〈売春島と呼ばれた島②〉「窓をのぞくと大人たちが野球拳していた」「島の運動会にはホステスさんも参加していた」渡鹿野島区長が語る“島の歴史”とクリーン化に舵を切った理由、今後の課題とは…
集英社オンライン / 2024年7月31日 17時0分
〈〈売春島と呼ばれた島①〉「ブローカーに売り飛ばされた女性がいた」「真夜中に海に飛び込んで逃げる少女もいた」かつては“ピンク島”“小さな歌舞伎町”といわれた島は今どうなっているのか? 現地に行ってみた〉から続く
かつて「売春島」と呼ばれ、島内のあちこちに置屋(売春斡旋所)が乱立していた、三重県志摩市の渡鹿野島(わたかのじま)。バブル崩壊とともに島は衰退していき、現在は「恋人の聖地」として観光誘致に力を入れているが、思うような成果をあげられていないのが現状だ。この地で生まれ育った人々に話を聞くうちに、「売春」という名の一大産業に支えられてきた島が抱える厳しい現実が浮かびあがった。
〈画像多数〉娼婦たちが過ごしたアパート内部や現在の島の様子、道端でのんびり過ごす野良猫など
渡鹿野区長が語る“売春島”の歴史
三重県志摩市の的矢湾に浮かぶ、周囲およそ7キロほどの小さな島が「売春島」へと変貌したのは、1970年ごろにさかのぼる。だが、この地で長年にわたり区長をつとめる茶呑潤造氏(ちゃのみ・じゅんぞう/74歳)は「江戸時代から渡鹿野島には売春の下地はできていた」と語る。
「この島は入り組んだ湾内にあって波もおだやかだからね、菱垣廻船とか樽廻船といった商工船が停泊する『風待ち港』として栄えたの。もともと島民は半農半漁の生活をしてたんやけど、嵐がきて船が停泊するとなると、船乗りたちは食料のほかに女の子も必要になるわけや。
それで島民たちは島外の女の子たちを養女にもらって、船乗りたちの(夜の)相手をさせるようになったのが始まりやな」
渡鹿野島では、そうした女性たちのことを「菜売りさん」と呼び、湾内に停泊する商工船に小舟を漕いでいき、水や野菜などの食料を売るついでに夜伽(女性が男性の相手をすること)をして金銭を稼いでいた。
やがて島内には宿屋が立ち並び、船乗りたちの相手をする芸者のための置屋も設置されたが、1957年に売春禁止法が施行。そんななか、1960年代後半に四国出身の4人の女性が海をわたってきた。
「彼女たちはそれぞれ島にやってきて、知り合いの女の子を集めて『置屋商売』を始めたの。つまりは売春だわな。その当時は、僕もまだ10代の学生で地元でそんなことが行われているとは思わなかった。
せやけど、夜になるたびに、こんな小さな島だというのに近所のたこ焼き屋からはワイワイ騒ぎ声が聞こえてくるし、旅館の窓をのぞくと大人たちが野球拳してるの。『やーきゅうーすーるならー』とかうるさいから『勉強のジャマや!』と怒鳴ったこともあった」
その後、茶呑さんは一度渡鹿野島を離れるが、1984年ごろに家業を継ぐために帰郷。そのころにはすでにパチンコ屋は閉店し、最盛期も過ぎ去っていたが、それでもメイン通りは夜になると「黒山の人だかりができていた」と振り返る。
「週末になると、島に遊びにきた男性と(置屋の)ホステスさんの頭しか見えなくなるくらいごった返してたの。実際にそのころは、島の人口も650人はいたからね。ホステスさんのなかには子持ちもいて、息子を保育園に預けようとしても『いま満杯なんですよ~』と断られたほどだよ。
それと、当時の島の運動会にはホステスさんも参加してて、一緒にムカデ競争やかけっこもしたことある。一緒に居酒屋で飲んだり騒いだりもしてたけど、もちろんホステスさんもそこら辺はわかってるから島民を誘ってきたりはしない。あくまで島の一員として馴染んでいた」
イメージを一掃、3年前には修学旅行生も
だが、バブル崩壊とともに「売春島」は衰退の一途をたどる。置屋に在籍する娼婦も、賃金が安いという理由で徐々にフィリピン人やタイ人に変わっていったが、そのころから茶呑さんのなかでは「いつまでもここが売春島でええわけないやん」との思いが芽生えたという。
「平成に入ってから明らかに右肩下がり感はあったし、同じ県内でも『あそこは三重県の恥部や』とバカにされてたからな。
そのころから警察の手入れ(摘発)も相次いでいたし、『いつまでもこんな商売が続くわけない』という焦りもあったんやけど、旅館業の人のなかには『女がいなかったら渡鹿野には金なんて入ってこんぞ』という考えもあって、島民同士でも『(置屋商売は)イヤだよね』とは言えなかったの。せやけど、渡鹿野で生まれた子どもたちが、島外にある学校で『周りに白い目で見られるから、渡鹿野とはよう言わん』と話していると知ったときは、これはアカンと思ったんや」
こうした葛藤の末、渡鹿野島はクリーン化に舵を切ることになる。2003年には島内に人工の海水浴場「わたかのパールビーチ」を設置。
そして渡鹿野島の旅館組合と観光協会は、2013年に鳥羽署と協力して「渡鹿野島安全・安心街づくり宣言」を採択。景観の妨げになるとして置屋の客引きも禁止し、売春のイメージから観光へとシフトしていった。
「それで10年前には、三重県の『南西地区活性化推進室』というのができてな。そこのモデル地区に渡鹿野島が選ばれて、四日市大学の学生たちに半年ほど島を見てもらっていろいろと提案してもらった。
それで島のホームページを作ったり、Facebookをつかって明るい情報を発信するようにしたし、そのほかにも『わたるくん』と『かのんちゃん』というゆるキャラを作ったり、パールビーチで音楽祭を開こうとしたこともある。そうした努力が実を結んだのか、3年前には初めて修学旅行生がきてくれた。このときは『やっと教育界も認めてくれたのかな』と嬉しくなったな」
利益独り占め?営業努力なし?新旧宿泊施設に生じる軋轢
だが、渡鹿野島が浄化に舵を切ってから20年経った今でも、問題は山積みだ。現在の島の人口は150人ほどで、平均年齢は70代。そんな高齢化の波を打破しようと、コロナ前には志摩市と交渉して「地域おこし協力隊」を始めたが、いまだに渡鹿野島に移住してもらえたケースはゼロ。
そうした現状には「売春」という名の一大産業に支えられてきたことが大きな壁になっているという。
「ここは長年にわたって観光業で栄えてきた島だから、それが衰退した今、島のなかに仕事がないのよ。働き先がないと生活できないわけだから若い人が住みつかないんだわ。島の子どもたちも、高校進学と同時に(島を)出ていってしまう。
それに若い人がおらんと島を活性化するアイデアも出てこんし、なにか新しいことをやろうという気概もなくなる。せめてもう少し観光客が来てくれたらええんやけど、コロナ前よりも減ったからなぁ……」
渡鹿野島には、現在も7つの旅館とホテルが営業中。だが、取材を続けるうちにある島民の女性は「実際に観光客が泊まるのはAさんが手掛ける旅館だけ。そこは建物のなかにレストランとかバーも併設してるから、ちっとも島にお金が落ちんのや」と愚痴をこぼす。
同じような不満がほかの島民からも上がるなかで、島の観光協会関係者からは「Aさんのところに比べて、ほかの旅館があまりにも努力してなさすぎる」という声もあった。
「Aさんとこはコンサルタントも入れて、観光客に向けてアプローチしたり、客室を改装したりしていろいろとがんばっとる。せやけど、ほかの旅館からはそれが感じられない。過去にすがってお客さんが来ないと嘆いているだけや。
そりゃ売春島だった時代は黙っててもお客さんが来るからラクやったろうけど、今は努力しなきゃどうしようもないやろ。まぁみんな年もいってるし、どうすればお客さんが戻ってくるかわからないんだろうけど、こんなんじゃ島がしぼんでいく一方だよ」(観光協会関係者)
渡鹿野島のメイン通りには、まるで時が止まったかのように、灯ることのないスナックの看板が並んでいた。
取材・文・撮影/神保英二
集英社オンライン編集部ニュース班
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