音楽が「聴く」から「観る」時代になった8月1日…43年前、音楽業界の仕組みを変えてしまった“見えるラジオ”・MTVが開局
集英社オンライン / 2024年8月1日 11時0分
音を楽しむという字を書く「音楽」だが、43年前の8月1日に「観る音楽」の文化を作り出した『Music Television』がスタート。熱狂を巻き起こしたその音楽番組が変えた時代の流れとは、いったい何だったのか。
【画像】MTV開局当時、その恩恵を受けて人気になった英国のアーティスト
最初に放映されたビデオクリップは『Video Killed the Radio Star』
1981年8月1日、午前零時過ぎ。“見えるラジオ”をコンセプトにした『Music Television』(以下MTV)の放送がスタートした。
音楽ビデオを24時間流し続けるプログラムとして、アメリカの若い世代や時代の空気を変えてしまうことは必至の画期的な出来事だった。
記念すべき最初に放映されたビデオクリップ(※1)がバグルスの『Video Killed the Radio Star』だったことは、今や洒落た伝説だ。
これによって、まず「MTVが観たいからCATVに加入する」という現象が起き始める。当初は田舎町から始まった動きが、1983年にはNYやLAといった大都市でも開局に至った。
※1:1981年8月1日の放送初日、集まったビデオはたったの165本。そのうち30本がロッド・スチュワートのビデオだった。他に多くを占めたのはイギリスの新人バンドのクリップ。これらはアメリカの地上波TV向けのプロモーションツールとして作っていたため、集めやすかった。
MTVが起こした「第二次ブリティッシュ・インヴェイジョン」
音楽を取り巻く環境やマーケティングも変わる。レコード会社にとってMTVは、新たなプロモーションメディアに位置づけられた。
つまり、売り出したいアーティストがいたら、これまでのように地道に各地をツアーで回るようなリスクや時間を取らなくても、印象的なビデオクリップさえ制作すれば、それ以上の効果が素早く期待できるようになったのだ。
特にデジタル機材を活用したポップなサウンドと、華やかなヴィジュアル性に富んだ英国の若手アーティスト(デュラン・デュランやカルチャー・クラブなど)がその恩恵を受けた。
英国勢がヒットチャートを独占するいわゆる「第二次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれる動きは、MTVがなければ起こらなかったムーヴメントだった。音楽は、聴くものから“観る”時代になった。
画面の中で軽快に喋ったりクリップを紹介したりするビデオ・ジョッキー(マーク・グッドマン、J.J.ジャクソン、ニナ・ブラックウッドなど)がMTV黄金期のムード形成に果たした役割も忘れてはならない。
音楽を視覚的に流すという拡散力は凄まじく、MTVは一気に若者文化/ポップカルチャーの主役に躍り出た。
MTVは音楽業界の仕組みを変えていった
レコード会社が作り方自体を模索していたビデオクリップにも、1980年代中頃になると次の段階がやって来る。
知名度の高いアーティストを中心に、それまでの宣伝ツールから、“作品主義”として転化する動きが本格化。
例えば、マイケル・ジャクソンの『スリラー』は約15分にも及ぶ映像作品で、通常予算の10倍とも言われる莫大な制作費が投下されていた。
もはやライブやステージでの演奏を単に撮影するだけでは視聴者は満足しない。ドラマチックな演出や目を見張るような加工が必要なのだ。
1984年から開催されたMTVアワードの設置によって、音楽ビデオを専門に手掛けるMVディレクターというクリエーターの存在にもスポットライトが当たるようになった。
こういったビデオクリップが提供する世界観は絶大な効果を生み、曲が収録されたアルバムには驚くべきミリオンセラーやロングセラーが続出。
プリンス、マドンナ、ホイットニー・ヒューストン、ヴァン・ヘイレン、ボン・ジョヴィ、フィル・コリンズ、ジョージ・マイケル、ブルース・スプリングスティーン、ヒューイ・ルイスなどが全米だけで1000万枚規模のセールスを記録したのは、この影響力なくして語れない。
もともと映画という背景がある『フラッシュダンス』や『フットルース』をはじめとするサントラ盤の大量ヒットも、この時代の必然だろう。
こうしてMTVはヒットチャート至上主義的な編成に偏っていくが、そんな徹底した商業的な動向は、次第に反骨精神旺盛なインディーズ・バンドたちをカレッジ・ラジオによる独自のネットワークへと向かわせ、後に「オルタナティヴ・ロック」として彼らにメインストリームを逆転されてしまうのは、何とも皮肉な出来事だった。
親が寝静まった後に訪れた夢のような時間
ところで、当時まだCATVの土壌がなかった日本では、若者受けが100%約束されたこの新しい音楽メディアに対してどんな動きがあったのか、少し思い出してみよう。
1981年に『ベストヒットUSA』、1983年に『SONY MUSIC TV』、1984年に『ザ・ポッパーズMTV』などが民放テレビで始まって、その雰囲気を丁寧に伝えてくれていた。
真夜中に放送されるそれらの情報番組は、音楽を心の底から愛する少年少女たちにとって、親が寝静まった後に訪れる夢のような時間だった。そしてビデオ・ジョッキーのマーサ・クィンに恋したりもした。
次に流されるビデオクリップやアーティストの最新情報が楽しみでたまらなかった。そして印象的なジングルとMTVのロゴは、いつも遊び心に満ち溢れていた。深夜の創造力をかき立ててくれた。
1990年代後半にネット・カルチャーが台頭して、好きな時に好きなものをというニーズが高まるにつれ、ビデオクリップを一方通行的に流すプログラムは徐々に存在価値を失っていく。以後、MTVはドラマやリアリティ番組がメインとなった。
今夜はあの頃のように、YouTubeやサブスクで好きなビデオクリップをひたすら観るような、そんなひとときを過ごしてみるのもいいかもしれない。もちろん子供が寝静まった後に。
文/中野充浩、TAP the POP 写真/Shutterstock
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