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日韓合意も手放しでは喜べない⁉ 佐渡金山の世界文化遺産登録が抱える、これだけの問題

集英社オンライン / 2024年8月15日 11時36分

世界遺産登録決定の効果もあり、このお盆休み、新潟県佐渡市の「史跡佐渡金山」には多数の観光客がつめかけ、現地は祝賀ムードに湧いている。日韓の“歩み寄り”により晴れて世界遺産登録となったが、はたして手放しで喜んでよいものだろうか。

壮大な採掘跡を残す佐渡金山のシンボルである、道遊の割戸

「韓国との歴史戦」を越えて

7月末に、佐渡金山が世界文化遺産に登録される運びとなり、現地は祝賀ムードに湧いている。とはいえ、今回の登録は佐渡に重い十字架を背負わせてしまったという側面もあり、これまでの経緯とともに、今後の方向性について考えておく必要がある。

佐渡金山の推薦までには長い時間がかかった。その背景には2015年の「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼,造船,石炭産業」の世界遺産登録にあたって、韓国側との間に諍いが生じたという事情がある。



日本において、産業遺産の世界遺産登録を目指す動きは、特に第2次安倍内閣以降に本格化していくことになるが、過酷な労働を強いられた朝鮮半島出身者への言及がないとして、韓国から「強制労働の歴史に触れよ」という主張がなされ、世界遺産登録が危ぶまれる事態になった。

そこで日本は軍艦島などについて、徴用を含めた歴史を伝える情報センターを設置すると表明することで韓国政府と合意を見た。

ただ、情報センターは軍艦島のある長崎などではなく、東京の新宿に整備され、その展示内容も日本側の非を認めたものではなかったため、韓国側の期待からはかけ離れていた。

韓国がこの問題点をユネスコに伝えると、調査団が派遣され、「(展示は)歴史の全体像を描いていない」との指摘を受けることになる。「富国強兵」と「殖産興業」という四字熟語に鑑みれば、センターの展示は後者しか扱っていないとユネスコが判断したともいえる。

当時の先進国には「強い国となって領土を拡張するために、重工業を奨励する」という構造があり、戦争を念頭に置かない産業展示は限定的な歴史しか現していないと批判されてもやむを得ないだろう。

換言すれば、近代産業社会は環境破壊や労働災害といった影の側面を不可避的に有しているのだが、展示では特にそれらに触れられていなかったのである。

産業遺産の世界遺産登録に関して、日本では保守派からしばしば「韓国との歴史戦」という主張がなされるが、実際にはユネスコから展示内容や視点に課題があるという指摘があったという点は心に留めておきたい。

この件に関して、同センターでは一定の展示の変更を行い、ユネスコの面目は保たれた。そして昨年(2023年)のサウジアラビアの会議では、今後も日韓の対話を継続してほしいとの要望が出された。

「なぜ地元の恥をわざわざさらすのか」 

話を佐渡に戻そう。韓国側にすれば、軍艦島などの世界遺産登録に際して譲歩したのに、はなはだ不満足な情報センターでお茶を濁されてしまったという思いがある。そのため、佐渡金山の世界遺産登録にあたっては、韓国は早い段階から難色を示していた。そこで岸田政権は大胆な歩み寄りをして、佐渡金山の世界遺産登録にこぎつけた。

さて、今回のユネスコの会議における佐渡金山の扱いについて、2024年7月27日午前の動画を見てみると、30分ほどの会議の終盤で、日韓がそれぞれ4分間ほどのスピーチをしている。この席上、登録国以外がスピーチをすることは珍しく、それだけユネスコはこの問題に関して、韓国の立場を尊重していると言える。

日本側はこのスピーチで朝鮮人労働者に対する配慮に満ちたコメントを述べるとともに、朝鮮半島出身者を含む労働者への追悼行事の実施や、過酷な労働に関する啓発活動を行う意向などを表明した。それを受け、韓国側も日本が20世紀前半に展開していた朝鮮半島への搾取を指摘したものの、日本が嫌がる「強制連行」という言葉の明示は断念した。

このやりとりは一見、日韓が協調しているように見えるが、実際には日本側が大胆な歩み寄りをしたという点で、韓国側の外交的勝利と言えるのではないだろうか。

筆者は地元紙の新潟日報などに、「搾取や環境破壊など、佐渡金山の歴史の影の展示をすべき」というコメントを寄せており、本来ならこの決着に喜ばないといけない立場なのだが、この動画を見ると拭い難い違和感が残ってしまう。

世界遺産登録を睨んで、佐渡には「きらりうむ佐渡」という展示施設が作られている。その展示では佐渡金山の技術的先進性については強調されているものの、鉱山施設が有する搾取性や環境への悪影響などについてはまったくといってよいほど言及がない。

また、佐渡ヶ島での朝鮮人労働の実態についても、長年にわたって調査研究してきた称光寺住職の故林道夫氏から、「なぜ地元の恥をわざわざさらすのか」という批判を長期にわたって浴びたという経験談を聞いたことがある。朝鮮人労働については触れられたくないというのが地元、佐渡の空気だったようだ。

にもかかわらず、こうした地元の空気を無視して日韓の政府レベルでいきなり政治的妥協に至ってしまった。佐渡の人々にとってはいわば、「不意打ち」ともいえるのではないだろうか。

それだけに、今後はさまざまな問題が生じてくることが予想される。今回日本政府が公式に朝鮮人労働者を含めた追悼行事を行うことを表明したために、徴用工などの問題を扱う団体の支援者がより多く現地を訪れるのではないだろうか。

また、カウンターとして右翼や保守派の政治団体も集うことになる。そうなれば、佐渡金山は地元の人々の願いとはかけ離れた政治運動の場所になりかねない。佐渡の人々がこうした対立を背負い込む覚悟で登録を目指したわけではないだろう。

相矛盾するふたつの世界遺産

さらに、国としては基本的に搾取性を否定した「明治日本の産業革命遺産」と、明確に搾取性を肯定した佐渡金山という相矛盾するふたつの世界遺産を抱え込むことになる。

このふたつの関係性を公に質問された場合、政府としては対応に苦慮することになる。その対応次第では保守派などからの猛反発も予想される。

また、現実的に啓発活動を行う場合、「悪の大日本帝國vsか弱き朝鮮民衆」という構図で語りにくいという点も、前出の林道夫住職の研究からわかっている。植民地からの搾取は階層性があり、単純な善と悪で説明しきれない部分がある。

日本の帝国主義的政策の下でも意に沿わない労働を強いられる状況はたしかにあったわけだが、その過程では親族や仲間に裏切られて不遇を託つ状況に陥ったというケースが少なからず確認されている。

佐渡に来た金山労働者の中にも同郷の者の甘言に乗せられ、この地で働かされることになったという事例がある。この構造はある意味、現代の技能実習生制度に関してベトナム実習生の送り出しに同胞であるベトナム人が多くかかわっているという問題とも酷似している。日本の産業政策のために、同じ民族の中で裏切りがある状況は悲劇的と言える。

もう一点、江戸時代の金山を支えた無宿人について論点にしていないということも引っかかる。佐渡では罪人が働いていたと誤解されるが、無宿人とは今風に言えばホームレスのような存在であり、江戸幕府は都市政策の一環として彼らを佐渡に送ったのである。

現代でもホームレスへの差別意識は否定しがたいものがあり、佐渡の世界遺産は現代社会の課題と地続きである。ユネスコの会議の場では、「朝鮮半島出身者を含めた労働者」という言い回しをしていたが、これに無宿人を含めないとすれば非常にいびつな展示構成になってしまうのではないかと心配している。

ざっと考えただけでも、これだけの重荷を佐渡の人々は担うことになるのだが、報道を見るかぎり、喜びの声が圧倒的に大きいようだ。今回の登録はある意味で、韓国への妥協のようにも見えるのだが、保守派の文化人らも思いのほか話題にしていない。むしろ、私のようなリベラル系の言論人のほうが率直な懸念を表明している。
  
佐渡の状況をテレビの画面越しに見る私としては、現地の人々が「世界遺産になんかならなければよかった」と後悔をする事態が来ないことを願っているが、現実はそれほど楽観視できないのではないかと危惧してしまうのである。

取材・文/井出明

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