「ブックなんて言葉はありません。どんな意味なのかも知りません」話題の『極悪女王』をジャガー横田がブッタ斬り
集英社オンライン / 2024年10月2日 11時45分
〈ジャガー横田『極悪女王』の俳優陣の“プロ根性”を称賛する一方、「あのシーンは心外だった」とブチギレ…スター選手を引退に追い込んだ19歳の横田利美が抱えた孤独〉から続く
“女子プロレスのレジェンド”ジャガー横田が現在、話題沸騰中の1980年代の全日本女子プロレスで「全国民の敵」と呼ばれたダンプ松本の知られざる物語を描いたNetflix『極悪女王』をどう見たのか。後編では、「フィクション」と前置きされているドラマで繰り返されるセリフ、さらに作品で描かれている「髪切りマッチ」の秘話などについて明かしてくれた。(前後編の後編)
48年のレスラー人生で「ブック」なんて聞いたことない
『極悪女王』では、全日本女子プロレス(全女)を経営する「松永三兄弟」の松永高司(村上淳)、国松(黒田大輔)、俊国(斎藤工)が試合について話し合う時に「ブック」という言葉が頻繁に出てくる。
「ブック」とはどういう意味なのか? ジャガーに尋ねると即答した。
「どんな意味なのか全然知りません。ドラマでは何か試合に『勝て』『負けろ』って言うときに使われていましたけど、そういうことの専門用語なんですかね?」
そして続けた。
「だけど、そんな専門用語はありません。私はこの世界に48年間いますけど使ったことがないです。この世界で一番古い私が使ったことないんだから、現実の世界にはない言葉です。ドラマの中で作った言葉だと思います」
フィクションで描かれた『極悪女王』は、物語がプロレスは事前に勝敗が決まっている前提で進んでいると受け止められるシーンが散りばめられている。
「フィクションとしての物語だからいろんな作りをしてもいいと思うんですけど、見ている方たちがあの物語を全部、本当だと思われたら私は残念に思うところはあります。
プロレスは、八百長と思っている人もいるし、真剣勝負だと見ている人もいます。そこは見ている方々の自由でいいし見ている方が決めてください。
ただ、言えることは、プロレスには“受けの美学”があります。勝負は、3カウントを取り、ギブアップを奪うところだけだと思われがちですが、レスラーにとってリング上で出す技の一発、一発が勝負です。
攻撃力のない人は攻撃できないし、気が弱い選手は、やられっぱなしになります。技を受けたら次にやり返せばいい。そこに最低限のルールはあります。
だから、プロレスは決まったルールに基づいて戦う勝負だと私は考えていますしファンのみなさんにはレスラーがリング上で純粋に真剣に頑張っていることを感じ取ってもらいたいですね」
セリフで表現される「ブック」という言葉に疑問を投げかけたジャガーだが『極悪女王』には「本当のことを物語っていることもある」と明かした。
それが一人の少女がプロレスの世界へ飛び込む覚悟だ。ドラマでは、主演のゆりやんレトリィバァが演じるダンプ松本の入門する前の過酷な家庭環境が描かれている。
一人の少女がプロレスの世界へ飛び込む覚悟
「確かに私たちが全女に入った昭和の時代は、入門してくる子は、親との確執とか家庭に何かしらの事情を抱えている子が多かった。
お金を自分で稼ごう、家を助けるために…とかそういう理由でプロレス界に入ってくるくる子が多かったです」
ジャガー自身もそうだった。
「私は4人姉妹なんですが、2歳で両親が別居してすぐ上の姉と二人で母に引き取られて育ちました。それから義理の父に育てられましたが、家は両親が共働きで大変でした。
姉は高校に行きましたが昼も夜も働いている母を見て『私も高校へ行くと家は大変だな』と考えて中学を卒業して女子プロレスラーになろうと決意しました」
そんな覚悟を持った入門は、15歳で自らを「逃げ場がない」状況に追い込んでいたという。
「全女に入ってからは、常に崖っぷちじゃないけど、この世界で生きていくしか逃げられないみたいな覚悟があったと思います。それは、周囲から強制されるものじゃなくて、自分でそういう状況に追い込んでいくものでした。
オーディションで合格してから、やめるにやめられないと思っていたのでハングリーでした。何とかこの世界で生き残る選手にならなきゃと思って強くなろうと必死に練習して負けない体を作りました」
試合会場では毎日、体育館をうさぎ跳びで一周し腕立て、腹筋、背筋などの基礎トレーニングを毎日、就寝前に100回ずつ課した。
「私はプロレス以外の世界で行くところがなくて逃げ場がない―そう自分でもっていった。器用な人は選べると思いますが私は不器用だから選べなかった。だから今も現役で残っているんだとも思います」
それは、「極悪女王」で登場するダンプ松本も長与千種もライオネス飛鳥も同じで「みんな苦労して這い上がってきました」と思いを寄せる。主役のダンプ松本は、ドラマで描かれているように特に激変したという。
「入門当初のダンプは気が弱くてどちらかというと臆病な子でした。ただ、『ダンプ松本』という名前になって覚醒しました。すごく実力をつけて成長したと感じました。
極悪同盟になって自分がリーダーとしての自覚が出てめきめきと力をつけました。人は責任を持つと『強くならなければいけない』と意識が変わるんです。そうなると、人気は後からついてきます」
「髪切りマッチを日本で一番最初にやったのは私」
ジャガー自身もリングネームが本名の「横田利美」から「ジャガー横田」に変わったときに意識が変化したことを覚えている。
「本名じゃなくてリングネームが付くと選手として認められた気がしてすごくうれしかった。私より前に後輩のデビル雅美が『デビル』って付けられて、後輩が自分の位置を確保しているようですっごいジェラシーだった。
デビルは実力も伴っていたので、『デビルに負けてはいけない』とライバルだと思っていて必死でした。今はデビルがいたおかげで私は上を目指せたと感謝しています」
『極悪女王』のクライマックスは、ダンプ松本と長与千種の敗者髪切りマッチが描かれている。これは実際、1985年8月28日に大阪城ホールで行われた試合で、壮絶な試合をゆりやんと長与千種役の唐田えりかが再現している。
女性の命と言われる髪の毛をかけたデスマッチ「髪切りマッチ」の先駆けが実はジャガーだった。
1983年5月7日、川崎市体育館で覆面レスラーのラ・ギャラクティカとのWWWA世界シングル選手権で負ければジャガーは、「髪の毛」を、ギャラクティカは「マスク」をかけたデスマッチでジャガーは敗れ、リング上で髪の毛を切り落とされた。
「髪切りマッチを日本で一番最初にやったのは私です。きっかけは『髪切りマッチやるか?』って俊国さんから言われて、私は誰もやったことがない新しいルールでやらせてもらうのは光栄なことだと思ってすぐに『やります』って受けました。
試合は負けたけど、髪の毛はすぐに伸びるし、次にギャラクティカと再戦する時にやり返せばいいと考えました。人と同じことをやるのは好きじゃない。日本で初めてと歴史に名前が残るから私にとっては、いい思い出になっている試合です」
さまざまな思いを『極悪女王』を通じて明かしてくれたジャガー。最後にこんな期待を残してくれた。
「ドラマを見て女子プロを初めて知った人もたくさんいると思うので、女子プロレスラーになるきっかけになってくれたらすごくうれしいです。
プロレスラーになる子がいなければ、この世界の発展はありませんから。いろんな思いをすべてひっくるめて女子プロレスを世間一般に届けてくださったことに『極悪女王』のスタッフ、出演者のみなさんに感謝しています」
前編はこちら
〈前編〉『極悪女王』を観たジャガー横田が「あれは心外だった」と怒ったシーンとは
取材・文/中井浩一 撮影/佐賀章広
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