「男は低収入、女は高収入だと独身」現代の日本で男が貧乏だと結婚できず、稼ぐ女の未婚率が高いのはなぜか?
集英社オンライン / 2024年8月25日 12時0分
〈「結婚」と「独身」どちらが現代社会においてリスクなのか? 歴史をさかのぼって考える日本の少子化・未婚化の問題点とは〉から続く
未婚男性が結婚できない要因に「低収入」というお金の問題があることが、内閣府のデータから分析されている。一方で、女性は年収が上がるほど未婚率は高まり、年収1000万円を超えるとその割合は一気にはね上がるといわれる。日本の歴史上、男女の「経済力」は結婚にどんな影響を及ぼしてきたのだろうか。『ひとりみの日本史』(左右社)より一部抜粋・再構成してお届けする。
【画像】未婚のキャリアウーマンの傾向(女性は年収600万円で未婚率は低くなるものの1000万円超えで一気に未婚率が高くなる)
男は低収入、女は高収入だと、ひとりみの現代
ひとりみでいる一因として、「貧乏」というものがあります。
内閣府男女共同参画局「結婚と家族をめぐる基礎データ」(2021年9月30日)でも、「男性の年齢と所得の関係(配偶関係別)」は、「全年齢区分において、既婚男性の方が所得が高い傾向」があり、やはり貧乏がネックになっていることが分かります。
ところがこれが「女性の年齢と所得の関係(配偶関係別) 」になると、「全年齢区分において、未婚女性の方が所得が高い傾向」であるというのです。さらに武蔵野大学講師の舞田敏彦による「日経xwoman」の記事を見て驚きました。
舞田氏は、総務省の「就業構造基本調査」(2012年度)から、男女有業者の年収別の未婚率を計算し、35歳から39歳の「就業者の年収別の未婚率」を計算し、折れ線グラフを作成しています。それによると、男性は収入と婚姻率が見事に比例して、高収入になればなるほど未婚率が低くなり、ひとりみの要因が明らかに「貧乏」であることが分かります。
ところが女性の場合、年収が上がるほど未婚率は高まり、600万円でいったん未婚率は低くなるものの、1000万円を超えると、一気に未婚率が高くなってしまうのです。つまり高収入になるほどひとりみが増えるわけで、女性の場合、ひとりみの要因はむしろ高収入であるとすら言えるのです。
ひとりみの高齢女性の貧困問題について触れましたが、一方では、高収入の女性はひとりみになる率が高くなるというのです。
同じようなデータは、独身研究家の荒川和久による「東洋経済ONLINE」の「正規で働く女性の『生涯未婚率』男女逆転の衝撃 女性は年収が上がるほど未婚率が高まる」という記事にもあって、「男性の正規雇用の場合、生涯未婚率は19.6%と全体よりも約9ポイントも下がるのに対し、「女性の正規雇用の場合、同未婚率は、24.8%にも跳ね上がるという結果です。
「男性の場合は正規雇用のほうが結婚しやすいが、女性の場合は正規雇用であるほうが未婚は多い」というのです。「キャリアを優先しようとする場合、結婚や出産を後回しにしたり、仕事にやりがいを見いだして結果的に結婚時期を過ぎてしまったという女性もいることでしょう」と荒川氏は分析しています。
逆に言うと、妊娠・出産してもキャリアが中断されなければいいわけで、そうした環境が整えば、また、自分に見合う年収・経歴の男性が見つかれば、高収入女性の未婚率も下がるのかもしれません。
貧乏でも結婚できない、高収入でも結婚できない。皮肉な話ではありますが、実は昔もそういうことはありました。
貧乏ゆえに結婚できない男たち
財産がないから長年結婚できなかった男として真っ先に頭に浮かぶのは、江戸時代の小林一茶です。
〝我と来て遊べや親のない雀〞(『おらが春』)
で名高い一茶が結婚できたのは、なんと52歳の時です。
長男である一茶がここまで晩婚だったのは、弟や継母との相続争いが長引いたから。52歳の2月21日に財産の決着がつき、4月11日、やっと初めての結婚ができたのです(矢羽勝幸校注『一茶 父の終焉日記・おらが春 他一篇』一茶年譜)。
当時、一茶はすでに俳句の世界では名を上げていたにもかかわらず、相続争いで財産が不 安定であったために、結婚はできなかったわけです。
貧乏だと結婚できないのは皇族も同じです。
室町初期の後崇光(ごすこう)院(貞成王、54歳で親王)が元服したのはなんと40歳。
当時の元服は、結婚と同時に行われることがしばしばです。元服は、大人になったしるし、すなわち結婚できるしるしと考えられていたからです。時代は遡りますが、平安中期の『源氏物語』の源氏も、元服と共に、〝添(そひぶし)臥にも〞ということで、左大臣の娘である葵の上と結婚しています。
日本古典文学全集の注によると、「東宮や皇子の元服の夜、公卿の娘を添臥させる例があった」と、とくに皇族は、元服が結婚前提のものであったことが分かります。
貞成が生まれたのは、『源氏物語』が成立した平安中期よりは300年以上のちのこと。王朝が南朝・北朝と並立していた時代で、北朝の崇光天皇の孫という高貴な生まれながら、父の栄仁(よしひと)親王ともども、不遇な境遇に置かれていました。
それが、周囲の皇位継承者がばたばたと早死にしたおかげで、貞成の子が天皇となり、結果的に貞成の晩年は恵まれたものにはなるものの、それは貞成が85歳の長寿者であったからです。
40歳でようやく元服した貞成が、第1子を持ったのは、記録を見る限り、45歳の時です。のちに即位する息子が生まれたのは48歳の時。30代で死んでいたら、貧乏皇族のまま、元服も結婚もできずに死んでいたわけです。
ちなみに江戸時代の一茶が、第1子を持ったのは54歳の時です。
貧乏だと晩婚になるのです。
平安時代、貧乏な女は結婚できない
以上は、江戸時代と室町時代の、貧乏ゆえに結婚が遅れた男たちの話ですが、平安時代の文学には、貧乏ゆえになかなか結婚できない女たちが数多く描かれています。
『源氏物語』より少し前に書かれた『うつほ物語』には、「今の世の男は、まず女と結婚しようとする際、とにもかくにも両親は揃っているか、家土地はあるか、洗濯や繕いをしてくれるか、供の者に物をくれ、馬や牛は揃っているかと尋ねる」(〝今の世の男は、まづ人を得むとては、ともかくも、『父母はありや、家所(いへどころ)はありや、洗(あら)はひ、綻(ほころ)びはしつべしや、供の人にものはくれ、馬、牛は飼ひてむや』と問ひ聞く〞)(「嵯峨の院」巻)
という一節があり、どんなに美人でも財産がなければ、男は、
〝あたりの土をだに踏まず〞という有様だったといいます。
逆に言うと、金持ちなら結婚できるわけで、同じ『うつほ物語』には、故左大臣の北の方で、〝並びなき世の財(たから)の王〞という50過ぎの富豪が、30過ぎの貴公子と結婚するくだりもあります。この北の方は〝年老い、かたち醜き〞人で、北の方が貴公子に財を尽くして熱中するのに対し、貴公子は〝紙一枚(ひら)〞すら贈りません。結局、北の方が田畑も売り尽くして財産が尽きると、北の方が貴公子の継子を陥れようと画策したこともあって、捨てられてしまいます(「忠こそ」巻)。まさに金の切れ目が縁の切れ目だったのです。
こんなふうに平安時代に、貧しい女が結婚しにくかった背景には、実は当時の女性の高い地位と経済力というのがあります。
平安時代、財産相続は諸子平等で、男女の別なく権利があり、妻は私有財産が持てました。結婚も、男が女方に通い、子が生まれなどすると独立するのが貴族社会の常でしたから、新婚家庭の経済は妻方が担い、家土地は息子ではなく娘が相続することも多かったのです。
貧乏な家の女は結婚できない、たとえ結婚できても長続きしないというのは、こんな背景があったのです。
この傾向は平安の末まで続いたと見え、そのころ成立した『今昔物語集』巻第16には、貧乏で結婚できない女が、神仏の助けで結婚したという話が複数載っています。こうした話については、拙著『ジェンダーレスの日本史』でも紹介したので、ここでは繰り返しません。
確かなのは、平安時代は、女の地位が高く、財産権も強かったため、貧乏だと結婚できず、金持ちであれば結婚できたということです。
現代社会で、男が貧乏だと結婚できないのは男のステータスや経済力が重視されることの表れである一方、稼ぐ女の未婚率が高いのは、女の地位がまだまだ低く、結婚や出産を取り巻く環境や、産休・育休後の復帰の困難さなど、権利や生活が保証されていないからではないでしょうか。
文/大塚ひかり 写真/shutterstock
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