ハマスは残酷なテロ組織なのか? 日本人が知らない社会慈善運動…ガザの社会インフラがハマスによって支えられてきた事実
集英社オンライン / 2024年9月13日 8時0分
日本人の多くがハマスのことを単なるテロ組織だと認識しているが、実際はそうではない。ガザの全域に支部を持ち、多くの人々の生活を支援している。食糧、教育、医療、ハマスが存在しなければガザの生活は成り立たないのだ。
ハマスの社会慈善活動の実態を、書籍『ハマスの実像』より一部抜粋・再構成してお伝えする。
ハマスの普段の顔は社会慈善組織
ハマスと言えば、日本人の多くが「テロ」という言葉を思い浮かべるかもしれないが、ハマス系の社会組織サラーハ協会の病院やコンピューター教室などを運営しており、パレスチナ、特に本拠地のガザの中で日常的に目にするハマスは、イスラム的な社会慈善組織である。
ハマス設立の中心人物アフマド・ヤシーンは、エジプトで大学教育を受け、ガザで学校教師をしながら、パレスチナでの同胞団メンバーとして1967年にモスクに併設してイスラム協会を設立し、教育プログラムや社会事業、慈善事業を始めた。
また、イスラム・センター(ムジャンマ・イスラミ)を設立し、さらに孤児を無料で受け入れる小中高一貫校を運営するサラーハ協会を発足させるなど、社会事業を拡充させてきた。
ガザでのハマス系の社会慈善組織には、イスラム協会、イスラム・センター、サラーハ協会の三つがある。三つとも、パレスチナ自治政府の下ではNGOとして社会問題省に正式に登録され、湾岸諸国や欧米にあるイスラム社会組織から援助を受けていた。
私は1990年代半ばからカイロのムスリム同胞団系の慈善組織を取材してきたが、エジプトの同胞団は非合法組織で、表向きは同胞団系であることは隠して活動しており、同胞団系の慈善組織は看板も何もない目立たないビルの一室で秘密組織のように活動していた。
それに比べると、ハマス系の社会組織は三つとも公的に承認され、ガザの全域に支部を持ち、数千、数万人単位で貧困家庭や孤児支援をしている。エジプトの同胞団系の組織よりも明らかに巨大で、組織化され、サービスも充実していた。
難民キャンプでの食料、教育、医療支援
2007年10月、ガザ市の北にあるガザ最大の難民キャンプ、ジャバリア難民キャンプの中にあるイスラム協会ジャバリア支部を訪ねた。協会の入り口で、何人もの男たちが大きなビニール袋を手に提げて出てくる。
その1人を呼び止めると、イブラヒムと名乗る45歳の男性は、月に1回の無料食料配布の日だと言う。イブラヒムは「以前はイスラエルの建設現場で働いていたが、6月からイスラエルに行くことができなくなり、収入がなくなったので、この協会の支援を受けている」と語った。
この年の6月には、ハマスの軍事部門がパレスチナ自治政府の警察・治安部隊を排除してガザを武力で制圧したために、イスラエルが封鎖を始めた。
封鎖前は12万人のパレスチナ人がガザからイスラエルに働きに出ていたが、封鎖によってほとんどが失業し、生活困窮者が増えた。イブラヒムがこの日、配布された食料バッグを開いて見せてくれた。豆、お茶、小麦、パスタ、砂糖などが見える。
「これだけだと数日でなくなるが、収入がなくなった時に援助してもらえるのはありがたい」と語る。
子供は息子2人、娘4人の計6人で、幼い2人以外は国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の学校に通っている。9月に新学年が始まった時には学校バッグが配布され、その中にノートや鉛筆など学用品が入っていた。
9月はイスラムのラマダン(断食月)にあたったので、特別に食料バッグが配布され、子供たちには新しい服が配られた。「最近、2歳の末の娘に熱が出た時に、協会に所属するイスラム・クリニックに連れて行った。医療費は免除だった。4歳の娘は今年から協会がやっている幼稚園に通っている」と語った。
アラファトの後を継いだアッバスが議長として率いるファタハが主導するパレスチナ自治政府の時代と、ハマスが支配してからの時代と、何か状況の変化があったかどうかを質問すると、イブラヒムは即座に「町の治安がよくなった」と答えた。
「以前は、武器が町のいたるところにあって、昼間でも銃を持った男たちがうろうろして、車が盗まれたり、店に強盗が入ったりして、治安が乱れていた。外出するのが怖いこともあった。ハマスになって、交通警察官も増えたし、治安は確実によくなった」。
イスラエルの封鎖が始まったのはどう思うのか、と質問すると「政治のことは分からない」と言葉を濁したが、「早くまたイスラエルに働きに行くことができるようになって欲しい。ガザでは国連の建設プロジェクトなどで仕事にありつくこともあるが、それだけではとても足りない。子供たちはまだ小さいし、いつまで封鎖が続くのか、将来を心配している」と語った。
孤児1人あたり30〜50ドル、貧困家庭に月200ドル平均を支給
ジャバリアキャンプでイスラム協会の孤児支援を受けているナジュワ・ファラハト(49)の家を訪ねた。ナジュワは「この成績を見てちょうだい。1番よ」と、UNRWA学校の小学2年生の6男の成績表を見せ、「これならクウェートの団体も支援を続けてくれるはずよ」と笑顔を見せた。
子供たちはイスラム協会を通じて、クウェートのイスラム慈善団体の孤児支援を受けている。ナジュワの夫は、6年前に病死した。6男4女を抱え、一番末の子は5か月だった。夫はファタハのメンバーだったが、ファタハの支援だけでは足りず、知人に教えられてハマス系の慈善組織であるイスラム協会に援助を申請した。援助はすぐに認められた。
協会を通して、子供たちはクウェートやヨルダンの団体から月々400シェケル(約1万2000円)の援助を受けた。協会からは9月の新学年に学用品や制服が贈られ、ラマダンには小麦や米、食用油、砂糖など30キロの食料配給がある。
協会は診療所も経営し、孤児は無料で診てくれる。ナジュワは「イスラム協会のおかげで夫が死んだ後も何も困らなかった。ハマスの強引なやり方はいやだが、協会にはハマスもファタハもない」と語った。
イスラム協会ジャバリア支部事務局長のムニール・アブルジドヤンは「12万人が住むジャバリアキャンプで母子家庭1200世帯と貧困家庭454世帯を支援している。ここでは失業率は41%に上り、82%が貧困ライン以下の生活をしている」と言った。協会は家族の状況に応じて、孤児1人あたり30〜50ドルを支給している。
イスラムでは、父親がいないだけでなく、働き手が高齢や病気で働くことができない家庭の子供も孤児支援の対象とみなされる。イスラム協会は貧困家庭には月200ドル平均を支援している他、基礎食料品の食料バッグを配布している。
2007年のガザの年齢中央値は18歳であり、人口の半分は子供である。協会では、1家族の人数を8人で計算している。もし子供が多ければ、さらに支援額を増やす。協会はさらに社会事業として7つの幼稚園を運営し、1000人の園児を抱える。
診療所の他、事業としてパン屋や雑貨店も経営する。アブルジドヤンは「昨年の総事業費は支部だけで100万ドル(約1億1500万円)。今年は経済封鎖によって人々の経済状況もより厳しくなるから受益者が増加し、事業費も増えそうだ」と語った。
また、ラマダンはイスラムの聖なる月であり、夜の結婚式も盛んに行われる。イスラム協会は110組の集団結婚を実施し、それぞれ新カップルに300ドルを贈った。
私が訪ねた時はラマダンが終わった後で、アブルジドヤンは「ラマダンの間の特別支援として、登録している家族に食料の詰め合わせを配布し、孤児たちに服や靴の贈り物などを配布した」と語った。
そのためにイスラム協会は20万ドル(当時約2300万円)を出費し、ラマダンが終わると3万ドルの資金不足となった。「資金は湾岸のある国の慈善団体からの送金だった。しかし、武装闘争に流れているという疑惑をかけられて、2回送金してもらって2回とも銀行で止められた。その分の赤字だ」。協会はモスクを通して人々に「ザカート(喜捨)」を呼びかけた。その呼びかけによって、地域内の商人やビジネスマンら豊かな階層からの寄付が増えたという。
イスラム協会に対する海外からの送金を停止したのは、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治政府だという。2007年の6月に、ハマスはファタハ中心の自治政府の治安部隊・警察を排除してガザを支配したため、自治政府との関係は最悪だった。
「自治政府はガザのハマス系組織への送金が(軍事に)流用されていると言いがかりをつけて送金を妨害した。我々が外国の慈善団体から受け取る援助金はすべて民衆の救済に使われていることは、彼らも知っているはずだ。ハマスが政権をとる前の3年間、私たちは自治政府の会計監査を受けて何の問題もなかった」とアブルジドヤンは訴えた。
過酷な医療の実態の中、ハマス依存が強まる
私は2007年10月、ガザ最大のシファ病院(450床)も取材した。院長室に通されると「(経済封鎖で)麻酔ガスの予備がなくなった。もう緊急手術以外はできない。ガスがなくなれば緊急手術もできなくなる」とハサン・カラフ病院長(当時)が西岸のパレスチナ自治政府の保健省に電話で訴えているところだった。
シファ病院は、ハマスがガザの武力制圧に出る前月の5月に683件の手術を実施した。当時150万の人口を抱えるガザの基幹病院として、診療所や他病院で手に負えない患者の受け入れ先でもあった。オスロ合意の後には、日本政府も病院の支援プロジェクトを実施した。
だが、ハマスのガザ制圧後にイスラエルの封鎖が始まって、9月から抗がん剤が底をつき、重要な抗生物質も不足している。病院長の横で、アシュール副院長は「イスラエルは人道援助物資は止めていないというが、この病院の実態を見れば現実は明らかだ。検査機器の試薬もない。CTスキャンは壊れたままで修理部品がない。X線のフィルムも不足している。封鎖の下で日一日と機能がマヒしてきている」と訴えた。
さらに病院の人工透析室を訪ねると、もともと30台の人工透析器があったが、11台は故障で使えなくなり、私が見た時には19台だけが稼働していた。別の部屋には故障した透析器が並んでいた。ガザでは地下水が塩水化し、飲むのに適していないが、貧しい人々は飲料水を買うことができずに塩水を飲み、調理用にも使う。
そのため、人口の4割近くが何らかの腎臓の病気を抱えており、人工透析をしなければならない割合が高いという。透析は週3回、4時間受けなければならないため、病院では夕方6時までだった人工透析室を夜中の12時まで開いて、透析器の不足を補っている。
麻酔ガスの不足は、自治政府の保健省を通じて赤十字際委員会(ICRC)ガザ事務所に伝えられるという。同事務所はエルサレム事務所に緊急に麻酔ガスの調達を依頼するといった。ICRCガザ事務所の広報官は「麻酔ガスだけではない。封鎖によって建設資材も全く入らず、粉ミルクなどの食品も不足している」と語った。
2007年10月上旬に発表された国連の「ガザ人道援助状況」報告書は、「6月10日から9月13日まで1日106台のトラックがガザに入っていたが、9月中旬以降は1日50台に減った。人道援助プログラムの実施にも困難が生じている」「世界保健機関(WHO)が定める必須医薬品モデルリストのうち最も重要な61品目は品切れで、他の125品目も2〜3か月の在庫しかない」と指摘した。
封鎖によって、人々はガザの外に出ることも厳しく制限された。ガザにある民間のワファ病院では、9月に脳卒中で昏睡状態に陥った60代の女性をイスラエルの病院に送ろうとした。しかし、検問所通過の許可をとるのに20日かかり、女性はイスラエルに着いて2日後に死亡した。アリ・ハサン副院長・看護師長は「封鎖ですべてが手遅れになる」と語った。
それ以前は、ガザの病院で治療できない患者は医者の紹介状を持って申請すれば、イスラエル国内やエジプト、西岸の病院で治療を受ける許可が出ていたが、国連報告書では「ガザから治療のためエレズ検問所を通過する人は7月の1日40人から、9月は1日5人以下になった」と指摘した。
封鎖の影響は病人たちには致命的だ。しかし、封鎖によって失業が蔓延し、経済が厳しくなる中で、国際的なイスラム・ネットワークを構築し、資金調達の手段を持っているのはハマスだけだ。イスラエルの封鎖下にあり、イスラム教徒の受難の象徴ともなっているガザに、アラブ・イスラム世界から現金での寄付が集まってくる。
ガザの人口の7割を占めるパレスチナ難民に食料配給、教育、医療などのサービスを提供するUNRWAのジョン・ギング所長(当時)は「我々の援助は難民の生活の6割をカバーするが、残りはハマスが補っている」と語り、「国際社会が制裁をしても、人々はますますハマスに依存するようになるだけで、ハマス政権が揺らぐことはない。制裁は民衆を苦しめるだけで、ハマスに対しては逆効果だ」と付け加えた。
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