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デジタル時代に「コミュ力」「ストレス耐性」を上げるなら剣道が一番⁉︎ 真にアナログな武道に学ぶ「生きる力」の本質とは

集英社オンライン / 2024年9月4日 8時0分

ラグビー・オールブラックスの強さの秘密はクリケット? 大谷翔平「二刀流」にも通ずるクロストレーニングの効能とは〉から続く

言葉のちょっとした行き違いで、一方的に相手をブロックする。「この人はおかしい」と、自分の意に沿わない相手を排除していく。世界中の誰とでも繫がれる利便さの裏で、コミュニケーションの幅はむしろ狭くなっていると嘆くのは、日本の武道学者アレキサンダー・ベネット氏。

著者のアレキサンダー・ベネット氏

書籍『限界突破の哲学』より一部抜粋・再構成し、武道に学ぶことができる生きる資質について解説する。

ストレスは心の弾力性を鍛える

武道的な強さを身に付けるには、まずは身体を鍛えないと始まりません。肉体的トレーニングが絶対に必要です。



そして肉体的な強さを引き出して活用するには、心の役割も重要です。気剣体一致で行なう剣道の稽古は、身体を鍛えると同時に、気、すなわち心も鍛えていくものです。

もちろん、スポーツの練習でも、技術を習得するには、体と心の両方を鍛える必要があります。技の土台は体ですから、ある技を磨き上げて、よりすぐれた技にするためには、まず体を鍛え上げる必要があります。

そして肉体的な限界を超える時には、心の助けが必要となります。息が上がり、もうこれ以上動けない。ここでもうひとがんばりできるかどうかは、その人の心次第です。ですから、体を鍛えるプロセスで、心も自然に鍛えられることがあります。また逆に、集中力などの心の要素が鍛えられていないと、技がうまくできないということもあります。

その点ではサッカーなどのスポーツも、競技としての剣道も、共通しています。体を鍛えることで、心も鍛えられる。体を鍛えると共に、心も鍛えている。

ただし剣道には競技性の他に、実戦性と文化性の側面があります。まずはじめに戦の世界で生まれた殺人刀(実戦性)があり、江戸時代に剣術として昇華された活人剣(文化性)があり、それを受けて、現代剣道のスポーツマンシップ・ゲームマンシップ(競技性)があるのです(図5)。

この三者は分かちがたいもので、競技としての現代剣道にも、文化性と実戦性の伝統が息づいています。

高校時代、剣道部の稽古に最初に抱いた印象は「軍事訓練」でした。壮絶な掛かり稽古、先生の怒声、生徒の悲愴な金切り声……緊張感と殺気に満ちていて、恐ろしかったです。

ニュージーランドの高校では部活を掛け持ちして、メインのサッカーは週に2、3回。緊張することなく、ストレスを感じることもなく、楽しく練習していました。まさしく「プレイ」、遊びの感覚です。

試合の時は勝ちたいから、若干のストレスは生じますが、基本的にサッカーは楽しいものでした。だけれどサッカーのような遊び感覚の楽しさは、剣道にはありません。その気持ちは今も変わらず、よく考えたら、剣道の稽古そのものを楽しいと思ったことはないように思います。

もちろん、達成感が無いわけではありません。厳しく苦しい稽古のなかに、自分で楽しさを見つける喜びはあります。ですが上の図の通り、剣道は実戦性のある真剣勝負ですから、その本質は「人と戦う」ことです。一歩間違えたら暴力になる可能性があり、稽古でも試合でも、常に独特な緊張を強いられます。

サッカーは激しいこともありますが、基本的に楽しくプレイするもので、ストレスを発散するものでした。ですが剣道の場合は、やることで逆にストレスがかかるのです。

そして、「そのストレスにどう耐えるか?」ということを、剣道は教えてくれます。楽しさや達成感の質が、サッカーのようなスポーツとは異なるのです。

ストレスの質的変換をはかる

現代的な教育論やコーチング理論では、「プレイを楽しむ」とか「褒めて伸ばす」ことが推奨されています。私が高校時代に経験した、しごきのような指導法は、今の時代は許されません。

しかし現代的なコーチング理論と、伝統的な指導法の両方を知る私には、どちらがよい教え方なのかわかりません。

世の中を生きていくのは、大変なことです。熾烈な競争を強いられ、競争に伴うストレスが常に襲ってきます。2012年から、武道は中学校の必修科目となりましたが、その目的のひとつは、「生きる力の育成」でした。社会に参入すれば、競争は避けられません。競争社会における「生きる力」の本質とは、競争に対抗できる能力、つまり「競争心」と「ストレス耐性」であると私は考えます。

「ストレス」といえばネガティブなイメージを持たれがちですが、必ずしも有害なものではありません。ストレスは成長の触媒となり、コンフォートゾーンからその人を押し出し、困難に直面することをうながします。

そしてその困難を乗り切ることで、心の復元力や問題解決能力、感情をコントロールする感情的知性が養われていくのです。

ストレスを「脅威」ではなく「挑戦」と捉える考え方は、「ユーストレス(よいストレス)」という言葉にも見ることができます。「よいストレス」という概念は、あるレベルのストレスが、個人のモチベーションや集中力、パフォーマンスを高めることを示唆しています。

筋肉トレーニングでは、重いバーベルを持ち上げることで、筋肉にストレスや微細な損傷を与え、筋肉を徐々に強く、弾力的にしていきます。武道の厳しい稽古も、心に負荷をかけ、微細な損傷を与えることで、心の弾力性を鍛え、ストレス耐性を植え付けていきます。

一対一のコンバットである武道の稽古は厳しいもので、道場には常に緊張感が漂い、ストレスフルなことが次々と起こります。そしてそのストレスフルな体験が、ストレスに耐えるノウハウを教え、精神的なスタミナをつけてくれるのです。

「どの程度のストレスを、どのタイミングで与えればよいのか?」。これは非常に難しいところで、私を含めた指導者側の問題となってくるのですが、それは改めて考察することにします。

相手を深く理解する「対面力」を培う

生身の人間と向き合う。互いの眼を見て、打ち合う。人と人の間に生まれる「間合」のなかで行なう剣道は、完全なるアナログの世界です。

変な言い方をすれば、裸のつきあいです。ふたりだけの世界。何も隠さず、大きな声を上げて、気迫でぶつかり合う。剣と剣、体と体、気と気、意思と意思のぶつかり合いです。

今の世の中、人と人とが直接触れ合う機会は、減っていく一方です。コロナ禍を経て、リモートワークが定着し、イベントやセミナー、学校の授業なども、リモートの同時開催で行なうことが増えました。

日常的なコミュニケーションも、スマートフォンを使って、SNSやメールで行なうことが大半です。言葉のちょっとした行き違いで、一方的に相手をブロックする。「あの人は嫌い」「この人はおかしい」と、自分の意に沿わない相手を排除していく。

世界中の誰とでも繫がれる利便さの裏で、コミュニケーションの幅はむしろ狭くなっていて、他人に対して苦手意識を持つ人が増えてきている。私にはそのように感じられます。

剣道では、好きも嫌いも関係ありません。苦手だろうと嫌いだろうと、稽古となれば、その人と向き合わざるを得ません。相手の眼を見て、声の調子や息づかいに耳を澄ませ、全身でぶつかっていきます。

これは文字通り「人と触れ合う」ことです。いろいろなタイプの人と剣を交えることで、コミュニケーションの基礎をつくることができます。苦手なタイプや気の合わない人とも正面から向き合うことで、相手に抱いていた先入観や偏見、自分の小さなこだわりは払拭されます。どのような相手が来ても落ち着いて柔軟に対応できる、「対面力」が培われていくのです。

「対面力」は、コミュニケーション能力を表す概念として、明治大学教授の齋藤孝氏が提唱していますが、武道のコミュニケーションにも当てはまる言葉だと思います。

コロナ禍が明けて、私の大学でも「リモート授業」「対面授業」という言葉を耳にするようになりました。それまで普通だった「教室で顔を合わせる」ことを、「対面授業」と呼ぶ。デジタルの仮想空間が生活空間を侵食していく、時代の流れを感じます。

言語学の研究によると、コミュニケーションにおける情報伝達で、言葉が果たしている役割はおよそ7パーセント。言葉自体の役割は1割にも満たず、人は9割以上の情報を、相手の表情やボディランゲージなどの非言語的要素から読み取っているといいます。

「イエス」や「ノー」といった言葉の内容そのものよりも、その人の口調やリズム。目線から伝わる表情。身を乗り出しているか、引いているかといった距離感。こういった非言語的な情報を、無意識に私たちは読み取り、他人とコミュニケーションしています。

ところがZoomなどのリモート環境になると、言葉以外からその人が発している大事なサインの多くが、抜け落ちてしまいます。対面の授業でも、コミュニケーションは一方的になっていますが、今後リモート授業が増えていくことで、「学生は先生の言うことを一方的に聞くだけ」という傾向が強まることを危惧しています。

剣道は「対面」でしか行なえません。距離をはかりながら間合を取り、表情や仕草といった非言語的な手がかりから、相手の気持ちを読んでいきます。また剣道は武道ですから、気をつけなければ、相手にケガをさせる恐れがあります。力加減や感情のコントロール能力、相手に対する配慮も身に付けていきます。

対面する時は相手と向き合うと同時に、自分と向き合うことにもなります。そのプロセスで、先述の「内面力」も培われます。対面力と内面力はワンセットで、人とうまくつきあうためには、自分をどこまで理解できているかが問われます。

このようにして対面力を培うことで、日常生活でも相手の発する非言語的なメッセージに敏感になり、「ここは進むべきか、引くべきか?」といった間合の取り方もわかるようになります。

これからの世の中は、ますます武道のチャンスだと私は思っています。武道はデジタルの世界におけるアナログそのもの。人と人が直接触れ合い、心を育てていく貴重な時間を提供してくれるのです。

写真/shutterstock

限界突破の哲学 なぜ日本武道は世界で愛されるのか?

アレキサンダー・ベネット
限界突破の哲学 なぜ日本武道は世界で愛されるのか?
2024年7月17日
本体970円+税
224ページ
ISBN: 978-4-08-721322-5

NHK「明鏡止水」シリーズにも出演のニュージーランド人武道家が説く「身体と心の作法」

日々の鍛錬を積み重ねることで、体力と年齢の壁を超える。
日本武道は今や国境を超えて世界的な注目を集め、実践者を増やしている稀有な身体、精神文化であり、人生百年時代といわれる現代に必須の実践の道だ。
17歳で日本に留学して以来、武道に魅せられたニュージーランド人の著者がその効用と熟達について考える。
剣道七段をはじめ、なぎなた、銃剣道等各種武道合わせて三十段を超える武道家が綴る、人生の苦難をも乗り越える限界突破の哲学。

◆推薦◆
スポーツをこえた武道の奥義にせまろうとして、はたせない。
そのもどかしさを剣道歴三十数年のニュージーランド人が、ありのままに書ききった。
今の日本が喪失しつつある精神のあり方を、かいま見せてくれる。

井上章一氏(国際日本文化研究センター所長)

◆目次◆
第一章 限界突破の作法
第二章 身体の整え方
第三章 心の整え方
第四章 勝負の実践哲学
第五章 人間の壁を越えて

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