。また、ほとんどの電気自動車においてはコストと重量の4分の3以上を占めるが、これもほんの数kW・hしか蓄電できない。

都市の発電を担う電池には、数MW・dの電力を蓄えられる容量が必要だ。意味のあるグリーンテック蓄電を実現するには、需要が高い時間帯の大部分をカバーするために最低4時間分の電力を蓄えられるバッテリーシステムを構築しなければならない。

1990年以来の電池の技術向上が2026年まで続くと仮定すると、発電した電力をリチウムイオン電池に4時間分貯めておくシステムにかかるコストは容量1MW・h当たり約240ドルで、現在アメリカで最も一般的な発電設備である天然ガス複合サイクル発電所の6倍にあたる。

ただし、重要な注意点がある。この6倍という数字には、充電するための発電設備や電池に電気を送る送電設備のコストは含まれていない。

2021年時点のアメリカには合計1100GWの発電設備があったが、蓄電されていたのはわずか23・2GWだ。この23・2GWのうちおよそ7割はいわゆる「揚水発電」、つまり余剰電力を使って水を汲み上げておき、必要なときに再びその水を流して発電に使うというものである。

残りの3割のほとんどは、各家庭での何らかの形での蓄電だ。実際に蓄電池に蓄えられているのはわずか0・73GWである。

グリーンな未来というイデオロギーを最も熱心に掲げている州はカリフォルニアだが、州全体の総蓄電容量(蓄電池の容量ではなく総蓄電量)は1分間の電力供給分しかない。

アメリカの大都市のうち電力系統用蓄電池の導入を最も大胆に計画しているロサンゼルスでさえ、2045年までは総蓄電容量が1時間分に達することを見込んでいない。

しかも思い出してほしい。これは現在のロサンゼルスの電力供給における1時間分であり、自動車や小型トラックの幅広いEV化という夢を実現するために必要な2倍量ではない。そして、その魔法のような4時間は長く険しい道のりの第一歩に過ぎないだろう。

カーボンニュートラルな発電システムへと完全に移行するためには、数時間どころか、風や日差しが強くない季節に備えて数カ月分の電力を蓄える技術が必要となる。

エネルギーについてすべてが解明されているわけではないが、アメリカのような豊かな国がそのような目標を達成できるほどのリチウム鉱石が地球上には存在しないのは確かだ。まして世界全体でその目標を実現させることなど不可能だ。

残された2つの選択肢

現状のグリーンテックは、ほとんどの地域のほとんどの人々にとって、目立った変化をもたらすほど実用的ではないし、安価でもない。

利用できるのは、資本が豊富な先進国で、さらに偶然にも大規模な人口密集地が日当たりのいい場所や風の強い場所に近い場合に限られる。アメリカの南西部の4分の1は条件がよく、大平原地帯、さらにオーストラリア、北海沿岸部も同様だ。

その他のほぼすべての地域は、エネルギー需要の大部分を従来的な燃料に頼り続けるだろう。温室効果ガス排出の観点では、これは実際とてもまずいことだ。なぜなら、そうした地域の大半は、石油と天然ガスもグローバル市場から手に入れられなくなるのだから。

石油も天然ガスも調達できず、地理的に太陽光発電も風力発電も十分に利用できないとなれば、単純な決断を迫られる。

選択肢Aは、過去2世紀にわたって人類を進歩させてきたあらゆる製品を手放し、食料生産の壊滅的な減少に苦しみ、生活水準と人口を大幅に低下させること。電気なしの道を行くのだ。脱工業化。脱文明化である。

あるいは……選択肢Bは、ほぼすべての国の土地に埋蔵されている燃料、つまり石炭を使うことだ。多くのとりわけ運の悪い国々は、褐炭と呼ばれる、燃料としてかろうじて使える程度の石炭を使わざるをえなくなる。

通常、褐炭は重量の5分の1が水分で、現在使用されている燃料のうち飛び抜けて効率が悪く、かつ汚染の影響が最も大きい。ドイツは、現在すでに褐炭を主な発電燃料として使っている。グリーンテックはドイツの地理的条件に合わず、使いづらいからだ。それなのに、環境保護という名目で、他の燃料を用いる発電所をほとんど閉鎖してしまった。

この惑星では、大規模な経済崩壊に見舞われると同時に、二酸化炭素排出量が大幅に増加する、そんなことが十分にありえるのだ。


文/ピーター・ゼイハン

「世界の終わり」の地政学
野蛮化する経済の悲劇を読む 下

ピーター・ゼイハン
「世界の終わり」の地政学野蛮化する経済の悲劇を読む 下
2024年7月26日発売
2,200円(税込)
四六判/352ページ
ISBN: 978-4-08-737005-8

日本人はまだ知らない。脱グローバル経済がもたらす衝撃。
エネルギー、資源、食糧。無慈悲な未来を日本はどう生きるのか。

★40万部突破の全米ベストセラー!
☆フィナンシャル・タイムズ紙「最優秀図書賞」(読者選出)受賞!
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「経済地理学・人口学・歴史学を総合した、常識を破る、鋭い地政学理論」
 白井聡氏(『武器としての資本論』)、感嘆!
「米国が脱グローバル化に舵を切る。驚きの未来像がここにある!」

☆概要
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地政学ストラテジストが無慈悲な未来を豊富なデータともに仔細に描き、全米を激しく揺さぶった超話題作!

★おもな内容
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・脱グローバル化で、世界経済に何が起きるのか。
・今後、大きなリスクにさらされる海運。製造業がこうむるダメージとは?
・過去七〇年の成長を支えてきた、豊かな資本。それが、世界的に枯渇してしまう理由。
・世界的な人口減少。日本人が見落としていた壁とは?
・世界のモデル国・日本を、他国が見習うことができないのはなぜ?
・エネルギーや資源の調達は、今後も可能なのか?
・グリーン・テクノロジーでは未来を支えられない、その理由。
・日本が食糧危機から逃れるために、すべきこと。
・「アメリカの世紀」のあと、覇権を握る国はどこなのか。

【下巻・目次】
第4部 エネルギー
第5部 工業用原材料
第6部 製造業
第7部 農業

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