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「地方消滅」はイコール「観光消滅」…人手不足が加速する人気の観光都市が直面する厳しい現実

集英社オンライン / 2024年9月14日 8時0分

日本が外国人から旅行先に選ばれる最大の理由…「ビッグマックがたった480円」欧州最貧国グループのルーマニアよりもマクドナルドが安く食べられる日本の現状〉から続く

日本政府が目指した「観光立国」とは一体何だったのか。人口減による人手不足や公共交通の減便といった問題をはじめ、物価の高騰、メディアの過剰報道など、観光を取り巻く環境は楽観を許さない。

【図を見る】「いくらなんでも減りすぎ」2050年の日本の観光都市の予想人口、その驚くべき減少率

『観光消滅-観光立国の実像と虚像』(中央公論新社)より一部抜粋・再構成してお届けする。

観光自治体"消滅"の現実性

『観光消滅』とは、2014年に発表された日本創成会議のレポート「消滅可能性都市」に基づいてまとめられた、座長である増田寛也元総務相の編著書『地方消滅』を意識している。「人手不足」について述べていく前に、まずこの報告について見ておこう。

このレポートは、日本の自治体のほぼ半分にあたる896の市町村について、出産の適齢と考えられる若年女性人口(20~39歳)が2010年から2040年までに50%以上減少すると予想される自治体について、将来消滅する可能性ありとして警鐘を鳴らした。このインパクトは甚大で、当時東京23区で唯一消滅可能性自治体に名指しされた豊島区ではとりわけ行政の驚きは強く、その後様々な施策が打たれた。

そしてその10年後の2024年4月、今度は民間の有識者で作る「人口戦略会議」が同様の手法で消滅可能性自治体のデータを更新。前回より減って744の自治体が「消滅可能性あり」に分類された。

人口は自然増減だけでなく社会増減も大きく影響するので、社会増を促す転機があれば、この予測は変わる。また、そもそも若い女性の数だけで将来人口を占うのは、女性を「子どもを産む役割」だと固定して議論を進める危うさもないではない。いうまでもなく「女性だけ」では子どもは生まれない。さらに、このリストに入っていなければ安泰かというと決してそうではない。

そもそも少子化は国全体の問題で、立地や産業構造上、少子化が早く進む地域を名指しで悪者扱いするようなこの発表への批判は根強い。そうした留保を頭に入れたうえで2024年に発表された新しいデータを眺めて気づくのは、日本を代表する観光地を抱える自治体、あるいは観光に頼ることで成り立っていると考えられる市町村が数多く「消滅可能性自治体」に入っているという事実である。

「地方消滅」はイコール「観光消滅」

筆者が観光都市、観光自治体と考える市町のうちのいくつかをピックアップして、若年女性の減少率と2020年の人口(国勢調査から)、ならびに2050年の予想人口を一覧にまとめた。

このうち、石川県加賀市は、山中、山代、片山津などの加賀温泉郷を抱える一大温泉都市で、2024年3月には、北陸新幹線の延伸により東京から乗り換えなしで市の玄関駅に降り立てるようになった。これからさらに観光客を迎えようと意気込む時期に、「消滅可能性自治体」と烙印を押されてしまったわけである。

ちなみに2024年元日に大震災に見舞われた能登半島では、中能登町以外のすべての自治体が「消滅可能性自治体」に分類されている。発表されたデータには地震の影響は含まれていないので、残念ながら消滅の可能性はこのデータ以上に高まるかもしれない。

高知県の土佐清水市は一般にはなじみのない都市名かもしれないが、四国最南端の足摺岬や日本初の海中公園(現在は「海域公園」と呼称)である竜串などを抱える観光都市である。しかし、すでに人口減が著しく、「市」であるにもかかわらず、2020年時点で1万2000人ほどにまで減っている。そのうえ、若年女性人口がその後30年で4分の1にまで減ると見込まれ、人口はわずか5000人程度になると予想されている。

観光客を迎えるには、当然のこととして多くの人手が必要となる。どんなに美しい景観があっても、その景観を保全したり、観光施設を運営したり、飲食店や土産物店を維持したりするには、その産業に従事する人が必要である。若年女性人口が5割以上減る自治体は、人口も当然ほぼ半減に近くなる。日々の暮らしを維持するだけでも大変なこうした自治体で、観光に割ける人材はどれくらい見込めるだろうか? 「地方消滅」はイコール「観光消滅」であるともいえそうな、冷酷な数字である。

路線バスの相次ぐ休止がニュースに

「人手不足」がまず取り沙汰されるのは、交通インフラの担い手たちである。コロナウイルスの収束による通勤通学や観光需要の復活の一方で、長期の需要停滞による離職の増加で、現在、全国各地で路線バスやタクシーの運転士不足が深刻化している。

大阪府南部の富田林市などを地盤とする「金剛バス」が2023年12月20日限りでバス事業から撤退し、全15路線を廃止した。このニュースは、大都市圏でさえ燃料費高騰による運行経費の増大や運転士不足により地域の足の確保がままならない実態を浮き彫りにしたと言える。

これはほんの一例に過ぎない。北海道では札幌駅を発着する郊外からのバス路線のうちのいくつかを近郊の地下鉄の駅止まりにして、中心部への乗り入れ路線を縮小し効率化を図ることとなった。長野市でも地元のバス会社が運転士不足のために特定の路線の廃止を発表するなど、地域のバスの苦境があらためてクローズアップされている。

この状況は、実際に運転士の長時間労働にメスを入れる労働規制の強化(いわゆる「2024年問題」)が実施された2024年4月の前後に、さらに深刻度が増した。人口が日本最大の「市」である横浜市でさえ、4月1日に一部減便を実施し、その新ダイヤがまだ定着しない同月22日にさらなる減便を発表している。働き手が多いはずの大都市圏でもバスのダイヤの確保は困難になっている。

さらに観光に直結する空港リムジンバスの運休も、目立つようになってきた。京浜急行バスは、2024年3月から、羽田空港と鎌倉・藤沢・箱根桃源台、甲府を結ぶ4路線を運休とした。羽田路線は、出張や帰省なども含め、広い意味では完全に観光路線であり、旅行者の足を奪う深刻な事態となっている。

「鉄道の代替はバスで」が難しい現実

筆者は、勤務先である千葉県の大学へ通うために、2022年秋に開業した「バスターミナル東京八重洲」を定期的に利用している。5分おきくらいに次々と発着する高速バスを見ていると、その隆盛ぶりが際立って感じられ、全国的な運休・廃止の傾向はここからは読み取れない。とはいえ、実際には東京駅のバス乗り場だけを見ていては気づかない事態が進行していることをあらためて思い知らされる。

現在、日本の各地、とりわけ地方では、JRを中心に深刻な赤字路線が増加。鉄道の維持が困難だと思われる路線が次々とクローズアップされている。その代替手段がバスへの転換だが、「2024年問題」の前後でこれだけ人手不足による運休や廃止が続くと、いずれ代わりのバス路線でさえ維持できないという、「移動の空白地帯」が各地に生まれることが予想される。

北海道では、北海道新幹線の延伸による並行在来線のJR函館本線小樽〜長万部間のバス転換が決定しており、しかも開業が予定されていた2030年(実際にはさらに遅れることが既成事実化している)を待たずにバス路線への転換が模索されている。

ところが、北海道各地ですでにバスの運転士不足が深刻で、前述のように多くのバス路線が減便や廃止になっているため、バス会社が運行を引き継ぐことはきわめて難しくなっている。鉄道の廃止が決定し、それを引き継ぐバスのめども立たなければ、沿線の倶知安やニセコなどは、倶知安に設置される新幹線駅を除けば地域の足は壊滅しかねない。あれほど外国人観光客でにぎわっているにもかかわらずである。

同じく運転手不足に悩むタクシー業界では、大都市圏の一部でもライドシェアの解禁が始まっているが、地域の足の担い手であるバスの運転士をどう確保するか、これは一事業体だけでは解決しそうもない。より広い事業体や自治体、国などによる総合的な対策が必要となってきている。根本的な解決法に着手しなくては、ごく限られた黒字の路線以外、国内から公共交通機関が消えていきかねないのである。

文/佐滝剛弘

『観光消滅-観光立国の実像と虚像』(中央公論新社)

佐滝剛弘
『観光消滅-観光立国の実像と虚像』(中央公論新社)
2024年9月6日
990円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4121508218
東京、京都、ニセコ……訪日観光客の増加によるオーバーツーリズムの弊害が日本各地で問題となっている今、日本政府が目指した「観光立国」とは一体何だったのか、検証すべき時期に来ている。人口減による人手不足や公共交通の減便といった問題をはじめ、物価の高騰、メディアの過剰報道など、観光を取り巻く環境は楽観を許さない。観光学の第一人者が豊富な事例をもとに、改めて観光の意義と、ありうべき日本の観光の未来を問い直す。

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