「結婚」と「独身」どちらが現代社会においてリスクなのか? 歴史をさかのぼって考える日本の少子化・未婚化の問題点とは
集英社オンライン / 2024年8月25日 9時0分
〈現代日本の「非婚」の増加は、日本全体が貧しくなっていることが原因か…「一般には子だくさんが嫌われていた」江戸時代化する日本の家族形態〉から続く
結婚は特権階級の営み、日本の歴史は「ひとりみ」(独身)の思想に貫かれている——。古代から幕末まで、多様なひとりみたちの「生」と「性」を追った1冊『ひとりみの日本史』(左右社)。同書より一部・抜粋再構成して、「ひとりみ」リスクに警鐘を鳴らした歴史上の名僧の話をもとに「単身の高齢女性 4割貧困」といわれる日本の現状を考える。
性に肯定的だった日本仏教
日本の仏教界がいかに性に寛容であったかは、拙著『本当はエロかった昔の日本』や『ジェンダーレスの日本史ーー古典で知る驚きの性』で紹介したので、ここでは繰り返しません。
日本最古の仏教説話集『日本霊異記』では、熱心な観音の信者が、
〝南无、銅銭万貫と白米万石と好(うるは)しき女(をみな)とを多(さは)に徳施したまへ〞
と祈って、それが実現したとされるほどです(上巻第31)。日本の仏教は早い時期から、大金と食べものと美女たくさんを祈っていい教え、そうした世俗的欲望が叶えられる教えとされていたわけです。
問題はなぜそんなにも日本仏教は、性をはじめとする欲望に寛容であったかですが……。一つには、国や神々が夫婦神のセックスによって生まれたと、お上の作製した歴史書(『古事記』『日本書紀』)に堂々と記されるような、性を大切なものとして重要視する国柄というものがあるでしょう。
これを以てして、昔の日本人の性は「おおらかだった」と言う人がいますが、私はそれは違うと考えており、色んなところで指摘してきました。
神々のセックスで国土や神が生まれたというのは、日本以外でも太古の神話にはありがちですが、日本の場合、それが国を挙げて作成された「正史」である『日本書紀』などにも記されているところがミソです。
子作り以外の性を否定した昔のキリスト教と違って、日本では、何かと何かをつなげ、時に増殖させる「性」的な行為を重要視している、そうした原始的とも言える考え方が脈々と続いているからであろうと思うのです。
このように、性を大切なものとしてとらえていた日本人は、仏教の「宿世(すくせ)」の思想……現世の事柄はすべて前世の善悪業の報いとされる考え方を、「だから夫婦のこと、性愛のことも、自分の力ではどうしようもない」と解釈していました。
『とはずがたり』の作者の父親の遺言がその例で、平安中期の『源氏物語』にも、源氏と継母・藤壺の密通を「宿世」ゆえ仕方ないと容認する思想が見られます。性愛の欲望に突き動かされたとしても、それは前世からの宿縁で、自分の力ではどうにもならないと、その欲望を容認してしまうわけです。
こうした態度は、女性の地位が低い近世・近代では、「男の欲望は止まらないのだから」という歪んだ理屈となって、だから、女の側が、男を挑発しないよう防衛しないとならない、女が意志に反して男に襲われたとしても、女にも非があったかのように責任を求める、理不尽な姿勢とつながりもしたのですが……。
古代から中世にかけての社会では、女の地位が高かったため、性のゆるさは、女にばかり負担を強いるものとはならず、婚外セックスに関しても、互いの意志を尊重して良しとする傾向が見られます。
性の締めつけが厳しいのは、決まって父権の強い社会
父権の強い父系社会では、父から息子へ財産や地位が継承されます。この時、確実に我が子に財産を伝えるには、妻が自分以外の男とセックスしていたら困るわけです。
一方、古代の日本は、母系と父系の両方の特徴をあわせもつ双系社会であったといわれていますが、平安文学や日記を見ても、男が女の実家に通い、新婚家庭の経済は妻方で担っていた「婿取り婚」が基本で、財産相続は男女を問わぬ諸子平等であり、とくに家土地は女子が相続する例が多数見られます。
さらに時代を遡ると、生まれた子の父が誰だか分からず、神たちを集めて、子どもに酒を捧げさせて父を決める神話もあります(『播磨国風土記』託賀の郡)。
母権の強い社会では、「どの母の子か」がポイントですから、父が誰であるかはそこまで重要ではなかったりします。結果、性の締めつけがゆるくなるという仕組みです。
日本の仏教が、一貫して、性に対してある種の「ゆるさ」を持っていることの背景には、性を重要視し、良きものとする日本人の土壌があったのではないでしょうか。
独身、別居婚を推奨した僧侶
このようにゆるい日本の仏教界ですが、病気などで出家した人を除いても、出家後、ひとりみを貫いた人はもちろんたくさんいます。さまざまな男と性体験を重ね、妊娠出産を繰り返しながら、特定の人との結婚はせず、32歳になるころにはすでに出家していて、「ひとりみ」でした。
ひとりみ僧の凄い人たちとなると、弘法大師空海に伝教大師最澄、日蓮、道元、栄西……たくさんいすぎて、とても紹介しきれません。兼好法師もまた、ひとりみを貫いた僧侶であり、また、ひとりみであることを人に勧めてもいます。彼は著書の『徒然草』で、
〝妻(め)といふものこそ、男(をのこ)の持つまじきものなれ〞(第190段)
と書いており、「ひとりみ」主義者です。が、同じ段では、
〝よそながら、ときどき通ひ住まんこそ、年月へても絶えぬなからひともならめ〞
とあって、お互い自立した通い婚なら、男女の仲が長続きするとして、推奨してもいます。これは兼好法師の生きた南北朝時代、だんだんと同居婚が増加していたからかもしれません。
〝なに事も、古き世のみぞしたはしき〞(第22段)
と、昔を慕った彼のことですから、結婚も、男が女の家に通う、通い婚が基本だった平安時代(主要な妻に子が生まれると同居するケースも多いのですが)を理想とし、なつかしんでいた可能性もあります。いずれにしても全体的には、女とつき合うことがデフォルトであるかのような口ぶりです。
一方、同じ僧侶でも、妻帯を勧めた人もいます。
「ひとりみ」リスクに警鐘を鳴らした僧
『沙石集』の著者の無住も出家者ですが、ある僧が、道行く人に「結婚」を勧めていたとして、こんなエピソードを紹介しています。
大和の松尾(まつのお)という山寺に住んでいた中蓮房(ちゅうれんぼう)という僧が、〝中風(ちゅうぶ)〞(脳出血·脳梗塞のあとで現れる半身不随の症状)になって、竜田の大路のほとりに小さな庵を結んでいた。
彼は、この大路を、山寺の僧たちが登るたびに、「御房は聖(ひじり)でおられるか」と尋ね、「聖」と答えると、「一刻も早く妻を持ちなさい。私は若い時から聖でしたが、弟子や門徒は数多いけれど、このような中風となって不自由な身になってからは、『そういう者がいる』とも、彼らは思い出しもしません。そのまま生活できなくなって……(中略)……さすがに命も捨てられず、道ばたで命をつないでいるのです。
妻子があれば、これほど情けないことにはならなかったと思います。少しでも若い時に妻を持ちなさい。長年連れ添えば、夫婦の情けも深まるでしょう。こんな病に、自分は絶対かからないとは思うべきではありません」そんなふうに勧めたといいます(巻第四ノ九。本によっては巻第四ノ四)。
この僧は、ひとりみでいることのリスクに警鐘を鳴らしているわけです。
もっともこの話を紹介した無住は、その直後の話で、40歳の尼(本によっては30歳)と同棲して殺されかけた70の老僧の実話を紹介し、「こうしたことを考えると、さっきの〝中風者〞の勧めにもむやみに従うべきではない。どんな悪縁や思いがけない災難にも、あわないという保障はない。よくよく物事を汲み取って考えるべきだ」と、結婚のリスクをも説いています(巻第四ノ十。本によっては巻第四ノ六)。
確かに、結婚には配偶者や子、さらには姻戚による「DV」や「モラハラ」等々、さまざまなリスクがつきものです。むしろ「ひとりみ」のほうが、リスクは少ないとすら言えます。
「単身の高齢女性 4割貧困」
ただ、とくに男性の場合、ひとりみでいると、寿命が短くなるというデータもあり、無住の生きていた鎌倉時代、「ひとりみ」でいることのいわば「リスク」に注目した僧がいたことは、興味深いものがあります。
ちなみに現代日本の女性の場合、「単身の高齢女性 4割貧困」(2024年3月8日付「朝日新聞」朝刊)というデータがあります。貧困問題を研究する阿部彩・東京都立大学教授が、厚生労働省の国民生活基礎調査(2021年分)の個票をもとに独自に集計したところによると、65歳以上の1人暮らしの女性の相対的貧困率が44.1%にのぼることが分かったのです。
高齢期は働いて得る収入が減るかなくなることが多く、単身世帯は他に稼ぎ手や年金の受け手がいなくなることから、貧困に陥りやすいとはいえ、同じ「高齢」「単身」でも男性の貧困率は30.0%で、女性とは14.1%もの開きがある。
これは、男女の賃金格差に由来するもので、とくに年代が進むと拡大するという事情が背景にあります。こうした高齢層の男女格差について、岸田文雄首相は、「70歳以上になると女性の方が単身になる可能性が高い」ことに加え、「女性の賃金は男性より低い傾向にあり、低年金になりやすい」と述べたといいます。
実際、厚生労働省の2022年の老齢年金受給者実態調査では、「男性は62%が月15万円以上なのに対し、女性は61%が月10万円未満にとどまる」。
阿部氏は、「高齢期を支えるべき年金が家族モデル、もっと言えば男性中心モデルになっている」と言い、モデルは「夫が男性の平均賃金で40年働き、妻はずっと専業主婦」という世帯で、夫婦2人の国民年金と夫の厚生年金を合算している。賃金のジェンダー格差と、旧態依然とした家族観に基づく年金の仕組みが、高齢単身女性の貧困を招いているようなのです。
こうした現状の打開策として、生活保護行政に有識者として関わってきた岩田正美・日本女子大名誉教授は、男女の賃金格差の是正と共に、「年金の『個人モデル』を徹底すべきだ」と指摘しています。
要は、「ひとりみ」が「ひとりみ」のまま、安心して暮らせる体制作りが必要であるということで、そのためにはジェンダー格差の解消に向けた動きと共に、「夫婦」を中心とした家族観の転換が必要であることが分かるのです。
文/大塚ひかり 写真/shutterstock
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