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“少しだけ”知っている人のほうが初対面より話しにくいのはなぜか? 自分の中に存在するイマジナリーな他者を現実の他人に投影してしまう理由

集英社オンライン / 2024年10月10日 10時38分

認知科学の概念「プロジェクション」とは、自分の内的世界を外部の事物に重ね合わせるこころの働きだ。ひとは無意識的に想像上の他者を、目の前にいる他人に投影してしまうという。それによって、必要以上に他人にどう思われているかを考えすぎてしまうのだ。

【画像】著者が「緊張してしまう」と語る場面

書籍『イマジナリー・ネガティブ』より一部を抜粋・再構成し、そのメカニズムを解説する。

イマジナリー・アザーズ あの人に嫌われるようなことをしてしまったのかも

私の子どもはたまに「今日は友達と、なんだかうまく話せなかった。もしかしたら、なにかまずいことでもしちゃったのかなあ」などと気に病んでいます。

そういう時は「うんうん、よくあるよね、そう思っちゃうこと」などと言いながら、子どもの話を聞いて、「それはあなたの気のせいなんじゃないの」とか、「たまたま機嫌が悪かったのかもね」「明日になったらまたいつもみたいになってるよ」などと慰めています。

ある時、友人の○○さんのことで深刻に悩んでいるようだったので、しっかり話を聞きました。すると、なにか具体的なトラブルがあって仲がこじれているわけではなく、いつもより冷たく感じるような態度だったので、もしかしたら自分がなにか嫌われるようなことをしてしまったのではないか、でもそれがなんだか全然わからないので考えていてもとてもつらい、というようなことでした。

私は、落ちこむ子どもの背中をさすりながら、あなたに思いあたるようなことがないなら、あなたがいくら考えてもしかたがなくて、どうしても気になるなら直接○○さんに聞くしかない、だって、あなたが考えていることはどうしたってあなたの想像でしかないんだから、それは現実にあった本当のことではないんだよ、などと言っているうちに、はたと気がつきました。

これは、プロジェクションだ、と。子どもは、自分が想像している○○さんの気持ちを、現実の○○さんに投射しているのです。そして、あたかも○○さんが本当にそう思っているかのように、思いこんで悩んでいるのです。

思わず子どもに「それって、あなたのネガティブなプロジェクションなんだよ!」と、興奮気味に先ほどの説明をしたら、「お母さん、またプロジェクション……」というような顔をされましたが(すまん)、「たしかに、そうかも」と憑き物が落ちたように納得していました。

自分のなかにいるイマジナリーな他者

自分の悩みが、自分が想像したにすぎないものであって、現実には現実の対応があることに気がついたら、少し気持ちが楽になったようです。

自分が想像している○○さんのネガティブな感情は、現実の○○さんのものではないのですから、これはイマジナリーなネガティビティであり、イマジナリーな○○さん(他者)というわけです。

その後、○○さんの態度については、やはり子どもの取り越し苦労であったそうですが、これをきっかけに○○さんとの距離感を変えてみるようにしたところ、うまくつきあえるようになったとのことです。

人とつきあう時には人の気持ちを考えなさい、と私たちは子どもの頃からたたきこまれています。「人の気持ちを考えない人」というのは悪口で使われるフレーズです。たしかに対人関係において、他者の気持ちを考えないとうまくいきません。

しかし、考えすぎてもうまくいかないのです。現実世界に実在する他者と、自分のなかにいるイマジナリーな他者がごちゃごちゃになると、自分で自分を苦しめてしまうことも起こります。

現実世界に実在する他者にとっても、自分が思ってもいないことを思っていると思いこまれてしまったら、はっきりいって迷惑です。他者の気持ちを考えすぎることは、自分のためにも他者のためにも、ほどほどにしたいものです。

このようなことがあって以来、子どもが同じようなことで心配しているような時は、「それって例のイマジナリーでネガティブなプロジェクションだね」と言ってみたり、子ども自身も「なんかまたあれこれ気になっちゃってるんだけど、これってイマネガ(略してる!)だよね」などと言って、肩の力を抜いています。

非合理的な思いこみと精神的な疲労

「あの人の機嫌が悪いのは、自分がなにか気にさわることをしたからに違いない」「私はあの人に嫌われているのではないか」などということがグルグルと頭を回っていると、とても疲れます。そういうことを自分が考えているだけで、実際のところは確かな根拠もないのであれば、それは非合理的な思いこみです。

そのような思いこみの傾向と、対人関係における自己表現との関係から、精神的な疲労感について検討した研究があります。

発達心理学の吉村斉先生と小沢恵美子先生は、大学生を対象に、対人関係における自己表現の積極性と非合理的思いこみの関係について調査しました。

「危険や害がありそうな時は深刻に心配するものだ」「危険が起こりそうな時、心配すれば、それを避けたり被害を軽くしたりできる」といったような非合理的な思いこみの傾向が強い人は、対人態度の不安が高いことがわかりました。

一方で、合理的に思考していても、自己表現が消極的な人は、対人態度が不安定になる傾向がありました。精神的な疲労感は、非合理的な思いこみが強く自己表現も消極的な人でもっとも強くあらわれました。

しかし、非合理的な思いこみが強い人であっても、自己表現が積極的にできる人は、対人関係の精神的疲労感を解消していくことが示唆されました。

対人関係で苦労していると思っている人や、過剰な疲労を感じている人は、決して少なくないでしょう。自分のなかのイマジナリーな他人に対する非合理的な思いこみに気づくことや、上手に自己表現ができるようにトレーニングすることなどは、対人関係の苦労や疲労を解消するための有効なスキルになると考えられます。

「気にしすぎ人見知り」は想像上の他者に起こる

新学期になり、新しい顔ぶれと接する機会の多くなった学生がこんなことを言っていました。「初対面の人となら気安く話せるけれど、顔見知り程度の知人や、友人の友人とかと話すのは緊張するのでストレスです」。

本来、人見知りとは、初対面のようによく知らないような人に対して起こるものですが、どうもここでの人見知りは違うようです。よくよく聞いてみると、おたがいにまったく知らないわけではない、ちょっと知っているような間柄だと、あれこれ想像してしまえるので、話しながら気になってしまう、とのこと。

たしかに、初対面のようになんの情報もなければ、目の前に実在する他者とだけ向かい合えばいいわけですが、少しでも知っているばあいは、少ない情報から勝手にあれこれ考えてしまうことが可能です。

ですから、「あの時のことはどう思っているのかな」「友人から私のことをどのように聞いているのかな」など、目の前に実在する他者に、自分のなかのイマジナリーな他者を重ね合わせてしまいがちです。

「顔見知り程度の知人たちとうまく話せない」「大勢の前で発表するのが苦手」「話している時に会話が途切れたら気まずい」など、そういうことをふだんから気にしている人もいるでしょう。

そのような心理状態について、ゼミ生の相馬優香さんと、大学生を対象に研究をおこないました。

状況別対人不安(発表・発言への不安/親しくはない相手への不安/異性への不安/会話のないことへの不安/目上の人への不安)と、他者意識(内的他者意識/外的他者意識/空想的他者意識)に関する質問紙調査をしました。

それらの関係を検討したところ、「会話のないことへの不安」と「目上の人への不安」では、「内的他者意識」「外的他者意識」「空想的他者意識」のすべてに有意な相関がありました。

「異性への不安」と有意な相関が見られたのは「内的他者意識」のみでした。「発表・発言への不安」と「親しくはない相手への不安」では、「空想的他者意識」にだけ強い相関が見られました。

この結果から、発表や発言することへの不安、それほど親しくはない相手への不安、会話の途切れや目上の人などへの不安が高い人は、自分のなかで他者のことをあれこれ想像する傾向が強いことがわかります。

「気にしすぎ人見知り」は想像上の他者に起こる

特に、空想的な他者意識とだけ強い関連が示された、発表や発言をしなければならない場面や、親しくはない相手と話す場面に不安を感じるという心理状態は、新学期に「顔見知り程度の知人と話すのがストレス」と愚痴っていた学生さんや、学校や職場でついてまわる発表や発言への苦手意識がある人たちにあてはまることでしょう。

私と相馬さんは、そんな人たちの心理状態について、イマジナリーな他者を「気にしすぎ人見知り」と名づけました。

単純に見知らぬ人への不安からくる人見知りではなく、自分で他者についてあれこれ勝手に考えて気にしすぎるから、人見知りをしているというわけです。人見知りとは、実在する目の前の人にだけ起こるのではなく、想像上の他者に対する不安や緊張感を、実際の対人場面に投射してしまうプロジェクションによっても生じることが示唆されました。

私も、学会などで研究成果を発表するばあい、「このテーマにすごく詳しい人がいたらなんて言うだろう」「こんな質問が来たらどうしよう」「この考えはどう思われるのかな」などと勝手に考えてしまっている時が、いまだにもっとも緊張します。

でもそれは、あらためて考えてみれば、具体的な誰かではなく、実際になにか言われている時でもなく、私のなかの漠然としたイメージの他者によってもたらされているのです。

緊張やストレスといった精神的な疲労は、実際の状況だけではなく、自分のなかのイマジナリーな他者に起因することが少なくないのかもしれません。

写真/shutterstock

イマジナリー・ネガティブ 認知科学で読み解く「こころ」の闇

久保 (川合) 南海子
イマジナリー・ネガティブ 認知科学で読み解く「こころ」の闇
2024年9月17日発売
1,012円(税込)
新書判/224ページ
ISBN: 978-4-08-721332-4
認知科学の概念「プロジェクション」とは、自分の内的世界を外部の事物に重ね合わせるこころの働きのことである。
プロジェクションには “推し”の存在に生きる意味を見出すようなポジティブな面がある一方で、霊感商法、オレオレ詐欺、陰謀論、ジェンダー規範など、他者によってこころを操られたり自分自身を無意識のうちに縛ったりすることでネガティブな問題を生じさせる面もある。
実際には起きていないことや存在しないものを想像して現実に投射できるがゆえに生まれる「イマジナリー・ネガティブ」を認知科学の視点で考察する一冊。

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