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「スポーツマンガのいいところは、試合さえ終わればすべて解決!」『SLAM DUNK』の文法で“歴史もの”を描いたら…? 18年間続いた大人気マンガ『センゴク』の誕生秘話

集英社オンライン / 2024年8月24日 16時0分

なぜ歴史から忘れかけられていた武将「仙石権兵衛」を主人公にしたマンガが1000万部超売れたのか? 歴史マンガの定石は、“ちょうどいい匿名性”にあり?〉から続く

マンガジャンルのなかでは地味だとされていた「歴史もの」だが、そこにスポーツマンガの文法を導入することで、『センゴク』の作者・宮下英樹氏は手ごたえをつかんでいく……。

【画像】ヤクザ漫画の古典的作品『代紋TAKE2』

初めて明らかにする歴史漫画作劇の極意が語られた『歴史知識ゼロの僕がどうやって18年間歴史マンガ『センゴク』を描き続けられたのか?』より一部抜粋、再構成してお届けする。

スポーツ漫画の文法を導入するには

歴史マンガ『センゴク』の連載準備期間のうちに、数巻分の展開は具体的に準備しておく必要がありました。



まず決まっていたことは、姉川の合戦における山崎新平との一騎打ちを山場にするということ。一騎打ちを『仙石家譜』で見つけたときから、それは決まっていました。

『ヤングマガジン』の漫画を研究すると気がつくのは、ヤンキー漫画ではおよそ「第5巻」くらいから「抗争編」が始まるパターンが確立しているということです。

たとえば原作・木内一雅さん、漫画・渡辺潤さんの『代紋TAKE2』では第4巻・第5巻で抗争が始まっています。「抗争編」が始まることによってストーリーが一度ピークまで盛り上がり、その後も目が離せなくなるようにできている。だから、僕も「第5巻」に一騎打ちを持ってくれば、理想的な構成になるだろうと考えました。

ではそこまでの持っていき方をどうするか。結論からいえば、「スポーツ漫画」の文法を大胆に応用することにしました。なにしろ先行作品のなかに僕の漫画文法にうまく当てはまるものが見つからず、歴史読みもの的な漫画文法を自分なりに一から考えないといけない。ならば、漫画の基本であるスポーツ漫画に立ち返ろうと思ったのです。

スポーツ漫画はなぜ漫画の基本なのか。これには編集者の山崎稔さんの至言があります。「スポーツ漫画のいいところは、どんなに登場人物たちの人間関係がこじれても、試合さえ終わればすべて解決! どれだけお話をこんがらがらさせても収拾をつけられる」。

映画の『ロッキー』などはまさにそのように出来ていますよね。スポーツ漫画には試合という区切りがあるのがわかりやすく、取り付きやすいジャンルだということです。

戦国時代の合戦はいわば「集団戦」ですから、スポーツ漫画の中でもとくにチームスポーツには参考にできるところがたくさんあるのではとも思われました。戦国時代の兵というのは、ちゃんとした訓練を受けた専門の軍人というわけではありません。

東郷先生も口を酸っぱくして教えてくださったことですが、戦国時代の合戦は近代化された国民国家の軍隊の戦闘とはまるで違う。そのリアリティを描こうとすると、ことのほかスポーツ漫画の部員のイメージがぴたりときました。育ちも考え方もモチベーションも異なる「野郎ども」。彼らを一つの軍としてまとめあげることを想像してみると、まさに統率とは「部員を扱うが如し」。

ヤンキーを立派な部員に仕立てあげていくかのように、リーダーはとにかく覇気を見せつける。戦も大きい声を放って「お前らも声出せ!」と、自軍を鼓舞して敵軍を怯えさせるところから始まる。

その上、当時の兵は、士気も習練度もところによりバラバラ。時代や地方によって乱雑さの程度は様々ですし、織田軍団の内部でもどの武将の配下かによってかなり違う。スポーツ漫画の文法に置き換えてみると、不良だらけのチームもあればエリートの強豪校もあったということ。そんなふうに戦国時代とスポーツ漫画を繋いでみると、思いのほか実にしっくりくるたくさんの符合があったのです。

『SLAM DUNK』の「三井寿の合流」を戦国で描くと?

多くのスポーツ漫画では、本大会を前にして「部内の紅白戦」や「近くの高校との練習試合」をします。たとえば『SLAM DUNK』は、そのあたりの序盤の作劇がとくにしっかり作られています。

『センゴク』でも、まさにそれをやりました。「試し合戦」です。

「試し合戦」とは、織田家臣団の内部で行われる模擬合戦。実戦さながら命懸け。出陣する武将の中で名を挙げれば「赤母衣衆」「黒母衣衆」、つまり信長の親衛部隊に登用される。

権兵衛は若き日の木下籐吉郎(秀吉)の配下に入り、「鬼柴田」こと柴田勝家や「豪勇無双」可児才蔵と激しい戦いを繰り広げる。信長に仕官した権兵衛にとっての最初のイベントであり、織田家臣団の顔見せでもあります。スポーツ漫画になぞらえれば、まず主人公のチームメイトを紹介し、同時に、チーム内のライバルとの切磋琢磨が始まるというわけです。

「部やチームになかなか入ってくれない強者が味方になってくれる」というお約束もしっかりやりました。『SLAM DUNK』でいうところの「三井寿の合流」です。

あの流れに沿って、「試し合戦」編では、軍師・竹中半兵衛との出会いを作劇しました。争いごとを好まないと言ってどの陣営にも決して与さない半兵衛を、権兵衛が必死に口説き落とそうとする。籐吉郎は、元々半兵衛と知己であるわけですが、自分だけの利害のために半兵衛を利用する形になっているんじゃないか、そしてそのことが半兵衛を傷つけているんじゃないか、半兵衛を強引に口説きたくはない、と彼ならではの人情を吐露します。

そうやって籐吉郎の人情も明らかにしながら、スポーツ漫画の「強者を仲間にする」という文法通りの作劇を行ったわけです。

ただ、当初「うまくいくんじゃないか」と目論んだラグビーのフォーメーションを参考に合戦を描く手法は、やってみるとうまくいきませんでした。サッカーなどを参考に考えたりもしたのですが、思ったようにあてはまらなかったのです。

「単なる殴る蹴るにネーミングをすることで必殺技となる」

そこで打開策となったのは東郷先生からふと教わった「長槍部隊は左方向からの攻撃に弱い」という一言。これで一気に戦略的合戦を描ける気がしました。

要は敵の長槍を左側から攻撃する見せ場を作るために合戦を構成すればいいわけです。その段どりの中で「空蝉の計」という策を、試し合戦編で描きました。事前に槍組と弓組が武器を入れ替えておき、戦いのさなかに互いの組の武器に交換して本来の装備に。相手の陣形の裏をかく奇襲です。「横槍」という史実上の戦い方をベースに、兵法三十六計の「空城の計」をもじったオリジナルの戦術でした。

単なる殴る蹴るにネーミングをすることで必殺技となる。これはいかにも漫画的な方法ですが、たしかに明智光秀に「殺し間」などの必殺技があることで、それを「いつ出すか」「効果的に運用できる場所はどこか」と戦術的な作劇の組み立てがわかりやすくなっていく。

ギミック的であり、なんとかひねり出した苦肉のブレイクスルーではありましたが、とはいえ、それを考えるのは楽しいもので、『センゴク』初期の打ち合わせはいつも編集の土屋さんと計略のネーミングばかり練っていたのを思い出します。

そうやって合戦を漫画的に演出する一方で、史実に照らした合戦の基本的なルールや作法を説明することにも気を配りました。

合戦の基本戦術は「包囲」「挟撃」「横槍・横矢」。これらを目指しながら、戦略面では「支城群の連携を絶って補給網などを断つ」。さらに本城は、原則として「支城を守るために救援(後詰)をする義務」を負っている。だからこそ、この原則を利用して敵をおびき出す後詰決戦なども行われます。

このような戦の常道や定石を理解しないと戦国時代が読み解けないと教えてくださったのも東郷隆先生です。東郷先生の『歴史図解 戦国合戦マニュアル』は重要な参考書籍として手元においています。

東郷先生のすごいところは、史料で調査可能な合戦作法だけでなく、史料上で不明な部分を、より広範なミリタリー知識で補って考証なされるところ。「殺し間」や「盾弓の連携攻撃」「槍衾は左からの攻撃に弱い」「畳を防御に使う」などなど……どうしても作劇上知りたいことについて助けていただきました。実に様々な方の協力も得ながら、戦国時代ものという企画を青年誌の漫画文法に落とし込んでいくという作業を進めていきました。

ただし、スポーツ漫画の文法はあくまで借り物の作劇法で「なんとか乗り切った」というのが本音です。歴史漫画の作劇について考えを深めていくことになったのは、もう少し後のこと。


文/宮下英樹

歴史知識ゼロの僕がどうやって18年間歴史マンガ『センゴク』を描き続けられたのか?

宮下英樹
歴史知識ゼロの僕がどうやって18年間歴史マンガ『センゴク』を描き続けられたのか?
2024年7月24日
1,540円(税込)
新書判/320ページ
ISBN: 978-4065363751
連載開始時には無名に近かった武将・仙石権兵衛に「史上最も失敗し、挽回した武将」という鮮烈なスポットライトを当て、信長幼少期から秀吉の死、家康の台頭までの戦国時代史を総覧する歴史巨編漫画、宮下英樹の『センゴク』シリーズ。大ヒットとなったこのシリーズで、歴史学における通説を打破する新説を次々と採り入れ、青年誌における「歴史漫画」ジャンルの可能性を大きく切り拓いた宮下の連載開始前夜の歴史知識は、なんと「ゼロ」だった。そんな彼が、なぜ戦国時代というテーマを描き続けることができたのか? 初めて明らかにする歴史漫画作劇の極意を通じて、歴史とともに人生を歩むための秘訣をいま語り尽くす!

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