ラグビー・オールブラックスの強さの秘密はクリケット? 大谷翔平「二刀流」にも通ずるクロストレーニングの効能とは
集英社オンライン / 2024年9月3日 8時0分
〈2023年に甲子園を優勝した慶應義塾高校野球部でも取り入れられた「アスリート・センタード・コーチング」とは? 世界的に注目されている日本武道の「守破離(しゅはり)」との共通点〉から続く
日本では「多芸は無芸」と、何かひとつに専念する一本主義を重んじる伝統が根強い。だが欧米では学生が複数のスポーツを行なうことは一般的だと、NHKの武術番組「明鏡止水」シリーズにも出演するニュージーランド人武闘家のアレキサンダー・ベネット氏はいう。
ビジネスにも活かせるクロストレーニングの効能を、書籍『限界突破の哲学』より一部抜粋・再構成して解説する。
武道三十数段の理由
なぎなた、居合道、銃剣道、短剣道。剣道の他にも、私は複数の武道を稽古しています。すべての段位を合わせると、三十数段になります。海外の武道愛好家のなかには、「技のコレクター」や「段位のコレクター」と呼ばれる武道オタクもいますが、私はなにも武道のコレクションをしているわけではありません。
なぎなたと居合道に出会ったのは19歳、1989年の再来日の時でした。千葉県勝浦市の国際武道大学で開催された日本武道館主催の「国際武道文化セミナー」に参加した私は、同大学が半年間以上の短期留学生を募集していることを知り、そのまま勝浦の同大学のアパートで、半年間の留学生活を送ることになります。
国武大では剣道の実技と講義を選択し、教授で武道教育の第一人者、故・小森園正雄先生や岡憲次郎先生の指導を受けることができました。
留学期間終了後、当時まだ大学に進学していなかった私は、日本での就労ビザの取得に苦労します。そんな折、兵庫県伊丹市にある全日本なぎなた連盟が、国際なぎなた連盟結成に向けて、英語と日本語の通訳を募集していることを知りました。渡りに船、その年の12月から、私は伊丹の連盟事務所で働くことになります。
事務所の近くには、江戸時代から続く「修武館」という道場があり、剣道の他、なぎなたと居合道も指導していました。そこで私は、古武道の天道流薙刀術、伯耆流居合術と、現代武道の居合道の稽古を始めます。
なぎなた師範の故・美田村武子先生を始めとして、修武館では女性も高齢者も稽古していました。そして立ち合うと、やはり勝てないのです。19歳の私は、年齢や性別、体格の壁を越えて生涯続けられる武道の魅力に、大いに触発されました。
翌90年、国際なぎなた連盟が結成されると、私は帰国して、ニュージーランドの大学に入学することになりますが、帰国までの1年間、剣道でも三段を取得し、範士九段の故・鶴丸壽一先生と範士八段の故・村山慶佑先生に、直接稽古をつけていただく機会にも恵まれました。
大学卒業後の1995年、私は国費留学生として、京都大学の大学院に留学、三たび来日することになります。90年代は武道の国際化が始まった時期で、剣道や銃剣道などでも、国際的なイベントや海外でのセミナーが、多数企画されるようになりました。私はこれらの催し物に、通訳として参加することになります。
私がなぎなたや銃剣道など、複数の武道を修行し、高名な先生方の指導を受けることができたのは、この時期に結ばれた縁によるものです。国際的なイベントには、トップレベルの武道家が、ゲストとして招かれます。普通なら指導してもらえないような、偉大な先生方と知り合う機会を得て、私は本当にラッキーだったと思います。
クロストレーニングは能力を拡大する
複数の武道を修行することは、一歩間違えると、どれも中途半端な稽古となるデメリットがあります。ですが剣道なら剣道と、自分の中心とするものをしっかり定めておけば、得られるメリットの方が大きいと私は考えます。
なぎなた、銃剣道の木銃、短剣道の小刀。武器によって、間合も違えば、体の使い方も微妙に違います。武道という共通項を持つもののなかで、複数の異なるアプローチを取ることで、自分の剣道の技術を、多角的に点検することができます。剣道一本ではできない工夫ができるようになり、身体能力の可能性を広げてくれるのです。
「剣道対なぎなた」「剣道対銃剣道」といった異種試合も、よい経験となります。なぎなたも銃剣道の木銃も、リーチで竹刀に勝り、攻撃パターンも剣とは大きく異なります。同じ段位の対戦なら、剣道家がたいてい負けます。「どうすれば他の武器に勝てるか?」。その研究が工夫に繫がります。
日本では「多芸は無芸」と、何かひとつに専念する一本主義を重んじる伝統があります。ただ最近は、大谷翔平のような「二刀流」の選手がメジャーリーグで活躍し、スポーツの練習でも、複数の競技を横断的に練習するクロストレーニングが一般的になってきました。
私の母国のニュージーランドでは、季節ごとに複数のスポーツを行なうことは普通でした。週に2、3回しか練習しないので、私も高校時代、サッカー、テニス、バスケットボール、バレーボール、クリケット、そして弁論部と、6つの部活に所属していました。
それぞれ週1〜2回の活動日で、たとえばサッカーが月曜と水曜、バレーが火曜と木曜、バスケットが土曜といった具合です。大きなボールから小さなボールまで使うことができて、手と眼のコーディネーションや、体の使い方など、球技全般に共通する運動神経が養われます。毎日サッカーをやらなくても、他の球技をやることで、サッカーもうまくなっているのです。
1996年に、国のラグビー代表チームのオールブラックスがプロ化するまでは、ラグビーの代表選手が、同時にクリケットの代表選手であることも珍しくありませんでした。
異なるジャンルのクロストレーニングを行なうことで、その人の基本的なパフォーマンスが向上し、その人独自の多様性が開花します。それは武道でもスポーツでも、学問や芸術でも同じことではないでしょうか。
私の場合、武道の稽古が、研究という仕事に直結しているので、特殊な例だとは思います。普通にビジネスパーソンの仕事をしていたら、4つも5つも掛け持ちすることは無理でしょう。それでも自分が熱中できること、興味の持てることならば、ひとつと言わずに、ふたつみっつやってみればよいと思います。
バランスよくそれぞれをこなし、多角的な視点を持つことで、自分のキャパシティを掛け算のように広げることもできるはずです。
力が抜ければ飛躍する
真剣、もしくは模擬刀で行なう居合道の稽古も、武道のクロストレーニングには欠かせないものです。竹刀競技を行なう剣道家が、刀の使い方を学ぶために、1969年、全日本剣道連盟によって7本の形が制定され、その後2回の追加を経て、現在は12本の居合の形があります。
振る時の重み、刃筋のライン。竹刀と居合刀では感覚が全く違います。竹刀稽古だけを行なっていると、どうしても「斬る」というより「当てる」感覚になります。そのため、打突がどんどん軽くなっていきます。相手を打つ際、「打ち切る」ことができなくなります。
居合道の形は、古流の居合術を基につくられており、実戦のさまざまなシチュエーションを想定したものとなっています。
座った状態から立て膝になり、鞘より抜刀。前後左右の敵をイメージして、突き刺す、斬り下ろすなどの技を繰り出し、残心を示しながら血振り、納刀となります。
ひとりで行なう居合道は、一種のイメージトレーニングとも言えます。しかし剣道の立ち合いと同じ意識で、真剣に行なえば、息が上がり、汗だくになります。終わった後に、めまいがするほどです。居合の稽古では、対人稽古と同じ集中力が求められます。
「腕力は使わず、刀の重さで斬る」。これは刀を振る時の鉄則ですが、居合刀で稽古をすると、その要領がわかってきます。肩の力が抜け、刃筋が通っている時のスイングは、ひゅっと音が鳴ります。
「カミソリの切れ味にナタの重さ」とも評される日本刀は、平均して重さ1キロ、長さ70センチ。よく考えれば、刀で人を斬るのに力はいらず、竹刀を振る時も、刀と同じ要領で振ればよいのです。力が入るのは手の内を使ってインパクトの瞬間だけ。
竹刀でも、力が抜けている時の打突は、音が違います。パーン!と爽快な音がします。直感的に「一本」とわかる音です。強い先生の打突にも、やはり力は感じられません。それでも振りが速く、打たれると響きます。痛くはないのですが、体の芯に響いてきます。力が抜けているので、技に「冴え」があるのです。
力を抜いて打つためには、正しい姿勢で立つことが前提となります。足腰と体幹が安定した状態で、肩の力を抜き、竹刀の重さで振り下ろします。
これは「上虚下実」の姿勢といって、腰から下が安定していれば、全身に気力が充実し、肩や腕に余計な力が入らなくなるという、東洋的な身体観です。
上虚下実は、自然体にも通じるもので、こと武道において「力を抜く」とは、全身の筋肉を一様にゆるめることではありません。下半身を安定させることで、上半身の力が抜けるのです。
相手と対峙すると、「打たれたくない」との緊張感から、肩に力が入ります。ここで息を抜き、肩の力を抜くと、少し怖くなります。力を抜くことでガードをゆるめたわけで、そこから恐怖心が湧いてくるのです。
しかしこの恐れを凌げば、速く動けるのです。肩から余分な力が抜け、動きを阻害するものが消え、体が自由に動きます。心と体は繫がっているのです。
真剣勝負のなかで力を抜くことは、決して易しいことではありません。だからこそ、この壁を越えれば、その人は大きく飛躍します。
そして「力を抜く」にも、大小いくつもの段階があります。八段をめざす私にとっても、「力を抜く」ことは大きな課題です。
「アレック、お前は力が入り過ぎている。剣道に力はいらない」。これまで何度、言われてきたことか。
写真/shutterstock
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