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〈パリ五輪女子ボクシング性別疑義騒動〉なぜ彼女たちが大バッシングを浴びたのか? 専門家によって見解が分かれる「テストステロン値とパフォーマンス」の医学的根拠

集英社オンライン / 2024年8月18日 10時0分

パリ五輪では「過去最多193人の選手がLGBTQを公表」も「日本人はゼロ」…なぜ日本では性的マイノリティに対しての偏見がなくならないのか?〉から続く

大盛況のうちに閉幕となったパリ五輪。世界中のアスリートが脚光を浴びるなか、不本意なかたちで注目を集めてしまった選手がいる。性別疑義騒動に巻き込まれてしまった女子ボクシング66キロ級金メダリストのイマネ・ケリフ(アルジェリア)と同57キロ級金メダリストのリン・ユーチン(台湾)だ。この騒動の問題点を専門家に聞いた。

【画像】写真で振り返るパリ五輪とパリの美しい町並み

テストステロン値の高さとスポーツ競技の有利さは証明されていない

問題がとりわけ大きく報じられ始めたのは、女子ボクシング66キロ級2回戦でケリフが対戦相手のアンジェラ・カリニをわずか46秒で棄権に追い込んだ後からだった。



ケリフとリンは生物学的な性別も性自認も女性で、女性として育ってきた。しかし、昨年の女子世界選手権における性別適性検査で「女子競技の参加資格を満たさなかった」として失格処分を受けていた。それがなぜパリ五輪には出場できたのか。

書籍『わたしたち、体育会系LGBTQです』で監修を務めた立命館大学産業社会学部教授の岡田桂(おかだ・けい)氏はこう解説する。

「IOCは性の多様性をなるべく認めつつも、オリンピック各競技の出場資格は基本的にそれぞれの競技団体が定めた基準を採用する方針です。

しかし、五輪のボクシング競技を統括するはずのIBA(国際ボクシング連盟)が組織運営の問題により、東京大会、パリ大会と相次いで競技運営資格が停止となった。代わりにIOCがボクシング競技をコントロールすることとなったため、IOCの方針によって両選手が参加できることになりました」

IBAは23年に行った両選手への失格措置について、詳細は明かさないものの「XY染色体が確認された」(クリス・ロバーツ事務局長)、「検査の結果、2人のテストステロン値が男性並みに高く、『男性』であることが判明した」(ウマル・クレムレフ会長)としている。

「一般的に男性は『XY』、女性は『XX』の性染色体を持っていますが、XY染色体を持つ女性も一定数います。そういった女性はDSD(性分化疾患。ホルモンバランスが典型的な女性と異なる発達をする体質)と呼ばれ、通称男性ホルモンと呼ばれる、筋力や身体の大きさに影響するとされ、いわゆる“男性らしい”体をつくる働きをするテストステロンが多く分泌されると言われています」(岡田氏、以下同)

一方でIOCは両選手については「IBAによる恣意的な決定の犠牲者」と反論。パリ五輪女子ボクシング競技の出場資格はパスポートの性別に基づいて行われたため、参加資格にズレが生じた格好だ。IOCの基準に問題はないのか。岡田氏は続ける。

「テストステロン値が高い体質でも、それを十分に受容する条件を備えていなければ筋力などに影響がない場合もあります。また、過去に行われた2つの大規模調査では、エリート・アスリートのテストステロン値が「必ずしも高くはない」と「非常に高い場合がある」という相反する結果が出ています。つまり、現時点ではテストステロンによって競技が有利になるということは証明されていません。

先の2選手は恣意的に行われた検査によって、おそらくXY染色体を持つことが発覚しましたが、仮に今大会で全参加者を検査したとすれば、2人以外にも、必ずしも身体的に特徴が現れていない同様の体質を持つ選手がいた可能性も否定できません」

繰り返されるDSD女性へのバッシング

実際、東京五輪女子ボクシングフェザー級(57キロ)金メダリストの入江聖奈は現役時代にライバルだったリンに対して「単純なパンチ力だけなら海外にも国内にもそれ以上の選手はいました」とXで投稿している。

「IOCも90年代半ばまで染色体によって男女を判断していましたが、徐々にXY染色体の有無だけでは性別を判断できないということが理解され、遺伝子検査を廃止しています」

1964年、東京五輪の陸上4×100メートルリレー走で金メダルなどを獲得したエワ・クロブコフスカ(ポーランド)は後にXY染色体を持っているとしてメダルを剥奪。しかし、IOCは1999年にメダルを返却した例もある。

近年では、2012年ロンドン五輪と2016年リオ五輪の陸上800メートル走で金メダルを獲得したキャスター・セメンヤ(南アフリカ)もテストステロン値が高いとして、性別をめぐり議論となったが、今回の騒動はセメンヤのときよりもさらにセンセーショナルに報道された印象がある。

「当初、一部メディアや国内外の著名人がケリフ選手を“トランスジェンダー女性”であるというデマを拡散しました。DSDとトランスジェンダーを混同してしまった人たちが『元男性が女性を一方的に倒した』という構図を描き、その拒否感からバッシクングが高まった部分もあると思います」

ただ、両選手がトランスジェンダー女性ではないと理解された後も、バッシングは止まらなかった。

「それはボクシングという競技の特性もあると思います。ボクシング自体が五輪に採用されたのは1904年と古いのに、女子部門がつくられたのは2012年のロンドン大会から。

そもそもボクシングは非常に男性性が強い競技であったため、”女性同士が殴り合う”という女子ボクシング自体に対する拒否感も強かった。そこに、“男性的な”身体条件をもつ選手が出場するのは不公平で危険と考える人が多かったということではないでしょうか」

「そもそもオリンピックに出場するような女性アスリートというのは、あらゆる面で平均的な女性と比べて運動能力がズバ抜けている人たちばかり。さらに、生物学的にいえば人間の性別は、必ずしも『男』『女』という二元論で完全に分けられるものではなく、グラデーションになっています。

もしも個人の能力差で危険が生まれる競技であるのならば、そうならないようにルールを修正するなり、社会に合わせて競技をデザインし直す必要もあるのではないでしょうか。それが、社会の中にあるスポーツの未来のためにすべきことだと思います」

女性として生きてきて、競技に対して飽くなき努力を積み重ねてきたのに、突然、世界中から「あなたは女性ではない。男性だ」とバッシングを受けたら、あなたはどう思うだろうか。

決勝でケリフと金メダルを賭けて戦った中国代表の楊柳は試合後の会見で「女性同士の公正な戦いと感じたか?」との質問に「技術的な面で学ぶ価値がある」と答えた。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
写真/shutterstock

わたしたち、体育会系LGBTQです 9人のアスリートが告白する「恋」と「勝負」と「生きづらさ」

田澤 健一郎 (著), 岡田 桂 (監修)
わたしたち、体育会系LGBTQです 9人のアスリートが告白する「恋」と「勝負」と「生きづらさ」
2024/7/5
1,980円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4797674491

「カミングアウトは自殺と同じ」とゲイの陸上選手は語った――。
「男らしさ」が美徳とされる日本のスポーツ界=体育会。
そこで「性」に悩みながら戦うLGBTQアスリートたちの実話。

LGBTQという言葉は世間に広まったけれど、
日本のスポーツ界は相変わらずマッチョで、根性を見せて戦うことが「男らしい」といわれる。
そんな「体育会」で、性的マイノリティの選手は自分の「性」を隠して辛抱・我慢している?
それぞれの「性」は競技の強さに影響?
恋愛事情、家族・友達との人間関係はどうなっている?
アスリートの実体験から、「男らしさ」の呪いが解けない日本の姿が見えてくる。

入門書やヘイト本では読めないトランスジェンダー選手の本音も!

\「男らしさ」に悩まされるLGBTQアスリートたちの実話/
●「カミングアウトは自殺と同じ」と語った地方育ちの陸上部男子の恋愛
●女子野球選手は「性別適合手術」のために引退を決断した
●チームワークを乱さないようにゲイであることを隠したサッカー部男子
●男子フィギュアスケーターが男女ペアのアイスダンスに大苦戦
●女子剣道部の道場で「女らしさ」から逃れられたレズビアン
●元野球少年のトランスジェンダーが女子プロレスレスラーに完敗

【目次】
第1話 「かなわぬ恋」を駆け抜けて
第2話 ワン・フォー・オールの鎖
第3話 氷上を舞う「美しき男」の芸術
第4話 闘争心で「見世物」を超える
第5話 「女らしさ」からの逃避道場
第6話 あいまいな「メンズ」の選択
第7話 「大切な仲間」についたウソ
第8話 自覚しても「告白」できない
第9話 強くて、かわいい女になりたい
〈対談〉田澤健一郎×岡田桂 LGBTQとスポーツの未来を探して

日本初、性別適合手術からのプロレス復帰。エチカ・ミヤビが「女として生きていく」と腹を決めるまで〉へ続く

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