「先にハマスが自爆テロを行い、それに対してイスラエルが報復しているのではない」日本人が理解していないパレスチナの惨状と、優秀な大学生ほど殉教者になってしまう理由
集英社オンライン / 2024年9月14日 8時0分
〈ハマスは残酷なテロ組織なのか? 日本人が知らない社会慈善運動…ガザの社会インフラがハマスによって支えられてきた事実〉から続く
罪のない民間人が犠牲になってしまう「自爆テロ」は、もちろんあってはならないものだ。だがイスラエルがガザ西岸を軍事占領し、パレスチナ人の生活を抑圧しているという現実を知らないと、暴力の連鎖の結果として「自爆テロ」があるという事実もまた理解できない。また、なぜ前途ある若者が自爆テロを行う殉教者となるのか、自爆攻撃を実行した優秀な大学生イスマイルの遺書から考える。
本記事は書籍『ハマスの実像」より一部抜粋・再構成したものです。
自爆テロの構図
自爆テロと言えばハマスのイメージが強く、大勢の犠牲者が出ることから、欧米や日本のニュースでは「イスラエルで自爆テロが起きて、イスラエル市民が犠牲になり、それに対してイスラエル軍が報復に出る」という流れとなる。パレスチナが「テロの加害者」であり、イスラエルは「テロの被害者」という構図ができ上がるが、問題はそれほど単純ではない。
客観的な構図として、イスラエルがガザ、西岸を軍事占領し、入植地を建設してパレスチナの生活を抑圧しているという現実がある。その反発として、ハマスなどパレスチナの武装勢力がイスラエル兵に対する銃撃や入植地に対するロケット攻撃をする。
その報復としてイスラエルがミサイルや戦車による報復に出て、パレスチナの民間人が死傷する。ハマスがイスラエルの民間人に対して行う自爆テロは、そのような暴力がエスカレートした後に出てくる場合が多いのだが、日常的な状況悪化が報じられることはなく、国際ニュースはハマスの自爆テロから始まり、イスラエルによる大規模報復への流れになる。
2002年に国際的人権組織ヒューマン・ライツ・ウオッチが「イスラエル市民に対する自爆攻撃」の報告書を出した。その中に、ハマスでアフマド・ヤシーン(ハマス設立の中心人物)につぐナンバー2だったイスマイル・アブシャナブの言い分が掲載されている。
「(我々が)市民を標的にしているわけではない。向こう(イスラエル)が我々の民衆を攻撃するから、我々も向こうの市民を攻撃する。我々が民間人攻撃を止めたら、国際社会はイスラエルも止めると保証してくれるのか? この戦いのルールはイスラエルがつくっている。もし、あなたたちが我々のすべての殉教/自爆攻撃を調べたら、すべて(イスラエルによる)虐殺が先にあることを知るだろう。もし、イスラエルが(国際人道法を)守るならば、我々も受け入れる。あなたたちが私たちに国際人道法を守れと言うなら、それは難しいことではない。イスラムの教えも(民間人の保護を求める)ジュネーブ条約を支持する。しかし、相手(イスラエル側)が守らなければ、我々が義務づけられるわけにはいかない」
ハマスの最初の自爆テロは、1994年4月に起きた2件である。
それについてハマスは、2月25日に西岸南部にあるパレスチナ都市ヘブロンのイブラヒム・モスクで行われた金曜日の集団礼拝の場に、隣接するユダヤ人入植地キリアト・アルバの入植者男性が入って銃を乱射、29人のパレスチナ人を殺害した虐殺事件への報復であるとの声明を出した。
自爆テロは4月6日、イスラエル北部のアフラ中心部の路上でカッサーム軍団の戦士が爆発物を積んだ乗用車をバスの隣で爆発させ、イスラエル人9人が死亡、150人以上が負傷した。さらに4月13日、イスラエル中部ハデラでカッサーム軍団の戦士が自爆ベルトを身体に巻いて路線バスに乗って爆発させ、イスラエル人5人を殺害、30人以上が負傷した。
自爆攻撃を行った若者の遺書
ハマスは1988年からイスラエルに対する武装闘争を始め、最初の自爆テロまで80件の軍事作戦を実施しているが、ほとんどがイスラエル軍やイスラエル警察、占領地のユダヤ人入植者を標的としている。94年の最初の自爆テロに関わった人物に対するアルジャジーラのインタビューでも、それまでの軍事作戦は民間人を標的にしていない、という認識だった。
私は現地でハマスの自爆テロを取材していて、それがイスラエルの占領に端を発する暴力の連鎖によって起こることは理解していたが、ニュースとしての悲惨さや衝撃は大きく、ハマスの主張によって自爆テロが正当化されるとは思えなかった。
私自身がエルサレムのピザレストランでの自爆テロを身近に経験したことを契機として、その直後の2001年8月中旬に自爆テロの背景を取材するためガザに入った。
その時は、6月22日にイスラエル兵士2人を殺害したハマスの自爆攻撃の背景を調べた。
イスラエルの報道によると、自爆現場はガザ北部のユダヤ人入植地近くで、道路わきで砂に車輪を取られた車から助けを求める声が聞こえたため、巡回中の兵士たちが車を降りて近づいたところで爆発が起こったという。その自爆で死んだ大学生イスマイル・アルマサワビー(23)の家族を訪ねた。
ここで断っておかねばならないのは、イスラムでは自殺を禁止しているため、自爆とは言わず「殉教作戦」という。パレスチナ人のとらえ方として表記する時は「殉教」と書くが、それは自爆と同義である。
さらに、イスラエルにとってパレスチナ人の攻撃は相手がイスラエル兵士であってもイスラエルの民間人であっても「テロ」であるが、「テロ」は非武装の民間人に対する攻撃に対して使い、西岸、ガザを軍事占領しているイスラエル兵士に対する攻撃は「テロ」ではなく「攻撃」と表記する。
イスマイルの件は、ガザの占領軍に対する攻撃であるから「自爆攻撃」となる。
イスマイルの父バシールによると、その日は金曜日で、いつも通り、近くのモスクでイスラムの集団礼拝があり、イスマイルも参加した。イスマイルは敬虔なイスラム教徒で、前日は断食していた。
当日は新しい白い長衣を着て礼拝に出かけ、そのまま外出した。夜8時ごろ、近くのモスクの拡声機から、息子の名前が「殉教者」として流れたのを聞いた。イスマイルはガザにあるアルアクサー大学でアラビア文字のデザインを専攻し、4年生の最終試験の最中だった。バシールは「息子が社会活動に参加していることは知っていたが、ハマスの軍事部門のイッズディン・カッサーム軍団に参加しているとは知らなかった」と語った。
自爆攻撃の翌日、バシールのもとに、覆面で顔を隠した男が、イスマイルが残した2分間のビデオテープと遺書を持ってきた。ビデオテープの中で、イスマイルはカッサーム軍団の戦闘服を身体につけ「私は神の思し召しを実現し、イスラエルによって無実のパレスチナの民間人が朝となく、夕となく、殺害されることへの報復として、殉教を実行することを宣言します」と語り出した。
イスマイルの顔を入れたカッサーム軍団のポスターもあった。遺書は「同胞へ」「両親へ」「兄弟へ」と3通あり、デザイナーの卵らしい美しい手書きのアラビア語で、それぞれ「最後の言葉」がつづられていた。
〈同胞への遺書〉
同胞たちよ。私は不帰の旅路に出ることを決めました。この、虫の羽ほどの価値もなく、影のように消えてしまう、楽しみの少ない世界に戻ることはないでしょう。
私は偉大なる神が私を受け入れ、預言者や信仰者や殉教者や善行者らとともに真実の座を与えるようお願いしています。
神よ。私は私の魂と体を差し出すことに戸惑いはありません。神がそれを受け入れることを祈念します。
私は武器をとって、殉教者の道を進み、ユダヤ人が我々の息子たちを毎日殺しているように、彼らに破滅と破壊を味わわせるでしょう。
〈両親への遺書〉
親愛なる母と父よ。
幼い私を夜遅くまで起きて世話をしてくれた両親よ。私を育てるのに骨を折り、真正なるイスラム教徒の道を歩ませてくださいました。
あなたたちは私が心休まるようにどのような苦労もいといませんでした。私は何もお返しできません。ただあなたたちが天国の最上の場所で偉大なる神に巡り合えるようにお願いするだけです。
母よ。悲しみに耐えてください。神があなたの息子を殉教者として選んだことに対して神に感謝してください。殉教者となった息子は神にあなたのことをとりなすことでしょう。
父よ。大学の学問を修了し、世俗の職業につくことができなかったことをおわびします。しかし、私は殉教者としての地位を神に与えられました。我々と神の敵を恐れさせる聖戦の任務が本日やって参りました。天国でお会いしましょう。
イスマイルの遺書を読んで驚いたのは、政治的な事柄が一切語られていないことだ。自分の死でパレスチナがどうなるのか、残る家族や友人への希望や展望を示していない。
現世について「虫の羽ほどの価値もなく、影のように消えてしまう、楽しみの少ない世界」と否定する色合いが濃い。
コーランでは「この世の生活は、偽りの快楽に過ぎない」(第3章イムラーン家章)とし、「信仰する者たちよ、あなたがたはどうしたのか。『アッラーの道のために出征せよ』と言われた時、地に低頭するとは。あなたがたは来世よりも、現世の生活に満足するのか。現世の生活の楽しみは、来世に比べれば微少なものに過ぎない」(第9章悔悟章)と、ジハード(聖戦)による死を現世の安逸よりも価値あるものとするが、決して現世を否定しているわけではない。
イスマイルの深い厭世観は、イスラエルの占領下で混乱が続くガザの状況の希望のなさからくるものと考えるしかない。
殺人ではなく聖戦、自殺ではなく殉教
ハマスでは軍事部門の仕掛け人が自爆者となる若者に極秘に接触し、「殉教者」の道をたどるように説得したうえで作戦に送り出すとされる。ヤシーンが戦闘員の採用で最も重要な要素が宗教的な敬虔さだと語っていたように、もともと強い信仰心を持った若者が殉教作戦に勧誘されるのだろう。
遺書を読む限り、「殉教」は政治的な行為というよりも宗教的な行為である。コーランは殺人も自殺も禁じている。殺人ではなく神が認める「ジハード」であること、自殺ではなく「殉教」であること。この二つのタブーを乗り越えるためには、宗教者の見解が必要となる。
殉教作戦には、殉教にお墨付きを与える宗教者と、政治的、軍事的な戦略として殉教志願者を見出す仕掛け人がいる。普通の軍隊の作戦と同様に、殉教作戦を実行する戦士が政治・軍事面の戦略を理解している必要はない。
イスラムでは、「来世」を信じることは「アッラー(神)、天使、啓示(コーラン)、預言者、来世、宿命」という「六信」と呼ばれる信仰の基本であり、作戦実行者は悲壮な覚悟で殉教に赴くのではなく、神の道を歩み天国に行くという宗教的な高揚感に包まれて殉教に赴くという設定である。
一方、イスマイルの父バシールは「誰もが殉教者になるわけではない。神が息子を殉教者として特別に選び、栄誉を与えたのだ」と、息子の「殉教」を正当化した。
「殉教者は神に選ばれた存在」という意識は、息子を作戦で失った親たちが共通して語る言葉だ。イスラムの教えでは、「殉教者は天国に行き、さらに70人に神の慈悲を仲介することができる」とされる。
母親のラウダ(51)は、自爆の3日後に息子の夢を見た。息子が真っ白な服を着て現れ、城のような家で多くの召使を従えていた。「父と母のために神にお願いし、与えられたものだ」と語ったという。両親は「自分たちも息子が神にとりなし、天国が約束されている」と信じている。
自爆者は洗脳されているのだ、と思うかもしれないが、イスラエル軍の封鎖や分断が続くパレスチナでは現実への不満が強く、将来の希望も持てない。
その中で、特に宗教心が強い若者が自ら「殉教」を選ぶ。
自爆者は、次第に高学歴化する傾向にある。1990年代半ばまで大学生の自爆者はほとんどいなかったが、2000年9月に第2次インティファーダが始まってからは、半分近くが大学生になった。
イスマイルもその1人だ。遺書では父親の期待に沿えないことを謝りながらも、「世俗の成功」よりも「殉教」を選んだ心情を書く。エリート意識が強い大学生の「殉教」志願には、自爆がパレスチナ闘争の中心的地位を占めるようになったこととともに、94年にパレスチナ自治が始まってもガザの閉鎖状況は全く変わらず、むしろ悪化するばかりで、社会の展望が見えなくなっていることへの絶望が表れていると言えよう。
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