現代日本の「非婚」の増加は、日本全体が貧しくなっていることが原因か…「一般には子だくさんが嫌われていた」江戸時代化する日本の家族形態
集英社オンライン / 2024年8月24日 18時0分
現在、少子高齢化と人口減少は日本社会において最大の課題といっても過言ではない。しかし、日本の歴史をさかのぼってみると、結婚や子どもがたくさんいることが当たり前だった時代はそれほど長くはなかった。
「独身」「結婚」「家族」の概念を覆す日本の歴史を紐解いた『ひとりみの日本史』(左右社)より一部抜粋・再構成してお届けする。
結婚が当たり前ではなかった時代
かつて結婚は、特権階級にだけゆるされたいとなみでした。
(歴史人口学者の)鬼頭宏によると、中世の隷属農民や傍系親族(戸主のオジ・兄弟など)の「多くは晩婚であり、あるいは生涯を独身で過ごす者が多かった」といい、「だれもが生涯に一度は結婚するのが当たり前という生涯独身率の低い『皆婚社会』が成立」するのは16・17世紀になってからのことでした(『人口から読む日本の歴史』)。
市場経済の拡大によって、晩婚あるいは生涯を独身で過ごす下人などの隷属農民が、この時期、自立ないしは消滅した。それによって社会全体の有配偶率が高まったわけです。
けれどそうした時代を迎えても、既婚率が100%でないのは当然で、信濃国湯舟沢村を例にとると、1675年の既婚率は男性全体で54%、女性全体で68%。約1世紀後の1771年には上昇するというデータがあるとはいえ、17世紀時点の未婚率は男46%、女32%という高いものでした(鬼頭氏前掲書)。
「皆婚社会」になったとされる17世紀ですらこの状態だったのです。
都市部に限ってみれば、婚姻率は幕末になっても相変わらず低く、江戸の男性の半数、京の男性の6割近くが独身でした。ましてそれ以前の古代・中世では、家族を持てる階級は限られており、下人と呼ばれる隷属的な使用人は、一生独身か、片親家庭がほとんどでした。
これは拙著『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』でも紹介したのですが、大隅国禰寝(建部)氏が1276年、嫡子らに譲渡した下人95名(うち1人は解放)の内訳が記された資料を、磯貝富士男「下人の家族と女性」(『日本家族史論集4 家族と社会』所収)によって計算すると、下人には3世代同居は一例もなく、夫婦揃った者は9例27名(約28.7%)で、そのうち夫婦だけが3例6名、夫婦揃って子のいる者は6例21名で、全体の約22.3%に過ぎません。
最多はひとりみ(単独)です。ひとりみは、女22名、男18名の計40名。
計算すると全体(94名)の約42.6%を占めています。子はいるけれど配偶者はいない母子家庭・父子家庭は12例27名(約28.7%)です。これが鎌倉中期の下層民の実態です。
室町時代から江戸時代初期、14世紀から17世紀にかけて作られた御伽草子と呼ばれる物語群には「一寸法師」や「浦島太郎」「ものくさ太郎」や「姥皮(うばかわ)」といった今の昔話の源流に位置するような話が詰まっているのですが、その話の多くが、「結婚してたくさんの子が生まれました、めでたしめでたし」で終わるのは、結婚して家庭を持つことが多くの庶民にとって憧れだったからなのです。
昔話に1人暮らしのお爺さんが多いわけ
特筆すべきは既婚率には男女差があることで、16世紀から19世紀の下人や農民、都市部の人々の全般で、男の既婚率は女より低いものでした。独身女より独身男のほうが多かったのです。こうした実態は昔話にも反映されています。
柳田國男の『日本の昔話』(角川文庫版)106話のうち人間を主体とした89話中、老人が主人公であるのは28話、そのうち17話の老人が働いていて(6割強)、老夫婦の話が13話、1人暮らしが5話(爺4話、婆1話)。その他、1人暮らしと明記されないものの、子や配偶者の登場しない老人の話が6話(爺5話、婆1話)、ひとりみの老人が子どもと暮らす話は4話です。
3世代同居の話は一つもなく、1人暮らしの場合は爺が婆の4倍となっている。昔話が作られ語られた時代には、とくに男の独身率が高かったという実態を反映しているのでしょう。
なぜ男の独身率が高いのか。そのあたりの理由はよく分かりませんが、裕福な階層では一夫多妻が行われていたため、1人の男に女が集中して、あぶれる男が出てくるといったことがあったのでしょうか。
子だくさんを嫌った江戸後期の庶民
時代を遡れば、平安末期に編まれた『今昔物語集』の伝える有名な「わらしべ長者」も、男の結婚難や生活苦を背景に生まれた物語です。
皆婚社会が実現する16・17世紀になるまで、結婚は特権階級にゆるされるものであった、だから御伽草子には結婚への憧れが描かれていた、と書きましたが、実は、近世後期から幕末にかけては人口が停滞し、「1世帯当たりの平均子ども数が1・2人前後という数値は近世後期の村落よりは少し多い」という少子化ぶりでした。
しかも当時、「子どもの数を1人から2人に限定したいという文言に出会うことは珍しくなく、一般には子沢山が嫌われていた」(太田素子『子宝と子返し 近世農村の家族生活と子育て』)といいます。
結婚が庶民にもできるものになってくると、特権階級の人々が綴った文学と同じような、「少子」への志向が現れてくるのです。
理由については太田氏が分析していますが、時代ごと様々な理由や事情によって、日本人が少子を志向する一面があるのは興味深いものがあります。
現代日本は下流化しているのか、家族の形態や概念の変化か
翻って今はどうでしょう。低所得の男性の結婚率が低いことはかねていわれてきたことですが、近年、社会全体に単身世帯が激増していることが明らかになっています。
令和2年度(2020)の国勢調査によると、一般世帯のうち、世帯人員が1人の単身世帯(単独世帯)は38.1%、「夫婦と子供から成る世帯」は25.1%、「夫婦のみの世帯」は20.1%、「ひとり親と子供から成る世帯」は9.0% でした。2015年と比べると、「単独世帯」は14. 8%も増えて、一般世帯に占める割合は34.6% から38.1% に上昇しています。
先に紹介した鎌倉中期の下人の家族形態に似ていませんか?
下人には3世代同居は一例もなく、夫婦揃って子もいる家庭は全体の22.3%、最多はひとりみ(単独)で、全体の約42.6%でした。母子家庭・父子家庭といった、ひとり親と子の世帯も多かったものです。現代日本は全体に下流化しているのか、それとも家族の形態や概念が変わってきているのか。
今のところ、その両方の要素があるという気がしています。
歴史上、ひとりみだったのはどんな人々か
現代日本で「非婚」の人が増えているのは、一つには日本全体が貧しくなっていることがあるでしょう。
それとは別に家族というものの概念が変化し、非婚のまま「事実婚」を選ぶカップルや、同性婚を認められていないがゆえに結婚という手段をとれないカップルが少しずつ増えてきたということもあるかもしれません。
さらに、本人に結婚の意志がなく、非婚でいる場合もあるでしょうし、結婚したくても出会いがない、できないということもあるでしょう。つまり同じ「非婚」といっても、現代のそれは、前近代と比べると、個々人による事情の幅が大きいということが一つ言えます。
にもかかわらず、本人の意志とは関係なく、ある程度の年齢になると、親や世間からの「結婚」のプレッシャーは、まだまだ根強いものがあります。そもそも「少子化」を問題視する国の姿勢自体、「非婚」を否定し、「結婚」へのプレッシャーにつながっています。非婚のまま、子を持てる制度や環境が整っていればともかく、今の日本はそうではないので、とくに子を持つことは、どうしても結婚が前提となってしまうのです。
そうした現状を歴史の中で位置づけ、未来を予測するためにも、注目したいのが「ひとりみ」でいた、歴史上、そして歴史を反映する物語上の人々です。
そこには、先述のように社会的地位の低さゆえ、貧しさゆえにひとりみでいざるを得なかった人々のほか、宗教的な立場や、職業上ひとりみでいることを強いられる人々、性的な嗜好などからあえてひとりみを選んだ人々、さらには後世の偏見によって「あの人はあんなだから、ひとりみで生涯を終えたのだ」と決めつけられた伝説上のひとりみの人もいます。
彼らの生まれた背景や、思想や嗜好を見ていくことで、長い日本の歴史におけるひとりみの人々がどんな思いで生きてきたのか、また、世間はひとりみの人をどんな目で見ていたのか、結婚とは、家族とは一体なんなのかが見えてくることでしょう。
文/大塚ひかり 写真/shutterstock
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