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「学校に行ったら殺される」壮絶ないじめの恐怖でひきこもりに…実母と義父の虐待から、高校生でギャンブル依存症になった男性(48)の地獄の日々

集英社オンライン / 2024年9月7日 11時0分

ひきこもりの兄を持つ57歳男性「不妊治療をやめたら、1つ道が閉ざされた感じがした」家族にぶつけた怒りの矛先…突然の父親の死から向き合った初めての人間関係〉から続く

いじめで不登校になった48歳男性。大学を出てシステムエンジニアになったが、ブラックな職場でうつ病になり、ひきこもった。その後、母親の再婚相手に家を追い出され、ギャンブルで借金を作り、「もう消えてしまいたい」と自殺未遂。絶望の淵に立ちながらも、そこから這い上がった男性が、46歳で社会復帰を果たせた理由とは――。(前後編の前編)

【画像】幼少期に虐待といじめを受けたというなおさん(48)

転校早々いじめの標的に

「幼少期は地獄でしたよ、ホントに」

なおさん(48)が吐き捨てるように言う生活が始まったのは、小学2年生のとき。両親が離婚して、会社員の母親と2歳下の弟の3人で、都内に引っ越したことがきっかけだ。新居は母親の実家の近くだったが、町全体が荒れていてガラも悪い。なおさんは転校早々いじめの標的になってしまったのだという。

「家でテレビゲームをしているのが好きで、外に出ないおとなしいタイプだったんです。運動音痴で体育も苦手だし走るのも遅い。たぶん抵抗しなさそうだから(標的に)選ばれたって感じで、いろいろありましたね。

朝、学校に行くと、自分の椅子に画びょうがたくさん置いてあって、知らずに踏んじゃって、“うわぁ”とか。集団で囲まれてボコボコにされたりとか、無視もすごかった。うちの学年は、特に荒れているって評判で、中学卒業するまではずっとそんな感じだったから、学校に行くのは怖かったです」

なおさんは学校の先生に、いじめの事実を伝えた。だが、特に何も対応してくれず、いじめも収まらなかったそうだ。

母親にも、学校でいじめられていると何度も訴えた。でも、「あんたの根性が弱いからいけないんでしょ。強くならなきゃダメ」と取り合ってくれない。

「母親も必死だったんじゃないですか。離婚して仕事と家事と自分のことでいっぱいいっぱいで、子どものことはあんまり面倒みてくれなかったんですよ。おばあちゃんは同じ町にいたけど、離婚して1人で子どもを育てたスパルタな人なんで、怖くて弱音なんて吐けないっすよ。

今みたいにネットがない時代だから、どこに相談していいかもわかんないし、話し相手もいないし、とにかく孤独でした。なんでこんな家庭に生まれちゃったんだろうと、親を恨んだりもしたし、ホント早く死にたかったですね。子どものころは都営住宅の5階に住んでいたんで、そっから飛び降りようと考えたり。でも、理屈抜きで、“死ぬの、やっぱ怖いわー”って思って、実行できなかっただけで」

家にひきこもって母の恋人に殴られる

中学に入ると「学校に行ったら殺されるかもしれない」と恐怖を感じて登校できなくなった。学校に行くふりをして適当に近所を散歩して、母親が出勤したのを見計らって家に戻る。なおさんは家にひきこもって、ひたすらテレビゲームをしていた。

だが、当然のことながら欠席が続くと学校から親に連絡が入る。

「なんで学校サボるの?」「学校行きなさいよ!」

母親に説教をされたが、無視した。当時、よく家に来ていた母親の恋人にも不登校を責められ、母親の目の前で殴られた。

「ちっちゃいころから、母親には部屋が散らかってるとか、字が汚いとか、些細なことですぐ怒られたし、口答えしようものなら、ビンタが飛んできた。それが当たり前だと思って生きてきたけど、幼少期の環境はいろいろおかしかったし、今思うと虐待ですよね。それが昭和と言ってしまえばそれまでかもしれないけど、大人になって他の家と比較できるようになったら、うちは普通じゃなかったんだなと思いましたもん」

そこまで一気に話すと、なおさんは「タバコ吸いに行ってきます」と言って席を立つ。数分後に戻ってくると「幼少期のことを思い出すと、やっぱりけっこうフラッシュバックするんで……」とつぶやいた。

母親が再婚し、家に居場所がなくなる

中学3年になると、「腹をくくって」学校に戻った。そのまま不登校を続けると内申点が取れず、高校に行けなくなると思ったからだ。

「母親の姿を見ていたから、働かなければ食っていけないとは思ってたけど、中卒でちゃんとした仕事に就ける気はしなかったし、高卒なら、まだワンチャンあるかなって」

高校に入り、初めて普通の学校生活を送った。万年補欠だったがバレー部に入り、ファストフードでアルバイトも始めた。

しかし、2年生になると生活が再び荒れ始める。母親が再婚することになり、その相手と馬が合わなかったのが原因だ。

「家に居場所がなかったから、放課後は予備校で勉強するって言いながら、そのままパチンコ屋行ってギャンブルを覚え、タバコを覚えて。

予備校が別れた父親の会社の近くだったので、けっこう一緒に飯を食べたりもしてましたね」

父親の話が出たので、疑問だったことを聞いてみた。死にたいほど辛かった時期に、実の父親に助けを求めることはできなかったのかと。

「父親は他の女と浮気して蒸発しちゃったような遊び人だったんですよ。やっぱ軽蔑してましたし、それに、向こうも新しい家庭を持っていたから。たまに会うと小遣いはたくさんくれたけど、助けてくれとは言えなかったですね」

高校卒業を前に、母親から三択を突き付けられた。このまま母親と暮らすか、父親のところに行くか、1人暮らしをするか。

「そんなこと友だちにも相談できないじゃないですか。1人で悶々と悩んで、結局、母親のもとにいて、大学受験を頑張る方向になったけど、勉強は全然、身が入らなかったですね。母親の再婚相手と顔を合わせたくないから、パチンコ屋とかゲーセンに行って、なるべく家に帰らないようにしてました」

2浪し、もう後がないと思っていたとき、たまたま得意な数学だけで受験できる大学を見つけ、合格した。

ブラックな職場でうつ病を発症

情報学部でプログラミングを学び、大学を卒業したのは2000年。バブル崩壊後の就職氷河期だったが、唯一、IT業界だけは活況で、なおさんはIT企業の下請け会社にすんなり就職できた。

だが、3か月の研修が終わるとすぐ出向させられた。本当は就職と同時に1人暮らしをしたかったが、出向期間が延び延びになったため、実家暮らしのまま2年半勤務。出向先から元の会社に戻ると体に異変が起きる――。

「戻ったら壮絶ブラックなんすよ。2日連続で徹夜とか、むちゃくちゃなんすよ。一晩中会社にいて、朝ちょっと軽く寝ようと思って、最初のうちは眠れたんですけど、半年も経たずに睡眠サイクルが壊れちゃって。眠れないから、気力が湧かないし、力も入んない。

会社帰りに本屋に寄って、うつ病の特集をやってる雑誌のチェックシートを見たら、全部当てはまって。で、病院に行ったら、『うつ病だから、すぐ会社休め』って言われて、いったん会社を辞めました」

退職後は傷病手当を受給。そのまま2年間、家にひきこもって療養した。たまにパチンコ屋などに行く以外、自分の部屋からほとんど出ず、家族とも話さないまま食事も自分の部屋で食べていた。

睡眠障害はなかなか治らず、薬がどんどん増えて睡眠薬だけで4種類、抗うつ薬を含めて6、7種類の薬を服用。ようやく体調が少し安定したところで、大手不動産会社にシステムエンジニア(SE)として再就職をした。

「働けるようになったのなら家から出ていけ!」

母親の再婚相手にいきなり怒鳴られ、なおさんはその日のうちに家を出た。だが、住む場所はない。カプセルホテルや友人の家を転々としながら住まいを探した。

仕事は忙しく、終電になることもしばしば。母親に「呂律が回っていない」と指摘され、多剤処方に気付いて別の病院を探し、薬の量を調節してもらって働いていたが、うつ病が再発してしまう。結局、大手不動産会社も2年で辞めざるを得なかった。

大金を手にしてギャンブルに

再び無職になったが、もう親には頼れない。生活費を稼ぐためフリーランスのSEとして働いた。

「とにかく朝、起きれないんですよ。病気が治ってないから当然ですけど、遅刻がすごく多くなって、クビになる。でも、長期的に休むことは経済的にできなかったから、ちょっと働いてお金を貯めては休んでのくり返し。そんな生活を3年くらいやって、もう働けないなと思って障害厚生年金を申請したんです。そうしたら、5年分の遡及請求が認められて、330万円くらい一気に入ってきたんですよ」

思わぬ大金を手にしたなおさんが向かったのは、海外のカジノ。スロットなどであっという間に全額使ってしまう。それでもやめられず、数百万円の借金まで作ってしまった。

「診断されたのは少し先なので、当時はまだ双極性障害(気分が高まる“そう”状態と落ち込む“うつ”状態をくり返す病気)という自覚はなかったんですが、あとでふり返ると、明らかに“躁(そう)転”していました。

しかもギャンブル依存症だったんだと思います。高校生のときからパチスロをやり始めて、それが年々加速して、もうギャンブルやってないと落ち着かない状態でしたから。

負けた瞬間はドンと落ち込むんだけど、明日は勝てるだろうと思う。依存症や双極の人って、そういう傾向があるみたいですね。気づいたら、取り返しがつかないところまでいっちゃったんです。

もう無理かもと思ったときに、これでダメなら樹海に行こうと決めたんです。家には首吊る場所がなかったし、飛び降りは迷惑がかかる。樹海に行ったら誰にも気づかれずに、それこそ死ぬっていうより、消えることができるだろうって」

2010年11月、当時34歳だったなおさんは、大量の睡眠薬と酒を持って、富士山のふもとに広がる樹海に向かった。何時間も歩いて奥のほうまで分け入り、焼酎を飲み始める。

そこで起きた奇跡のような出来事が、なおさんをこの世に引き戻すことになる――。

取材・文/萩原絹代

「いま樹海にいて、死のうとしているんだ」自殺を図ろうとしたひきこもり男性に起きた奇跡…うつ病、ギャンブル借金、絶望の人生から這い上がった48歳「今が一番楽しいっすよ」と言えるワケ〉へ続く

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