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「定型を廃したラブレターの先に」『地面師たち』 大根 仁(監督)インタビュー

集英社オンライン / 2024年8月30日 19時0分

世界同時配信中のNetflixシリーズ「地面師たち」。

【関連書籍】『地面師たち』

監督を務めたのは、実際に起こった「積水ハウス地面師事件」にすぐさま関心を持ち、原作小説を見つけ出し、一気読みの勢いのまま映像化の企画書を書いたという大根仁さん。

世界同時配信中のNetflixシリーズ「地面師たち」。監督を務めたのは、実際に起こった「積水ハウス地面師事件」にすぐさま関心を持ち、原作小説を見つけ出し、一気読みの勢いのまま映像化の企画書を書いたという大根仁さん。

その運命的とさえ言える出合いや、「原作もの」に携わる際の心構え、俳優たちのキャラクター造形についてお聞きしました。

構成/安里和哲 撮影/山本佳代子

なにかに呼ばれている気がした

――「地面師たち」、とにかく面白かったです。

大根 本当ですか、よかったです。完成したのは三週間前なのですが、感想が聞けてホッとしています。今作は、どの取材でもライターさんたちの興奮が伝わってくるので、これは噓じゃないなと確信しました。取材時の雰囲気で、その興奮が本気かどうかってわかるんですよ(笑)。

――私の言葉にも噓はないです(笑)。地面師詐欺の契約シーンの緊張感と、リアリティとエンターテインメントの絶妙なバランス、気品と残虐性を兼ね備えた詐欺の首謀者・ハリソン山中をはじめとするキャラクターなど、あらゆる要素がハマっていました。大根さんは今回初めて「世界同時配信」となる作品を制作されましたが、新たなチャレンジにあたって参照した作品はありますか?

大根 具体的にどの作品が、ってことはないですね。ただ、ここ数年は海外ドラマを熱心に観ていたので、そこはひとつの目標でした。特に「トゥルー・ディテクティブ」のシーズン1や「チェルノブイリ ―CHERNOBYL―」「メア・オブ・イーストタウン/ある殺人事件の真実」「マインドハンター」「FARGO/ファーゴ」シリーズなどの、ストーリーテリングが巧みで、情け容赦なく緊張感が持続する作品に迫りたいという思いはありましたね。

ただ、それは作品の構造という点における目標であって、内容を寄せるという意味ではありません。日本に暮らす自分たちが面白いと感じる半径一〇キロ以内の話が、世界に届くのが一番いい形なので。

――本作のテーマになった巨額の地面師詐欺は、大根さんにとってまさに「半径一〇キロ以内」で起こった事件だそうですね。

大根 「積水ハウス地面師事件」の現場となった五反田の廃旅館「海喜館」は仕事場の近くで、毎日のようにその前を通っていたんです。あの旅館の独特な佇まいは、都会のエアポケットのようで妙な魅力を放っていたので、いつも眺めるに飽き足らず、写真もよく撮っていました。

そしたらある日、警察や報道陣でごった返していて、ニュースを見てあの事件を知りました。これは面白いフィクションが作れそうだとは思っていたんですが……あいにく僕にはオリジナル作品を作る才能がない。

そんなとき、事件現場と通りを挟んで向かい合った書店で、新庄耕さんの『地面師たち』を見つけて。その場で買って、一気読みした勢いのまま、映像化の企画書を書きました。

――運命的な出合いですね。

大根 こんなこと滅多にないんで、なにかに呼ばれている気がしましたね。

原作者にはラブレターを、 原作には死を

――原作者の新庄耕さんとは、どんなやりとりがあったんでしょうか。

大根 僕が原作ものをやるときは、必ず原作者にお会いして懐に飛び込む。そこで「映像化するにおいてはこうしたい」という希望と理由をちゃんと伝えます。そうすれば後々「話が違う」ってことにはならないんですよね。僕が原作者を裏切ったことは、恐らく一度もないです。

制作現場における原作者ってともすれば「敬して遠ざける」ことになってしまいやすい。映像化を打診する企画書も、失礼がないようになのか当たり障りのないテンプレが多い。僕なんかはそれが一番失礼だろうと思うんですけどね。

――大根さんは、企画書をどの作品でも一から書くと。

大根 そうですね。企画書は原作者へのラブレターなので一番大事です。

――新庄さんへの「ラブレター」では何を伝えたんですか。

大根 なんでこの作品をやりたいのか、自分の思いを伝えました。『地面師たち』は実際の事件をベースに書かれているけれど、創作である登場人物がユニークで、読ませるんですよね。例えば、リーダー格のハリソン山中と、その右腕となる辻本拓海の師弟関係なんて今までに見たことがない歪(いびつ)さじゃないですか。具体的な文言は忘れましたが、そういった作品の魅力に触れたんじゃないかなぁ。まあ、とにかく付き合いたい! ってことですよね(笑)。

――作品の内容にも踏み込んでいきたいのですが、大根さんの脚本には《土地の奪い合いは戦争》だと端的に言う場面が二度ありました。騙される石洋側の青柳が「戦争ってのはな、突き詰めれば土地の奪い合いなんだよ」「戦争やってんだよ、俺たちは」と部下たちに啖呵を切るシーン。そして騙す側のハリソン山中が「人間の頭の中だけで土地の所有という概念が生み出されて、それによって戦争や殺戮(さつりく)を繰り返してきた」と、拓海に説明するところ。

「戦争」というワードが双方から出ることで、騙す側と騙される側の争いをフラットに観ることができましたし、現代の日本も土地の奪い合いという意味では「戦争」と無縁ではないんだと妙に腑に落ちました。あのセリフは原作にないですが、どうして書いたんでしょうか?


大根 あれ? そのセリフって小説になかったんでしたっけ? もうしばらく読んでないので、ディテールまで思い出せないんですよね。原作ものに取りかかる際は「原作を殺す」ことを心がけているので、読み返したりしないんですよ。これは橋本忍さんの言葉を受け売りした勝手なポリシーなんですけど。

――橋本忍は、芥川龍之介『羅生門』や松本清張『砂の器』を原作とした映画の脚本で知られる名作家です。

大根 橋本さんは「原作の姿形はどうでもいい。欲しいのは生き血だけ」とも言います。それはおそらく「換骨奪胎」とも違う。この「血だけ抜く」という考え方が僕にはしっくりくるんです。僕はもう少し、骨や肉も欲しがりますけど、生まれ変わらせるのは一緒です。

「戦争」っていう言葉に戻ると、それは恐らく取材の過程で出てきたんでしょうね。脚本執筆時に、某大手デベロッパーの人に会って話を聞いたんです。彼は「古いものなんか全部ぶっ潰しちゃえばいいんですよ」みたいなことを本気で言う。そういう彼らのリアルを書いた結果、「戦争」というワードに行き当たったんじゃないかな。

魅力的に映さないほうが難しい

――原作は会議や打ち合わせ、契約などテーブルを挟んで座っての会話が多く、映像で魅せるのは難しいかと思いましたが、脚色や演出、編集の力でスリリングに仕上げていました。

大根 意識的にスリリングに撮ろうとしたわけではないんです。社会人って打ち合わせばっかりじゃないですか。僕自身、普段の仕事でも打ち合わせのなかで見えてくる人間関係とか浮き上がってくる問題を見るのが好きなせいか、撮るのも得意で。綾野(剛)君にも「テーブルトークのシーンが素晴らしい」って言ってもらえるんだけど、僕としては通常運転でした。

――どういう工夫があって、会議シーンにメリハリが出るのか気になります。

大根 うーん……こういうインタビューで「どう撮ったんですか?」ってたまに聞かれますが「特にないです」としか答えようがないんですよ(苦笑)。僕はどの作品でも基本的にカット割りをしないんですけど、場の空気を切り取ると自然とああなる。「どうしたら長澤まさみをあんなに魅力的に撮れるんですか?」と聞かれたこともありますけど、むしろ魅力的に映さないほうが難しい(笑)。会議シーンもそういう感覚です。

――俳優陣も見事でした。主演の綾野さんとは、撮影にあたってどんなやりとりがありましたか。

大根 綾野君は現場にたくさんお土産を持ってきてくれるんです。いくつもの演技パターンを用意して「どれでいきましょうか?」と提案してくれる。綾野君の演じる拓海は物語の太い幹になる存在なので、熱心に取り組んでくれてありがたかったですね。

――拓海の師匠であるハリソン山中はどうですか? 原作では紳士であり変態といった印象ですが、ドラマでは変態らしさが薄れ、残忍さが強調されていました。豊川(悦司)さんとはどんなディスカッションをしたんでしょうか。

大根 豊川さんとは全然話し合ってないですね。脚本は初稿から読んでもらい、「キャラクターやセリフで気になるところはありますか?」と尋ねたんですけど。「何もないです」と。「役を作っておきます」とだけおっしゃっていただいて。

僕の脚本は全部、俳優に当て書きなので、俳優さんのイメージとそれほどズレないのかもしれません。企画書が原作者へのラブレターだとすれば、脚本は俳優へのラブレター。なので、僕がやったことといえば、ハリソンというキャラクターを大事にしながら、豊川さんが演じるならっていう味付けを脚本でしただけです。

――これだけのキャラクターと世界観が出来上がってしまうと、一作で終わるのはもったいなく思えます。

大根 いやぁ、まだ今作ができたばっかりなので「次も狙ってます」とはすぐには言えません(笑)。これからどんなふうに「地面師たち」が受け入れられていくかが楽しみです。

昨今スマホで映画やドラマを観る人が増えたと言われますが、スマホで観始めた人が、思わずデカい画面に切り替えたくなってくれると最高ですね。観始めたら、ラストまで一気観してしまう作品にはなっているんじゃないかと思います。それこそ僕が原作を読みふけったように観ていただけたら嬉しいです。

小説すばる」2024年9月号転載

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