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〈池上彰が見るアメリカの分断〉少数派に転落しそうな白人の焦燥感はトランプ再選への追い風となるか

集英社オンライン / 2024年8月30日 8時0分

今年11月にひかえたアメリカ大統領選挙の結果にかかわらず、アメリカはいつ内戦状態に陥ってもおかしくない危険性を孕んでいる。なぜそんな状況になったのか。そして、これからどうなっていくのか。

【画像】ニューヨークで寄付された衣類や食料品でいっぱいのバッグを持った移民女性

そんな疑問をひとつずつ解き明かした『池上彰が見る分断アメリカ 民主主義の危機と内戦の予兆』(ホーム社)より一部抜粋・再構成してお届けする。

移民の受け入れめぐる対立

民主党と共和党では、移民に対する考え方が大きく違っています。

民主党は、アメリカは移民によってできた国なのだから移民に寛容であるべきだ、というまさにリベラルな考えなのですが、一方の共和党は保守的で、正規の手続きにもとづく移民は認めるが、それ以外の不法移民は認めないという姿勢を示してきました。

しかしいずれにしても、多くの移民を受け入れ続けている国であることに変わりはありません。

アメリカの移民数は4500万人から4700万人で、そのうちの約1000万人は正規の手続きを踏んでいない不法移民だといわれています。その不法移民の多くは中南米からメキシコに入り、メキシコとの国境を越えてアメリカに入ります。中には国境沿いのリオグランデ川を泳いで渡る人もいます。

アメリカにはサンクチュアリ・シティ(聖域都市)と呼ばれる都市があります。ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスなどがそうで、不法移民を保護する都市や自治体のことです。通常、不法移民が警察に捕まると、その時点で不法入国者の取り締まりを行う捜査機関である移民・税関執行局(ICE)に通報されて国外退去などになるのです。

ところが、サンクチュアリ・シティは移民・税関執行局への通報を拒否しています。もし万引きで捕まったとしても、万引きの罪だけ問われて、不法移民であることはどこにも知らされません。さらに不法移民に運転免許の取得を認めるなど、生活を支援しているのです。ですから、国境を越えた移民たちは、このサンクチュアリ・シティを目指すのです。

またアメリカでは、国内で生まれた子どもは自動的にアメリカ国籍を取得することができます。そうなると妊娠している女性がアメリカに入ってきて、そこで出産すれば子どもはアメリカ国籍になります。アメリカ人の子どもの母親や父親は永住権が得やすいので、アメリカで出産を望む移民も多くいるのです。

2017年1月、トランプ大統領は、サンクチュアリ・シティに対し連邦資金を交付せず、速やかに不法移民を拘束し国外退去させるように求める大統領令に署名しました。しかし、サンフランシスコをはじめとするサンクチュアリ・シティは訴訟を起こし、大統領令の一時停止が認められました。

ホテルを借り上げて不法移民を住まわせたニューヨーク

国境に壁をつくり、移民審査を厳しくし、さらにサンクチュアリ・シティにまで圧力をかけるようになったトランプ政権時代、不法移民の数は激減しました。1度国外退去の処分を受けると、移民申請はさらに厳しくなります。これを恐れて、アメリカに渡ろうとする人が減ったのです。

ところがバイデンが大統領になると、壁の建設を強く非難して凍結し、以前の受け入れ態勢に戻します。そうなると再び、中南米からの移民が大挙して国境を越えてくるようになりました。これにより国境沿いの州に混乱が起きます。不法移民はまず保護され、そこで移民や難民の審査とその結果を待ちます。

その彼らを保護するための施設がまるで足りない状態になったのです。テキサス州やフロリダ州の共和党の知事は「民主党の政策でこうなったのだから、民主党支持の多い都市で彼らを保護すべきだ」と、大量の不法移民をバスでニューヨークに送りつけました。

困ったのはニューヨークです。ニューヨークにも十分なシェルターがあるわけでもないので、施設の周辺に不法移民たちがあふれます。治安の悪化を懸念したニューヨークでは、ホテルを借り上げて、そこに彼らを住まわせる、ということまでしたのです。

日本では考えられないことです。私も現場に行きましたが、ホテルのロビーも周辺もベネズエラからの移民であふれているような状態でした。

保護された不法移民は、難民申請をしているので、審査を待つ間、働くことはできません。することはなく、英語も話せないとなると、自ずと犯罪も発生します。不法移民たちがたむろしてうるさい、との苦情に警察がやってきたところ、移民たちが警察官に襲いかかるという事件もありました。

2024年3月、私がニューヨークに滞在している間に、その様子をとらえた防犯カメラの映像がニュースになりました。こうなると、さすがに移民に寛容な街といえども、不安が広がります。

急激な不法移民の増加に、バイデンは副大統領のカマラ・ハリスを問題解決の担当に指名しますが、大きな成果はあがっていません。2023年、バイデン政権は凍結していた国境の壁の建設を再開することを決めました。議会が他の用途に使うことを拒否したからです。

あくまでも、すでに計上されている壁の予算を使うだけだったのですが、トランプは、「バイデンによって自分が正しかったと証明された」とSNSに投稿し、1500万人もの不法移民でこの国をあふれさせたことについて、自分や国民に謝罪するように求めました。

アメリカは移民によってつくられた国であり、移民の労働力によって発展を遂げた国です。だからこそ日本ではありえないような、移民に寛容な政策をとってきましたが、極端な白人至上主義が国の分断を拡大させているのです。

少数派に転落しそうな白人の焦燥

アメリカの分断の底流には白人が少数派に転落してしまうのではないか、という白人の側の焦燥感があります。2024年2月、私はテキサス州ダラスを取材しました。テキサスといえば、ロデオや特大ステーキを思い起こす人もいると思いますが、いまや大きく変貌しています。人口の移動と移民の増加が理由です。

もともとテキサス州は保守的な共和党の地盤ですが、都市部ではリベラル派の民主党支持者が増えています。名だたるIT企業が次々に移転してきているからです。というのもテキサス州は州の法人税がないからです。個人の所得税もありません。その他の税金はあるのですが、法人税や所得税をゼロにすることで、他の州からの企業の移転を促進させようとしているのです。

そしてIT企業は、ここに目をつけているのです。IT産業には民主党を支持する大卒のインテリが多く、そのために州内の民主党支持者が増加しているのです。

また中南米からの移民も多く、移民に寛容な民主党を支持する人が多く、結果として民主党支持者が増えているのです。

ちなみに民主党のシンボルカラーがブルー、共和党のシンボルカラーがレッドなので、民主党が強い州をブルーステート、共和党が強い州をレッドステートと呼びます。

もともとレッドステートだったテキサス州は、リベラル派の企業の移転が続いていることで、いまやレッドとブルーの中間色の「パープルステート」と呼ばれるようになっています。

その結果、2020年の大統領選挙では52%対46%の接戦でバイデンが勝利しましたが、このままでいくと、いずれテキサス州で共和党と民主党は逆転するかもしれません。

全米全体で見ても、中南米からの移民が増え続けています。彼らの多くはカトリック教徒。避妊は認められないため出生率は高く、アメリカ全体での人口比は増え続けています。

ところでアメリカに流入する移民の実数はどれくらいなのでしょうか。2024年1月、米議会予算局(CBO)は、121万人と推計していた2024年の移民流入数推計を330万人に引き上げました。厳しい移民政策をとったトランプ政権から寛容なバイデン政権に代わり、移民が増え続けていることを示しています。

さらに国勢調査では、全人口に占める移民(海外生まれの米国人)の割合は2022年に約14%と約100年ぶりの水準にまで高まっています。

またテキサス大学の調査によると、共和党員の7割が、合法的移民が多すぎると答え、半数以上が、人種が多様化することを「懸念すべきことだ」と回答しています。さらには約7割の共和党員が「白人が差別されていると感じている」といいます。

アメリカでは、100年前も東欧や南欧からの移民が殺到し、雇用が奪われるとの危機感から移民排斥の動きが広がったことがありました。やがてマイノリティになるかもしれないという白人の焦燥感が結束を強め、批判の矛先が移民に向けられている現実もあるのです。

『池上彰が見る分断アメリカ 民主主義の危機と内戦の予兆』(ホーム社)

池上彰
『池上彰が見る分断アメリカ 民主主義の危機と内戦の予兆』(ホーム社)
2024年8月26日
1,100円(税込)
192ページ
ISBN: 978-4834253863

アメリカには、南北戦争以来の分断の歴史が存在していた。その分断を表面化させたのが、ドナルド・トランプの出現だった。いま、アメリカの民主主義は存亡の危機に直面している。2024年の大統領選挙でアメリカは何を選択するのか。新たな南北戦争は起こるのか――

大国アメリカが未曽有の混乱の渦中にある。インフレ、経済格差、宗教問題、移民問題など、数々の課題が山積し、さらにロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのパレスチナ攻撃に対するバイデン政権の対応も不安定である。加えて、トランプが残した分断は確実に拡大を続けている。分断進むアメリカの現状と、それが日本や世界に及ぼす影響を、幾度も現地に渡って取材を重ねてきた池上彰が鋭く分析する。

「このままでは、2024年11月の大統領選挙の結果がどうであろうと、アメリカは内戦に陥る危険性を孕んでいるのです。なぜなのか、どうしてなのか、これからどうなるのか。そんな疑問をひとつずつ解き明かしてまいりましょう」(はじめにより)

○第1章 トランプはなぜ当選したか
分断の始まり/反知性主義という分断/グローバル化がアメリカにもたらしたもの/福音派の原点 他
○第2章 第一期トランプ政権は何をしたか
政権運営にあたって/TPPからの離脱/NAFTAも批判/アメリカへの不法移民を生み出す 他
○第3章 トランプの裁判の行方
検察官は選挙によって選ばれる/陪審員による起訴と裁判/四件の起訴内容/機密文書を持ち出した 他
○第4章 分断進むアメリカ
民主党員と共和党員では見ているテレビが異なる/インフレが両陣営の分断招く/移民の受け入れめぐる対立/人工妊娠中絶めぐり対立 他
○第5章 「もしトラ」で何が起きるか
復讐心に燃えるトランプ 国家公務員10万人を追放!?/在韓米軍の撤退とNATOからの離脱/中国政策/イスラエル全面支援と権力の空白 他
○第6章 迫りくる民主主義の危機
新たな南北戦争?/プーチンも望む“トランプ大統領”/同じ轍を踏みたくない日本政府/世界の新たな分断 他

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