加害者が“嘘の供述”も警察は防犯カメラさえ調べず…遺族の“執念”で容疑者逮捕へ〈三島バイク交通死亡事故〉
集英社オンライン / 2024年10月13日 11時50分
〈〈三島バイク交通死亡事故〉嘘の証言繰り返し反省ナシの加害者に、実刑判決は出るか…遺族の“闘い”〉から続く
2019年1月、静岡県三島市の市道をバイクで帰宅途中だった仲澤勝美さん(当時50歳)が、赤信号を無視して交差点に進入してきた乗用車に衝突され死亡した。警察は加害者の一方的な証言を鵜呑みにし、事故原因を「勝美さん側の過失」と発表。真実を明らかにするため、勝美さん家族による懸命な目撃者探しが始まった。
『事件の涙 犯罪加害者・被害者遺族の声なき声を拾い集めて』(鉄人社)より、一部抜粋、再構成してお届けする。(前後編の前編)
目撃者探しを開始も、届いたのは「誹謗中傷」
事故から2日後。勝美が愛用していたジッポーのライターが現場付近で見つかったとの三島署からの連絡を機に、杏梨(勝美の長女)と勇梨(同長男)は警察に向かい再捜査を促す質問を投げかけた。
「事故現場周辺の防犯カメラは調べるんですか?」
「いまは信号が赤か青かを確認しているだけだから、調べてないよ」
怠慢な回答に添えられたのは、いずれにせよ勝美の過失とする警察の見解だった。
「脇道から来たとしたら、お父さんは信号無視になる。大通りから来ても、原付は二段階右折しなきゃいけないから。今ここでは問わないけど」
話にならない。父が急な右折や信号無視をするはずがはない。絶対に事故相手は嘘をついている。そして警察は自分たちの都合を優先している──。
これまで警察が真実を隠蔽するわけがないと信じ込んでいた家族も、防犯カメラすら確認しない手抜き捜査に愕然とし、翌日からSNSはもちろん現場で手作りのビラを配るなど目撃者探しを開始する。が、寄せられた反応は願っていたものではなかった。杏梨は言う。
「父が右折をしようとしたと報道されてしまったので、自分の父親の過失で事故が起きたのに、いちゃもんをつけているように見られました。事故直後の新聞に住所も出たので、嫌がらせのような手紙が入ってたり、SNSでも『相手のご家族の方から聞きましたけど、あなたたちが言っていることのほうが事実じゃないですよ、不快です』とか。中には『死ね』なんてメッセージもありました」
家族は見ず知らずの社会から向けられる悪意にさらされたために、杏梨の確信は揺らぐ。
「もしかしたら父は、その日に限っていつもと違う帰宅ルートを使い、右折に失敗してしまったのかなとか、急いでいて信号無視をしてしまったのかなって」
心ないメッセージが続き「目撃者を探すことをやめて、そっと父の冥福を祈り生きていこう」という考えが彼女や家族の頭をよぎりはじめた頃、よく脇道で勝美と一緒に信号待ちをしていたという1人の女子大生から連絡が入った。彼女は帰宅を急いでいたある日、国道の信号が黄色になるタイミングでスクーターを発進させようとしたとき、
「危ないよ、停まって。ここは危ないところだからもう少し一緒に待とうよ」と勝美から声をかけられていた。
「だから、絶対に信号無視なんてするはずないですよ」
事故当日の目撃者ではないが、彼女が語る勝美は、家族が知る正義感の強い父そのものだった。そして、家族は確信する。勝美は信号無視も急な右折もしていない。真相を究明すべきだ。
次々と明らかになる事故の「真相」
とはいえ、できることといえば事故現場に立ち目撃情報を募るぐらいしかない。が、それは家族が目撃者を探していると知った勝美の知人たちにとどまらず、子供の同級生の親や近隣住民、職場の同僚までをも巻き込んだ大捜査に発展していく。
みんなの思いは一緒だった。6万5千部のチラシを配り、勝美が危険な運転をするはずはないと訴えた。
そんなある日、家族は意外な人物に遭遇する。事故相手の女性、Wである。事故現場に手向けた花の入れ替えをしていると、彼女と夫が現場をスマホで撮影していたのだ。お悔やみの言葉をかけられても素直に聞けるのか。本当に父が急に飛び出してきたのか。一気に緊張が走る。
自らに、冷静に冷静にと呼びかけ、間合いを詰めた。杏梨は言う。
「目を合わせることすらしてこなかったんです。私たちの存在に気づいているはずなのに」Wと夫が取った行動は、完全に無視だった。おそらく3メートルも離れていない真横から歩道を歩き立ち去ったのである。杏梨は涙ながらに語る。
「事故後、母はもちろん、妹も弟も心療内科にかかるまで追い詰められました。もう限界だったのでしょう。母に至ってはいまも心療内科に通っています」
しかし、家族の行動は無駄ではなかった。ほどなく警察に、捜査員が探そうとすらしていなかった目撃情報が続々と集まり、その全てが「事故を起こした相手が〝信号無視〟をしていた」というものだったのだ。
そして事件から9日後、警察はようやくWを過失運転致死の容疑で逮捕する。杏梨が「父はやっぱりいつもどおり脇道を通って帰ってきたということですか?」と聞いたところ、警察は「おそらくそういうことになります」とバツが悪そうに答えたという。
「とりあえず父が悪くなかったことは証明できた。でも、嬉しいとかじゃない。やっぱり悪くなかったのにどうして死ななきゃいけなかったのかって気持ちが強かったです」
勝美が急な右折などしていないことも明らかになった。脇道を通る姿を記録した防犯カメラが見つかったのである。
「警察は、当初の広報を間違いだと暗に認めたのです。そして、争点はどちらの信号が青だったかに絞られました」(杏梨)
「実刑は無理」加害者逮捕も立ちはだかる“判例”
被害者から一転、加害者となったWは逮捕後も一貫して無罪を主張し続けた。そればかりか、彼女の家族たちはSNSを舞台に場外戦とも思える投稿を繰り返す。
〈元気元気。元気な私はうんこがくさい〉(Wの夫)
〈旅行に行きたい〉(Wの娘)
遺族の感情を逆撫でする言葉に、杏梨たちの気持ちは晴れるどころかますます苦しみが大きくなった。彼らは、家族のひとりが人命を奪ってしまった事実をどう考えているのか。いや、冷静に考えれば、加害者家族がなめた態度に出たのは、弁護士による入れ知恵があったに違いない。
通常、交通事故で過失運転致死罪に問われたケースでは、仮に有罪でも被害者がひとりであれば、判例によりほぼ100%の確率で執行猶予がつく。弁護士から収監されることはないことを知った加害者家族はたかを括り、結果として件の発言に至ったとしても何ら不思議はない。
さらには、民事裁判で損害賠償を求められたとしても、保険に入ってさえいれば金は保険会社が支払うことになる。いずれにしろ実害が及ばないことがわかれば、無罪を主張する妻・母を後押ししたい。得た知識は、そのまま欺瞞になる。
「そんなのおかしいですよね」(杏梨)
遺族は、SNSでの発言などを知り、加害者が実刑になり刑務所で反省することを強く願うようになった。弁護士を探し、同時に署名活動も始めた。すぐに交通事故に強いと評判の弁護士が見つかった。が、その弁護士の考えは遺族と異なっていた。過失運転致死で被害者はひとり。ならば実刑なんて無理ですよ。署名もどんなに集まっても意味ないですよ。
それより1円でも多く保険会社から慰謝料を取りましょう。遺族の手前、口には出さないまでも弁護士は目で訴えてきた。果たして着手金300万円の返金はあきらめ、泣く泣く件の弁護士を解任。そこへ、力強い援軍が登場する。犯罪被害者支援を長年続け、こと交通事故問題では数々の判例を覆してきた高橋正人弁護士。彼が口にした言葉を私は忘れられない。
「間違った法律や判例があるのであれば、それは変えていかなくてはいけない。あきらめたら、いままで涙を呑んできた被害者も浮かばれないし、これから現れる被害者も涙を呑むことになる」
高橋弁護士の扶助を得た遺族は、全て手弁当で1万筆以上の署名を集めて裁判に挑む。
(文中敬称略)
写真/『事件の涙』より
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