「イスラム教では自殺を禁止しているのになぜ自爆攻撃をするのか?」「なぜイスラエルの民間人を殺すのか?」2001年当時のハマスの精神的指導者アフマド・ヤシーンが語った答えは?
集英社オンライン / 2024年9月15日 8時0分
〈「先にハマスが自爆テロを行い、それに対してイスラエルが報復しているのではない」日本人が理解していないパレスチナの惨状と、優秀な大学生ほど殉教者になってしまう理由〉から続く
イスラム教では自殺が禁止されているにも関わらず、ハマスが「自爆攻撃」という手段をとるのはなぜか。そしてなぜイスラエルの民間人を殺すのか。2001年、ジャーナリストの川上氏は当時のハマスの精神的指導者アフマド・ヤシーン氏へ直接問いかけた。書籍『ハマスの実像』より一部を抜粋・再構成し、その理由に迫る。
「日本も『カミカゼ作戦』をとったではないか」
私は自爆攻撃の取材で、ハマスの精神的指導者アフマド・ヤシーンにインタビューした。2001年8月25日のことである。ヤシーンは事務所兼自宅で数人の側近に伴われて、書斎のような部屋で車いすに座っていた。低いかすれ声で絞り出すように発音した。
――殉教作戦とは何か。
ヤシーン(以下同) 侵略者に対する抵抗の一形態である。占領下にある民衆にはあらゆる手段で抵抗する権利があるが、我々にはロケットも戦車もF16(戦闘機)もない。殉教作戦はイスラエル軍の攻撃を阻止するために、我々が自らの身体を犠牲にして対抗するものである。
――背後にある思想は。
それを日本人が聞くのか。日本人は米軍に対して自分を犠牲にするカミカゼ作戦をとったではないか。占領され、日々、家族や同胞を殺されている人間として、対抗できる武器を持たない場合に、土地や民衆を守るために殉教作戦を行うことはイスラムでも認められている。
――宗教的な裏付けは。
コーランの『悔い改めの章』には、神の道のために生命と財産とを投げうって戦った者は天国に行く、とある。
――イスラムは自殺を禁止しているが。
我々は自殺ではなく、殉教攻撃と言う。自殺は人生の困難から逃避する行為であり、神は禁じている。一方、殉教は信仰を持つ者が人の威厳を保ち、神のために自らの身体を犠牲にすることだ。
――なぜイスラエルの民間人を殺すのか。
我々が標的にしているのは、イスラエル占領軍であり、兵士であり、入植者だ。イスラムは無実の民間人を殺すことを禁じている。我々は民間人を標的にはしない。しかし、その場の状況によって、殉教者がイスラエル兵士を標的とした時に、近くに民間人がいて巻き添えになることがあるかもしれない。
――民間人の殺害を止めようとしないのか。
多くの民間人を殺しているのは、イスラエル軍の方だ。止めるためには停戦が必要だ。私は3年前にイスラエルに停戦を提唱した。しかし、イスラエルは拒否した。我々はイスラエルの破壊を求めてはいない。イスラエルが私たちの土地から撤退して、私たちの土地と家を返せば、平和があると言っている。
ヤシーンが言った停戦の提案というのは、アンマンでのモサドによるハーリド・メシャアルの暗殺未遂の後、イスラエルの刑務所から解放されてガザに戻ったヤシーンが「イスラエルがパレスチナ市民への攻撃を止め、土地の接収や家屋破壊を止め、イスラエルが拘束しているパレスチナ人政治犯を釈放するならば、ハマスは殉教/自爆攻撃を停止する」と提案したことを指す。
また、1999年10月にイッズディン・カッサーム軍団が同様の提案をして、特に入植地活動の停止や入植者によるパレスチナ人への攻撃を止めることを条件に殉教/自爆攻撃の停止を提案したが、いずれもイスラエル側からの反応はなかった。
ヤシーンは私のインタビューから2年7か月後の2004年3月、イスラエル軍武装ヘリコプターのミサイル攻撃で暗殺された。ハマスの中で、政治部門と軍事部門の両方に影響力を持ち得るのはヤシーンだけだった。ヤシーンに殉教作戦について質問した時に「日本人は米軍に対してカミカゼ作戦をとった」と切り返されて驚いたことを覚えている。
自爆に失敗した少年の告白
自爆したイスマイルの家族の話やヤシーンのインタビューに基づいてハマスについて特集記事を書こうとしていた矢先、9・11米同時多発テロ事件が発生。すべての企画は吹っ飛んでしまったが、9・11も自爆攻撃であったことから、イスラムにおける自爆について、パレスチナの例として記事化した。その後もハマスの〈自爆〉〈殉教〉は私のテーマの一つとなった。
イスマイルの自爆から1年後の2002年6月、自爆テロをしようとして失敗し、自分がけがをした少年の話を聞くことができた。ジダンという名前の18歳のパレスチナ人だ。
イスラエル北部アフラの総合病院の一般病棟にあるベッドで、右手と右足を手錠と鎖でつながれていた。西岸北部のジェニンの出身だが、5月にアフラに近いバス停で自爆しようとして兵士に腹部を撃たれ、負傷した。
そのまま捕らえられ、病院で治療を受けていたのである。その少年がイスラエルテレビのニュースで紹介されたのを見て、イスラエル軍に「取材をさせてくれ」と申請すると、軍からは「少年が承諾すれば、話を聞いてもいい」と言われた。病院で少年に直接インタビューを申し込み、軍の人間が同席する病室でのインタビューとなった。
ハマスやイスラム聖戦のようなイスラム組織の活動家ではないことは、話を始めてすぐに分かった。「ジダン」という名前を名乗った時に、「フランスのサッカー選手のジダンと同じです」と言って、笑顔を見せた。
ジダンは7人兄弟の次男。父親は電気技師。14歳で学校をやめて職業訓練校に行き、大工仕事を覚えた。イスラエルで働いたこともあるが、2000年9月に第2次インティファーダ(※パレスチナとイスラエルの軍事衝突。多くの犠牲者が出た)が始まって働きに出ることができなくなり、ジェニンの路上で洗濯ばさみを売って暮らしていた。
2002年4月初め、イスラエル軍の大侵攻でジェニン難民キャンプが激戦地となった。イスラエルに近いジェニン難民キャンプが自爆テロの出撃拠点になっていると考えたイスラエル軍は、大軍でキャンプを包囲して8日間の掃討作戦を行った。
ジダンが住んでいたのは難民キャンプではなく、ジェニンの町の方だった。軍が住民に難民キャンプへの立ち入りを初めて認めた時、ジダンは食料や水をキャンプに運ぶ救援グループに参加した。
建物がひしめき、狭い路地が縫うように走る難民キャンプの中心500平方メートルほどが、更地になっていた。イスラエル軍がパレスチナ武装勢力を排除した後、巨大な軍事ブルドーザーで瓦礫を排除したのだ。
「ひどい破壊だった。瓦礫の下から老いた女性の遺体が引き出されるのを見た。黒こげの遺体もあった。僕がキャンプに入ってから2時間後にイスラエル軍が機関銃を撃ち始めたので、恐ろしかった」とジダンは語る。彼は、これがきっかけになって自爆テロによる復讐を考え始めた。「ひどい破壊を見て、心の中に抑え切れない怒りが生まれた。人間らしく生きることができないなら、死ぬしかないと思った」という。
ダイナマイトを渡され「うれしかった」
ジェニン難民キャンプで、イスラム聖戦とつながりがあると思われた20代前半の男に自ら近づき、町の喫茶店で「殉教者になりたい」と告げた。男は「3日後に必要なものを用意する」と約束した。数日後、男はある空き家で黒のバッグを見せた。
中にダイナマイトのようなものが見えた。重さは15キロ。中に手を入れてスイッチを押す指示を受けた。
この時は「うれしかった。これで自分の思いを遂げられる」と思ったという。以前からイスラム過激派に関わっていたわけではないが、モスクの勉強会には通っていた。「殉教者には神のもとで素晴らしい生活が約束されている。両親も天国に招くことができる」と信じていた。
決行の日の朝6時、バッグを担いでジェニンを出た。乗り合いタクシーで境界の村まで行った。歩いてイスラエル側の町に入った。たまたま通りかかったアラブ人の車に乗せてもらい、バス停で降りた。普段は人が多いが、その時バス停にいたのは兵士2人だけだった。「もっと人が来るまで待とう」と思った。しかし大きなバッグを持っている彼に、兵士が不審を抱いて連絡をとったのだろう。
ほどなく軍の四輪駆車が来て、いきなり撃たれた。「気付いたら病院だった」と言う。私も当時のニュースで、遠隔操作できる小型のクレーンで少年が引っ張られていく映像を見た。それがジダンだった。彼はイスラエルの病院で治療を受け、イスラエルの医師や看護の対応に謝していると語った。「罪のない民間人を殺そうと思ったのは間違いだった。双方が話し合うべきなのだ」と心境を語った。
少年の話を1時間以上聞いた。病室には監視がいたが、少年は自由に語った。しかし自爆テロに走った動機はなかなかつかめなかった。過激派から特別の訓練を受けたり、洗脳されたりしたわけではない。
宗教的な信念や政治的主張を語るわけでもない。生活が追いつめられた様子もない。私は少年に「自爆しようとしたあなたは他の人々と何が違うのか」と聞いた。少年はしばらく考えて、「みんなには忍耐力がある。僕は耐えることができなかった」と答えた。
外部リンク
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