《増える父親の産後うつ》「弱みを見せてはいけない」父親を追い詰める“有害な男らしさ”とは…法整備進むもいまだ「育児=母親」の文化根強く
集英社オンライン / 2024年7月28日 11時0分
〈《実は母親と同じくらい多い父親の産後うつ》「妻とは住む世界が変わってしまった」男性育休が進む影で相談できず孤立化…認知されづらい父親の憂鬱〉から続く
父親の育児参加が推進される中、それに伴って増えている問題が父親の「産後うつ」だ。母親と比べ、周囲の相談先や専門職の支援も少ない上に、「父親はかくあるべき」という旧態依然とした〝有害な男らしさ〟が産後うつの引き金になるケースが多い。父親の育児に関する法整備が進む中、今後社会や企業に求められる支援策とは…。(前後編の後編)
父親を苦しめる「有害な男らしさ」、支援不足の一因にも
「男性の育児・育休は、推進ばかりで『支援』の視点が欠けている」。そう指摘するのは、父親の育児に関する情報提供や仕組みづくりを行う一般社団法人Daddy Support(ダディーサポート)協会の代表理事で産婦人科医・産業医の平野翔大さんだ。
厚生労働省が2022年に「産後パパ育休」を創設し、2023年4月から「大企業における育児休業取得状況公表の義務化」を開始するなど、ここ数年で日本の男性の育児環境は大きな変化を遂げた。しかし、法的に整備が進みつつも、近年顕在化する父親の「産後うつ」に関して支援制度の乏しさが課題としてあがっている。
父親の支援が進まない最大の要因として、「そもそも父親が『支援をされる人』ではなく、『支援をする人』として扱われていることが根底にある」(平野さん)。さらに、この価値観や意識が、「有害な男らしさ」として父親を産後うつに追い詰める要因にもなっているという。
「『父親なんだから弱みを見せてはいけない』『強くあらねばならない』。そういう『父親ならかくあるべきだ』という強い思い込みによって、自分自身に重責を課してしまうのが父親の産後うつの特徴として多く見られるパターンです。もちろん産後の母体が大変なのは事実ですが、だからといって父親が弱みをだしてはいけない理由にはならない。
だけど、父親の場合はメンタルヘルス不調になる前もなった後も周囲の支援がほとんどない状態が続き、女性と比べて支援を受ける力も低く、孤立しやすい。仕事も育児もできる父親を周りは評価したり、当たり前とするが、それは母親が労働しながら母親になることを要求するのと同じことなんです」(平野さん、以下同)
女性の社会進出が進み、男性の育児参画が推進される中で、男性が一人で育児をするタイミングも増加する。男性の育児支援不足の問題は、共働き率の増加に伴い、より顕著となっていくことが予想される。
「『イクメン』というイメージは、あたかも女性らしい男性のように見えるけど、男らしさをもって育児をしろというかなり厳しい要求をしているようでもある。育児と仕事を両立するすべての父親が目指す像としてはあまりにハードだと思います。それにも関わらず、そのイメージを素直に受け取り、『そうならなくてはいけない』と〝有害な男らしさ〟に無意識にはまって追い込んでしまう父親が多いんです」
産後うつを防ぐ「睡眠時間の確保」
支援制度が不足している現状で、産後うつを防ぐためにできることは何なのか。
そのひとつが「睡眠時間の確保」だ。
「睡眠」はメンタルヘルスに強く影響する要因の一つではあるが、そもそも育児では夜泣き対応で3時間おきに起こされるなど睡眠が乱れやすいのが現状である。
「子どもを健康的に育てるのは、親の健康的な生活があってこそだと思います。夫婦それぞれがまとまって寝る時間を確保するために、夜泣きや夜間のミルク対応を当番制にしたり、父親が仕事に復職しているならば帰宅後の午後10時までは父親が育児を担当し、その間に母親が寝て夜間に母親が対応するなど工夫する必要があります」(平野さん)
親のメンタルヘルス不調は子どもの発達にも悪影響を及ぼす。メンタルヘルスの安定に非常に重要な「睡眠時間の確保」と「食事のリズム」について、夫婦がお互いを気にかけ相談し合うこと、そして負荷の総量を適切に調整することが重要となってくる。
では、それでも産後うつになってしまった場合はどう対応すればいいのか。
「理想的なのは一度、全ての負担から離れることです。負荷も減らさず休まない状態でメンタルヘルス不調を治すのは不可能といってもいい。体に異変を感じたならば、仕事と育児から離れ、一人で数日ゆっくり寝て休むことが望ましいです」
夫婦だけで何とかしようとせず、祖父母や会社の上司、専門機関など周囲に支援を求めることが最優先となる。そしてふだんからいざというときのために相談先を確保しておくことも重要だ。
厚生労働省によると、令和4年度の男性・女性の育児休業取得率の推移は、男性が17・13%と前年度より3・16%上がったが、女性の80・2%(前年比-4・9%)とはいまだ差が開いているのが現状だ。また育休の取得率が上がったとしても復職後の長時間労働が見直されない限り、根本的な解決には至らない。夫婦が仕事と育児を両立するためにはどんな支援が必要なのか。
男性育児時代、社会や企業が目指す姿とは
平野さんは育児支援全般における現状の課題として、
「育児支援の対象が女性ばかり」
「共働き世帯の育児を意識していない」
の2点を挙げる。
「世の中の多くの育児支援が母子を対象としたものばかりで、法制度が大きく進んでも企業や人々の文化は『女性が育児』のまま。男性がサービスを使いやすい環境を整備することと、保育などでも標準軸を共働き夫婦のスタイルに合わせていくことが今後大切になってきます。
父親が育児しやすい環境は男女ともに育児しやすい環境とイコールです。産前産後だけは身体的な問題で差が生じますが、それ以降の育児に男も女もない。男女ともに『これだったら使いやすいよね』という支援制度が作れれば社会は大きく変わっていくと思います」
また父親の場合、復職後にメンタルヘルス不調に陥るケースが多いことから、企業側の支援制度の充実が今後期待されている。
「今後は育休推進だけではなく、フルタイムで働きながら育児できるような育児支援体制を整えることが課題です。例えば在宅勤務など柔軟な働き方を提示したり、企業保育や子どもが病気になった際に手配しやすいようにするなど、育児関連施設とのネットワークを持っておくことが大事です。そうすれば『育休を取得したけど早めに復職して働こう』という社員もでてくると思います」
今後育児に携わる20代は、現在の30~40代の世代と異なり、両親が共働きで、自分たちも働き方が大きく変わる世代。この世代間変化の流れを捉えることが、企業の人材獲得の観点からしても重要となってくるだろう。
「最も理想的な企業の在り方としては、夫婦両方が育休を取得し、両方早く復職し、その後も働きやすい環境を整えること。労働人口が減り、支えなくてはならない高齢人口が増えていく中で、企業は色んな事情を抱えた労働者を抱えなくてはならない。
育児という大きな変わり目を自分の企業に属しながら、個人として乗り越えられるかどうかが今問われていることであり、それをできるような社会体制を作っていくことが社会も企業もやるべきことなのではないでしょうか」
取材・文/集英社オンライン編集部 写真/shutterstock
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