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馬とともに暮らす遊牧民たちのオリンピック「ワールド・ノマド・ゲームズ」を知っていますか

集英社オンライン / 2024年8月14日 17時0分

コロナ禍を経て行われ、日本勢もめざましい活躍を見せたパリ五輪。総合⾺術団体では92年ぶりに銅メダルを獲得し、障害馬術が含まれる近代五種で佐藤大宗選手が銀メダルを獲得したことも話題となった。これを機に馬術や乗馬に関心を持った人も多いのではないだろうか。

モンゴル草原の駐馬場の画像

一方で、⾺とともに暮らす遊牧⺠の競技⼤会があるのをご存じだろうか。
オリンピックやパラリンピックとはまったく異なる、いわば「遊牧⺠のオリンピック」の模様を、星野博美著『⾺の惑星』(集英社)から⼀部抜粋・編集してお届けする。

オリンピックの⾺術競技

World Nomad Games─国際遊牧⺠競技⼤会をご存知だろうか。遊牧⺠に伝わる伝統的競技を競う国際競技⼤会で、2014年のキルギス⼤会から始まった。私は勝⼿に「遊牧⺠オリンピック」と呼んでいる。

ノマド・ゲームズは2014年の第1回⼤会、2016年の第2回⼤会、そして2018年の第3回⼤会と、3⼤会連続してキルギスで⾏われた。次の第4回⼤会は、時期や会場のなどの詳細は不明だが、2020年にトルコで開催されることが決まっていた。

しかし周知の通り、2020年が明けるとほぼ時を同じくして、新型コロナウイルスが全世界で感染拡⼤した。2020年の東京オリンピック・パラリンピックは早々に延期されることが決まり、ノマド・ゲームズも当然ながら延期となった。

2021年に延期開催された東京オリンピック・パラリンピックは、⾺が登場する競技をひたすら⾒続けた。⽪⾁なことにそれが、よりいっそう⾃分の⼼をノマド・ゲームズに向かわせる結果になった。

⽇本では⾺術競技がマイナーで、さほど⼈気もないため、地上波テレビや衛星チャンネルではほとんど放送されない(通常は競⾺中継をする「グリーンチャンネル」では中継された)。頼りはもっぱら、NHKがインターネットで提供する中継映像だった。

ところがこの中継、⽇本向けではなく、全世界に向けたオフィシャル映像であるため、アナウンサーの実況も解説もすべて英語である。

バリバリのブリティッシュ・イングリッシュをまくしたてる実況アナウンサーと解説者のかけあいを聞きながら眺めていると、わが家から10キロも離れていない世⽥⾕区の⾺事公苑や、江東区の埋め⽴て地に造られた「海の森公園」が、まるでどこぞの異国のように思えたものだった。

⾺が好きだから、すべての⾺術競技を楽しんだ。それはそれなりに幸福な時間だったが、同時に様々なこみ⼊った感情が湧き上がるのも感じた。

ブリティッシュ・スタイルで⾺術の技術の⾼さと美しさを競う「ドレッサージュ(⾺場⾺術)」。⾺と息を合わせる「⼈⾺⼀体」の競技といわれ、男⼥の区別なく⾏われるジェンダー・フリーの競技である。が、その根底にあるのは、⾺を完全にコントロールして意のままに動かすという、あくまで⼈間上位の発想だ。

その⾒返りとして、⾺は最上級の扱いを受け、ホームファームから丁重に航空機で運ばれてくる。さらに付け加えると、⾺術競技で⾼得点を叩き出す名⾺は各国の有⼒選⼿から引っ張りだこで、世界を股にかけた⾼額争奪戦が繰り広げられる。

障害物を跳んでタイムを競う「ジャンピング(障害⾺術)」も然り。アメリカの⼤御所ロックシンガー、ブルース・スプリングスティーンの娘ジェシカがアメリカ代表として出場し、団体戦で銀メダルを獲得したことも話題となった。⾮常に⾦のかかる競技であることを、あらためて痛感した。

西欧の貴族社会的な馬事文化の踏襲

いわゆる⾺上クロスカントリーの「総合⾺術」は、東京湾上の埋め⽴て地に丘や池や⾛路を設けた「海の森公園」で⾏われた。こちらは複雑に設計された各種障害物を跳び、さらにタイムの速さで順位を競う。

背後に東京湾や湾岸に⽴つ摩天楼が垣間⾒えるコースは、オリエンタリズム満載で外国⼈ウケはよさそうだったが、すべて⼈⼯物で、苛酷なコースを疾⾛する⾺の脚に負担がかからないわけがない。

予選2⽇⽬、⽔濠を⾶び越える際に失敗したスイス⼈選⼿の⾺、ジェットセットが右脚を負傷し、安楽死させられたのは、悲しい思い出だ。そしてクロスカントリーコースは⼤会終了後、跡形もなく撤去された。東京の⼈⼯施設ではなく、⾃然に囲まれ、もともと乗⾺拠点の多い那須や⼩淵沢で開催できなかったものかと、思わざるを得なかった。

さらにパラリンピックも含めて全⾺術競技に共通したのが、イギリスやドイツ、フランス、オランダといった⻄ヨーロッパ勢の圧倒的な強さだった。アンダルシアンという名⾺の産地であるスペインや、サラブレッドの源流、アラブ⾺を産出するアラビア半島諸国ですら、その存在が⽬⽴たない。

いまなお⾺と暮らす⼈々が⻄欧諸国と⽐べて圧倒的に多いはずの、モンゴルやキルギス、カザフスタンといった国の選⼿が、ほとんどいない。⾺の扱いを⼀番よく知る⼈々が全然いないことに、⼤きな違和感を抱いた。

オリンピックやパラリンピックで繰り広げられるこれらの⾺術競技は、⻄欧の貴族社会的な⾺事⽂化の踏襲であり、その世界観の再現でしかない。そこに追随、あるいは少なくとも共感する姿勢でないと、いくら⾺が好きでも⼊りこめない現実を、再認識させられた。

私は、明らかに「⼊りこめない」側だった。私ですらそう感じるのだから、⾺と共に⽣きる⼈々は、より距離を感じるのではないだろうか。

オリンピックやパラリンピックの⾺術競技にはない、⼈と⾺の関係性。⻄洋のハイソサエティの⾺事⽂化とは違う、もっと泥臭いもの。
「これは、⻄欧主導ではない、遊牧民独自の競技大会を開くしかない」
ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。

馬をよく知る遊牧民の競技大会

ノマド・ゲームズは、同じように感じた⼈々の思いから始まったのではないだろうか。

過去3回の⼤会がキルギスで⾏われたことから察せられるように、この⼤会の中⼼は、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、トルクメニスタン、タジキスタンといった中央アジアの国々やアゼルバイジャンである。

遊牧⺠が多く、⾺の多い場所というと、極東アジアの⺠である私は真っ先にモンゴルを思い浮かべる。それは間違いではない。しかしノマド・ゲームズに限っては、世界の中⼼はモンゴルではなく、もっと⻄の中央アジアなのだ。

これらの地域に共通するアイデンティティは、⽂化の差異や宗教の違いなどはもちろんあるが、13世紀にモンゴル帝国に征服された、ユーラシア⼤陸の東⻄にまたがる広⼤な草原地帯(モンゴルはモスクワやキーウに⾄るまで征服した!)ということができる。

ノマド・ゲームズはモンゴル、オスマン、ティムール、ロシア、清といった帝国が通奏低⾳として響く⼤会であるといえるかもしれない。

文/星野博美

馬の惑星

星野 博美
馬の惑星
2024年4月26日発売
2,200円(税込)
四六判/360ページ
ISBN: 978-4-08-781750-8

君は、馬だ。どこまでも走っていく馬だ──。
謎の老人が告げた一言から、その旅は始まった。
モンゴル、アンダルシア、モロッコ、トルコ。
土着の馬にまたがり大地を行くと、テロ、感染症、戦争……不確実な世界の輪郭が見えてくる。
「馬の地」が紡いできた歴史と人々の営みをたどる、さすらい紀行。


【目次】

はじめに

第一章 極東馬綺譚
火の馬
君は馬
馬と車
そこに馬はいるか

第二章 名馬の里、アンダルシア
レコンキスタ終焉の地、グラナダ
コルドバのすごみ
アンダルシアンに乗る
馬祭りの街、へレスへ

第三章 ジブラルタル海峡を越えて
二つの大陸
青の町、シャウエン
砂漠の出会い

第四章 テロの吹き荒れたトルコ
文明の十字路
雪の舞う辺境へ
トルコのへそ、カッパドキア

第五章 遊牧民のオリンピック
未知の馬事文化
いざ、イズニクへ
馬上ラグビー、コクボル
コクボルの摩訶不思議な世界

おわりに

馬上ラグビー<コクボル>とは? 草食動物である馬がよくこれだけ攻撃的に……〉へ続く

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